1 / 4
一日目 上
しおりを挟む
「これが、俺の未来の妻だって?」
形の良い眉をくいっと上げ、体に合わない服を裾をまくって無理矢理着ている少年は私を無遠慮に眺めた。翡翠をはめ込んだ瞳、ぼさっとした金髪。背丈は私の胸より少し低いほどで、格好良さよりも可愛さの勝つ年齢ではあるが、ただ可愛がるには不遜な態度だった。
「すみません、ブリシアド夫人。我が隊長は…十歳の時の隊長と入れ替わってしまったようなのです」
隣で委縮している顔には見覚えがある。確か、彼は夫……彼の言が確かならば、目の前の少年の未来の姿、ナタリオ・ブリシアド……の部下だった筈だ。王国で魔法士団の隊長を務めるナタリオは、役職柄危険な任務に向かうことも多く、ある日は魔物の粘液まみれで帰宅したこともあるし、ある日は「変な魔法を食らった」と猫耳をつけて帰って来て、丸一日そのままだったこともある。
が、しかし。
ナタリオの意識や記憶が大きく変化したことはなく、私を見て誰だかわからないなんていうのは、初めてのことだった。
「夫は、元に戻るんでしょうか?」
「隊長は消える寸前、何かを思い出したように『三日で戻る』とおっしゃっていました」
ナタリオは忘れていたのかもしれないが、現在の彼の記憶にも、入れ替わった時のこと、三日で元に戻ったということも残っているらしい。何故こんな大切なことを報告しないのかという詰りは三日後に取っておくとして、問題は目の前の少年だろう。
私とナタリオは二年前……十八の時に結婚したが、お互いに恋愛感情があったわけではない。ナタリオは魔法士の仕事に従事したいようだったし、私は王宮管理の書庫で魔法書一級司書としてうまくやっていた。魔法という共通の興味関心と、両者の家庭がどちらも伯爵家であること、同年代であることなど。
話を持ち掛けたのはナタリオの方だったが、要するに利害の一致。貴族としての体面、自分のやりたいことを考えた結果の婚姻である。
恋愛結婚ではない以上、家庭内で発生するのは甘い睦言とは程遠い、仕事の話ばかりである。やれ新しい魔法書の分類がどうだの、やれ魔物の使う魔法は案外利に適っていただの。
ナタリオの少年時代の話なんて聞かなかったし話されなかった。どう接していいのかわからない。
「ナタリオ、私の名前はシルビア。シルビア・ブリシアドよ。貴方の未来の妻。貴方からすれば赤の他人で居心地は悪いかもしれないけれど、三日間共に暮らすことになるわ」
迷いつつ、結局他人行儀な話し方を選択してしまう。
ナタリオは今でこそ頑強な魔法士だが、現在の彼はたった十歳の男の子。知らない世界に投げ込まれ不安で仕方ないのだろう。強気を装い、自分を少しでも大きく見せようと粗野な言葉を使う。視線は警戒で満ちており、頭を撫でようものなら噛みつかれそうな勢いだった。私は子供を慰めたり励ました経験はなく、無難な自己紹介以上の会話を思いつかなかった。
「一応、三日分の隊長の休暇申請を提出しておきました。それと…その、話を聞いた王宮の司書長が、夫人の業務も三日休みにすると」
つまりは、三日間子供の面倒を見るように、というわけだ。
世話をすることに自信はないが、私も小さな子供を置いて仕事に出るのは不安だったので有難いことだった。
「そうですか。連絡、ありがとうございます」
「僕はまた明日、様子を伺いにお邪魔します。それでは」
礼儀正しくお辞儀をした夫の部下は、玄関口からそそくさと立ち去った。
まずは気合いを入れ、不安でいっぱいの少年に向き直る。
「この家は改築をしているから、大体の内装は変わらないと思うけど一応部屋に案内するわね」
ナタリオが屋敷を継いだ後、私が嫁ぐ前に大きな改築を行ったと聞いている。十歳のナタリオが住み慣れた家と同じ部分もあれば、違う部分もあるだろう。
二階に繋がる螺旋階段も、今の彼は一段飛ばしで上がるのに、目の前のナタリオは一段ずつ上っていく。なんだか微笑ましい。
「ここが貴方の部屋よ」
ナタリオの部屋に入る経験は片手で数えるほどしかない。彼と顔を合わせるのは帰宅を迎え入れる為の玄関か、食堂が殆どで、お互いプライベートな場所には近寄らなかった。
「ああ」
小さな手でドアノブを掴み、ゆっくりと開けるのを見守る。
装飾のあまりない、簡素な造り。奥には寝台がひとつ、大きく開いた窓と、予備の魔法の杖。小さな本棚、机とソファ。古風なクローゼットも見える。
「服は貴方の昔の物が残っているはずだから、クローゼットを見てみて。もしもなかったら、昔からいる使用人に聞くか、何か買ってきましょう」
