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終章
薫風
まだ冷たさの残る風が、のどやかな日の光を含んで少しだけ柔らかな香りを纏う。
いわゆる日向の匂いというものだろう。花の香りも時折混じる、心地よい空気である。そんな中、ちょっと重たくそして情けない声による無遠慮な邪魔が入った。
「なあ、詩、作って」
もう干からびたとでも言わんばかりに、諦めきった一言である。
先程から一向に筆が進まず、墨も乾いてから久しい様子には気が付いていた蘇汎だったが、傍らに座して書をめくる手を止めず、敢えて景舜のことは気にしないふりを決め込んでいた。しかし露骨に構ってほしいと弱音を吐かれ、これ以上無視はできなくなってしまった。
「景舜……無茶を言うものではないよ。試験場でしかお題は明かされない。あらかじめ作っておいても仕方がない」
当然わかり切ったことを口にすることで、何かの効果があるわけではない。かといって、適当な気休めを言ってもわざとらしいだけだ。とりあえず蘇汎にできることと言えば、書から目を離して気のすむところまで景舜の相手をしてやるだけだ。
「そこを何とかさ。あんたが作ってくれたの覚えていくから、出題されそうなお題で作ってよ。あんたなら十や二十くらい朝飯前だろ」
「……景舜」
「わーってる。でもさ、ほんとこればっかりは全然無理なのよ……」
細くなり消えそうな声を卓の上に吐き出し、景舜は肩を落とした。
彼の言うように、詩を詠ずるのにはかなり向き不向きがあって、幼少よりそういった教育を受けていても必ず良いものが作れるというものでもない。そもそもが武人である景舜にとってかなり酷な存在であることは明確だ。しかし、それも知識や論述と並ぶ大事な試験課題である。なんとかして挑んでもらうしかない。
「そのようなもの、詩集を読んでいればそこそこのものを作れるようになるだろう。君の字はなかなか味わいがあっていい。それに合わせたような詩を作るといいのではないか。字と詩の調和は加点要素だ」
これも気休めにしか聞こえないのだろうが、蘇汎はそう言って少しでもやる気になってもらおうとする。しかし今日の景舜は余程気分が重いようだ。紙を広げた卓にベタリと突っ伏して、うじうじと泣き言のようなものを言い続けている。心の底から苦手なのだろう。
「だから、詩が浮かばねえの」
「論述は完璧なのにな。惜しい」
「って、諦めないでくれる?」
「私にどうしろと? 試験にさえ受かってくれれば私の出る幕かもしれんが、資格を得てくれないことにはな」
「だー!」
景舜、完全に煮詰まったようだ。それが可哀そうではないとまでは、言わないが。
国試の出題は、国家機密並みの厳重な扱いだ。複数の試験官により出題され、封緘を施されて、それは鍵付きの扉の中で見張りまでつけて厳重に保管される。当日試験官の手によって開けられ、くじでその中から一つが選ばれてその場で受験者に発表されるというものだ。そこまでせねばならぬほど、過去に不正が乱発していたゆえのことで、それでも試験官に取り入った者やその弟子は有利だとか、他にもいろんな要素が入る。もちろん、金と親の権威があれば無試験で合格する方法もあるが、景舜は純粋に自分の力で合格を勝ち取るしかない。かつて蘇汎も国試を受けた経験があることと、試験官に選ばれる人物の性格や思考の傾向を知りやすいという点で、ほんの少しだけ有利かもしれない程度のことだ。
まだ、二年ある。彼は基本的な学びを身に着けていたから、ぎりぎり可能な準備期間であると蘇汎は見ている。本人も、真っ新の状態ではさすがに諦めていたことだろう。
できれば手を貸してやりたいところだが、根性を見せてほしい気持ちもあり、なんだかんだと宥め励ましていくしかないのだろうと思っているところだ。
「役所に勤めながらの準備が並大抵の大変さでないことは、私もわかっているよ。しかし、私は君を信じている」
「それ言われるとな……」
「私のために頑張ってくれ。君を置いて都になど、帰るつもりはない」
卓の上から、にゅうと景舜の手が伸びた。それが、クイと蘇汎の袖をつまんで引っ張る。まるで幼子のような仕草で甘えられ、蘇汎は彼の方に顔を向けてそっと近づけた。
「お父様!」
