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フォーブス家の事件
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「ところで、本日の予定はなんだったかしら」
それはそれは丁寧に、真っ直ぐに伸びた長い髪を結っていくメイドに、マーガレットは尋ねた。
「本日は、フォーブス男爵様がご子息を連れていらっしゃるとのことです」
「あぁ、あの貧乏貴族が、またゴマすりに来ますのね……」
フォーブス男爵と言えば没落寸前と言っても過言ではないような貴族家である。なんでも、領地の不作が続き財政が逼迫しているんだとか。
金の無心か、援助を乞うてか、この頃よく顔を出したものだ。長男のリチャードと、マーガレットと同年代の四男、ギルバートを伴って。
これがまた、生意気な奴なのだ。貧乏育ちのうえに跡継ぎでもない四男であるせいか妙にやる気のない、諦めたような目をしている。その覇気のなさや達観した態度は公爵令嬢であるマーガレットに対しても変わらず、ズケズケとものを言うものだからよく喧嘩をしたものだ。
でも、それでも彼がやってくることは結構楽しみだったと思う。なんだかんだ、馬の合う幼なじみだったのだ。
……だったのだが。
「フォーブス家……」
マーガレットが激動の人生を送る頃にはその家は既に無くなっている。事実、メグが読んだ物語にもその記述は一切ない。物語が始まる前に、とある事件によって、彼の家は取り潰されてしてしまうのだ。
***
「まーた今日もお嬢様の子守りだよ」
欠伸を噛み殺しながらギルバート・フォーブスはごろりと公爵邸の庭の芝生に寝転がった。
フォーブス男爵がこのやる気のない四男をわざわざ連れてくるのは、歳の近いマーガレットに近づかせる狙いがあったのだろうと今は思う。何せ幼い頃なので、その辺はさほど気にしていなかった。既に水面下では王子との婚約話が進んでいたし、マーガレット自身もうすうすそのことに感づいていた。だから、異性ではあってもせいぜいが歳の近いお友達程度の認識であって、それはおそらくギルバートにとってもそうであったから、完全にフォーブス男爵の一人相撲ではあるのだが。
ただ、マーガレットの方でもこの訪問が密かに楽しみではあった。
「……相変わらず失礼なやつね」
そう言いつつマーガレットも芝生にそのまま座り込む。本当は真似してごろりと寝転がりたいくらいだけれど、そこはさすがにお嬢様としての育ちが許さない。
「子守りも何も、同い年でしょうに」
「俺の方が三ヶ月早いんですよ」
「子どもっぽいことで張り合いますのね」
笑顔を向ける訳では無いけれど、ギルバート会話をする時のマーガレットは比較的柔和な態度になる。それはギルバートがそれなりに見た目の良い男子であることは否めない理由の一つである。アッシュグレーのボサボサの髪も、整えればそれなりになるだろう。異国の石のような不思議なブルーグレーの瞳も、半目でやる気のない顔にくっついてさえいなければとても綺麗だ。
が、本質はそれでは無い。
「親父と兄貴のやつ、ここに来る3日前から胃がキリキリしてましたよ」
「当然ですわ。お父様はこの世の誰よりも厳しい方なんですから」
「全く、俺ならあなたのお父上様の目の前に立つくらいなら、とっとと領地でもなんでも諦めて、逃げ出しますね」
「本当に、貴方が長男でなくて良かったってほっとしているでしょうね、ギルのご家族は」
この、欲のない気の抜けた態度が、一緒にいて妙に楽なのだ。
自ら気を使っているのか誰かの言いつけなのかはわからないが、ギルバートと過ごす時に使用人たちは会話が届かない程度に距離をとる。それも気安くなる理由の一つだ。
マーガレットは厳格な父母に厳しく躾られていた。格下のものに対する理不尽とも言える高圧的な態度も、その影響によるところが大きい。
兄と妹はいるけれど、2人も同じように育てられているから、家族間であれど気を抜けるわけではない。優雅な暮らしをしてはいるけれど、息は詰まるのだ。
だから同年代で対等に話せる彼との時間は、この頃のマーガレットにとってとても貴重なものだった。
そして、此度の人生ではこの友人を失わずに済むかもしれない。マーガレットはそう思わずにはいられない。
――さて、ならばどうしたものかとマーガレットは考える。呑気に寝転がっているギルバートにどう伝えれば良いのだろう。
「ギルはこんな風に頼りないですけれど、フォーブス男爵とリチャード様のお人柄、公正さはお父様も好ましく思っているようですわよ」
「卑屈でお人好しなんですよ、あの二人は」
「でも、良い方ですわ。ですから……」
まず前提として、この世界にて「魔法」とも言えるような不思議な力を持つ人間はほとんど存在しない。
歴史上の人物を除けばマーガレットの知る限り、そんな力を授かっていたのはメグも読んだ物語の主人公、ハンナ・ベリーただ1人であった。
それだって、手から炎が出るとか、箒で空を飛ぶとか、そんな派手で便利なものではない。
だから、転生だとか未来予知だとか、そんなものを信じてもらうのはまだ幼い少年相手だとしても難しいし、そもそも彼はそんな夢見がちなタイプとは程遠い。
かと言って幼いお嬢様でしかないマーガレットが1人暗躍して事件を食い止めるなどもっと困難である。
いや、そもそもこんなボケっとした少年が事件を知っていたとして何か出来るのだろうか。
「なんですか。真面目な顔で」
マーガレットは、ギルバートを見つめた。言葉も途切れその眼差しが曇るのを見咎めたのか、ギルバートが怪訝な顔をする。
「……なぜ、あのような事になってしまうのか、わかりませんのよ」
「はぁ……?」
そう。マーガレットの父ルークラフト公爵はフォーブス家を信用し援助をするはずだった。誠実で清貧であるが故に一時的に財政難にはなっているが、民からの信頼は厚いフォーブス家はまだまだやり直せると見込んでいた。公爵の言葉を借りるなら、利用価値は多分にあるのだと。
「まだ、今なら間に合うかもしれませんわ」
「いや、お嬢様が何を言ってるのか、俺にはさっぱり……」
「そうでしょうね。でも貴方が理解できるかどうかなんて、どうでもよくってよ。細かいことは考えず、わたくしの言うことをお聞きなさい!」
ピン、と形の良い人差し指を立てて、マーガレットはギルバートを黙らせる。
マーガレットが魔女と言われるのは、まだ少し先の話。大切なのはあのおぞましい事件の数々を防ぐことであり、この件に首を突っ込むことは意味があるのかはわからない。しかし、やり直しのスタート地点がここであるのは運命めいたものを感じないでもない。吉と出るか凶とでるか。
しかし、そんなことはこの際どうでもいいのだ。
マーガレット自身がこの友人を、失いたくないと思っているのだから。
***
「いいこと? 貴方たち一家はこれから、とんでもない悲劇に見舞われますの」
「はぁ……? お嬢様、あんたなんか急に妄想へ、」
「お黙り!」
マーガレットはピシャリと高圧的に、ギルバートの言葉を遮る。
メイドたちの視線がこちらへ向いたが、このレベルの声でやっと届く程度ならば問題はない。
「わたくしの言葉を信じられないならばそれはそれで構いませんわ。けれどどのみち、貴方はわたくしに逆らうことはできませんわね。そうでしょう?」
「はぁ……まぁ、そうなるのかな」
細かいことはどうでもいい。圧倒的な権力。それを振りかざすことにした。
***
「親父が、オルコット公爵を暗殺するって?」
ヒク、と口の端を上げてバカにしたような笑みを見せるギルバート。さすがに寝転がったまま聞くことはやめたらしく、起き上がり頭を掻く。
「そりゃいくらなんでも、荒唐無稽が過ぎますよお嬢様。あの親父がそんな大それたこと、思いつきもしないでしょう」
想定内の反応である。卑屈な癖にお人好し、世渡りが下手だが善良と言える自分の父がそんなことを計画するわけが無いと。 侮辱だと怒ってもいいくらいである。
「わたくしも、そう思いますわ。オルコット公爵はお父様と長年派閥争いをする程の老獪な猛者。あなたのお父上が喧嘩を売るなんて、考えられません」
「そうでしょう? 無理がありますって」
「ですから、そう言う荒唐無稽なお話にするんですのよ、わたくしと、貴方で」
まだまだ納得の行かなそうなギルバートを勢いでねじ伏せ、マーガレットは語り始める。
「事の発端は、数ヶ月後の食事会ですわ。貴方のお家の領土であるサンノール地方の上質な土から収穫されるお野菜のアピールのため、各貴族をお招きして、開かれるんですの」
「あれ、お嬢様、それ知ってらしたんで?」
「そこで、事件が起きますのよ」
「俺の質問無視ですか」
