長風歌

桂葉

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番外編

一夜

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番外編『一夜』


「え、なんか……怒ってる?」
 景舜(ジンシュン)は思いがけなく不機嫌丸出しの顔で迎えられ、ひるんだ。 ツンと顎を上げて、目を眇めてじろりと睨む蘇汎(スーハン)、怒っているぞ、とものすごい主張である。美形の怒る表情というのは、これほどに迫力のあるものだとは。
 と、のんびり感心している場合でもないらしい。景舜相手には子供っぽいところを敢えて出しているようにも見える年上の我が恋人、いい歳をしてこういうのが変にも見えない不思議な男である。
 いや、それも今は言及すべきではないだろう。問題は、久しぶりに会いに来た景舜を手放しで歓迎してくれるものとばかり思っていたところ、こういう御様子で来た原因について考える必要性があることだ。もっと言うならば、今自分がうっかり口にした呟きも、場合によってはかなり不適切であった可能性がある。
「えーっと、俺、何か、した?」
 とりあえず何か言わねばならない気がして、発した言葉はみっともなく上ずった。
 結局、彼を怒らせていたという自覚もなければその原因にも思い当たらない景舜、ここは全面降伏するしかないので手さえ上げて降参したが、これもまずかったようだ。
「いいかい、景舜。世の中には、やってしまったことで起こる失敗と、そうでないのものがあるのだが?」
 これまた遠回しに来た。ふだんあまり怒りを見せない蘇汎、根に持つとけっこうめんどくさい奴らしい。ひとつ学習だ。
「えーっと、無学な俺にご教授いただけますか、先生」
「少しくらい自分で考えようよ」
「すんません」
 あー、めんどくさい。理路整然とした口論ならばそれほど苦手ではない景舜だが、このように感情が多分に含まれた場合のやり取りは、あんまりである。惚れた弱みでこういう蘇汎のことも可愛いと思うから苦痛ではないのだが、うまくご機嫌を直していただく方法は依然としてわからない。このわからなさに蘇汎が腹を立てているらしいことくらいは感じ取れるのだが。
「もう、いいよ。入って」
 ここでとくとくと説教でも食らうのかと思いきや、かわされた。蘇汎は玄関を塞ぐように仁王立ちしていた体を斜めによけて、景舜の通る道をあけた。
「いいのか?」
「歓迎しないとは言ってない。意地を張って悪かったよ」
「おい、蘇汎。もっと説明しろよ。勝手に納得すんな、気持ち悪いだろう」
 良すぎる頭で必要以上に何かを思い悩み、ずれた方向で強引な結論に至っている可能性を考え、景舜は素直に通されてはやらなかった。蘇汎には、妻子の存在を景舜に明かせず煮詰まっていたという前科もあり、やはり彼の心にわだかまるものは早い段階で吐き出させねばならないというのが経験上わかっている。
「いいんだよ。来てくれたんだ、それでいい」
 案の定、ぷすっと拗ねたような言い方だ。しかし、これを隠さないのだからまだ解きようがある。
「ってことは、なんだよ、他に期待してたことがあったんだろ? 言えよ」
「……いい。なんだか、ものすごく自分がつまらない人間のように思えてきた」
「は? おい、ちょっと……」
 中に入る前にもう少し話を明確にしなければと焦ったところ、その先は派手な邪魔が入り、叶わなかった。
「舜兄さん!」
 おーい、とばかりに置くから手を振ってきたのは梅梅だ。彼女はそれだけにとどまらず、中から出向かえに走ってきた。それを、はしたないと蘇汎が窘めて、二人の会話は切り上げられてしまった。
 あとで、そんな思いで目配せをする。それには異論がなかったようで、蘇汎は苦笑で頷いて見せた。




