探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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船上の事件

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 コンコンコン!と慌てたノックの音がしたのは、それから暫くしてからのことだった。

 予定通り、司祭が駆け込んでくる。

「なんなんですの? 楽しくおしゃべりしていたのに」

「えっ……なぜルークラフト嬢がここに!?」

 文句を言うマーガレットに、司祭はギョッと仰け反る。

「司祭様。どうかしましたか?」

 慌てた様子を心配したのか、ハンナが問う。

「そうだ。大変な事が起きたんだ! 一緒に一等船室まで来ておくれ!」

 マーガレットの事はさておき、ドタバタと慌てながらハンナの手を引く司祭。マーガレットとギルバートは目配せを一度してから、2人の後を追う。

「お嬢様。あの司祭は少しキナ臭いですよ」

 隣を走るギルバートは、マーガレットに小声で告げた。

「どういうことですの?」

「俺は少し離れたところから廊下を見てましたが、あの人はハンナさんの部屋をノックするまでは、あそこまで慌ててはいませんでした」

「それは怪しいですわね……」

 何事かと振り返る周りの者をかき分けながら、大袈裟にドスドス走る、かなり寂しそうな司祭の後頭部を見つめて、マーガレットが呟いた。


***


「おぉ…… なんと言う奇跡だ!!」

その後は概ね、予定通りに事が進んだ。

 副学長が目を覚まし、ハンナに感謝する。

やはりハンナは呆然としていたが、すぐに群衆に囲まれてしまう。

「ハンナ!」

 思わず助けに行こうと駆け寄るマーガレットだが、人混みに押されて中々たどりつけない。

 すると後方から、よく通る声が聞こえた。

「道を開けてくれ!」

 振り向くと、そこに居たのはアレクサンダーだった。まだ15歳の少年とは思えない、凛とした佇まいである。

「アレクサンダー様!」

 思わずマーガレットが名を呼ぶと、周囲からどよめきが起こる。無理もない。クロノス王国唯一の王子が、そこに居るのだ。

 彼はマーガレットを見ると、任せてくれと言わんばかりの頼もしい笑顔で頷く。

 あっという間に群衆をかき分けると、アレクサンダーはハンナに手を差し伸べた。

「大丈夫か? よく頑張ったね」

 優しい笑みを向け声をかける。しばらく呆然としていたハンナだが、「はい」と小さく返事をすると、途端に泣き出してしまう。

「彼女は今しがた、こんな恐ろしい現場で人を救っていたんだ。突然囲まれたら怖い思いをすると、わからないのか?」

 そう言って、群衆を蹴散らし、ハンナを守るように肩を抱いた。

「あぁ……尊いですわ」

 記念すべき、2人の出会いのシーンである。感無量とばかりにマーガレットは両手を顔の前で組んだ。

「んなこと言ってる場合ですか」

「そうだったわ!」

 極めて冷静なギルバートのツッコミに、マーガレットはすぐに我に返る。

「ハンナ! 大丈夫ですの?」

 アレクサンダーに支えられながらこめかみ辺りを押さえているハンナに、マーガレットも駆け寄る。

「あ……マーガレット様。大丈夫です。今回は命を失ってからそう時間が経ってなかったので間に合いました。すみません、力を使うといつも頭が痛くなってしまって、考えが止まってしまうんです」

「無理しないで。どこかで休むといいわ」

「マーガレット、君は彼女と知り合いなのか?」

 2人の会話を聞いたアレクサンダーが、意外そうに尋ねる。

「ええ。お友達で、」

 そう応えたマーガレットの声をかき消すように、背後からどよめきが聞こえた。

「これは……ルークラフト家の紋章ではないかね?」

 ざわざわと、大人たちの声がする。マーガレットを知るものは、一斉にこちらを見た。

「……来ましたわね。アレクサンダー殿下。ハンナをお願いしますわ」

「何事だ?」

 ハンナを椅子に座らせつつ、アレクサンダーが眉を顰める。

 マーガレットは深呼吸をひとつして、騒ぎの元の方へ歩き出した。少し遅れてギルバートがその後について行くが、彼はどよめきの中心――先程まで死体になっていた副学長ではなく、そのそばに佇む司祭を見た。何かしくじったかのように、目を泳がせている様子だ。

