7 / 58
フォーブス家の事件
6
しおりを挟む
「――ギルバートを、わたくしにくださいませ」
夕食の席にて。なにかお礼を、と申し出るフォーブス男爵に、マーガレットは食い気味で言った。
「えっ」
「あら、まぁ!」
面食らったようにフォークが止まるギルバート。夫人は軽く頬を染めて、嬉しそうにニコニコしている。
「いや、そりゃあ歳も近いのでお近付きになれたらとは思っていましたが、うちは貧乏男爵家ですし、大貴族のお嬢様とはなにかとこう、釣り合いが」
一転して慌てる男爵。
「違う違う」
顔の前の手を振りながら、ギルバートが口を挟む。
「釣り合いは取れていますのよ。フォーブス男爵はお父様にも気に入られているようですし、男爵家の身分であればなんの問題もありませんわ。ギルバートは家を継ぐ予定は無いのでしょう?」
「つまり、四男のギルバートを、公爵家で働かせたいと?」
「ええ。もちろん今すぐでなくて構いませんわ。わたくし、16になる年に聖ウィンザンド学園に入学予定ですの。その時にわたくしと一緒に入学していただきたいと思いますの」
「聖ウィンザンド学園! いや、あの学校に入学させるほどの資金は家にはありませんので、その」
男爵が慌てるのも無理はなかった。聖ウィンザンド学園は全寮制の学園で、互いの国の未来を担うものたちの交流の場としての側面もある。厳重な警備を敷かれて運営されている学園なのだ。
各国の王族、大貴族から高位聖職者の子弟がほとんどを占めるが、一応平民でも入学は可能と門扉は広い。
だがその金額はべらぼうに高い。大商人や銀行家などならならいざ知らず、一般の平民にとっては雲の上の話だ。
事実貴族であるフォーブス家でも財政状況により入学困難なのである。
「学費はわたくしの家が持ちますわ。もちろん後で返せなんて言いません。それに公爵家で働くことを確約しなくても構いませんわ。卒業までの3年間、わたくしに仕えてくださればあとは好きにしてよろしくてよ」
「それは、あまりにも光栄な話ですが……公爵様がなんと言うか」
「お父様は説得してみせますわ! ね、よろしいでしょう?」
両手を頬の横に組みあわせ、小首を傾げてお願いをするマーガレット。たじたじと押され気味の子爵は押し切られんばかり。
「断る理由はありませんが、何故そこまでしてこの息子を。親の目から見てもあまり意欲もなく、呑気に生きてるだけの子どもですが」
親からこの言われよう。当の本人はいつものやる気がない半目で眉間に皺を寄せている。
それを見て夫人が笑った。
「うふふふ。では、説得できた暁にはすぐに、ギルバートをお呼びくださいね」
「ありがとうございます! 決まりですわね!」
「いや、俺の意見は」
マーガレットが嬉しそうに言うと、ギルバートが突っ込む。が、この場に彼の味方は誰もいないようであった。
***
聖ウィンザンド学園。おぞましい事件が発生する発端となる場所。マーガレットが魔女或いは殺人鬼として不名誉な名を馳せてしまう事になる場所。
あと4年もすればそこへ通わなくてはならないのだ。入学を拒否するのは難しいだろう。
だから、マーガレットは味方が欲しかった。自分を信用してくれる人間がいないままあの島へ再び足を踏み入れるなど、想像するだけで恐ろしい。
ギルバートは前回の人生においてあの場所にいなかったのだから、開始時点で事件に関わりのない唯一の人間となるだろう。
……いや、ハンナの本を信じるならばもう1人いることはいる。だが、その人物が味方になるかは今はまだわからない。何せまだ出会ってすらいないのだから。
何より、ギルバートはマーガレットを物怖じすることなく諌めてくれた。この先当事者として暴走もするであろう自分を、冷静に止めてくれる存在はきっと必要になる。そんな気がするのだ。
「――では、この話を進めよう。粗相のないようにな、マーガレットよ」
「はい、わかりました」
父へのお願いは交換条件を飲むことであっさり通った。娘が同年代の男を雇おうとするなどと面食らいもしたようだが、フォーブス男爵のことは父も気に入っていることが後押しとなった。なにも寝食を共にするでもない、あくまで娘が学園にいる間の小間使い程度の認識である。
その代わり、大貴族の子女としての務めは果たせと言ってきた。
――アレクサンダー王子との婚約である。
こんな交換条件を出さなくても、前回の人生においても決まった流れであったが、説得しやすいと持ち出してきたのだろう。
正直いさかいの火種となるであろう王子と関わりたくはなかったが、公爵家の長女としてこうなるのは仕方の無いことではある。
部屋に戻ったマーガレットは大きくため息をついた。
「今更、そんな目で見られませんのよね……」
アレクサンダー王子はキラキラとした金髪碧眼を持つ美男子である。眉目秀麗、文武両道の上、優しさと厳しさを持ち合わせる、品行方正で完璧な王子である。
だから国中の女子の憧れであり、マーガレットも婚約と聞いた時は心が踊ったものだ。
しかし今のマーガレットは、あの本を読んでしまっている。
身分違いの恋ながら、ひたむきに王子を愛すハンナ。王子もまた、ハンナを愛した末、悲劇的な末路を辿る。
どれだけ幸せにくっついて欲しいと願ったことか。マーガレットの存在がどれだけ邪魔で憎らしかったことか。
――挙句の果てには彼の死が、マーガレットを処刑台に導くことになるのだ。
「……助けてあげないと、いけませんわね」
自身の処刑の回避はもちろん、2人の幸せのためにも。
「それに、正式な婚約を結ぶわけではございませんし」
ぽふ、と枕に顔を埋めながら、わかっている未来に少しだけ安堵をするのだった。
