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フォーブス家の事件
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「……ところで、食材より気になるところがあるんですが」
「なんですの?」
ずび、とギルバートのハンカチで鼻を拭いつつ、マーガレットは問う。
「意識混濁、てとこですよ。これってなんです?」
「確か……ボーッとして、呼びかけに応じず、魔女だの悪魔だの呟いてたって話ですわよ。それもあって、なにか呪いのかかったものでも食べさせたのでは、と疑われましたのよ」
「へぇ……。いや、俺はお医者様の知識はないもんでよくわかりませんが、食中毒って腹に来るもんだとばかり。俺の時もそうだったんで」
「あぁ、確かに。珍しい症状ですわね。これって食中毒というよりなんだか、麻薬中毒みたいな……」
「だとすると、やっぱり薬でも盛られたってことに」
「いえ……そうとは限りませんわ」
マーガレットはなにか思いついたように、草花の図鑑をめくる。一般的に食料とはされない植物のページだ。
マーガレットが立花メグだった頃に読んだミステリに、そんな症状が出る花がでてきた気がする。
「ダチュラ……この世界でもあるのかしら」
立花メグの世界とは言語は異なるが、どうやら食材は似通っている。ならば、あの花もあるのではと。
「ギル、貴方のご実家の地方は、この花は咲いていて?」
マーガレットはアサガオのような花をつけた植物のページを指し示す。
「……似たような花は見たことがありますけど、同じかどうかは……」
花に興味などないのであろうギルは、首を傾げるばかり。
そこにある美しい花の絵の説明には、意識障害、幻覚などの症状が出る毒性の説明が載っている。
「ご自宅に飾ったりはしていませんの?」
「なかったと思いますが」
「んー、なにか、なにか思い出せそうな……。どこかで読んだことがありますの……」
再びギルバートを無視して、マーガレットは考え込む。両方の人差し指をそれぞれこめかみに当て、目を閉じて。立花メグの記憶を掘り起こす。
「……あっ!」
ピン、と記憶の糸が繋がったような感覚。
「キ〇ガイナスビ、ですわ!」
ご令嬢から発せられたとは思えない言葉に、ギルバートは声もなく固まる。だが当のマーガレットは半ば興奮気味に鼻息荒く言葉を続ける。
「今回の献立にありますわね。夏野菜のスープは、おナスを使う予定でしょう?」
「そうですが、ナスに毒はないでしょう」
「まず有り得ませんわ。でも、このお花はナス科ですの」
「間違えて育てたってことです? そんなにナスに似た実がなるわけで?」
「いいえ、おナスと間違うことはないと思いますわ。普通に育てたならば」
「普通に?」
「貴方の地方は収穫難で悩んでおりますわよね。農作物をアピールするにあたり、品種改良なんかも力を入れてませんの?」
「あぁ、やってるみたいですよ。特に親父が力を入れて。間に合うといいななんてよく話してるのを耳にしますよ」
「ギル、今すぐわたくしと、あなたの実家に参りますわよ! ご支度なさいませ!」
思い立ったら即行動。面食らっているギル バートを急かしながら、マーガレットは馬車にてサンノールを目指すのであった。
***
「わぁ、牧場ですわ! ギルバート、あれはヤギさんですわね?」
「羊さんですよ、お嬢様」
牧歌的風景を走る馬車から身を乗り出さんばかりにマーガレットがはしゃぐ。避暑地などはあるものの、基本的には都会的な公爵領からしたら、ここは何とものどかで物珍しかった。病弱で出かけることもままならなかった立花メグの時だって言わずもがなである。
「羊ですの? だって、こう、モコモコしてませんわ」
マーガレットは両手をポワポワと動かし、羊の毛を表現しようとした。
「刈り取り時期が終わってるんですよ。夏前ですからね」
「あら、そうでしたのね……。いつ頃にモコモコになりますの?」
「寒くなる頃には」
「では、その頃にもまた来ますわよ」
ギルバートの適当な受け答えを気にもとめず、マーガレットはニコニコと上機嫌である。思いのほか、田舎町が楽しいのだ。
「親父たちが喜びますよ」
「あら、あなたは喜ばないんですの?」
「自分ちでまで、お嬢様の子守りをするのはちょっと……」
「なら、毎日でも行ってやりますわ」
「勘弁してくださいよ……」
「あっギルバート、あのお花はなんですの? 青色が鮮やかで綺麗ですわ!」
「さぁ」
「貴方の鄉のお花でしょうに」
「珍しくもない花の名前なんていちいち気にしませんし」
「あっ畑から手を振ってますわよ! おーーーーい!」
次から次へと興味のあるものに目がいくマーガレット。呆れたように溜息をつきつつ、ギルバートも見慣れた町を改めて眺めつつ帰路に着くのであった。
***
「ようこそマーガレット様、こんな田舎町へ」
「歓迎致しますわ、さぁこちらへ」
マーガレットが着くなり、フォーブス夫妻はニコニコ顔でお出迎えである。
後ろに控えるのはギルバートの3人の兄と1人の弟。さらにその後ろにいる赤子をが抱いた若いご婦人は、長男のお嫁さんだろう。小さな男の子が足にしがみついている。
一家総出の歓待である。
「急な来訪にもかかわらず、熱い歓迎、感謝いたしますわ」
スカートの裾を持ち上げ、笑顔で挨拶するマーガレット。
「お嬢様なら毎日だって大歓迎ですよ!」
うへ、と嫌そうな声を漏らすギルバートを気にもせず、人の良さそうな笑みを浮かべて両手を広げるフォーブス男爵。痩せ気味でひょろりと背が高いところはギルバートと似ている気がするが、顔の作りは母親似かもしれない。マーガレットは傍らで柔らかく微笑む夫人に目を向けた。
長いまつ毛が影を落とすのか重たげに据わったような瞼だが、それが妙にミステリアスな雰囲気を醸し出す美女である。異国の血が混じっているのかもしれない。
「初めてお会いしますわね。ミモザ・フォーブスと申します」
視線に気づいた夫人は、丁寧にお辞儀をする。名前も異国の響きだ。
「マーガレット・ルークラフトですわ」
改めてマーガレットも挨拶をする。
すると、ほかの面々も順番に自己紹介を始め出す。
「お嬢様、いちいち相手にしてたら日が暮れますよ」
「あ、そうでしたわ」
うっかりそのまま食事へと招かれて話に花を咲かせかねないマーガレットの様子に、ギルバートは釘を刺す。
「フォーブス男爵、今日はわたくし、農地を見せてもらいたくて来たんですの」
「お嬢様、こんなに幼いのに農業に興味がおありなのですか?」
フォーブス男爵は目を輝かせる。
「え、ええ。まぁ……」
「お嬢様は品種改良中の畑が見たいらしいですよ。特に、好物のナスの」
焦れったくなったのかギルバートが話を進める。マーガレットは特別ナスが好物では無いが、ファインプレーである。
「それは素晴らしい! では早速支度を」
「はい、マーガレット様こちらへ」
ご夫人に促されるまま、屋敷に招かれるマーガレット。ギルバートが半笑いで見送るのがちらりと見えた。
「なんですの?」
ずび、とギルバートのハンカチで鼻を拭いつつ、マーガレットは問う。
「意識混濁、てとこですよ。これってなんです?」
「確か……ボーッとして、呼びかけに応じず、魔女だの悪魔だの呟いてたって話ですわよ。それもあって、なにか呪いのかかったものでも食べさせたのでは、と疑われましたのよ」
「へぇ……。いや、俺はお医者様の知識はないもんでよくわかりませんが、食中毒って腹に来るもんだとばかり。俺の時もそうだったんで」
「あぁ、確かに。珍しい症状ですわね。これって食中毒というよりなんだか、麻薬中毒みたいな……」
「だとすると、やっぱり薬でも盛られたってことに」
「いえ……そうとは限りませんわ」
マーガレットはなにか思いついたように、草花の図鑑をめくる。一般的に食料とはされない植物のページだ。
マーガレットが立花メグだった頃に読んだミステリに、そんな症状が出る花がでてきた気がする。
「ダチュラ……この世界でもあるのかしら」
立花メグの世界とは言語は異なるが、どうやら食材は似通っている。ならば、あの花もあるのではと。
「ギル、貴方のご実家の地方は、この花は咲いていて?」
マーガレットはアサガオのような花をつけた植物のページを指し示す。
「……似たような花は見たことがありますけど、同じかどうかは……」
花に興味などないのであろうギルは、首を傾げるばかり。
そこにある美しい花の絵の説明には、意識障害、幻覚などの症状が出る毒性の説明が載っている。
「ご自宅に飾ったりはしていませんの?」
「なかったと思いますが」
「んー、なにか、なにか思い出せそうな……。どこかで読んだことがありますの……」
再びギルバートを無視して、マーガレットは考え込む。両方の人差し指をそれぞれこめかみに当て、目を閉じて。立花メグの記憶を掘り起こす。
「……あっ!」
ピン、と記憶の糸が繋がったような感覚。
「キ〇ガイナスビ、ですわ!」
ご令嬢から発せられたとは思えない言葉に、ギルバートは声もなく固まる。だが当のマーガレットは半ば興奮気味に鼻息荒く言葉を続ける。