「なんですの、大の大人が揃いも揃って慌てて。言いたいことがあるなら、このマーガレット・ルークラフトが聞きますわよ」

 マーガレットは大人たちの前に立つと、腕を組んでふんぞり返る。

 ここからが、正念場である。


***


「私は部屋で仕事をしておりました。そして、誰かが訪ねてきたのです」

 荒らされたままの部屋の中、自らの部屋で椅子に座り、事件当時を語り始める副学長。丸い顔に時折汗がしたたり、ハンカチで拭う。

「それは、誰でしたの?」

 ソファで腕と足を組み、偉そうに座るマーガレットが問う。傍らにはギルバートが立ち、隣にはハンナ、そしてアレクサンダーが座っている。司祭やほかの何人かの大人や生徒は、様子を見るように立っていた。声をかけた何名を部屋に招き入れ、ほかの群衆はアレクサンダーの従者が追い返したのだ。ドアの外では今も彼が睨みを聞かせている事だろう。

「それが、覚えのない若い女性で。こう、仮面舞踏会で付けるようなマスクをして、黒いドレスで」

「いかにも怪しいですわ。そんな方を無警戒に招き入れたんですの?」

「それがその……美しい、方でしたので………」

 はぁ、とマーガレットはため息をついた。

「副学長。あなたは教育者としてこの船に乗っているんじゃないか。自分の立場を考えないものか?」

 アレクサンダーが心底軽蔑したように言う。

「ま、まぁ彼は被害者ですし、あまり責め立てるのも」

 司祭が慌てて庇う。

「教育者とはいえ人間だし、自室でのことでとやかく言うのも可哀想じゃないですかねえ、王子さん」

 そう言葉を発したのは、生徒の1人だった。

 ノア・レッドラップ。

 彼は1つ上級生で、レッドラップ商会の会長の孫。鮮やかな赤の癖毛に長いまつ毛、ヘーゼルの瞳を持った美男子だ。

 ドアをこじ開けるのに協力したため、彼も第一発見者として場に残っている。

 マーガレットはギルバートを振り返り、「レッドラップ」と口の動きで伝えた。

 すぐに察したらしいギルバートは、いつもは重たげな瞼を一瞬見開いて、警戒するように彼を見た。

 4年前、彼の家で起きそうだった事故。裏で糸を引いているのではと、マーガレット達が目をつけている商会だ。結局商人はあれ以降現れず、有耶無耶になっていたが――

「僕もプライベートのことまではとやかく言うつもりは無い。だが生徒を引率中の身だろう」

 呆れたようにアレクサンダーが言う。

「なら、崇高な教育者でも惑う、色香を持っていた魔女なのかもしれませんねえ」

 ――魔女。そうだ。その言葉を最初に出したのは、彼だった。

 これを発端に、犯人は黒衣の魔女という流れができるのだ。

「……話を先に進めませんか。なんか脱線してますが」

 流れを遮ったのはギルバートだった。横目でノアを見据えている。

「うむ。すまない、続けてくれ」

 アレクサンダーが促すと、副学長はまた語り出す。

「招き入れたら突然、後ろ手に鍵を閉めた音がしまして。その次の瞬間です――刃物を振りかざしてきたのは。恐ろしくて逃げたところを、背中を刺されたのだと思います。鋭い痛みで、すぐに倒れてしまいました。そして、だんだん意識が遠のいて――おそらくその時、死んだのだと思います……」

 ああ恐ろしい、と身震いをする。

「その女性の特徴が知りたいところですよねえ」

 軽薄そうな薄ら笑いを浮かべて、ノアが言う。

「髪は黒髪で、こう、スラリと背が高く――背丈はちょうど、そこのお嬢様くらいで」

 副学長はちらりとマーガレットを見た。マーガレットの方はギリ、と怒りを込めた目で相手を睨む。

「その後、発見までの経緯は?」

 アレクサンダーが言った。まるで刑事みたい、とマーガレットはつい思う。

 はい、と大人のひとりが手を挙げた。細身で背が高く、紺色のワンピースを着て眼鏡をかけた中年の女性だ。そしてきっちりと結い上げられたひっつめ髪は――黒髪である。
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