夕食の席にて。なにかお礼を、と申し出るフォーブス男爵に、マーガレットは食い気味で言った。
「えっ」
「あら、まぁ!」
面食らったようにフォークが止まるギルバート。夫人は軽く頬を染めて、嬉しそうにニコニコしている。
「いや、そりゃあ歳も近いのでお近付きになれたらとは思っていましたが、うちは貧乏男爵家ですし、大貴族のお嬢様とはなにかとこう、釣り合いが」
一転して慌てる男爵。
「違う違う」
顔の前の手を振りながら、ギルバートが口を挟む。
「釣り合いは取れていますのよ。フォーブス男爵はお父様にも気に入られているようですし、男爵家の身分であればなんの問題もありませんわ。ギルバートは家を継ぐ予定は無いのでしょう?」
「つまり、四男のギルバートを、公爵家で働かせたいと?」
「ええ。もちろん今すぐでなくて構いませんわ。わたくし、16になる年に聖ウィンザンド学園に入学予定ですの。その時にわたくしと一緒に入学していただきたいと思いますの」
「聖ウィンザンド学園! いや、あの学校に入学させるほどの資金は家にはありませんので、その」
男爵が慌てるのも無理はなかった。聖ウィンザンド学園は全寮制の学園で、互いの国の未来を担うものたちの交流の場としての側面もある。厳重な警備を敷かれて運営されている学園なのだ。
各国の王族、大貴族から高位聖職者の子弟がほとんどを占めるが、一応平民でも入学は可能と門扉は広い。
だがその金額はべらぼうに高い。大商人や銀行家などならならいざ知らず、一般の平民にとっては雲の上の話だ。
事実貴族であるフォーブス家でも財政状況により入学困難なのである。
「学費はわたくしの家が持ちますわ。もちろん後で返せなんて言いません。それに公爵家で働くことを確約しなくても構いませんわ。卒業までの3年間、わたくしに仕えてくださればあとは好きにしてよろしくてよ」
「それは、あまりにも光栄な話ですが……公爵様がなんと言うか」
「お父様は説得してみせますわ! ね、よろしいでしょう?」
両手を頬の横に組みあわせ、小首を傾げてお願いをするマーガレット。たじたじと押され気味の子爵は押し切られんばかり。
「断る理由はありませんが、何故そこまでしてこの息子を。親の目から見てもあまり意欲もなく、呑気に生きてるだけの子どもですが」
親からこの言われよう。当の本人はいつものやる気がない半目で眉間に皺を寄せている。
それを見て夫人が笑った。
「うふふふ。では、説得できた暁にはすぐに、ギルバートをお呼びくださいね」
「ありがとうございます! 決まりですわね!」
「いや、俺の意見は」
マーガレットが嬉しそうに言うと、ギルバートが突っ込む。が、この場に彼の味方は誰もいないようであった。
***
聖ウィンザンド学園。おぞましい事件が発生する発端となる場所。マーガレットが魔女或いは殺人鬼として不名誉な名を馳せてしまう事になる場所。
あと4年もすればそこへ通わなくてはならないのだ。入学を拒否するのは難しいだろう。
だから、マーガレットは味方が欲しかった。自分を信用してくれる人間がいないままあの島へ再び足を踏み入れるなど、想像するだけで恐ろしい。
ギルバートは前回の人生においてあの場所にいなかったのだから、開始時点で事件に関わりのない唯一の人間となるだろう。
……いや、ハンナの本を信じるならばもう1人いることはいる。だが、その人物が味方になるかは今はまだわからない。何せまだ出会ってすらいないのだから。
何より、ギルバートはマーガレットを物怖じすることなく諌めてくれた。この先当事者として暴走もするであろう自分を、冷静に止めてくれる存在はきっと必要になる。そんな気がするのだ。
「――では、この話を進めよう。粗相のないようにな、マーガレットよ」
「はい、わかりました」
父へのお願いは交換条件を飲むことであっさり通った。娘が同年代の男を雇おうとするなどと面食らいもしたようだが、フォーブス男爵のことは父も気に入っていることが後押しとなった。なにも寝食を共にするでもない、あくまで娘が学園にいる間の小間使い程度の認識である。
その代わり、大貴族の子女としての務めは果たせと言ってきた。
――アレクサンダー王子との婚約である。
こんな交換条件を出さなくても、前回の人生においても決まった流れであったが、説得しやすいと持ち出してきたのだろう。
正直いさかいの火種となるであろう王子と関わりたくはなかったが、公爵家の長女としてこうなるのは仕方の無いことではある。
部屋に戻ったマーガレットは大きくため息をついた。
「今更、そんな目で見られませんのよね……」
アレクサンダー王子はキラキラとした金髪碧眼を持つ美男子である。眉目秀麗、文武両道の上、優しさと厳しさを持ち合わせる、品行方正で完璧な王子である。
だから国中の女子の憧れであり、マーガレットも婚約と聞いた時は心が踊ったものだ。
しかし今のマーガレットは、あの本を読んでしまっている。
身分違いの恋ながら、ひたむきに王子を愛すハンナ。王子もまた、ハンナを愛した末、悲劇的な末路を辿る。
どれだけ幸せにくっついて欲しいと願ったことか。マーガレットの存在がどれだけ邪魔で憎らしかったことか。
――挙句の果てには彼の死が、マーガレットを処刑台に導くことになるのだ。
「……助けてあげないと、いけませんわね」
自身の処刑の回避はもちろん、2人の幸せのためにも。
「それに、正式な婚約を結ぶわけではございませんし」
ぽふ、と枕に顔を埋めながら、わかっている未来に少しだけ安堵をするのだった。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる