死神の使徒はあんまり殺さない~転生直後に森に捨てられ少年が、最強の魔狼に育てられ死神の使徒になる話~

えぞぎんぎつね

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09 フレキの後継者

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 ◇◇◇
 起きると、俺はいつも通り巣の中にいた。

「あれは夢? いや……違うな」

 死神の使徒になったのだと、俺自身が理解している。
 あれは夢ではなく、神域を訪れた記憶だ。

 最初、俺の肉体がなかったのは、神域に人の肉体を持って入ることができないからだろう。
 そして、使徒になったことで、神域での肉体を与えられたのだ。

「肉体を与えられたけど……、こちらの体はあまり変わらないかも……」

 だが、新たに体を一から作り直されたのは、夢ではない。
 奇跡を行使できる体にされたということなのだろうか。

 とにかく、物理的なレベルではなく、超常的な、神の基準において俺の体が生まれ変わった。
 それは、理解できている。 

 俺が寝床の藁の上で、考えていると巣穴の外からフレキが戻ってきた。

『起きたか、フィル』
「……フレキ、大丈夫なの?」

 最近のフレキはゆっくり歩くだけでも辛そうだった。
 トイレに移動するのもしんどそうで、俺が糞尿の処理をするときも遠くないと思っていた。

『なにがじゃ? 大丈夫に決まっておろう』
「それなら、いいのだけど……」
『む? どうしたのじゃ?』

 巣穴の入り口に立っているフレキは、まるで去年のフレキだった。
 力と魔力にあふれ、毛並みが輝いている。

「今日はずいぶんと元気そうだね」
『うむ。今朝からどうも体の調子が良くてな』

 そういって、フレキは尻尾を揺らす。
 老いたフレキを置いていけないと死神に伝えたとき、死神は心配するなと言ってくれていた。

(ありがとうございます。死神さま)

 俺は心の中でお礼を言う。
 フレキが元気になったのならば、それだけで使徒になった甲斐があるというものだ。

『それより、フィル。そなた……ずいぶんと見違えたな。何があったのじゃ?』
 フレキは俺の顔をじっと見つめる。
 昨日まで見えていなかった右目も、今は見えているようだ。

「……俺は使徒になったよ」
『ほう? 詳しく聞かせてくれぬか?』
「詳しくもなにも、昨日夢の中、というか死神さまの神域に招かれて、使徒になったというだけだよ」

 フレキのことが心配だと死神に伝えたことは言わなくていい。
 足手まといになったり、俺の枷になることを、フレキは嫌うのだ。

 前世の記憶については、話したくても話せない。
 もう俺自身覚えていないのだ。

『なるほど。それはめでたい』
 フレキの尻尾の揺れは益々激しくなった。

『この世界には使徒を必要とするものたちが沢山おる。使徒になったと言うことは、巣立ちをし、広い世界に行かねばならぬな。早いほうが良い』
 フレキの言葉は正しい。
 使徒が引きこもっていてはその役目を果たせない。

「それはそうなんだけど」

 いま体調が良いとは言え、フレキが高齢なのは変わりない。
 明日、昨日よりも体調が悪くなったとしても、いや今日突然死んだとしても何の不思議もないのだ。
 死神は心配するなと言ってくれたが、心配するなというのは無理な話だ。

『む? 一人で人里に行くのは不安か?』
「そうじゃないけど……」

 フレキが心配だと伝えたら、フレキはきっと怒るし、悲しむだろう。
 自分が足手まといになっていると思って、自害すら考えかねない。

『ふふ。まだまだ子供じゃのう。安心せい。わしもフィルについていくぞ?』

 そういってフレキは尻尾を大きく揺らす。

「え? 大丈夫? フレキはもう歳だから、長旅はしんどいでしょう?」
『まだ、若い者には負けぬよ。それに……』
「それに?」
『使徒になったフィルにしか教えられぬこともあるゆえな』
「それを教えるまで、死んでも死にきれないと」
『その通りじゃ。そのために、わしは先代の死後、ずっと生きながらえてきたのじゃから……』

 そういって、フレキは遠い目をした。
 きっと、やり残せば、フレキは未練を残し、気持ちよく死神の御許に還れないだろう。

「わかった。……ありがとう」
『うむ』


 それから慌ただしく俺の巣立ちの準備に入った。

『この森の王として、次の王を決めねばならぬ』
「統治を一時的に任せるだけでいいんじゃないの?」

 俺がそういうと、フレキはゆっくりと首を振った。

「もしかして、もうフレキの森に戻ってくる気はないの?」

 戻ってくるならば、統治を一時的に代理狼に任せればいいだけだ。
 新王を即位させる必要は無い。

『ない。わしは老いたゆえな』

 どうやらフレキは旅の途中、命を落とすものだと考えているようだ。

「俺が一人前の使徒になったら戻ってくれば良いじゃないか」
『ふん。そう簡単に一人前になどなれぬよ。……数年、数十年開けるなら、新王に任せる方が良い』

 そういって、フレキは尻尾を揺らす。

「そっか。次の王は誰にするの?」
『そなたの弟妹たちの父だ』

 つまり母の伴侶の魔狼である。

「あの狼は確かに立派だよね。フレキの次に強そうだ」

 フレキの元には臣下の狼たちが、定期的に挨拶しに来る。
 だから、俺もフレキの森の数十頭の魔狼全員を見たことはあるのだ。

『ああ。あの者は頭が良く、力も強い。そのうえ、狼望がある』

 狼望とは、人における人望のようなものだろう。

 そして、俺とフレキは弟妹たちの父に会いに行くことにしたのだった。
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