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25 親同士の会談その2
「…………うまい。さすがは聖樹の実だな。フィロとカトリーヌも食べた方が良いぞ」
そのとき、ティルが聖樹の実を口にしてそんなことを言う。
フィロというのがフィリップのあだ名らしい。
「本当に美味しいな。これはりんごに近いが……それよりもずっと美味しい」
「ええ、美味しいだけでなく、体の疲労、失われた魔力が回復していくわね」
フィリップとカトリーヌも聖樹の実を食べて感動している。
「ああ、ノエルの育てた聖樹の実は絶品なのだ。それだけではなく、聖樹のおかげで――」
シルヴァは我が子の功績を自慢する。
ノエルが聖樹を増やしてくれたおかげで、この辺りの魔物の出現率は明らかに減っている。
そして、魔物自体も弱くなっている。
「瘴気も外よりは薄かろう? これもノエルの育てた聖樹のおかげだ」
「やはり、聖樹の育成が、つまりはノエルが腐界の浄化の鍵になりそうだな」
ティルはそう言ってカトリーヌに抱かれたノエルを見つめる。
「フィロ、カトリーヌ。言うまでもなく腐界の拡大阻止と清浄化は人族全体の課題だ」
「ああ、わかってる」
「ええ」
「ノエルは人族全体にとっても重要な人物みたいだよ。星見の神が動くわけだ」
「星見の神?」
「ああ、シルヴァ。星見の神っていうのは――」
星見の神は神々の愛されし末妹だ。未来を読むことができるという。
その星見の神の聖女が、ノエル探索に力を貸したという。
「星見の神の聖女は、王が頼んでも動かないんだけどね」
「……そうか。さもありなん」
シルヴァも心当たりがあった。
大昔にシルヴァが見たどの人族よりも、はるかにノエルは能力があった。
ノエルは魔法が異常なほどうまく、魔力も豊富だ。
そのうえ、ノエルの手にかかれば、聖樹は驚異的な速度で育ったのだ。
神に選ばれたと言われれば、驚くよりも納得が先に来る。
「さて、フィロ。カトリーヌ。それを踏まえてどうしたい?」
ティルが問いかけると、フィリップは即答した。
「ノエルは家に連れて帰る。当然だ」
「人族の救世主になるかもしれないのに?」
「五歳の幼子に人族の未来を背負わせるな。幼子は危険のない場所で健やかに育つべきだ」
父としてフィリップは正しい。
そういう父でなければ、シルヴァもノエルを任せることを躊躇したかもしれない。
「でもね。フィリップ。私はノエルの意志も大切だと思うの」
カトリーヌは優しい目でノエルを見つめながら言う。
「何を言う。まだ五歳だぞ?」
五歳の言葉を真に受けて、危険極まりない腐界に子供を残すべきではない。
「でも、ノエルは賢いわ。自分の意志を持っている。ノエルの意志は尊重してあげたいわ」
「だが……」
「だから、私もここに残ります」
「いや、待て、残るのなら俺の方だ。カトリーヌは――」
ノエルの父母同士で議論が始まりそうになったところで、
「まあ、落ち着け。二人とも。育ての親の事情も聞かないとだろう?」
そういって、ティルはシルヴァを見た。
「シルヴァ。改めて確認させてくれ」
「ああ。何でも尋ねるがよい」
「聖樹の育成はノエル以外にはできないんだな?」
「少なくとも、選ばれし人族にしかできない」
「ノエルは腐界の中で生きていけるぐらい強いのか?」
「ああ、それは問題ない。瘴気も平気だし、魔物も魔王種でなければ倒せるであろ」
そう答えると、ティルは満足げに頷いた。
「子猫たちを守らなくていいならば、シルヴァ一頭でも戦力的に余裕はあるのか?」
「もちろんだ。ジルカが魔王種を倒した今、魔物は弱体化し、数も減っておるゆえな」
「む? どういうことだ?」
「魔王種が発生すると、他の地域でも魔物が活性化するのだ」
魔王種が出現している間、他の地域の魔物は増えて強力になるのだ。
しかも、活性化した魔物を放置したら、追加で魔王種が発生することすらある。
だから、他の地の聖獣たちは、魔王種出現中、必死に自分の地域の魔物と戦わなければならない。
「そうでなければ、総力を挙げて魔王種をたたけるのだがな。厄介な性質であろう?」