「今回の献立にありますわね。夏野菜のスープは、おナスを使う予定でしょう?」
「そうですが、ナスに毒はないでしょう」
「まず有り得ませんわ。でも、このお花はナス科ですの」
「間違えて育てたってことです? そんなにナスに似た実がなるわけで?」
「いいえ、おナスと間違うことはないと思いますわ。普通に育てたならば」
「普通に?」
「貴方の地方は収穫難で悩んでおりますわよね。農作物をアピールするにあたり、品種改良なんかも力を入れてませんの?」
「あぁ、やってるみたいですよ。特に親父が力を入れて。間に合うといいななんてよく話してるのを耳にしますよ」
「ギル、今すぐわたくしと、あなたの実家に参りますわよ! ご支度なさいませ!」
思い立ったら即行動。面食らっているギル バートを急かしながら、マーガレットは馬車にてサンノールを目指すのであった。
***
「わぁ、牧場ですわ! ギルバート、あれはヤギさんですわね?」
「羊さんですよ、お嬢様」
牧歌的風景を走る馬車から身を乗り出さんばかりにマーガレットがはしゃぐ。避暑地などはあるものの、基本的には都会的な公爵領からしたら、ここは何とものどかで物珍しかった。病弱で出かけることもままならなかった立花メグの時だって言わずもがなである。
「羊ですの? だって、こう、モコモコしてませんわ」
マーガレットは両手をポワポワと動かし、羊の毛を表現しようとした。
「刈り取り時期が終わってるんですよ。夏前ですからね」
「あら、そうでしたのね……。いつ頃にモコモコになりますの?」
「寒くなる頃には」
「では、その頃にもまた来ますわよ」
ギルバートの適当な受け答えを気にもとめず、マーガレットはニコニコと上機嫌である。思いのほか、田舎町が楽しいのだ。
「親父たちが喜びますよ」
「あら、あなたは喜ばないんですの?」
「自分ちでまで、お嬢様の子守りをするのはちょっと……」
「なら、毎日でも行ってやりますわ」
「勘弁してくださいよ……」
「あっギルバート、あのお花はなんですの? 青色が鮮やかで綺麗ですわ!」
「さぁ」
「貴方の鄉のお花でしょうに」
「珍しくもない花の名前なんていちいち気にしませんし」
「あっ畑から手を振ってますわよ! おーーーーい!」
次から次へと興味のあるものに目がいくマーガレット。呆れたように溜息をつきつつ、ギルバートも見慣れた町を改めて眺めつつ帰路に着くのであった。
***
「ようこそマーガレット様、こんな田舎町へ」
「歓迎致しますわ、さぁこちらへ」
マーガレットが着くなり、フォーブス夫妻はニコニコ顔でお出迎えである。
後ろに控えるのはギルバートの3人の兄と1人の弟。さらにその後ろにいる赤子をが抱いた若いご婦人は、長男のお嫁さんだろう。小さな男の子が足にしがみついている。
一家総出の歓待である。
「急な来訪にもかかわらず、熱い歓迎、感謝いたしますわ」
スカートの裾を持ち上げ、笑顔で挨拶するマーガレット。
「お嬢様なら毎日だって大歓迎ですよ!」
うへ、と嫌そうな声を漏らすギルバートを気にもせず、人の良さそうな笑みを浮かべて両手を広げるフォーブス男爵。痩せ気味でひょろりと背が高いところはギルバートと似ている気がするが、顔の作りは母親似かもしれない。マーガレットは傍らで柔らかく微笑む夫人に目を向けた。
長いまつ毛が影を落とすのか重たげに据わったような瞼だが、それが妙にミステリアスな雰囲気を醸し出す美女である。異国の血が混じっているのかもしれない。
「初めてお会いしますわね。ミモザ・フォーブスと申します」
視線に気づいた夫人は、丁寧にお辞儀をする。名前も異国の響きだ。
「マーガレット・ルークラフトですわ」
改めてマーガレットも挨拶をする。
すると、ほかの面々も順番に自己紹介を始め出す。
「お嬢様、いちいち相手にしてたら日が暮れますよ」
「あ、そうでしたわ」
うっかりそのまま食事へと招かれて話に花を咲かせかねないマーガレットの様子に、ギルバートは釘を刺す。
「フォーブス男爵、今日はわたくし、農地を見せてもらいたくて来たんですの」
「お嬢様、こんなに幼いのに農業に興味がおありなのですか?」
フォーブス男爵は目を輝かせる。
「え、ええ。まぁ……」
「お嬢様は品種改良中の畑が見たいらしいですよ。特に、好物のナスの」
焦れったくなったのかギルバートが話を進める。マーガレットは特別ナスが好物では無いが、ファインプレーである。
「それは素晴らしい! では早速支度を」
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