 ひとしきり梅梅を交えた時間を過ごしているうちに夜も更け、彼女は乳母に連れられて就寝時間を迎えた。それをきっかけに場所を私室に変えて蘇汎と二人きりになると、今日はいつもよりも唐突に静けさを感じた景舜である。
 ふう、と意味の分からない息をつき、えーっと、と口の中で何かを呟き、ちらりと蘇汎に視線を向ける。彼もまたどこかに腰かけることもしないままに、居心地の悪そうな顔でわざとらしく窓の外を見ていた。
「で、何だったんだよ、さっき不機嫌だった理由。こないだ会った時俺なんかしたか? だいぶ経ってて、すまねえ、思い出せない」
 景舜は軽く頭を下げた。ここはとりあえず、自分に非があることは受け入れるところから始めよう。
 しかしよく考えてみたら、前に二人きりで過ごしたのは……、初めて床を交えたあの日ではないだろうか。
 あの夜は二人、体を繋げるには至らなかったものの、肌を重ね心を結び、満たされた思いで過ごしたはずだ。その後は府内で何度か顔を合わせたが言葉を交わすほどの余裕はなく、しかし晴れて結ばれた気恥ずかしさを紛らすように照れた笑みを交わした、それくらいだった。もしかすると、それが蘇汎にはそっけなく感じさせていたのだろうか? しかし、若い女でもあるまいに、そんなことで腹を立てる蘇汎だろうか? やはり、お怒りの原因には思い当たらないままだ。
「もういいって言っているのに」
 こちらを向いた蘇汎は、苦笑を浮かべていた。今日顔を合わせてすぐの時よりは格段に解れた表情に、ひとまずは安堵する。
 景舜は蘇汎にそっと身を寄せ、軽く腰を抱いた。こういう扱いは、男に抱かれたくないと豪語していた蘇汎に対してはどうなのかわからなかったが、それでも景舜が彼に触れたかったからそうした。べつに、触れ合いでごまかすつもりはない。
 はあ、と蘇汎が息をついた。
「違うんだよ」
「ん?」
「しかも、今のでもう、よくなった。こちらこそすまない。変に意固地になってしまった」
「だから、どういうことだよ? 言わなきゃわかんねえだろ。さっきの謎解きの答えを言えよ」
 蘇汎の耳元に、囁くように問いかける。接触を拒まれなかったのなら、すこしずつ距離を詰めて、彼の心に触れたいと思った。
 景舜の腕の中、蘇汎は小さく肩をすくめた。
「……勘弁してくれ。今私はものすごく、自分が情けなくなっている」
「蘇汎。ちゃんと顔見せろ」
 景舜は要領を得ない恋人を自分の正面に向かせ、胸を重ねるような近さで向き合った。間近に蘇汎の美しい顔がある。それはほんのりと赤らんでいた。
「蘇汎? 言え。な? 我慢すんな」
 少しだけ、語気を強める。公人としての彼は豪胆にも見えるものだが、私事に関して言えば随分と繊細で、景舜の察する範囲ではとうてい処理できないような感情が細やかに動いているはずなのだ。それを紐解く術は、やはり少しだけの強さが、景舜の方に必要であるらしい。
 蘇汎は何故かまだ頬を赤らめたまま、見つめる景舜から再び逃げるように視線をそらした。そして、この距離でしか聞けないような小さな声で、心の内を言葉にした。
「我慢じゃないんだよ。どうにもね、自分の心がつかめないようで、困ってしまった。君を責めたい思いがないわけじゃなったけど、それも結局私の狭量がそうさせただけなんだろうと思う」
「それで?」
「……きくのか?」
 こういう時、引き下がってほしくない蘇汎の心はもう読める。だから遠慮はしなかった。
「言え」
 そこでやっと、蘇汎はこんなことを言った。
「君がなかなか会いに来ないから、焦れていた。もう、あんなふうにはなれないのかもしれないなどと、勝手に思って」
「……」
 とりあえず、射貫かれた。もう、気持ちいいほどに刺し貫かれた。
 なにそれ可愛いんだけど?
