探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉

無軸キリ

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ルークラフト家の兄妹

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「実行犯というと……」

「踏み板に細工をした犯人だ」

「……詳しく聞かせて」

「換金所で、汚い身なりの男がカイロス公国の通貨を大量に持ってきたと通報があったらしい。それで憲兵が話を聞くと、身なりの良い偉そうな女から、今日の午前中、三十枚目の踏み板の留め具を外しておけと依頼されたと吐いたらしい」

 姉妹国ではあるカイロスだが、通貨はそれぞれ違う。景気によって価値は変動するから、店でそのまま使用することは難しい。しかし行き来の多い間柄なので、換金所を通せばその日のレートで換金するのは容易である。それでも、身なりの悪い人間が大量に持ってきたら、それは怪しまれるだろう。

 しかし。

「……それがイザベラ様だと?」

「そこまでは定かでは無い。自ら依頼したとも限らんしな」

「……変ね?」

「何がだ」

「だって、わざわざカイロスの通貨で支払う必要がありまして?」

「何を言ってるんだ。カイロスの人間なのだから、カイロスの金を持っているだろう」

 マーガレットは少しもどかしくなった。ギルバートなら、アレクサンダーなら、この違和感をすぐに指摘してくれただろう。

「どうしてあらかじめ換金をしておかなかったのかしら? イザベラ様のような方であれば、怪しまれることなく大金でも換金できたはずよ。……いいえ、むしろここに来る前に、クロノス通貨を用意していないなんてこと、ありますかしら? たくさん持っているはずよ。どうして、わざわざ怪しまれるような身なりの悪い者に、カイロスの通貨を渡しましたの? クロノス通過であれば少なくとも、こんなに早く捕まることはなかったはずよ」

「それは……確かにおかしな話だが。そこまで頭が回っていなかったんじゃないか? こんなことをやらかすんだ。正気の沙汰では無い」

「頭が固いわね、お兄様は……。どうしてイザベラ様の話を聞くことを、ここまで拒みますの? 話を聞くだけですわよ。それで犯人なのなら、それまでだわ」

「それは……」

「怖いんですのね? イザベラ様が極悪な女であるのを見てしまうのが」

「そ、そんなことは……」

「イザベラ様は、確かに褒められた女性ではありませんわよ。殿方に媚びを売るのが役目かのようなはしたない目つき、誘うようにニヤついた唇、惑わすようなボディタッチ、まるで売女ですわよね。それに発言も如何かと思いますわ。頭が足りないと申しますか、話し方からしてまるで幼児のような……」

 マーガレットはあえて下品な言葉を並べてイザベラを侮辱する。ジークフリードは黙って聞いていたが、やがてわなわなと震え始めた。

「マーガレット! それ以上の発言は許さない……!」

 怒りを堪える様子で、ジークフリードが語気を強める。

「そこまでお怒りになられるなら、まだイザベラ様を想っておられるのでしょう!? まだ、今なら間に合うかもしれないのよ、お兄様!」

「何に間に合うと言うんだ!?」

 マーガレットは背伸びをして、兄の耳元に口を寄せた。

「お兄様。イザベラ様を、助けましょう。あの橋の上でのことは、わたくしとギルと、お兄様しか見ておりませんでしたわ」

「なっ……! お前、まさか」

 ジークフリードは一歩下がってマーガレットを見下ろす。マーガレットは口元に人差し指を当てた。

「イザベラ様は、わたくしを助けようと突き飛ばした。お兄様は気が動転してイザベラ様を捕らえたけれど、よく考えたら誤解だった……なんていう筋書きではいかがかしら? お兄様は少し泥を被ることになりますが」

「……裁判での偽証は、神に背くことと同じだぞ」

 狼狽えながらも、ジークフリードは小声で話す。

「ですから、裁判になる前に言いくるめるんですわ」

「嫌っていただろう。イザベラのことを」

「嫌いですが、憎んではいませんもの」

 マーガレットは思い出していた。あの処刑台で憎悪の目線や罵倒を受ける中、イザベラは目を見開き、悲しそうに泣いていた。

 あの時はそれも演技だろうと思っていたけれど、あの時イザベラは1人だった。

 或いは嫁ぐ家の評判が落ちたことを嘆いていたのかもしれない。

 けれど、あの表情の真意はもうわからないのだ。

「後悔したくありませんのよ。お兄様、恐れている場合じゃないでしょう? しっかりしてくださいませ! 泣きべそかく羽目になってからでは遅いのよ!!」

 マーガレットの処刑の前、牢獄に訪れたジークフリードは泣いていた。

 こんなことになるとは思わなかった。もっとお前の話を聞くべきだったと。

 今更なんなんだとマーガレットは彼を突っぱねた。もうこの段階になったら家の名誉のために妹すら裁く姿を見せるしかないのだから。

 全くもって世話のやける兄なのだ。マーガレットは呆れを通り越して懐かしさすら覚える。

「お、俺が泣きべそをかくわけがないだろう! 子供の頃と違うんだ!」

「いいえ! お兄様は泣き虫ですわ! しかも頭がカチコチで、怖がりで、視野がせまくって!!」

「お前だって生意気で、我儘で、子供っぽくて、頑固者で!」

 もはや幼い兄妹喧嘩である。この光景自体は珍しくもないので、廊下の使用人たちも慣れたものとして傍観しているが、この騒ぎに気づいた者がいた。

「ジーク様!? マーガレット様がそこにおられますの!? ご無事なのですね!?」

 部屋の中からイザベラの声と、兵士の制止する音。

 大騒ぎの声がドア越しに届いたのだ。マーガレットはすかさずドアに縋り付く。

「イザベラ様、わたくしは無事ですわ! 従者のギルは重傷を負いました」

「あぁ、良かった……!」

「良くないですわよ!」

 相変わらず従者を蔑ろにする返答には腹が立つが、会話は成り立っている。ルークラフト家の人間が、どれだけ話を聞かなかったのか、これだけでも察せるものだ。

「マーガレット様、わたくし……わたくし、貴女が落ちるとは思わなくて、その、信じられないかもしれませんがわたくしあの時、あっ!」

 部屋の中から乱雑な音と、イザベラの短い悲鳴が聞こえた。乱暴に取り押さえられたのか。マーガレットはジークフリードを振り返る。

 彼は困ったような顔でマーガレットを見下ろした。

「お止めなさい! わたくしは話を聞きますわ! 開けて頂戴!」

 マーガレットはドアをドンドンと叩く。話を聞いて、と叫ぶ声がした。

「なりません。暴れて危険です」

 中の兵士が答える。

「お兄様! イザベラ様はか弱い女性ですわよ! 何も感じませんの!?」

「………何も感じないわけないだろう!」

「でしたら、お話を!」

「しかし、公爵様の意向は」

「お父様が怖いんですの!? 小公爵様!」

 マーガレットは皮肉を込めてそう呼んだ。

 ジークフリードは目を閉じて眉間に皺を寄せる。

「…………わかった。開けろ。命令だ」

「しかし、公爵様の厳命で」

「公爵様がご不在の間、権限は誰にある? 言ってみろ」

「それは……ジークフリード様でございます」

 兵士は戸惑いながら返事をした。確かにそれは事実である。ジークフリードが父である公爵を差し置いてそれを振りかざしたのは、初めてのことだった。

「格好良いですわ、お兄様!」

 静かに開く扉を前に、マーガレットは初めて兄にそう告げた。
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