興味深そうに観察するナタリオにどんな言葉を告げれば良いのかわからないが、最低限の世話は果たしたはずだ。赤の他人がずっと側についているのもストレスになるだろう、と彼を一度部屋において出ていくことにする。
現在のナタリオがいないというのに、勝手に彼の部屋に入ったことが落ち着かなかったのもあるが。
「私は隣の部屋にいるから、私に用がある時はノックして頂戴。使用人の方が都合が良かったら、そこのベルを鳴らして」
ナタリオを残しドアを閉めようとしたところで、彼にドレスの裾を掴まれる。
「一緒の部屋じゃないのか?」
「……」
形の良い眉をくいっと上げ、体に合わない服を裾をまくって無理矢理着ている少年は私を無遠慮に眺めた。翡翠をはめ込んだ瞳、ぼさっとした金髪。背丈は私の胸より少し低いほどで、格好良さよりも可愛さの勝つ年齢ではあるが、ただ可愛がるには不遜な態度だった。
「すみません、ブリシアド夫人。我が隊長は…十歳の時の隊長と入れ替わってしまったようなのです」
隣で委縮している顔には見覚えがある。確か、彼は夫……彼の言が確かならば、目の前の少年の未来の姿、ナタリオ・ブリシアド……の部下だった筈だ。王国で魔法士団の隊長を務めるナタリオは、役職柄危険な任務に向かうことも多く、ある日は魔物の粘液まみれで帰宅したこともあるし、ある日は「変な魔法を食らった」と猫耳をつけて帰って来て、丸一日そのままだったこともある。
が、しかし。
ナタリオの意識や記憶が大きく変化したことはなく、私を見て誰だかわからないなんていうのは、初めてのことだった。
「夫は、元に戻るんでしょうか?」
「隊長は消える寸前、何かを思い出したように『三日で戻る』とおっしゃっていました」
ナタリオは忘れていたのかもしれないが、現在の彼の記憶にも、入れ替わった時のこと、三日で元に戻ったということも残っているらしい。何故こんな大切なことを報告しないのかという詰りは三日後に取っておくとして、問題は目の前の少年だろう。
私とナタリオは二年前……十八の時に結婚したが、お互いに恋愛感情があったわけではない。ナタリオは魔法士の仕事に従事したいようだったし、私は王宮管理の書庫で魔法書一級司書としてうまくやっていた。魔法という共通の興味関心と、両者の家庭がどちらも伯爵家であること、同年代であることなど。
話を持ち掛けたのはナタリオの方だったが、要するに利害の一致。貴族としての体面、自分のやりたいことを考えた結果の婚姻である。
恋愛結婚ではない以上、家庭内で発生するのは甘い睦言とは程遠い、仕事の話ばかりである。やれ新しい魔法書の分類がどうだの、やれ魔物の使う魔法は案外利に適っていただの。
ナタリオの少年時代の話なんて聞かなかったし話されなかった。どう接していいのかわからない。
「ナタリオ、私の名前はシルビア。シルビア・ブリシアドよ。貴方の未来の妻。貴方からすれば赤の他人で居心地は悪いかもしれないけれど、三日間共に暮らすことになるわ」
迷いつつ、結局他人行儀な話し方を選択してしまう。
ナタリオは今でこそ頑強な魔法士だが、現在の彼はたった十歳の男の子。知らない世界に投げ込まれ不安で仕方ないのだろう。強気を装い、自分を少しでも大きく見せようと粗野な言葉を使う。視線は警戒で満ちており、頭を撫でようものなら噛みつかれそうな勢いだった。私は子供を慰めたり励ました経験はなく、無難な自己紹介以上の会話を思いつかなかった。
「一応、三日分の隊長の休暇申請を提出しておきました。それと…その、話を聞いた王宮の司書長が、夫人の業務も三日休みにすると」
つまりは、三日間子供の面倒を見るように、というわけだ。
世話をすることに自信はないが、私も小さな子供を置いて仕事に出るのは不安だったので有難いことだった。
「そうですか。連絡、ありがとうございます」
「僕はまた明日、様子を伺いにお邪魔します。それでは」
礼儀正しくお辞儀をした夫の部下は、玄関口からそそくさと立ち去った。
まずは気合いを入れ、不安でいっぱいの少年に向き直る。
「この家は改築をしているから、大体の内装は変わらないと思うけど一応部屋に案内するわね」
ナタリオが屋敷を継いだ後、私が嫁ぐ前に大きな改築を行ったと聞いている。十歳のナタリオが住み慣れた家と同じ部分もあれば、違う部分もあるだろう。
二階に繋がる螺旋階段も、今の彼は一段飛ばしで上がるのに、目の前のナタリオは一段ずつ上っていく。なんだか微笑ましい。
「ここが貴方の部屋よ」