 と、ここで言っては間違いなく不評を買うので我慢する。
 つまり、景舜が会いに来ないから怒っていた、それだけ。
確かにあの日の後たまたま夜勤が続いていて、半月ここに来れていない。だから、今日こそはと思い、わざわざ有伊に蘇汎の仕事の具合を確認してから来たが、そういえば有伊(ユウイ)が意味深にニヤニヤしていたことを思い出す。蘇汎がしびれを切らしていることを思ってのことだったようだ。それを言ってこないあたりが、あの人のちょっとした意地の悪さだ。
なるほど、今蘇汎が頬を染めている理由もやっと理解した。焦れて焦れて、景舜と再び触れ合いたい衝動を持て余している、そんな自分を恥じらってのことだろう。たまらないじゃないか。
会いたいのなら持ち前の強引さで呼び出すくらいしてもいいのに、そうなれば昼夜など関係なく来てやるのに、それも矜持の高さが許さなくて、じりじりと過ごしていた蘇汎の様子は想像に難くない。
「なあ、蘇汎? あんなふうに、って?」
 少しけしかけてやろうと、景舜はそんな風に訪ねてみた。何を示しているかなど当然わかってのことだが、そこまで焦れた蘇汎をもうすこし、焚きつけたかった。その方が、蘇汎も楽になれるはずだ。
 案の定、蘇汎は更に頬を赤く染めた。少し体温も上がったようだ。
「そこまで言わせるとは、無粋な」
「情緒がないんでね、俺は」
「そんなことはない」
「そう? でも、言ってくれないと。わかんないし」
「……」
 顔をそむけたせいで目の前にみえる蘇汎のうなじが、やはり赤い。こんなに恥じらうような余裕のなさは、初めて見る。
「あのあと、やはり違うなと思ったかもしれないとか、勝手に案じていた。会いに来ないのは、そのせいかと。でも、こうして触れてくれるのなら、私でよかったと、理解してもいいか?」
 ぽそりぽそりと呟くように吐き出される蘇汎の本心に、景舜の方が煽られる結果になった。こちらまで体に熱が湧き上がる。
「蘇汎?……俺初めからあんたを抱きたいって言い続けてたはずだけど」
「といっても、男は初めてだったのだろう? そうなってみて女の方がよかったと思わないとも限らん」
「おいおい、自信持ってよ。どんだけ男たぶらかしてきたのあんた。俺も例外じゃないんだ。今更そこに立ち戻らなくても」
「他の男などどう思おうと構わない。けれど君に嫌われたのでは……悲しい」
 とうとう、嫌われる懸念にまで行きついてしまった。まったく、困ったものである。
 これはもう、身体に分からせるしかあるまい。それも、丁寧に、執拗なほど、もういいと蘇汎が音を上げるまで。
 蘇汎の体を抱く腕に、自ずと力が入った。掌が彼の肩を撫で始める。
「そんなに不安にさせてたとは、思ってなかった。ごめんな。たまたま夜勤が続いてただけなんだ。連絡もしなくって、申し訳なかった。あんま、マメな性格じゃないんだ」
「知っていて焦れた私が悪い。だから少し情けない」
「じゃあさ、正直に言おうか。今俺が考えてること」
「ああ。言ってくれ。その方がいい」
「今すぐあんたを抱くことしか考えられなくなってる。できれば今日は、最後までしたい」
 囁きかける耳に、唇で触れた。そのまま耳朶を緩く噛むと、腕の中の蘇汎がひくりと身じろいだ。
「……いいのか」
「できるかは、俺の努力とあんたの体次第だけど? むしろ怖くない? 俺、今日はちょっと堪えがきかないと思う。こんなかわいいあんた見せられたらさ、手に入れちまわないと我慢ならない」
 これまで女を落とすために言葉を尽くすなどしてこなかった。しかし今は違う。こうして蘇汎の心を解き、景舜を受け入れてもいいと思ってもらえるように、こちらも懸命になる。
 そういう過程も悪くない。大事に、抱きたかった。
「……うまくやろう」
 意を決したように、蘇汎が言った。
「了解。安心しろ。いいもの持ってきた」
 懐から、小瓶を出して蘇汎に見せる。今日こそはと手に入れてきたものだ。
 中身の見えないそれに、蘇汎が不思議そうな顔を見せた。
「媚薬か何かか」
「惜しい。ただの潤滑油。これ、例の店自慢の人気商品よ。すげー滑らかで乾きにくいんだとさ」
「……! 行って買ってきたのか!」
「当然でしょ」
「……」