「オルコット公爵を招いた食事会にて、彼を含めた何人かの方が、意識混濁状態に陥りますの」
「意識混濁? 死ぬわけじゃないんですか?」
とりあえず不毛なツッコミはやめにして、話に乗ることにしたらしいギルバート。
「幸い死人は出ませんが、フォーブス男爵とリチャード様は投獄されることになりますの」
「親父たちが、毒でも盛ったと?」
「いえ、魔女か悪魔の力で呪いをかけたとされますわ」
「そりゃ、なんとも。恐ろしげな話で」
「バカバカしい話ですわ。なにか悪いことが起こる度に、そんなあるかどうかも知れないもののせいにして」
憤慨である。なんせ、前々回の人生において、そんなわけのわからないものを信じる愚か者のために殺されたのだ。
「時にギル、あなたのお父上……いえ、ご家族も含めて、なにか心当たりはありませんの?」
「いやあ……思いつきませんねえ。ほっといても没落しそうな俺の家なんて、陥れる理由も無いでしょうし、恨みなんてのもピンと来ませんし」
「ないことは無いでしょう。こういうの損得だけじゃなくてよ。例えば、料理人を横柄に扱ってるとか」
「そりゃお嬢様んとこの話でしょ」
「ではオルコット公爵を消したい方は」
「そりゃ星の数ほど。ルークラフト公爵様を筆頭に」
「今度は、絞り込めないくらいいるわけですわね……」
確かに我が家のことはさておき、フォーブス家に罪をなすりつけて、オルコット公爵を亡き者にしようと画策する人物、なんてのは辿りきれない。
「ふむ……動機の線から当たるのは、少し難しいかしら?」
「そもそも、本当に毒なんか盛られるわけで?」
「あら、貴方も呪いの類だと思いますの?」
「いや、そうは思いませんけど。うちの親父はうっかりしたとこがありますからね」
「うっかり? うっかり毒を盛りますの? それは恐ろしすぎますわ」
「そうなんですよ。実は俺も昨年、殺されかけまして」
淡々と恐ろしいことを語るギルバート。
「ヒッ。フォーブス男爵、虫も殺さぬ顔をして、そんな恐ろしい正体がありますの?」
「そう、世にも恐ろしい話でしてね……」
怪談話でもするかのように声を潜めてギルバートは語り出す。ゴクリと唾を飲み込んで、マーガレットは聞き入る体制に入る。
芝生の上、額を突き合わすように内緒話をする少年少女の光景は、さぞ仲睦まじく映ったに違いない。
それはそれは丁寧に、真っ直ぐに伸びた長い髪を結っていくメイドに、マーガレットは尋ねた。
「本日は、フォーブス男爵様がご子息を連れていらっしゃるとのことです」
「あぁ、あの貧乏貴族が、またゴマすりに来ますのね……」
フォーブス男爵と言えば没落寸前と言っても過言ではないような貴族家である。なんでも、領地の不作が続き財政が逼迫しているんだとか。
金の無心か、援助を乞うてか、この頃よく顔を出したものだ。長男のリチャードと、マーガレットと同年代の四男、ギルバートを伴って。
これがまた、生意気な奴なのだ。貧乏育ちのうえに跡継ぎでもない四男であるせいか妙にやる気のない、諦めたような目をしている。その覇気のなさや達観した態度は公爵令嬢であるマーガレットに対しても変わらず、ズケズケとものを言うものだからよく喧嘩をしたものだ。
でも、それでも彼がやってくることは結構楽しみだったと思う。なんだかんだ、馬の合う幼なじみだったのだ。
……だったのだが。
「フォーブス家……」
マーガレットが激動の人生を送る頃にはその家は既に無くなっている。事実、メグが読んだ物語にもその記述は一切ない。物語が始まる前に、とある事件によって、彼の家は取り潰されてしてしまうのだ。
***
「まーた今日もお嬢様の子守りだよ」
欠伸を噛み殺しながらギルバート・フォーブスはごろりと公爵邸の庭の芝生に寝転がった。
フォーブス男爵がこのやる気のない四男をわざわざ連れてくるのは、歳の近いマーガレットに近づかせる狙いがあったのだろうと今は思う。何せ幼い頃なので、その辺はさほど気にしていなかった。既に水面下では王子との婚約話が進んでいたし、マーガレット自身もうすうすそのことに感づいていた。だから、異性ではあってもせいぜいが歳の近いお友達程度の認識であって、それはおそらくギルバートにとってもそうであったから、完全にフォーブス男爵の一人相撲ではあるのだが。
ただ、マーガレットの方でもこの訪問が密かに楽しみではあった。
