探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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フォーブス家の事件

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「――ギルバートを、わたくしにくださいませ」

 夕食の席にて。なにかお礼を、と申し出るフォーブス男爵に、マーガレットは食い気味で言った。

「えっ」

「あら、まぁ!」

 面食らったようにフォークが止まるギルバート。夫人は軽く頬を染めて、嬉しそうにニコニコしている。

「いや、そりゃあ歳も近いのでお近付きになれたらとは思っていましたが、うちは貧乏男爵家ですし、大貴族のお嬢様とはなにかとこう、釣り合いが」

 一転して慌てる男爵。

「違う違う」

 顔の前の手を振りながら、ギルバートが口を挟む。

「釣り合いは取れていますのよ。フォーブス男爵はお父様にも気に入られているようですし、男爵家の身分であればなんの問題もありませんわ。ギルバートは家を継ぐ予定は無いのでしょう?」

「つまり、四男のギルバートを、公爵家で働かせたいと?」

「ええ。もちろん今すぐでなくて構いませんわ。わたくし、16になる年に聖ウィンザンド学園に入学予定ですの。その時にわたくしと一緒に入学していただきたいと思いますの」

「聖ウィンザンド学園! いや、あの学校に入学させるほどの資金は家にはありませんので、その」

 男爵が慌てるのも無理はなかった。聖ウィンザンド学園は全寮制の学園で、互いの国の未来を担うものたちの交流の場としての側面もある。厳重な警備を敷かれて運営されている学園なのだ。

 各国の王族、大貴族から高位聖職者の子弟がほとんどを占めるが、一応平民でも入学は可能と門扉は広い。

 だがその金額はべらぼうに高い。大商人や銀行家などならならいざ知らず、一般の平民にとっては雲の上の話だ。

 事実貴族であるフォーブス家でも財政状況により入学困難なのである。

「学費はわたくしの家が持ちますわ。もちろん後で返せなんて言いません。それに公爵家で働くことを確約しなくても構いませんわ。卒業までの3年間、わたくしに仕えてくださればあとは好きにしてよろしくてよ」

「それは、あまりにも光栄な話ですが……公爵様がなんと言うか」

「お父様は説得してみせますわ! ね、よろしいでしょう?」

 両手を頬の横に組みあわせ、小首を傾げてお願いをするマーガレット。たじたじと押され気味の子爵は押し切られんばかり。

「断る理由はありませんが、何故そこまでしてこの息子を。親の目から見てもあまり意欲もなく、呑気に生きてるだけの子どもですが」

 親からこの言われよう。当の本人はいつものやる気がない半目で眉間に皺を寄せている。

 それを見て夫人が笑った。

「うふふふ。では、説得できた暁にはすぐに、ギルバートをお呼びくださいね」

「ありがとうございます! 決まりですわね!」

「いや、俺の意見は」

 マーガレットが嬉しそうに言うと、ギルバートが突っ込む。が、この場に彼の味方は誰もいないようであった。


***


 聖ウィンザンド学園。おぞましい事件が発生する発端となる場所。マーガレットが魔女或いは殺人鬼として不名誉な名を馳せてしまう事になる場所。

 あと4年もすればそこへ通わなくてはならないのだ。入学を拒否するのは難しいだろう。

 だから、マーガレットは味方が欲しかった。自分を信用してくれる人間がいないままあの島へ再び足を踏み入れるなど、想像するだけで恐ろしい。

 ギルバートは前回の人生においてあの場所にいなかったのだから、開始時点で事件に関わりのない唯一の人間となるだろう。

 ……いや、ハンナの本を信じるならばもう1人いることはいる。だが、その人物が味方になるかは今はまだわからない。何せまだ出会ってすらいないのだから。

 何より、ギルバートはマーガレットを物怖じすることなく諌めてくれた。この先当事者として暴走もするであろう自分を、冷静に止めてくれる存在はきっと必要になる。そんな気がするのだ。

「――では、この話を進めよう。粗相のないようにな、マーガレットよ」

「はい、わかりました」

 父へのお願いは交換条件を飲むことであっさり通った。娘が同年代の男を雇おうとするなどと面食らいもしたようだが、フォーブス男爵のことは父も気に入っていることが後押しとなった。なにも寝食を共にするでもない、あくまで娘が学園にいる間の小間使い程度の認識である。

 その代わり、大貴族の子女としての務めは果たせと言ってきた。

 ――アレクサンダー王子との婚約である。

 こんな交換条件を出さなくても、前回の人生においても決まった流れであったが、説得しやすいと持ち出してきたのだろう。

正直いさかいの火種となるであろう王子と関わりたくはなかったが、公爵家の長女としてこうなるのは仕方の無いことではある。

 部屋に戻ったマーガレットは大きくため息をついた。

「今更、そんな目で見られませんのよね……」

 アレクサンダー王子はキラキラとした金髪碧眼を持つ美男子である。眉目秀麗、文武両道の上、優しさと厳しさを持ち合わせる、品行方正で完璧な王子である。

 だから国中の女子の憧れであり、マーガレットも婚約と聞いた時は心が踊ったものだ。

 しかし今のマーガレットは、あの本を読んでしまっている。

 身分違いの恋ながら、ひたむきに王子を愛すハンナ。王子もまた、ハンナを愛した末、悲劇的な末路を辿る。

 どれだけ幸せにくっついて欲しいと願ったことか。マーガレットの存在がどれだけ邪魔で憎らしかったことか。

 ――挙句の果てには彼の死が、マーガレットを処刑台に導くことになるのだ。

「……助けてあげないと、いけませんわね」

 自身の処刑の回避はもちろん、2人の幸せのためにも。

「それに、正式な婚約を結ぶわけではございませんし」

 ぽふ、と枕に顔を埋めながら、わかっている未来に少しだけ安堵をするのだった。
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