鏡の中の悪魔

阿院修太郎

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第三話: 暗闇の手招き

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クロード・グリムは、夜のロンドンをさまよっていた。寒さが肌に刺さり、空気はどこか重く淀んでいるようだったが、彼の心はそれ以上に暗く、重かった。頭の中ではサイラスの囁きが絶え間なく響き、彼をさらなる深淵へと引き込もうとしていた。

「もっと深く、もっと暗い場所へ…君はそこに辿り着くことで、本当の力を手に入れるのだ。」

サイラスの声は甘美で、そして恐ろしいものだった。クロードはその声に逆らおうとしたが、身体はまるで操り人形のように、勝手に動き出していた。彼の中でサイラスが次第に力を増し、クロードの理性を奪い取っていく。

気がつけば、クロードは暗い路地裏に立っていた。周囲は静まり返り、時折、風に乗って何処かから猫の鳴き声が聞こえてくるだけだった。彼は冷や汗をかきながらも、無意識のうちに手をポケットに突っ込み、そこで何かを握りしめた。冷たい金属の感触が指先に伝わってくる。

「俺は…何を…」

クロードは自分が持っているものに気づき、恐怖で目を見開いた。それは鋭利なナイフだった。彼は一体いつ、どこでそれを手に入れたのか記憶にない。しかし、今やそれが自分の手に握られていることは紛れもない事実だった。

「さあ、クロード。始めよう。君の新たな道を…」

サイラスの声が彼の頭の中で響き渡り、その指示に従うかのように、クロードの手は自然とナイフを握り直した。その刃は月の光を受けて、わずかに輝いていた。

「俺は探偵だ…俺は正義のために生きている…」クロードは自分自身に言い聞かせたが、その声はもはや弱々しいものでしかなかった。サイラスの圧倒的な力が、彼の理性を完全に飲み込もうとしていた。

そのとき、彼の視界に一人の若い女性が映った。彼女は路地を歩いているだけで、クロードに気づくことなく、そのまま通り過ぎようとしていた。だが、クロードの中でサイラスが不気味な笑みを浮かべたのがわかった。

「彼女だ。彼女こそ、君が探していた獲物だ。さあ、クロード、やるんだ。」

クロードは心の中で叫び声を上げたが、それは彼の中で消え失せ、ナイフを握る手はゆっくりと上がり始めた。彼は今、完全にサイラスの支配下にあった。

彼女がクロードの方を振り向いたその瞬間、クロードの体が本能的に動いた。彼の手はあっという間に彼女の背後に回り込み、冷たい刃が彼女の喉元に押し当てられた。彼女は驚きで目を見開き、息を呑んだが、その声は喉の奥でかすかに震えるだけだった。

「静かに…」クロードの声は低く、暗く、彼女に命令した。彼は一瞬のためらいもなく、サイラスの命令に従っていた。彼女の震える体が彼の手の中で感じ取れる。

「やめろ…俺はこんなことをしてはいけない…」

クロードの中で最後の抵抗が叫んだが、それはサイラスにかき消された。彼の手はさらに強く彼女を押さえつけ、彼女の震えが伝わってきた。

そのとき、彼女の目に涙が浮かび、彼女は必死に命乞いをするかのようにクロードを見つめた。しかし、その瞬間、クロードの中で何かが壊れた。彼の心の奥深くで、サイラスに屈していた意識が再び目を覚ました。

「これで…終わりだ…」クロードは震える声で呟いた。

その言葉と共に、彼は突然ナイフを放り投げ、女性を解放した。彼女は驚きと恐怖でその場に崩れ落ち、クロードの方を見上げたが、彼の表情には深い苦悩が浮かんでいた。

「逃げろ…早く…」

彼女はその言葉を聞くと、恐怖に震えながらも立ち上がり、全速力でその場を去った。クロードはその場に残り、手のひらを見つめながら、サイラスに対する恐怖と憎悪で震えた。

「俺は…何をしているんだ…」

クロードはその場に膝をつき、頭を抱えた。彼の中でサイラスが再び囁き始めたが、今度はそれに抵抗する力が残っていた。クロードは、サイラスに完全に支配される前に、自分自身を取り戻さなければならないと強く感じた。

その夜、クロードは自分の部屋に閉じこもり、鏡の前に立っていた。鏡に映る自分の姿を見つめながら、彼は心の中で決意を固めた。

「サイラス、お前に支配されるわけにはいかない。俺は俺自身を取り戻す。」

しかし、サイラスの声はまだ彼の頭の中で響いていた。

「お前は俺を止められない。俺たちは一つなんだ。」

クロードはその声に耳を貸さず、全力で自分の意識を取り戻すための戦いを始めた。しかし、サイラスの影は深く、彼を容易に手放すつもりはなかった。

クロード・グリムの戦いは、今まさに始まったばかりだった。そして、彼がこの暗闇から脱出できるかどうかは、まだ誰にもわからなかった。
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