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ヨアヒムの初恋は眩い人だった。
「ヨアヒム、見てろよ」
艶のある黒髪、美しい空色の瞳。誰と並んでも一段と綺麗で、華奢に見えるのに力は強く能力があった。
レオ・バルシュミーデ。
国一番の乗馬クラブで長年最優秀生徒の称号をほしいままにしている彼は、クラブ一の人気者であった。
ただ、その近寄りがたいほどの美しさゆえに、レオに話しかける勇気のある者は中々いなかったらしい。近くで接してみれば、むしろレオは愛情深くて明るい人だとわかったのだが。
彼が馬の上から弓を引く。
矢は的を正確に射た。
貴族の移動手段は馬車が一般的だが、一部の貴族は車ではなく馬そのものに乗ることを好んだ。狩猟の手段としてである。狩猟といっても、実際の野山を駆け回るわけではない。自然を模した巨大な庭に獲物を放って狩る遊びだ。
乗馬クラブも需要に対応し、的や庭が整備されていた。
ヨアヒムは狩猟に惹かれなかったが、両親の勧めで見学した乗馬クラブでレオに出会い一目惚れしたので、クラブには感謝している。
「すごいです、レオ先輩」
「お前もじきできるようになるさ、筋が良いからな」
ヨアヒムにとって乗馬クラブは手段でしかなかった。美しい人の後ろをついていくことを許され、先輩と慕うことを許されるための。
だが、段々と欲が出てくる。
レオがヨアヒムに教えているのを見て、他の生徒たちもレオのアドバイスを求め始めたのだ。
レオは優しいから、全てに対応しようとする。
ヨアヒムにとってレオが特別でも、レオにとってヨアヒムは他の生徒と変わらない、自分の後ろをついていくだけの後輩だ。
レオの後ろでは満足できない。
横に並び立つ、唯一に。
彼の特別になりたかった。
幸い、レオの見立て通り、ヨアヒムは筋が良かったらしい。
真面目に取り組めば取り組むだけ上手くなる。めきめきと上達し、一年が経つころには実力はレオと拮抗していた。
レオはヨアヒムにバッヂを譲ると言った。
プライドの高い人だから、他人からバッヂを譲るよう勧められるより先に、という判断なのだろう。
がっかりした。
実力でレオの横に立ったつもりになっていたが、レオの心の中ではいつまでもヨアヒムは後輩だ。格好つける相手であり、ライバルでもなければ恋愛対象でもない。
落胆が思わず口をついていた。
レオからしてみれば、意味のわからないものであっただろう。
レオが激昂するさまは、初めて見た。
その後、レオは乗馬クラブに来なくなって、ヨアヒムも辞めたものの、彼は戻ってこなかった。暫くして彼の家族に災難があったことを知る。
レオの姉たちは金銭と引き換えのように結婚させられたことも。
レオは長男だから家を継がせるつもりなのかと思っていたら、何を思ってか噂ではレオの父親が縁談を積極的に受け入れると公言しているらしい。
肌が泡立つ心地がした。
レオが自分以外と結婚するなんて考えられなかった。
気づけばありったけの金と諸々の用意を進めていて、浮かれた頭のまま結婚式の招待まで送っていた。
レオの気持ちを全く考えていなかったと気づいたのは結婚式の時。
ヨアヒムを見てレオの顔が強張った。
ヨアヒムは昔から変わっていなかった。なまじ実行力があるだけに、周囲を振り回してしまって人の気持ちを考えない。
呆然とするヨアヒムに、レオがキスをする。
誓いのキスもそうだった。そして今、夜、寝室でもそう。レオはヨアヒムの欲に合わせて振る舞ってくれる。
ベッドに押し倒す。今すぐ小さな口を蹂躙して、彼のやわいところを自分のものにしてしまいたい。でも、それではレオの心は手に入らない。
慎重に言葉を選ぶ。
「僕が、昨日からずっと君を避けているのは気づいていただろう」
「僕が君を襲わないようにしていたんだ」
ただ、君を大切にしたいのだと伝えるために。
「ヨアヒム、見てろよ」
艶のある黒髪、美しい空色の瞳。誰と並んでも一段と綺麗で、華奢に見えるのに力は強く能力があった。
レオ・バルシュミーデ。
国一番の乗馬クラブで長年最優秀生徒の称号をほしいままにしている彼は、クラブ一の人気者であった。
ただ、その近寄りがたいほどの美しさゆえに、レオに話しかける勇気のある者は中々いなかったらしい。近くで接してみれば、むしろレオは愛情深くて明るい人だとわかったのだが。
彼が馬の上から弓を引く。
矢は的を正確に射た。
貴族の移動手段は馬車が一般的だが、一部の貴族は車ではなく馬そのものに乗ることを好んだ。狩猟の手段としてである。狩猟といっても、実際の野山を駆け回るわけではない。自然を模した巨大な庭に獲物を放って狩る遊びだ。
乗馬クラブも需要に対応し、的や庭が整備されていた。
ヨアヒムは狩猟に惹かれなかったが、両親の勧めで見学した乗馬クラブでレオに出会い一目惚れしたので、クラブには感謝している。
「すごいです、レオ先輩」
「お前もじきできるようになるさ、筋が良いからな」
ヨアヒムにとって乗馬クラブは手段でしかなかった。美しい人の後ろをついていくことを許され、先輩と慕うことを許されるための。
だが、段々と欲が出てくる。
レオがヨアヒムに教えているのを見て、他の生徒たちもレオのアドバイスを求め始めたのだ。
レオは優しいから、全てに対応しようとする。
ヨアヒムにとってレオが特別でも、レオにとってヨアヒムは他の生徒と変わらない、自分の後ろをついていくだけの後輩だ。
レオの後ろでは満足できない。
横に並び立つ、唯一に。
彼の特別になりたかった。
幸い、レオの見立て通り、ヨアヒムは筋が良かったらしい。
真面目に取り組めば取り組むだけ上手くなる。めきめきと上達し、一年が経つころには実力はレオと拮抗していた。
レオはヨアヒムにバッヂを譲ると言った。
プライドの高い人だから、他人からバッヂを譲るよう勧められるより先に、という判断なのだろう。
がっかりした。
実力でレオの横に立ったつもりになっていたが、レオの心の中ではいつまでもヨアヒムは後輩だ。格好つける相手であり、ライバルでもなければ恋愛対象でもない。
落胆が思わず口をついていた。
レオからしてみれば、意味のわからないものであっただろう。
レオが激昂するさまは、初めて見た。
その後、レオは乗馬クラブに来なくなって、ヨアヒムも辞めたものの、彼は戻ってこなかった。暫くして彼の家族に災難があったことを知る。
レオの姉たちは金銭と引き換えのように結婚させられたことも。
レオは長男だから家を継がせるつもりなのかと思っていたら、何を思ってか噂ではレオの父親が縁談を積極的に受け入れると公言しているらしい。
肌が泡立つ心地がした。
レオが自分以外と結婚するなんて考えられなかった。
気づけばありったけの金と諸々の用意を進めていて、浮かれた頭のまま結婚式の招待まで送っていた。
レオの気持ちを全く考えていなかったと気づいたのは結婚式の時。
ヨアヒムを見てレオの顔が強張った。
ヨアヒムは昔から変わっていなかった。なまじ実行力があるだけに、周囲を振り回してしまって人の気持ちを考えない。
呆然とするヨアヒムに、レオがキスをする。
誓いのキスもそうだった。そして今、夜、寝室でもそう。レオはヨアヒムの欲に合わせて振る舞ってくれる。
ベッドに押し倒す。今すぐ小さな口を蹂躙して、彼のやわいところを自分のものにしてしまいたい。でも、それではレオの心は手に入らない。
慎重に言葉を選ぶ。
「僕が、昨日からずっと君を避けているのは気づいていただろう」
「僕が君を襲わないようにしていたんだ」
ただ、君を大切にしたいのだと伝えるために。
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