「たしかにな。だから、魔王種と戦うジルカに他の聖獣の守護者から援軍がこなかったのか」
「そういうことになる」
逆に言えば、魔王種が倒れた今ならば、近隣地域の聖獣たちにも余裕があるということだ。
「魔王種が倒れた今、どこも落ち着いておるゆえ……。他の守護者の助けも借りられよう」
するとティルは笑顔で言う。
「最後に、子猫たちを守らなくていいならば、シルヴァ一頭でも戦力的に余裕はあるのか?」
「もちろんだ。我一頭ならば……。いや、子がいても……この地と子を守り切ってみせるが――」
シルヴァは、他の地の聖獣の力を借りる必要はあるだろうと、正直に告げた。
「そうか。ならば、俺の拠点で子猫を預かろうか?」
「む?」
「俺の拠点ならば、瘴気もないし、モラクスやペロ以外の子供たちも沢山いる」
「ほう? 瘴気がないとな? それに子供たちも沢山いると? 詳しく聞かせるがよい」
「わかった。まずは俺の拠点の位置だが――」
ティルの拠点は腐界の端、人族の領域に近い場所にあるという。
シルヴァ一頭ならば、片道一時間もあれば移動できる距離だった。
「瘴気に関しては護符を利用した俺が開発した魔導具があって――」
そして、ティルの拠点では瘴気を完全に防ぐことができているという。
そのため、怪我をした聖獣が傷を癒やすために訪れることもあるらしい。
「事情があって腐界の外に出れない人族の一族も、俺の拠点にはいるんだ」
その一族の大人は魔物との戦いで亡くなってしまい、子供ばかりだという。
「土壌の清浄化にも成功して、大地の精霊も集まってきているぐらいだ」
それが本当ならば、腐界の中でもっとも子供を育てるのに最適な環境と言えるだろう。
「ちなみに……腐界に出られない一族とはなんだ?」
「どうやら、千年前に邪神に呪われてしまったらしい」
「……まだ生き残りがいたのか」
千年より昔、大賢者と聖獣たちともに魔物と戦っていた人族の一族がいた。
彼らは強く、勝利直前まで敵勢力を追い詰めることには成功したのだ。
だが、敵の聖女が命をかけて呪いをかけ、大賢者は腐界に近寄れなくなったという。
そして、一族は腐界から出ることができなくなった。
シルヴァは共に戦ったかつての仲間について思いをはせた。
呪われた後、シルヴァが共に過ごしていた一族は二百年ほどで皆亡くなった。
だが、一族は他にもいたらしい。
残った一族も、皆亡くなったと思っていたのだが……。
「……なんということだ」
かつての仲間の子孫に、何もできなかったことを詫びたい気持ちがある。
同時に、生き残っていてくれたことが嬉しいという気持ちもあった。
「シルヴァだけなら、俺の拠点とこの巣を楽に往復できるだろう?」
「それはそうだな。我の全力ならば片道一時間程度だろうが……」
「それに、俺の拠点ならば、人族の領域にも近い。そのうえ聖樹の育成も可能だ」
ティルはフィリップとカトリーヌを笑顔で見る。
「俺の拠点の近く腐界の外に辺境伯家の別荘でも建てればいいだろ?」
「そうね。ノエルもいきなり人族の中に連れて行かれても戸惑うでしょうし……」
しばらくは腐界と人族の領域を行ったり来たりする方が良いとシルヴァも思った。
なにせ、ノエルは油断したら聖獣語が出てしまうぐらいだ。
人族の中に急に放り込まれたら、多大なるストレスを感じてしまうだろう。
「そうだな。仕事があるが、私もなるべく腐界を訪れよう」
「シルヴァはどう思う?」
「……元々、子猫たちを他の聖獣に預けようと思っていたのだ。ティルの申し出はありがたい」
「なら決まりだ! ああ、まずはノエルと一緒に俺の拠点に来てくれ。最終判断はその後でいい」
「ああ……本犬の意志次第だが、ガルガルの保護も頼めるか?」
「もちろん歓迎だよ。本人、いや本犬が希望すればね」
ガルガルはノエルとずっと一緒にいたのだ。引き離すのはかわいそうだ。
子猫がティルの拠点で暮らせるならば、ガルガルはノエルと一緒にいた方が良い。
その方が、ノエルのストレスも和らぐだろう。
「ありがとう。ティル・リッシュ」
そうして、ノエルが寝ている間に、大人たちは話し合いを済ませたのだった。
シルヴァもフィリップもカトリーヌも、できる限りノエルの意志を尊重したいと考えていた。