 恥ずかしくて身の置き所がない様子だ。蘇汎が女を相手にするときにはこういったものは使ったことがなかったのだろう。それを自分に使われるとなって、その生々しさにやられたようだ。
「媚薬は必要ない。俺もあんたもやる気満々みたいだから」
「……情緒がない」
 それを機に、蘇汎の手を引き寝台に向かった。向かいながら彼の帯を解き、敷布に体を横たえる時にはもう、蘇汎はその白い裸体を惜しみなく晒していた。
 上から覆いかぶさると、彼もまた景舜の着衣を急いたように解き、二人が一糸まとわぬ姿になった途端に抱きしめ合った。
「蘇汎……!」
 言い交していたように唇を重ね、熱く触れ合った。互いが互いの肌に掌を這わせ、その温度と感触を強く味わう。
「あっ……」
 蘇汎が甘く喘いだのは、二人の熟れ始めた熱が触れ合ったせいだ。刺激で、それらは更に充実を増す。
「惚れた相手の体、抱きたくねえ男はいない。あんたにだってわかるだろ?」
「あ、……待って……」
「しかもこんな……綺麗な体。もったいながる余裕もねえよ」
「だめ……!」
「嘘。ここは、俺を待ってる」
「ああっ!」
 一物を掌に包んで擦ると、蘇汎は高く喘いだ。その反らせた首筋に、きつく吸い付いてやる。
 どくどくと、欲情がたぎる。蘇汎の見せる姿、触れる感触、香り立つ色香に脳のすべてが狂わされたようだ。
 口づけを胸元に、その敏感な場所に移す間も、蘇汎自身を攻める手は休ませない。やがて彼が漏らした雫で手が滑り、滑りやすさに快感が増したかそれが限界にまで起き上がった。
「や、……ジン、シュン……まだ待って!……いく……!」
 蘇汎が体を震わせる。足を突っ張り、絶頂を訴えた。
「いつでもどうぞ!」
 景舜は自身を蘇汎のものに沿わせ、強くそれで擦りあげた。
 我が身もまた高まり、一気に上り詰める。
「……っ!」
「ああっ!!」
 脳をつんざく快感とともに、二人は精を放った。しかし蘇汎を休ませることなく、景舜は彼の体を抱き寄せる。
「さて猶予はできた。このまま、進むぞ?」
「もう、するのか……?」
 少しひるんだように、息絶え絶えの蘇汎が問う。
「解すのにある程度かかるだろ? お互い一度達しておかねえとさ、もたない」
「……そう、か」
「あんたは楽にしてていい。俺に任せて」
「……うん」
「無茶はしないよ。大丈夫」
「わかった。してくれ」
 目を合わせた。少しの緊張と、それ以上の期待に満ちた笑みを交わした。
 横になる蘇汎の臀部に手を這わせ、驚かせないように指で場所を探っていく。そっと撫で、これからそこに触れていくことを知らせてから、蘇汎は用意した潤滑油で指を濡らし、ゆっくりと入口に触れた。
 ぴくりと蘇汎が背を震わせる。その反応の良さに笑み、そのまま進めていく。
 入り口は固かった。しかし滑りに任せて少し押せば、するりと受け入れられた。指一本ならば左程負担はないようだ。浅い場所から内壁を撫で解していくと、少しずつ深い場所へと侵入が可能になる。そのまま、広げるように丹念に指を動かしていると、息を詰めていた蘇汎が悩ましい吐息を漏らし始めた。
「大丈夫か?」
「……きくな」
「痛かったら言えよ?」
「わかっている」
 どうも、心地が良くなっているようだ。複雑で素直にならないだけという反応である。
 うまく触れてやって、はやく蘇汎が行為に喜びを覚えてほしい。自分と交わることを、単純に楽しめるようになってほしい。
 そう祈りながら、入り口を中心に解きほぐしていく。
 こんなこと、惚れた相手にしか許すはずのない蘇汎が、こうして委ねてくれるのがなによりの想いの証なのだから、それに応えたい。抱かれることを恥じたりしなくていいように。景舜に自身を抱かせることを当然と思えるように。
 たっぷりと時間をかけた。時折休みながら、蘇汎を傷つけないように気を配り、しかしのそのことに蘇汎が焦れ始め、いよいよとなった。
 慣れないうちは後方からの方が負担が少ないらしいからと、景舜は蘇汎を四つん這いにさせようとしたが、それは拒まれた。体制があまりにも恥ずかしいことと、景舜のことが見えないのがかえって不安だからだと蘇汎は言った。だから向かい合う体勢で、彼の両足を高く持ち上げ、そこを晒し、景舜自身をゆっくりと、沈めていった。
