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26.5 幽霊

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 俺は警戒しつつ注意深く幽霊の様子を観察した。
 幽霊は俺の問いに、真剣な表情で考えている。

『……わからねえ。多分、一週間、いや一月ぐらいたったかな?』

 一月のわけがないと思う。
 幽霊になってしまえば、お腹も空かないし、眠くもならない。
 時間経過を正確に把握することは難しいのだろう。

 だが、この部屋には大量の魔鼠がいた。
 死体が食べられたのならば、白骨化が急速に進んだとしてもおかしくはない。

 幽霊に話しかける俺を、フレキは無言で見つめていた。
 恐らくフレキに幽霊は見えていない。
 だが、俺の発する言葉から俺のしていることを推測して、見守ってくれているのだ。

 とりあえず、この状況で死神の使徒がやるべきことは一つだ。
 俺は死神の使徒の務めを果たすべく、幽霊に右手を向けた。
 天に還す前に幽霊に語りかける。

「どのくらいここに居たのかはわからないが、無事で良かったよ」
『無事? っていっていいのか? 死んでるのに』
「ああ、死んで時間が経てばたつほど、不死神に目をつけられやすくなるからな」

 不死神は、幽霊自体には興味が無いと思う。
 幽霊は肉体がないので「完全なる者」である不死者の王にはなれないからだ。

 だが、幽霊は不死神の使徒や不死者の王の手駒にはなる。
 不死神に目をつけられた、幽霊の末路は悲しいものだ。
 適当な死骸に取り憑かされて、亡者となるしかない。

「大丈夫だ。俺がきちんと天に還してやろう」
『ちょ、ちょっと待ってくれ!』
「ん? どうした?」
『俺は、この薬をアンナに届けないとダメなんだ』

 幽霊は自分の足元を指さした。
 大腿骨の近くに、小さな小瓶が転がっていた。

 俺はその瓶を手に取った。

「おお、運良く木箱の崩落に巻き込まれなかったんだな。割れてない」

 恐らくこの小瓶が、幽霊が不死者となった未練そのものである。
 奇跡を使えば、未練ごと天に還すことはできる。

 だが、なるべくならば、未練を解消させ、満足して天に還ってもらいたい。
 それが死神の意志であり、死神の使徒の意志だ。

 順番に未練について、聞き取りをしていかなければなるまい。
 まずはアンナについてだ。

「ところで、アンナっていうのは誰なんだ?」
『俺の娘だ。母親がいないからな。男手ひとつで育てているからか、おてんばに育ってしまって……』
 幽霊はアンナについて語り出す。

『一人娘か。かわいいであろう』
『狼がしゃべった!』
 幽霊が驚いた。俺も驚いた。

「フレキ、幽霊が見えるのか? 普通の者にはみえないと思っていたけど」
『みえるのじゃ。伊達に死神の使徒の従者を長年務めておらぬわ』

 そういってから、フレキはぼそっと呟いた。

『そうか、一人娘が』
 フレキは、一人娘である俺の母のことを思い出しているのだろう。
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