戸口から元気すぎる声が飛び込んできて、二人は咄嗟に身を離した。唇の触れ合う一瞬前のことである。
声を追って愛娘が姿を現し、蘇汎の元に駆け寄ってきた。どこから駆けてきたのか、額をぺろりと出して、さながら腕白坊主のようである。
「これ。慎みがないぞ。女子は裾を翻さぬように歩きなさい。ましてや家の中で走ってはいけない」
「はい、お父様!」
素直だ。しかし、調子がいいともいえる。屈託のない笑顔で、まったく堪えた様子もなく返事をされ、この娘をどうしたものかと頭を悩ませる蘇汎である。
その梅梅に座るように言おうとしたが、彼女の方が先に口を開いた。
「お父様、お首が赤いです。虫に刺されましたか」
「……!」
机に伏していた景舜が、がばっと顔を上げた。
蘇汎は痒みなどではない理由に覚えがあって、慌てて手で首を隠す。
「そこではありません。ここ」
何も知らない梅梅が、襟の後ろから少し左に寄った一点に、指で触れて見せた。そこはよく景舜が唇で吸う場所であり、蘇汎のちょっとした弱点でもある。昨晩つけられた跡が残ったようだ。蘇汎は座っているが梅梅は立っているので、襟元もよく見えるらしい。
「お薬塗りますか?」
「いいや、大丈夫だよ。すこし痣になった程度だろう。痛みも痒みもないから、心配しなくていい」
「わかりました」
じろと景舜を睨むと、ニヤニヤと嬉しそうにしているのだから困ったものである。今日は蘇汎が久しぶりに取った休みなので、他の者に見られることがなくてよかった。まあ、休みだからこういうことになったわけではあるが。
そこにあまり梅梅が心配を掛けぬよう、とりあえず彼女を前に座らせ、蘇汎は一呼吸をついた。
「で、いかがした、梅梅?」
向き合ってやれば、梅梅は父親が自分の話に耳を傾けてくれると知り、目を輝かせた。
「はい。さっき、新しいお服が届きました。見ていただきたくって」
「そうか。それで玄関が賑わっていたのだね。どうだ、気に入ったか? この辺りの特産の織物だよ。前に贈った手巾とよく似た柄だろう」
前に景舜と行った店に、梅梅の分として作らせたものだ。この様子だと、満足してくれたようだ。
「はい。とっても綺麗。着るのが楽しみです」
「今度、それを着てお出かけをしよう。景舜が案内してくれる」
「本当ですか!」
どうしても長官舎にこもりきりになる梅梅、出かけることは嬉しくて仕方がないらしい。しかも景舜の案内と聞いて、更に気分が上がったようだ。後ろにいる彼に礼を言ったが、しおれた景舜の様子に気が付いたらしい。
「舜兄さん、またお勉強?」
「ああ。毎日頑張ってるぞ。お前も見習いな」
二人は既にこういう会話である。
梅梅が景舜に懐くのは一瞬だった。彼の逞しい腕で「高い高い」をしてもらったら、イチコロだった。蘇汎としてはもう少しふつうにおとなしい子に育てるつもりなのだが、どうも梅梅の性格がそれを許しそうにない。男親が二人ならなおの事それが危惧され、本意なくとも自分が母親役を買って出なければならぬのかと、当面思案中である。
「梅梅も頑張っています。昨日漢字を三つ覚えました」
「そっか。梅梅は賢いな。頑張って宮廷女官にでもなるといい」
「ん-。梅梅は女官さんではなくって、女剣士になりたいです。だから、手習いとかお作法じゃなくって、舜兄さんが剣術を教えてください」
聞き捨てならぬ会話になり、蘇汎は慌てて口をはさんだ。
「待て梅梅。それはどうかと思う。剣士など戦に出るんだぞ。だめだ。女官でも護身術は身に着けられる。それくらいにしておきなさい」
特殊な例として、高貴な女性に付く女剣士というのも存在はする。するが我が娘がそれを目指すというのにはとても納得がいかない。
しかし梅梅はツンと唇を尖らせて、
「嫌です。お父様より強くなって、舜兄さんを打ち負かします」
へへんとばかりに言い返したものだ。
「梅梅……」
「小梅……」
なんだかよくわからない方向に育ちそうな娘がいよいよ不安になってきた。やはり女親がいないとこうなるのか。それ以前な気がしてならないが、瑞と自分との娘であってそういう要素は存在しないはずなのである。
「梅梅、いいかい? 剣士だって頭がよくないといけない。敵将と渡り歩くには、頭脳も知識も機転も、それから品性というものも必要になる。特に女が男を黙らせるには、それが必要だよ。今から励みなさい」