「……相変わらず失礼なやつね」
そう言いつつマーガレットも芝生にそのまま座り込む。本当は真似してごろりと寝転がりたいくらいだけれど、そこはさすがにお嬢様としての育ちが許さない。
「子守りも何も、同い年でしょうに」
「俺の方が三ヶ月早いんですよ」
「子どもっぽいことで張り合いますのね」
笑顔を向ける訳では無いけれど、ギルバート会話をする時のマーガレットは比較的柔和な態度になる。それはギルバートがそれなりに見た目の良い男子であることは否めない理由の一つである。アッシュグレーのボサボサの髪も、整えればそれなりになるだろう。異国の石のような不思議なブルーグレーの瞳も、半目でやる気のない顔にくっついてさえいなければとても綺麗だ。
が、本質はそれでは無い。
「親父と兄貴のやつ、ここに来る3日前から胃がキリキリしてましたよ」
「当然ですわ。お父様はこの世の誰よりも厳しい方なんですから」
「全く、俺ならあなたのお父上様の目の前に立つくらいなら、とっとと領地でもなんでも諦めて、逃げ出しますね」
「本当に、貴方が長男でなくて良かったってほっとしているでしょうね、ギルのご家族は」
この、欲のない気の抜けた態度が、一緒にいて妙に楽なのだ。
自ら気を使っているのか誰かの言いつけなのかはわからないが、ギルバートと過ごす時に使用人たちは会話が届かない程度に距離をとる。それも気安くなる理由の一つだ。
マーガレットは厳格な父母に厳しく躾られていた。格下のものに対する理不尽とも言える高圧的な態度も、その影響によるところが大きい。
兄と妹はいるけれど、2人も同じように育てられているから、家族間であれど気を抜けるわけではない。優雅な暮らしをしてはいるけれど、息は詰まるのだ。
だから同年代で対等に話せる彼との時間は、この頃のマーガレットにとってとても貴重なものだった。
そして、此度の人生ではこの友人を失わずに済むかもしれない。マーガレットはそう思わずにはいられない。
――さて、ならばどうしたものかとマーガレットは考える。呑気に寝転がっているギルバートにどう伝えれば良いのだろう。
「ギルはこんな風に頼りないですけれど、フォーブス男爵とリチャード様のお人柄、公正さはお父様も好ましく思っているようですわよ」
「卑屈でお人好しなんですよ、あの二人は」
「でも、良い方ですわ。ですから……」
まず前提として、この世界にて「魔法」とも言えるような不思議な力を持つ人間はほとんど存在しない。
歴史上の人物を除けばマーガレットの知る限り、そんな力を授かっていたのはメグも読んだ物語の主人公、ハンナ・ベリーただ1人であった。
それだって、手から炎が出るとか、箒で空を飛ぶとか、そんな派手で便利なものではない。
だから、転生だとか未来予知だとか、そんなものを信じてもらうのはまだ幼い少年相手だとしても難しいし、そもそも彼はそんな夢見がちなタイプとは程遠い。
かと言って幼いお嬢様でしかないマーガレットが1人暗躍して事件を食い止めるなどもっと困難である。
いや、そもそもこんなボケっとした少年が事件を知っていたとして何か出来るのだろうか。
「なんですか。真面目な顔で」
マーガレットは、ギルバートを見つめた。言葉も途切れその眼差しが曇るのを見咎めたのか、ギルバートが怪訝な顔をする。
「……なぜ、あのような事になってしまうのか、わかりませんのよ」
「はぁ……?」
そう。マーガレットの父ルークラフト公爵はフォーブス家を信用し援助をするはずだった。誠実で清貧であるが故に一時的に財政難にはなっているが、民からの信頼は厚いフォーブス家はまだまだやり直せると見込んでいた。公爵の言葉を借りるなら、利用価値は多分にあるのだと。
「まだ、今なら間に合うかもしれませんわ」
「いや、お嬢様が何を言ってるのか、俺にはさっぱり……」
「そうでしょうね。でも貴方が理解できるかどうかなんて、どうでもよくってよ。細かいことは考えず、わたくしの言うことをお聞きなさい!」
ピン、と形の良い人差し指を立てて、マーガレットはギルバートを黙らせる。
マーガレットが魔女と言われるのは、まだ少し先の話。大切なのはあのおぞましい事件の数々を防ぐことであり、この件に首を突っ込むことは意味があるのかはわからない。しかし、やり直しのスタート地点がここであるのは運命めいたものを感じないでもない。吉と出るか凶とでるか。
