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32.5 領主の館

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 俺が領主の館で起こったことを説明すると、
『うーむ』
 フレキは難しい顔をして唸る。

『不死者百体。何を考えているのかわからぬ』
「それに帰りに待ち伏せされたってことは、途中で気付かれたってことだと思うんだ」
『不死者たちに何かあれば、報せる仕掛けがあったのかもしれぬな』

 そうなると、領主もしくは兵士を自由に動かせる幹部に、不死者の管理者がいると言うことになる。

『反乱なのか、領主が不死者側に落ちたのか』
「領主が不死者と手を結ぶ利点ってある?」
『……ある』
「たとえば?」
『永遠の命。不老不死は、いつの世も人が憧れるものじゃ』

 不死の体を引き換えに不死神に帰依する者はいるかもしれない。

「だけど、不老不死っていえるのは不死者の王ぐらいでしょう?」

 不死者の王になれるのは万に一体ぐらい珍しい。
 ほとんどの不死者は、自分の意志では動けず、苦しみと痛みだけを感じ続けるのだ。
 そんな目に遭うぐらいなら死んだ方がましだ。
 そう思う者の方がほとんどだろう。

『騙せば良い。不死者の王を見せ、お前もこうしてやるといわれれば、不死神に帰依するかもしれぬ』
「騙されている可能性か。人間社会は恐ろしいところってことだね」
『うむ』

 俺は少し考える。

「人神の神殿がどのような状況なのか、調べた方が良いね」
『うむ』

 もし人神の神殿に不死者の魔の手が伸びているならば、使徒リリイの命も危ないかも知れない。

「フレキは人神の神殿に入れないから、俺一人で行くよ」
『むう、それより不死者たちがいた部屋に潜んでいたほうがよいのではないか?』

 そうすれば、不死者たちの管理をしていた者がやってくるかも知れない。

「それも考えたんだけど、あの不死者たちは小まめに管理されていたわけではないだろうし」
『ふむ?』
「それに、俺が下水道に入ったことは、冒険者ギルドが記録しているからね」

 一日以上、戻らなかったら、事故かと思われ救出部隊が送られてしまうだろう。

「大事になったら、人神の神殿に、いや領主の館にも俺のことがばれるし」
 それをするぐらいなら、夜の間に神殿の壁を乗り越えて、侵入する方が良い。

『だが、不法侵入は最後の手段であるな、領主の館への侵入で警戒度もあがっておろうし』
「明日の朝、俺一人で、神殿に行ってみるよ。人神の使徒に会えたらいいのだけど」

 使徒リリイに会えなかったら、神官から情報を集めるしかない。

『人神の使徒か……』
「なにかあるの?」
『いや、なに。女慣れしていないフィルが、たぶらかされないか不安なのじゃ』
「大丈夫だって。もうフレキは心配性だね」

 俺がそういっても、フレキは心配そうに俺を見つめている。

「本当に大丈夫だって」
『それならよいがの。……まあ、大丈夫か。フィルは新米使徒なのに切り替えが早いようじゃし』
「切り替え?」
『うむ。三十体の不死者を見た後、即座にゴンザが天に還える手伝いをし、それが終われば、また即座に不死者の調査に入ったしの』
「別に普通のことだよ」

 俺は死神の使徒なのだ。
 三十体の不死者を天に還すのも、ゴンザを天に還すのも最優先の即座に対処しなければならない仕事である。
 そして、三十体の不死者を用意した者を探し出し、今後作らせないようにするのはその次に大事な予防の仕事だ。

「ゴンザを還して、すぐに動き出すのは、使徒として間違っていないと思うけど、……人としては冷たいかな?」
『冷たくはないであろう? ゴンザは満足し、幸せに天に戻ったのじゃ。悲しむ要素は何一つないのじゃ』
「そっか」
『ただ、新米ならば、達成した仕事の余韻に浸りたいものじゃ』
「それはないかなー」
『そこが、新米らしくないのじゃ』
 フレキは楽しそうに笑う。

「ゴンザはすぐに還ったね」
『ああ』
「嬉しそうだった」
『うむ』
「やっぱり権能を使って、強制的に天に還すより、未練を果たしてやった方がいいね」
『……うむ』
「その方が死神の望むことでもあるだろうし」
『うむ。そうじゃな。死神さまはそう望むであろう』
「…………フレキは? ………………どんな未練があるの??」
『……わしか。わしは、フィル、そなたを育てる事じゃ』
「そっか」
『フィルが一人でやっていけると安心できたら……、いつ天に還っても未練は無いのじゃ』
「うん」


 その夜俺は夢を見た。
 母が俺をかばって死ぬ夢だ。
 母は俺をかばって死んだのではない。フレキをかばって死んだのだ。
 俺は母が死ぬ瞬間を目にしていないから、そういう夢を見るのかもしれなかった。

 夢の中の母は、俺に向かって微笑むと、天に還っていく。
 それは、まるでゴンザのような幸せそうな笑みだった。

 夜中に目を覚ました俺は、頬が涙で濡れていることに気がついた。
 俺はフレキの寝床に入り、フレキに抱きついた。

 フレキはもふもふで温かく、母に似た魔狼の匂いがした。
 フレキは一瞬目を開けると、俺を舐め、そしてまた眠りについた。
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