この場はそういう流れで言い含めると、梅梅はあからさまに不満げな顔で、「わかりました」と言った。その横で、景舜が目を細めてニヤついた。
「小梅が剣士になっていいのかよ」
「……十年かかって説得する」
「お疲れさん」
「半分は君のせいだ。協力せよ」
「へーい」
梅梅が剣士に憧れたのは、景舜の剣舞を見て以来であることは言うまでもない。
ふっと笑いが込み上げて、それもいいかなどと暢気に構えてみたりする。
人生、何が起きるかなんてわかったものではない。決まりきった道を決まった通りに生きてきたつもりの自分が、そのいい例ではないか。
ならば、選択の時に後悔せぬように。本当に選びたいものを見つけた時に諦めずに済むように、自分の心に誠実に生きていればいい。我が娘なら、それを成せるはずだと信じよう。
その手本となる生き方を、自分がしよう。
また、外に少し強めの風が通り過ぎたようで、それが窓から部屋にも吹き込んできた。
「いい風だ」
一人ごち、蘇汎はそっと目を閉じてそれを心で感じた。
昔から、蘇汎は風に身を晒すのが好きだ。窮屈な環境や人間関係に行き詰ると、蘇汎はまずは外に出て、自分の中に溜まっていく淀みを吹き飛ばすべく風に吹かれた。あんな人と欲とさまざまな雑物に埋もれたような都でも、いつも風だけは新鮮だった。そうやって、悔し涙に濡れる目を乾かしたことが何度もあった。
今は、今まさに蘇汎に吹き付ける風はとても清々しく、決して弱くはないが肌に優しい、とても好きな風だ。蘇汎の背を押し、誘い出し、共に空に向かって高まるような。
「君と行く生の、薫風に吹かれるが如し、だな」
思いつくままに口ずさむと、聞きつけた景舜が食いついた。
「あ、今なんか良さそうな詩……! もう一回頼む!」
彼は彼で必死である。しかし、今のはまだ自分の中に抱いておきたい一節だ。景舜に聞かせるならばそれは、彼とともに都を目指す時が相応しいのだろう。
「自分で作りなさい」
にこやかに、蘇汎は返す。残念がると思っていたが、景舜の反応は予想とは少し違った。
「その続きは、俺が詠んであんただけに贈る」
――― 完 ―――
いわゆる日向の匂いというものだろう。花の香りも時折混じる、心地よい空気である。そんな中、ちょっと重たくそして情けない声による無遠慮な邪魔が入った。
「なあ、詩、作って」
もう干からびたとでも言わんばかりに、諦めきった一言である。
先程から一向に筆が進まず、墨も乾いてから久しい様子には気が付いていた蘇汎だったが、傍らに座して書をめくる手を止めず、敢えて景舜のことは気にしないふりを決め込んでいた。しかし露骨に構ってほしいと弱音を吐かれ、これ以上無視はできなくなってしまった。
「景舜……無茶を言うものではないよ。試験場でしかお題は明かされない。あらかじめ作っておいても仕方がない」
当然わかり切ったことを口にすることで、何かの効果があるわけではない。かといって、適当な気休めを言ってもわざとらしいだけだ。とりあえず蘇汎にできることと言えば、書から目を離して気のすむところまで景舜の相手をしてやるだけだ。
「そこを何とかさ。あんたが作ってくれたの覚えていくから、出題されそうなお題で作ってよ。あんたなら十や二十くらい朝飯前だろ」
「……景舜」
「わーってる。でもさ、ほんとこればっかりは全然無理なのよ……」
細くなり消えそうな声を卓の上に吐き出し、景舜は肩を落とした。
彼の言うように、詩を詠ずるのにはかなり向き不向きがあって、幼少よりそういった教育を受けていても必ず良いものが作れるというものでもない。そもそもが武人である景舜にとってかなり酷な存在であることは明確だ。しかし、それも知識や論述と並ぶ大事な試験課題である。なんとかして挑んでもらうしかない。
「そのようなもの、詩集を読んでいればそこそこのものを作れるようになるだろう。君の字はなかなか味わいがあっていい。それに合わせたような詩を作るといいのではないか。字と詩の調和は加点要素だ」
これも気休めにしか聞こえないのだろうが、蘇汎はそう言って少しでもやる気になってもらおうとする。しかし今日の景舜は余程気分が重いようだ。紙を広げた卓にベタリと突っ伏して、うじうじと泣き言のようなものを言い続けている。心の底から苦手なのだろう。