そして、ノエルの幸せを第一に考えていた。
◇◇◇◇
そのとき、ティルが聖樹の実を口にしてそんなことを言う。
フィロというのがフィリップのあだ名らしい。
「本当に美味しいな。これはりんごに近いが……それよりもずっと美味しい」
「ええ、美味しいだけでなく、体の疲労、失われた魔力が回復していくわね」
フィリップとカトリーヌも聖樹の実を食べて感動している。
「ああ、ノエルの育てた聖樹の実は絶品なのだ。それだけではなく、聖樹のおかげで――」
シルヴァは我が子の功績を自慢する。
ノエルが聖樹を増やしてくれたおかげで、この辺りの魔物の出現率は明らかに減っている。
そして、魔物自体も弱くなっている。
「瘴気も外よりは薄かろう? これもノエルの育てた聖樹のおかげだ」
「やはり、聖樹の育成が、つまりはノエルが腐界の浄化の鍵になりそうだな」
ティルはそう言ってカトリーヌに抱かれたノエルを見つめる。
「フィロ、カトリーヌ。言うまでもなく腐界の拡大阻止と清浄化は人族全体の課題だ」
「ああ、わかってる」
「ええ」
「ノエルは人族全体にとっても重要な人物みたいだよ。星見の神が動くわけだ」
「星見の神?」
「ああ、シルヴァ。星見の神っていうのは――」
星見の神は神々の愛されし末妹だ。未来を読むことができるという。
その星見の神の聖女が、ノエル探索に力を貸したという。
「星見の神の聖女は、王が頼んでも動かないんだけどね」
「……そうか。さもありなん」
シルヴァも心当たりがあった。
大昔にシルヴァが見たどの人族よりも、はるかにノエルは能力があった。
ノエルは魔法が異常なほどうまく、魔力も豊富だ。
そのうえ、ノエルの手にかかれば、聖樹は驚異的な速度で育ったのだ。
神に選ばれたと言われれば、驚くよりも納得が先に来る。
「さて、フィロ。カトリーヌ。それを踏まえてどうしたい?」
ティルが問いかけると、フィリップは即答した。
「ノエルは家に連れて帰る。当然だ」
「人族の救世主になるかもしれないのに?」
「五歳の幼子に人族の未来を背負わせるな。幼子は危険のない場所で健やかに育つべきだ」
父としてフィリップは正しい。
そういう父でなければ、シルヴァもノエルを任せることを躊躇したかもしれない。
「でもね。フィリップ。私はノエルの意志も大切だと思うの」
カトリーヌは優しい目でノエルを見つめながら言う。
「何を言う。まだ五歳だぞ?」
五歳の言葉を真に受けて、危険極まりない腐界に子供を残すべきではない。
「でも、ノエルは賢いわ。自分の意志を持っている。ノエルの意志は尊重してあげたいわ」
「だが……」
「だから、私もここに残ります」
「いや、待て、残るのなら俺の方だ。カトリーヌは――」
ノエルの父母同士で議論が始まりそうになったところで、
「まあ、落ち着け。二人とも。育ての親の事情も聞かないとだろう?」
そういって、ティルはシルヴァを見た。
「シルヴァ。改めて確認させてくれ」
「ああ。何でも尋ねるがよい」
「聖樹の育成はノエル以外にはできないんだな?」
「少なくとも、選ばれし人族にしかできない」
「ノエルは腐界の中で生きていけるぐらい強いのか?」
「ああ、それは問題ない。瘴気も平気だし、魔物も魔王種でなければ倒せるであろ」
そう答えると、ティルは満足げに頷いた。
「子猫たちを守らなくていいならば、シルヴァ一頭でも戦力的に余裕はあるのか?」
「もちろんだ。ジルカが魔王種を倒した今、魔物は弱体化し、数も減っておるゆえな」
「む? どういうことだ?」
「魔王種が発生すると、他の地域でも魔物が活性化するのだ」
魔王種が出現している間、他の地域の魔物は増えて強力になるのだ。
しかも、活性化した魔物を放置したら、追加で魔王種が発生することすらある。
だから、他の地の聖獣たちは、魔王種出現中、必死に自分の地域の魔物と戦わなければならない。
「そうでなければ、総力を挙げて魔王種をたたけるのだがな。厄介な性質であろう?」
「たしかにな。だから、魔王種と戦うジルカに他の聖獣の守護者から援軍がこなかったのか」
「そういうことになる」
逆に言えば、魔王種が倒れた今ならば、近隣地域の聖獣たちにも余裕があるということだ。
