鏡の中の悪魔

阿院修太郎

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第二話: 疑念と葛藤

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クロード・グリムが警視庁に到着したとき、夜はすっかり更けていた。暗い空に星が瞬く中、彼は重厚な扉を押し開け、足早に内部へと入った。廊下にはまだ数名の刑事が残っており、クロードの姿を見て軽く頷いたが、彼は彼らに気づく素振りも見せず、直接サラ・ホイットフィールドの元へと向かった。

サラは捜査資料を広げたまま、疲れた表情でクロードを迎えた。彼女はクロードの鋭い目つきを見て、何かが彼の内で起こっていることに気づいたが、それを口にすることは避けた。

「クロード、例の事件について何か進展は?」サラは控えめに問いかけた。

クロードは一瞬躊躇した後、冷静を装って答えた。「現場に残された痕跡をいくつか確認した。だが、まだ明確な手がかりには至っていない。犯人は相当な計画性を持っている…いや、それ以上だ。普通の犯罪者ではない。」

「そう…」サラは心なしか肩を落とし、再び資料に目を落とした。だが、彼女の視線はその先を見つめているようで、考え事をしているのがわかった。

クロードもまた、頭の中でサイラスの囁きを感じていた。彼の中で再び目覚めようとする暗黒の力が、じわじわと意識を侵食し始めていた。彼は無意識に拳を握りしめ、サイラスの声を押し返そうとしたが、それはますます強くなるばかりだった。

「君は知っているだろう? サラはただの刑事じゃない。彼女は君に興味を持っているんだ。なぜ君がそれを利用しない?」

サイラスの声は低く、しかし確実にクロードの耳元で囁いた。彼は必死にその声を無視しようとしたが、サイラスは執拗に続けた。

「彼女の信頼を得ることで、君はさらに自由になる。誰も君を疑うことはない。彼女を味方につけるんだ…」

クロードはサイラスの誘惑を振り払うように首を振り、サラに集中しようとした。しかし、サイラスの言葉は彼の心の中に残り、ゆっくりとその根を張っていた。

「サラ、君には何か心配事があるようだな。何か問題でも?」クロードは冷静を装って尋ねた。

サラは少し驚いたように顔を上げたが、すぐに笑みを浮かべた。「ただ…今回の事件は、どうにも腑に落ちなくてね。犯人の行動が普通じゃない。まるで…」

「まるで計画され尽くしているようだ、と言いたいのか?」クロードが続けると、サラは頷いた。

「そうだ。まるで犯人が最初から全てを掌握しているかのような…クロード、君はどう思う? これまでにこんな犯罪者に会ったことがある?」

その質問に、クロードの中でサイラスが薄ら笑いを浮かべた。彼は心の中で冷や汗をかきながらも、落ち着いて答えた。「過去に似たケースはあったが…今回の犯人は、それ以上かもしれない。」

サラは再び深く考え込んだ。「何かが足りない…でもそれが何かがわからない。私たちは何を見落としているのか…」

クロードはその言葉を聞きながら、内心でサイラスの囁きがさらに強くなるのを感じていた。彼はサラを守りたいと思う一方で、サイラスは彼女を利用しようとする。二つの相反する欲望がクロードの中で激しくぶつかり合い、彼の心を揺さぶり続けた。

「サラ、犯人は必ずミスを犯す。俺たちはそれを見逃さないようにしなければならない。落ち着いて冷静に分析しよう。」クロードは自分自身にも言い聞かせるように言った。

「そうだな…」サラは小さく頷き、再び資料に目を落とした。

その夜、クロードは帰宅し、静かな部屋に一人で座っていた。窓の外にはロンドンの夜景が広がり、遠くで車のクラクションが響いていたが、彼の耳にはそれすらも届かなかった。

「君はもう限界だろう、クロード。君は強くない。俺が君を支配する。そうすれば、君はさらに強くなれる。」

サイラスの声が再び頭の中で響き渡った。クロードは激しく首を振り、その声を追い払おうとしたが、サイラスはますます強く、そして狡猾に彼を追い詰めた。

「サラは君を信頼している。君の中に潜む本当の力を、彼女に見せてやるんだ。そうすれば、君はさらに彼女を手に入れることができる。」

クロードはその言葉に耳を貸すまいとしたが、サイラスの魅惑的な言葉は、彼の心をじわじわと蝕んでいった。そして、クロードはついにサイラスの言葉に屈し、暗闇に身を委ねる決意をした。

「俺は…俺は何をしているんだ…」クロードは自分自身に問いかけたが、答えは既に決まっていた。サイラスが再び目を覚まし、クロードの意識を支配し始めたのだ。

その夜、クロードは無意識のうちに街へと繰り出し、彼の心の中で新たな犯罪が芽生え始めた。それはただの偶然か、それとも必然か――彼の運命はもう、誰にも止めることができなかった。



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