「だから、詩が浮かばねえの」
「論述は完璧なのにな。惜しい」
「って、諦めないでくれる?」
「私にどうしろと? 試験にさえ受かってくれれば私の出る幕かもしれんが、資格を得てくれないことにはな」
「だー!」
景舜、完全に煮詰まったようだ。それが可哀そうではないとまでは、言わないが。
国試の出題は、国家機密並みの厳重な扱いだ。複数の試験官により出題され、封緘を施されて、それは鍵付きの扉の中で見張りまでつけて厳重に保管される。当日試験官の手によって開けられ、くじでその中から一つが選ばれてその場で受験者に発表されるというものだ。そこまでせねばならぬほど、過去に不正が乱発していたゆえのことで、それでも試験官に取り入った者やその弟子は有利だとか、他にもいろんな要素が入る。もちろん、金と親の権威があれば無試験で合格する方法もあるが、景舜は純粋に自分の力で合格を勝ち取るしかない。かつて蘇汎も国試を受けた経験があることと、試験官に選ばれる人物の性格や思考の傾向を知りやすいという点で、ほんの少しだけ有利かもしれない程度のことだ。
まだ、二年ある。彼は基本的な学びを身に着けていたから、ぎりぎり可能な準備期間であると蘇汎は見ている。本人も、真っ新の状態ではさすがに諦めていたことだろう。
できれば手を貸してやりたいところだが、根性を見せてほしい気持ちもあり、なんだかんだと宥め励ましていくしかないのだろうと思っているところだ。
「役所に勤めながらの準備が並大抵の大変さでないことは、私もわかっているよ。しかし、私は君を信じている」
「それ言われるとな……」
「私のために頑張ってくれ。君を置いて都になど、帰るつもりはない」
卓の上から、にゅうと景舜の手が伸びた。それが、クイと蘇汎の袖をつまんで引っ張る。まるで幼子のような仕草で甘えられ、蘇汎は彼の方に顔を向けてそっと近づけた。
「お父様!」
戸口から元気すぎる声が飛び込んできて、二人は咄嗟に身を離した。唇の触れ合う一瞬前のことである。
声を追って愛娘が姿を現し、蘇汎の元に駆け寄ってきた。どこから駆けてきたのか、額をぺろりと出して、さながら腕白坊主のようである。
「これ。慎みがないぞ。女子は裾を翻さぬように歩きなさい。ましてや家の中で走ってはいけない」
「はい、お父様!」
素直だ。しかし、調子がいいともいえる。屈託のない笑顔で、まったく堪えた様子もなく返事をされ、この娘をどうしたものかと頭を悩ませる蘇汎である。
その梅梅に座るように言おうとしたが、彼女の方が先に口を開いた。
「お父様、お首が赤いです。虫に刺されましたか」
「……!」
机に伏していた景舜が、がばっと顔を上げた。
蘇汎は痒みなどではない理由に覚えがあって、慌てて手で首を隠す。
「そこではありません。ここ」
何も知らない梅梅が、襟の後ろから少し左に寄った一点に、指で触れて見せた。そこはよく景舜が唇で吸う場所であり、蘇汎のちょっとした弱点でもある。昨晩つけられた跡が残ったようだ。蘇汎は座っているが梅梅は立っているので、襟元もよく見えるらしい。
「お薬塗りますか?」
「いいや、大丈夫だよ。すこし痣になった程度だろう。痛みも痒みもないから、心配しなくていい」
「わかりました」
じろと景舜を睨むと、ニヤニヤと嬉しそうにしているのだから困ったものである。今日は蘇汎が久しぶりに取った休みなので、他の者に見られることがなくてよかった。まあ、休みだからこういうことになったわけではあるが。
そこにあまり梅梅が心配を掛けぬよう、とりあえず彼女を前に座らせ、蘇汎は一呼吸をついた。
「で、いかがした、梅梅?」
向き合ってやれば、梅梅は父親が自分の話に耳を傾けてくれると知り、目を輝かせた。
「はい。さっき、新しいお服が届きました。見ていただきたくって」
「そうか。それで玄関が賑わっていたのだね。どうだ、気に入ったか? この辺りの特産の織物だよ。前に贈った手巾とよく似た柄だろう」
前に景舜と行った店に、梅梅の分として作らせたものだ。この様子だと、満足してくれたようだ。
「はい。とっても綺麗。着るのが楽しみです」
「今度、それを着てお出かけをしよう。景舜が案内してくれる」
「本当ですか!」