「魔王種が倒れた今、どこも落ち着いておるゆえ……。他の守護者の助けも借りられよう」
するとティルは笑顔で言う。
「最後に、子猫たちを守らなくていいならば、シルヴァ一頭でも戦力的に余裕はあるのか?」
「もちろんだ。我一頭ならば……。いや、子がいても……この地と子を守り切ってみせるが――」
シルヴァは、他の地の聖獣の力を借りる必要はあるだろうと、正直に告げた。
「そうか。ならば、俺の拠点で子猫を預かろうか?」
「む?」
「俺の拠点ならば、瘴気もないし、モラクスやペロ以外の子供たちも沢山いる」
「ほう? 瘴気がないとな? それに子供たちも沢山いると? 詳しく聞かせるがよい」
「わかった。まずは俺の拠点の位置だが――」
ティルの拠点は腐界の端、人族の領域に近い場所にあるという。
シルヴァ一頭ならば、片道一時間もあれば移動できる距離だった。
「瘴気に関しては護符を利用した俺が開発した魔導具があって――」
そして、ティルの拠点では瘴気を完全に防ぐことができているという。
そのため、怪我をした聖獣が傷を癒やすために訪れることもあるらしい。
「事情があって腐界の外に出れない人族の一族も、俺の拠点にはいるんだ」
その一族の大人は魔物との戦いで亡くなってしまい、子供ばかりだという。
「土壌の清浄化にも成功して、大地の精霊も集まってきているぐらいだ」
それが本当ならば、腐界の中でもっとも子供を育てるのに最適な環境と言えるだろう。
「ちなみに……腐界に出られない一族とはなんだ?」
「どうやら、千年前に邪神に呪われてしまったらしい」
「……まだ生き残りがいたのか」
千年より昔、大賢者と聖獣たちともに魔物と戦っていた人族の一族がいた。
彼らは強く、勝利直前まで敵勢力を追い詰めることには成功したのだ。
だが、敵の聖女が命をかけて呪いをかけ、大賢者は腐界に近寄れなくなったという。
そして、一族は腐界から出ることができなくなった。
シルヴァは共に戦ったかつての仲間について思いをはせた。
呪われた後、シルヴァが共に過ごしていた一族は二百年ほどで皆亡くなった。
だが、一族は他にもいたらしい。
残った一族も、皆亡くなったと思っていたのだが……。
「……なんということだ」
かつての仲間の子孫に、何もできなかったことを詫びたい気持ちがある。
同時に、生き残っていてくれたことが嬉しいという気持ちもあった。
「シルヴァだけなら、俺の拠点とこの巣を楽に往復できるだろう?」
「それはそうだな。我の全力ならば片道一時間程度だろうが……」
「それに、俺の拠点ならば、人族の領域にも近い。そのうえ聖樹の育成も可能だ」
ティルはフィリップとカトリーヌを笑顔で見る。
「俺の拠点の近く腐界の外に辺境伯家の別荘でも建てればいいだろ?」
「そうね。ノエルもいきなり人族の中に連れて行かれても戸惑うでしょうし……」
しばらくは腐界と人族の領域を行ったり来たりする方が良いとシルヴァも思った。
なにせ、ノエルは油断したら聖獣語が出てしまうぐらいだ。
人族の中に急に放り込まれたら、多大なるストレスを感じてしまうだろう。
「そうだな。仕事があるが、私もなるべく腐界を訪れよう」
「シルヴァはどう思う?」
「……元々、子猫たちを他の聖獣に預けようと思っていたのだ。ティルの申し出はありがたい」
「なら決まりだ! ああ、まずはノエルと一緒に俺の拠点に来てくれ。最終判断はその後でいい」
「ああ……本犬の意志次第だが、ガルガルの保護も頼めるか?」
「もちろん歓迎だよ。本人、いや本犬が希望すればね」
ガルガルはノエルとずっと一緒にいたのだ。引き離すのはかわいそうだ。
子猫がティルの拠点で暮らせるならば、ガルガルはノエルと一緒にいた方が良い。
その方が、ノエルのストレスも和らぐだろう。
「ありがとう。ティル・リッシュ」
そうして、ノエルが寝ている間に、大人たちは話し合いを済ませたのだった。
シルヴァもフィリップもカトリーヌも、できる限りノエルの意志を尊重したいと考えていた。
そして、ノエルの幸せを第一に考えていた。
◇◇◇◇
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