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怪盗シャーマナイト
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怪盗シャーマナイト。異国の黒い宝石の呼び名を、誰が名付けたのかは知らない。しかし彼の噂は学園都市のあるウィンザンド島のあちこちで聞こえてきた。黒いマントに異国の仮面。月明かりの夜に現れる銀髪の男。
教会の絵画を盗んだり、学園の金庫を荒らしたり。要人の子女が集まり警備の厳重なこの島を自由に動き回る怪盗。
滅多に現れるわけではなかったが、そのダークヒーローさながらの活躍は、島中の注目を集めるのも当然であった。誰もがそのミステリアスな正体を知りたがっていたものだ。
今回、彼が現れるかはわからない。だがマーガレットはどうしてももう一度、彼に会いたいと思っている。
彼は――魔女だ殺人鬼だと、恐れられ罵倒されたマーガレットの、唯一の味方と言っていい存在だった。何度か救ってもらった恩がある。だが、彼がなぜマーガレットを助けてくれたのか、最後まで分からないままであった。
――あの時、牢獄から魔女を盗み出した怪盗。月灯りの中の逃避行は、マーガレット最後の自由であった。
「お嬢様。なにボーッとしてるんですか」
心ここに在らずだったマーガレットは、ギルバートの声にハッと顔を上げる。
学園の中庭。その一角にて、ギルバートが言う。マーガレットは王子の婚約者候補でありながら年頃の男子を従者とする、奔放な令嬢であるとの噂は確かに流れている。それは確かに事実だが、人目につかない場所をこそこそ探してハレンチな噂に拍車がかかることは避けたかった。だから、開けた場所の方が作戦会議には都合が良かった。通りすがりに会話の断片を聞かれることはあっても、内容全てを聞かれるわけではない。
「次は、夏休み前になりますから……少し先ですわよね。カイロス公国の姫君が……」
「入学式で挨拶もされてましたね。今回も生徒会長をやっているようで」
クロノス王国と連なるカイロス公国。女王の収める国である。三番目の王位継承権を持ち、学園でも生徒会長を勤める優秀な女性である。そんな彼女を襲った悲劇。休み前の舞踏会での出来事である。皆が注目していた舞台の上で、シャンデリアが落ちてきたのだ。
遺体は潰されて、1時間では到底重たいシャンデリアをどかすことなど出来なかったため、ハンナの蘇生も間に合わなかった。
事故か事件かもわからない出来事である。そしてまた、マーガレットが疑われたのだった。
「今はまだ、出来ることはありませんわね。あの時間あの舞台上に誰もいなければ良いのですけれど、舞踏会のプログラムもまだわかりませんし」
「シャンデリアだけでも確認しておきましょうか」
「高い天井の上ですわよ? どう確認するって言うんですの?」
「こう、階上席から柱に登って、梁をなんとかして」
「ギル。貴方が身軽に動けることは知っておりますけれど、さすがに無理があるわ。怪盗シャーマナイトではあるまいし」
「怪盗シャーマナイト? 何ですかそのダサい名前」
「それは……なんでもありませんわ!」
マーガレットは慌てて誤魔化す。怪盗の正体を暴くのは一連の事件とは無関係である。とマーガレットは思っている。
なにより、なんとなく後ろめたい気がして、ギルには話しづらいのだ。
次の事件までの間の怪盗探しは、マーガレットが一人でやることに決めているのである。
***
「あっ。見て! アレクサンダー様よ」
ヒソヒソ声出あるものの、浮ついた様なその響きは、教室で自習をしている女子生徒達の注目を集めるには十分であった。
基本的に男女は別のカリキュラムである。本日は担当の教師の都合で、この時間1年生の女子は自習となっていた。
窓の外では掛け声が聞こえてくる。男子生徒が剣術の訓練をしているのだ。自習に飽き飽きしていたマーガレットも、どれどれと窓の外を見る。どうやら2年生と合同らしい。頭一つ分大きいライナスの姿や、赤毛が目立つノアもいる。
そして、アレクサンダーと剣を交わそうとしているのは――ギルバートであった。
「相手の方、お可哀想に」
見物している女子生徒がくすくす笑うので、マーガレットはつい彼女を睨みつけた。
とはいえ、剣の腕は騎士団とやりあっても引けを取らないと噂のアレクサンダーの相手をギルバートが務まるとはマーガレットも思ってはいない。
「どちらの方を応援するんですか、マーガレット様」
ハンナがニコニコと微笑みながら声をかけてくる。
「あら。どういう意味ですの?」
マーガレットはとぼけるように首を傾げる。
「婚約者のアレクサンダー様と、幼なじみのギルバート様と」
「何度も言いますが、正式に婚約はしておりませんし、ギルバートも主従関係であるだけよ」
まだ学園での生活が始まったばかりである。ハンナとアレクサンダーにお互いの恋心が芽生えるのはまだ先ではありそうだが、ここはハッキリさせておくべきと思った。
「あっ。始まりましたわよ!」
女子生徒の歓声が上がる。
まずはアレクサンダーが一太刀、鋭く振るう。それをギルバートは上手く受け流し、反撃した。だがそれはあっさりアレクサンダーに跳ね返され、ギルバートは後ろに飛ぶ。
その後向かい合い、一瞬の間。アレクサンダーがなにやらギルバートに声をかけたようだった。ギルバートが返事をしたかは知れないが、再び、先程より勢いの良い一撃が上からギルバートを襲う。模擬刀であろうと当たったら骨くらいは折れそうな勢いだったが、ギルバートは間一髪それを横に躱す。だが、それを読んでいたアレクサンダーはすかさずひらりと刀身を傾け、斜め下から切り上げるように追いかけた。ギルバートが咄嗟にしゃがんでそれを避けると、今度は下から素早く突きを繰り出す。アレクサンダーは剣の柄部分でそれを受け止めた。
再び距離をとる2人。手に汗握るような攻防に、マーガレット達は声も出なかった。
「あっ。ノア様が手を振っていらっしゃるわ!」
再び起こった浮ついた歓声。見ると試合観戦をしていたノアがこちらに気づき手を振っている。ノアはかなり人気があるようで、黄色い声が上がった。
が、ライナスがノアを小突いて、再び試合の方へ無理やり顔を向けさせる。アレクサンダーとギルバートは1度ちらりとこちらを見上げたものの、すぐにまたお互いに向き直る。
今度仕掛けたのは、ギルバートの方だった。横から薙ぎ払うような剣を繰り出し、それをアレクサンダーに止められ、そのまますっぽ抜けるように飛ばされた。剣を失ったギルバートは両手を上げ、降参のポーズをする。
ワッと男子生徒たちの歓声が上がり、ノアがギルバートの肩に手を回す。ギルバートの方は迷惑そうにそれを振り払っていた。
「やっぱり、アレクサンダーはお強いですわね」
「でも、相手の方も中々でしたわよ」
「手を抜いていたのではなくて? 王子はお優しいのよ」
好き勝手に噂をする女子生徒たち。ざわつくのも無理もない。マーガレット自身、かなり驚いている。ギルバートがそれなりに動けることは知っていたが、まさかアレクサンダーに通用するレベルだとは思いもしなかった。なんなら、やる気のない顔で授業を受けているから引き立て役に抜擢されるのだと、後でからかおうと思っていたくらいだ。
「お強いですね、お2人とも!」
ハンナだけは素直に手を合わせて感激していた。
教会の絵画を盗んだり、学園の金庫を荒らしたり。要人の子女が集まり警備の厳重なこの島を自由に動き回る怪盗。
滅多に現れるわけではなかったが、そのダークヒーローさながらの活躍は、島中の注目を集めるのも当然であった。誰もがそのミステリアスな正体を知りたがっていたものだ。
今回、彼が現れるかはわからない。だがマーガレットはどうしてももう一度、彼に会いたいと思っている。
彼は――魔女だ殺人鬼だと、恐れられ罵倒されたマーガレットの、唯一の味方と言っていい存在だった。何度か救ってもらった恩がある。だが、彼がなぜマーガレットを助けてくれたのか、最後まで分からないままであった。
――あの時、牢獄から魔女を盗み出した怪盗。月灯りの中の逃避行は、マーガレット最後の自由であった。
「お嬢様。なにボーッとしてるんですか」
心ここに在らずだったマーガレットは、ギルバートの声にハッと顔を上げる。
学園の中庭。その一角にて、ギルバートが言う。マーガレットは王子の婚約者候補でありながら年頃の男子を従者とする、奔放な令嬢であるとの噂は確かに流れている。それは確かに事実だが、人目につかない場所をこそこそ探してハレンチな噂に拍車がかかることは避けたかった。だから、開けた場所の方が作戦会議には都合が良かった。通りすがりに会話の断片を聞かれることはあっても、内容全てを聞かれるわけではない。
「次は、夏休み前になりますから……少し先ですわよね。カイロス公国の姫君が……」
「入学式で挨拶もされてましたね。今回も生徒会長をやっているようで」
クロノス王国と連なるカイロス公国。女王の収める国である。三番目の王位継承権を持ち、学園でも生徒会長を勤める優秀な女性である。そんな彼女を襲った悲劇。休み前の舞踏会での出来事である。皆が注目していた舞台の上で、シャンデリアが落ちてきたのだ。
遺体は潰されて、1時間では到底重たいシャンデリアをどかすことなど出来なかったため、ハンナの蘇生も間に合わなかった。
事故か事件かもわからない出来事である。そしてまた、マーガレットが疑われたのだった。
「今はまだ、出来ることはありませんわね。あの時間あの舞台上に誰もいなければ良いのですけれど、舞踏会のプログラムもまだわかりませんし」
「シャンデリアだけでも確認しておきましょうか」
「高い天井の上ですわよ? どう確認するって言うんですの?」
「こう、階上席から柱に登って、梁をなんとかして」
「ギル。貴方が身軽に動けることは知っておりますけれど、さすがに無理があるわ。怪盗シャーマナイトではあるまいし」
「怪盗シャーマナイト? 何ですかそのダサい名前」
「それは……なんでもありませんわ!」
マーガレットは慌てて誤魔化す。怪盗の正体を暴くのは一連の事件とは無関係である。とマーガレットは思っている。
なにより、なんとなく後ろめたい気がして、ギルには話しづらいのだ。
次の事件までの間の怪盗探しは、マーガレットが一人でやることに決めているのである。
***
「あっ。見て! アレクサンダー様よ」
ヒソヒソ声出あるものの、浮ついた様なその響きは、教室で自習をしている女子生徒達の注目を集めるには十分であった。
基本的に男女は別のカリキュラムである。本日は担当の教師の都合で、この時間1年生の女子は自習となっていた。
窓の外では掛け声が聞こえてくる。男子生徒が剣術の訓練をしているのだ。自習に飽き飽きしていたマーガレットも、どれどれと窓の外を見る。どうやら2年生と合同らしい。頭一つ分大きいライナスの姿や、赤毛が目立つノアもいる。
そして、アレクサンダーと剣を交わそうとしているのは――ギルバートであった。
「相手の方、お可哀想に」
見物している女子生徒がくすくす笑うので、マーガレットはつい彼女を睨みつけた。
とはいえ、剣の腕は騎士団とやりあっても引けを取らないと噂のアレクサンダーの相手をギルバートが務まるとはマーガレットも思ってはいない。
「どちらの方を応援するんですか、マーガレット様」
ハンナがニコニコと微笑みながら声をかけてくる。
「あら。どういう意味ですの?」
マーガレットはとぼけるように首を傾げる。
「婚約者のアレクサンダー様と、幼なじみのギルバート様と」
「何度も言いますが、正式に婚約はしておりませんし、ギルバートも主従関係であるだけよ」
まだ学園での生活が始まったばかりである。ハンナとアレクサンダーにお互いの恋心が芽生えるのはまだ先ではありそうだが、ここはハッキリさせておくべきと思った。
「あっ。始まりましたわよ!」
女子生徒の歓声が上がる。
まずはアレクサンダーが一太刀、鋭く振るう。それをギルバートは上手く受け流し、反撃した。だがそれはあっさりアレクサンダーに跳ね返され、ギルバートは後ろに飛ぶ。
その後向かい合い、一瞬の間。アレクサンダーがなにやらギルバートに声をかけたようだった。ギルバートが返事をしたかは知れないが、再び、先程より勢いの良い一撃が上からギルバートを襲う。模擬刀であろうと当たったら骨くらいは折れそうな勢いだったが、ギルバートは間一髪それを横に躱す。だが、それを読んでいたアレクサンダーはすかさずひらりと刀身を傾け、斜め下から切り上げるように追いかけた。ギルバートが咄嗟にしゃがんでそれを避けると、今度は下から素早く突きを繰り出す。アレクサンダーは剣の柄部分でそれを受け止めた。
再び距離をとる2人。手に汗握るような攻防に、マーガレット達は声も出なかった。
「あっ。ノア様が手を振っていらっしゃるわ!」
再び起こった浮ついた歓声。見ると試合観戦をしていたノアがこちらに気づき手を振っている。ノアはかなり人気があるようで、黄色い声が上がった。
が、ライナスがノアを小突いて、再び試合の方へ無理やり顔を向けさせる。アレクサンダーとギルバートは1度ちらりとこちらを見上げたものの、すぐにまたお互いに向き直る。
今度仕掛けたのは、ギルバートの方だった。横から薙ぎ払うような剣を繰り出し、それをアレクサンダーに止められ、そのまますっぽ抜けるように飛ばされた。剣を失ったギルバートは両手を上げ、降参のポーズをする。
ワッと男子生徒たちの歓声が上がり、ノアがギルバートの肩に手を回す。ギルバートの方は迷惑そうにそれを振り払っていた。
「やっぱり、アレクサンダーはお強いですわね」
「でも、相手の方も中々でしたわよ」
「手を抜いていたのではなくて? 王子はお優しいのよ」
好き勝手に噂をする女子生徒たち。ざわつくのも無理もない。マーガレット自身、かなり驚いている。ギルバートがそれなりに動けることは知っていたが、まさかアレクサンダーに通用するレベルだとは思いもしなかった。なんなら、やる気のない顔で授業を受けているから引き立て役に抜擢されるのだと、後でからかおうと思っていたくらいだ。
「お強いですね、お2人とも!」
ハンナだけは素直に手を合わせて感激していた。
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