どうしても長官舎にこもりきりになる梅梅、出かけることは嬉しくて仕方がないらしい。しかも景舜の案内と聞いて、更に気分が上がったようだ。後ろにいる彼に礼を言ったが、しおれた景舜の様子に気が付いたらしい。
「舜兄さん、またお勉強?」
「ああ。毎日頑張ってるぞ。お前も見習いな」
二人は既にこういう会話である。
梅梅が景舜に懐くのは一瞬だった。彼の逞しい腕で「高い高い」をしてもらったら、イチコロだった。蘇汎としてはもう少しふつうにおとなしい子に育てるつもりなのだが、どうも梅梅の性格がそれを許しそうにない。男親が二人ならなおの事それが危惧され、本意なくとも自分が母親役を買って出なければならぬのかと、当面思案中である。
「梅梅も頑張っています。昨日漢字を三つ覚えました」
「そっか。梅梅は賢いな。頑張って宮廷女官にでもなるといい」
「ん-。梅梅は女官さんではなくって、女剣士になりたいです。だから、手習いとかお作法じゃなくって、舜兄さんが剣術を教えてください」
聞き捨てならぬ会話になり、蘇汎は慌てて口をはさんだ。
「待て梅梅。それはどうかと思う。剣士など戦に出るんだぞ。だめだ。女官でも護身術は身に着けられる。それくらいにしておきなさい」
特殊な例として、高貴な女性に付く女剣士というのも存在はする。するが我が娘がそれを目指すというのにはとても納得がいかない。
しかし梅梅はツンと唇を尖らせて、
「嫌です。お父様より強くなって、舜兄さんを打ち負かします」
へへんとばかりに言い返したものだ。
「梅梅……」
「小梅……」
なんだかよくわからない方向に育ちそうな娘がいよいよ不安になってきた。やはり女親がいないとこうなるのか。それ以前な気がしてならないが、瑞と自分との娘であってそういう要素は存在しないはずなのである。
「梅梅、いいかい? 剣士だって頭がよくないといけない。敵将と渡り歩くには、頭脳も知識も機転も、それから品性というものも必要になる。特に女が男を黙らせるには、それが必要だよ。今から励みなさい」
この場はそういう流れで言い含めると、梅梅はあからさまに不満げな顔で、「わかりました」と言った。その横で、景舜が目を細めてニヤついた。
「小梅が剣士になっていいのかよ」
「……十年かかって説得する」
「お疲れさん」
「半分は君のせいだ。協力せよ」
「へーい」
梅梅が剣士に憧れたのは、景舜の剣舞を見て以来であることは言うまでもない。
ふっと笑いが込み上げて、それもいいかなどと暢気に構えてみたりする。
人生、何が起きるかなんてわかったものではない。決まりきった道を決まった通りに生きてきたつもりの自分が、そのいい例ではないか。
ならば、選択の時に後悔せぬように。本当に選びたいものを見つけた時に諦めずに済むように、自分の心に誠実に生きていればいい。我が娘なら、それを成せるはずだと信じよう。
その手本となる生き方を、自分がしよう。
また、外に少し強めの風が通り過ぎたようで、それが窓から部屋にも吹き込んできた。
「いい風だ」
一人ごち、蘇汎はそっと目を閉じてそれを心で感じた。
昔から、蘇汎は風に身を晒すのが好きだ。窮屈な環境や人間関係に行き詰ると、蘇汎はまずは外に出て、自分の中に溜まっていく淀みを吹き飛ばすべく風に吹かれた。あんな人と欲とさまざまな雑物に埋もれたような都でも、いつも風だけは新鮮だった。そうやって、悔し涙に濡れる目を乾かしたことが何度もあった。
今は、今まさに蘇汎に吹き付ける風はとても清々しく、決して弱くはないが肌に優しい、とても好きな風だ。蘇汎の背を押し、誘い出し、共に空に向かって高まるような。
「君と行く生の、薫風に吹かれるが如し、だな」
思いつくままに口ずさむと、聞きつけた景舜が食いついた。
「あ、今なんか良さそうな詩……! もう一回頼む!」
彼は彼で必死である。しかし、今のはまだ自分の中に抱いておきたい一節だ。景舜に聞かせるならばそれは、彼とともに都を目指す時が相応しいのだろう。
「自分で作りなさい」
にこやかに、蘇汎は返す。残念がると思っていたが、景舜の反応は予想とは少し違った。
「その続きは、俺が詠んであんただけに贈る」
――― 完 ―――
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