「……っ!」
進めると、蘇汎が苦し気に息を詰める。こちらは今にも達しそうなほどに張り詰めており、すぐにでも激しく動きたかったが、必死でこらえた。
肌に汗がにじむ。あられもない姿で景舜を見上げる蘇汎と目が合い、頷かれてまた身を進め。衝動を止めきれないかと逼迫したころに、蘇汎が涙目で言った。
「動いていい」
 男の欲求を知るゆえに、景舜の我慢の限界を察したようだ。
「まだ、きついんじゃないか」
「壊れやしないだろうさ。だから君、このまま……」
 蘇汎は目を瞑り、白い指で敷布を掴む手に力を込めた。
 遠慮する余裕はなかった。腰を使い、景舜は自身を蘇汎の中で扱き始めた。初めはしていた手加減も、すぐに利かなくなって。強く押し込むようにして抜き差しを繰り返した。
「ああ……っ!」
 蘇汎が喉をそらせて、もはや辛さを堪えているのかいくらかでも心地よさがあるのかもわからないような喘ぎを漏らす。
 無意識か逃げようとする腰を掴み、最後の一瞬に向けて、景舜は、己を昂らせた。
「……っ!」
 高みに上り詰め、一気に解放した。蘇汎の中に、ありったけの精を。
 とんでもない快感だった。こっちが意識を手放してしまいそうなほどだ。
 我慢しすぎた後の絶頂に体の力が抜けて、そのまま蘇汎の上に身を横たえる。彼はそれを両腕で受け止めてくれた。
「大丈夫か?」
 まだ息も整わないまま、蘇汎は柔らかに囁いた。
「聞きたいのはこっち。あんたこそ無事か?」
「はは。なんとか無事だ」
「よかった……」
「はは」
「なんで笑うんだよ?」
「うん。なんだろうな。嬉しいんじゃないかな。君と繋がれて」
「……蘇汎……」
 胸に来た。泣きそうになった。
 心通わせた相手と体で交わることは、自分たちの場合、ずいぶんと特別なものであったようだ。
「なあ蘇汎」
「うん?」
「俺な、いくら綺麗でもあんたが女だったらとは、思わねえ。あんたが女だったら、今のこの感動はない。絶対」
「ああ、……それはなによりだね」
 それはもしかすると、蘇汎の方が強く感じている気持ちであるのかもしれない。男の身で、もともとそのつもりではなかったふうに景舜と交わることに、いろいろと思い悩んでいたのは彼の方だからだ。
 しかし、こちらにもまた、抱くほうの立場で感じ入るものがあった。
 うまく言葉にはできないが、心に満ちたものは、とても大きかった。
 ただもう、蘇汎が愛しかった。蘇汎が自分に惚れ、自分を相手と定めてくれたことが嬉しくて、出会いからここまでに起こった全てのことに感謝したい思いだった。
 鼓動も整い、やっと景舜は蘇汎に委ねていた体を横に倒し、彼の方に寄り添うように収まった。腕を回し、少しでも触れ合っていたい思いのままにまた抱き寄せる。
「体が冷えてはいけない。そろそろ服を……」
「いい。もうちょっとこのまま。まだするし」
「え!」
「入れないから。でも、あんたに触らして」
「……うん」
 蘇汎は寝台の端っこに追いやられていた掛布を手繰り寄せたようで、片手でやりにくそうにしながら二人の体にそれを掛けた。
 蘇汎の体に身を寄せ、景舜はまたその白い肌に、流れる絹の髪に口づける。情欲を呼び起こす情熱的なものではなく、唇で触れているだけのそれに、蘇汎はくすぐったそうに笑った。
「景舜。私は今日、また君に惚れ直した」
「へえ。まあね、かなり優しかったろ?」
「それももちろんだけど。……体に惚れた」
「!……なにそれ! 本気で言ってる?」
「当然だ。まだ繋がるのがやっとで申し訳ないが、足しげく通って早く慣れさせてくれ。君と抱き合うのは心地よい」
「……あんたって男は! たまんねえな!」
「ああもう、耳元で叫ばないで」
「このやろう~!」
 景舜は、わざと息苦しくなるほどの力でぎゅっと蘇汎を抱きしめた。
 今の言葉の半分はまだ強がりなことはわかっていた。それでも、この先何度でも抱き合いたいと伝えてくる彼の心が嬉しかった。
 蘇汎も景舜の体を強く抱き返してくる。
 また触れ合い、高まり合って、二人は戯れるように一夜を楽しんだ。
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