しかし、そんなことはこの際どうでもいいのだ。
マーガレット自身がこの友人を、失いたくないと思っているのだから。
***
「いいこと? 貴方たち一家はこれから、とんでもない悲劇に見舞われますの」
「はぁ……? お嬢様、あんたなんか急に妄想へ、」
「お黙り!」
マーガレットはピシャリと高圧的に、ギルバートの言葉を遮る。
メイドたちの視線がこちらへ向いたが、このレベルの声でやっと届く程度ならば問題はない。
「わたくしの言葉を信じられないならばそれはそれで構いませんわ。けれどどのみち、貴方はわたくしに逆らうことはできませんわね。そうでしょう?」
「はぁ……まぁ、そうなるのかな」
細かいことはどうでもいい。圧倒的な権力。それを振りかざすことにした。
***
「親父が、オルコット公爵を暗殺するって?」
ヒク、と口の端を上げてバカにしたような笑みを見せるギルバート。さすがに寝転がったまま聞くことはやめたらしく、起き上がり頭を掻く。
「そりゃいくらなんでも、荒唐無稽が過ぎますよお嬢様。あの親父がそんな大それたこと、思いつきもしないでしょう」
想定内の反応である。卑屈な癖にお人好し、世渡りが下手だが善良と言える自分の父がそんなことを計画するわけが無いと。 侮辱だと怒ってもいいくらいである。
「わたくしも、そう思いますわ。オルコット公爵はお父様と長年派閥争いをする程の老獪な猛者。あなたのお父上が喧嘩を売るなんて、考えられません」
「そうでしょう? 無理がありますって」
「ですから、そう言う荒唐無稽なお話にするんですのよ、わたくしと、貴方で」
まだまだ納得の行かなそうなギルバートを勢いでねじ伏せ、マーガレットは語り始める。
「事の発端は、数ヶ月後の食事会ですわ。貴方のお家の領土であるサンノール地方の上質な土から収穫されるお野菜のアピールのため、各貴族をお招きして、開かれるんですの」
「あれ、お嬢様、それ知ってらしたんで?」
「そこで、事件が起きますのよ」
「俺の質問無視ですか」
「オルコット公爵を招いた食事会にて、彼を含めた何人かの方が、意識混濁状態に陥りますの」
「意識混濁? 死ぬわけじゃないんですか?」
とりあえず不毛なツッコミはやめにして、話に乗ることにしたらしいギルバート。
「幸い死人は出ませんが、フォーブス男爵とリチャード様は投獄されることになりますの」
「親父たちが、毒でも盛ったと?」
「いえ、魔女か悪魔の力で呪いをかけたとされますわ」
「そりゃ、なんとも。恐ろしげな話で」
「バカバカしい話ですわ。なにか悪いことが起こる度に、そんなあるかどうかも知れないもののせいにして」
憤慨である。なんせ、前々回の人生において、そんなわけのわからないものを信じる愚か者のために殺されたのだ。
「時にギル、あなたのお父上……いえ、ご家族も含めて、なにか心当たりはありませんの?」
「いやあ……思いつきませんねえ。ほっといても没落しそうな俺の家なんて、陥れる理由も無いでしょうし、恨みなんてのもピンと来ませんし」
「ないことは無いでしょう。こういうの損得だけじゃなくてよ。例えば、料理人を横柄に扱ってるとか」
「そりゃお嬢様んとこの話でしょ」
「ではオルコット公爵を消したい方は」
「そりゃ星の数ほど。ルークラフト公爵様を筆頭に」
「今度は、絞り込めないくらいいるわけですわね……」
確かに我が家のことはさておき、フォーブス家に罪をなすりつけて、オルコット公爵を亡き者にしようと画策する人物、なんてのは辿りきれない。
「ふむ……動機の線から当たるのは、少し難しいかしら?」
「そもそも、本当に毒なんか盛られるわけで?」
「あら、貴方も呪いの類だと思いますの?」
「いや、そうは思いませんけど。うちの親父はうっかりしたとこがありますからね」
「うっかり? うっかり毒を盛りますの? それは恐ろしすぎますわ」
「そうなんですよ。実は俺も昨年、殺されかけまして」
淡々と恐ろしいことを語るギルバート。
「ヒッ。フォーブス男爵、虫も殺さぬ顔をして、そんな恐ろしい正体がありますの?」
「そう、世にも恐ろしい話でしてね……」
怪談話でもするかのように声を潜めてギルバートは語り出す。ゴクリと唾を飲み込んで、マーガレットは聞き入る体制に入る。
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