ナタリオの部屋に入る経験は片手で数えるほどしかない。彼と顔を合わせるのは帰宅を迎え入れる為の玄関か、食堂が殆どで、お互いプライベートな場所には近寄らなかった。
「ああ」
小さな手でドアノブを掴み、ゆっくりと開けるのを見守る。
装飾のあまりない、簡素な造り。奥には寝台がひとつ、大きく開いた窓と、予備の魔法の杖。小さな本棚、机とソファ。古風なクローゼットも見える。
「服は貴方の昔の物が残っているはずだから、クローゼットを見てみて。もしもなかったら、昔からいる使用人に聞くか、何か買ってきましょう」
興味深そうに観察するナタリオにどんな言葉を告げれば良いのかわからないが、最低限の世話は果たしたはずだ。赤の他人がずっと側についているのもストレスになるだろう、と彼を一度部屋において出ていくことにする。
現在のナタリオがいないというのに、勝手に彼の部屋に入ったことが落ち着かなかったのもあるが。
「私は隣の部屋にいるから、私に用がある時はノックして頂戴。使用人の方が都合が良かったら、そこのベルを鳴らして」
ナタリオを残しドアを閉めようとしたところで、彼にドレスの裾を掴まれる。
「一緒の部屋じゃないのか?」
「……」
132
あなたにおすすめの小説
離婚します!~王妃の地位を捨てて、苦しむ人達を助けてたら……?!~
琴葉悠
恋愛
エイリーンは聖女にしてローグ王国王妃。
だったが、夫であるボーフォートが自分がいない間に女性といちゃついている事実に耐えきれず、また異世界からきた若い女ともいちゃついていると言うことを聞き、離婚を宣言、紙を書いて一人荒廃しているという国「真祖の国」へと向かう。
実際荒廃している「真祖の国」を目の当たりにして決意をする。
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから
よどら文鳥
恋愛
私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。
五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。
私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。
だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。
「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」
この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。
あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。
婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。
両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。
だが、それでも私の心の中には……。
※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。
王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
愛するひとの幸せのためなら、涙を隠して身を引いてみせる。それが女というものでございます。殿下、後生ですから私のことを忘れないでくださいませ。
石河 翠
恋愛
プリムローズは、卒業を控えた第二王子ジョシュアに学園の七不思議について尋ねられた。
七不思議には恋愛成就のお呪い的なものも含まれている。きっと好きなひとに告白するつもりなのだ。そう推測したプリムローズは、涙を隠し調査への協力を申し出た。
しかし彼が本当に調べたかったのは、卒業パーティーで王族が婚約を破棄する理由だった。断罪劇はやり返され必ず元サヤにおさまるのに、繰り返される茶番。
実は恒例の断罪劇には、とある真実が隠されていて……。
愛するひとの幸せを望み生贄になることを笑って受け入れたヒロインと、ヒロインのために途絶えた魔術を復活させた一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25663244)をお借りしております。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる