底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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〈別視点〉 ティモンの愚考と愚行

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 ドラナト魔窟ダンジョンから戻った翌日。俺は再び母上を訪ねていた。

 メルビアの中央街にある貴族の邸宅区。俺の母上はそこに住んでいる。母上はエカード伯爵の妻、つまり俺は伯爵家の人間なのだ。
 父上はダリウス・オン・エカード。母上はカサンドラ・ベナ・エカード。そしてこの俺はティモン・カル・エカード。由緒正しき貴族の血筋だ。

 俺が邸へ行くと、母上はまだ王都から帰ってきていなかった。俺を出迎えたのは執事一人。この俺がせっかく顔を見せに来たというのに、他の使用人達は挨拶もなしか。再指導するよう、母上に進言しなければ。

 苛立ちながらそう考えていると、執事が口を開く。

「先日申し上げました通り、奥様は現在、こちらにお戻りになる予定はございません」

 そんなわけないだろう!俺がメルビアここにいるのに、母上が帰ってこないわけがない。

「俺は母上に大事な用があるんだ!母上がいつお帰りになるのか答えろ!」

「…ですから、今のところお戻りになる予定がないので、お答えできかねます」

 執事長は表情を変えずに淡々と答えた。

 父上は以前、この執事はとても仕事ができると言っていたが、母上がいつ帰ってくるのかも分からないなんて、全く使えないじゃないか。

 ……待てよ?もしかして父上は、母上をこのまま王都の本邸に戻すつもりでは?ということは、俺も王都へ戻ることになるはずだ!

 俺と母上は四年前、王都の本邸からこのメルビアの別邸に移された。理由は……よく分からない。父上は「二人とも、ここでしばらく自分の行いを省みろ」と言われたが、俺も母上も伯爵家の人間として相応しい行いをしていたはずだ。
 まあ、母上は少しドレスや宝飾品に金を注ぎ込んでいたが、それは伯爵夫人としての品格を示すためであって、つまりは家のため、父のためにやっていることだ。
 そんな母上の教えに従って俺も身につける物には気を配っている。その辺の安い量産品なんて、もってのほかだ。今身につけている軽鎧や剣も特注品で、庶民のそれとは格が違う。

 伯爵家の俺が冒険者をしているだって、もちろん家のためだ。
 貴族の出で冒険者になる者は少なく、エカード家では先々代の四男がAランク冒険者になったきりだ。
 ここで俺が華々しくSランク冒険者になれば、エカード家の名は貴族や冒険者の間に広く知れ渡り、後世に語り継がれることになる。

 俺はふと思った。

 もしかしたら父上は、俺の今までの功績を知って、王都に呼び戻したいのかもしれない。
 武芸しか能のない兄ルイスの代わりに家督を継がせたいのでは?本ばかり読んでいる弟ジュリアンの稽古を任せたいのかも。

 そうだ……、きっとそうに違いない!

 俺は執事に向き直り……、こいつなんて名前だ?

「あー、おいお前」

「…なんでしょう」

「父上は何か言ってたか?」

「何かとは?」

「それは……あれだ。王都にいる兄や弟の事とか、俺の冒険者としての功績の事とか」

 執事はスッと目を細めた。

「兄君のルイス様は順調に次期伯爵として励まれているそうです。弟君のジュリアン様は王都の学園を飛び級で卒業される予定でいらっしゃいます」

 ……思っていたよりは、ちゃんとやっているようだな。まあ、俺には及ばないだろうが。

「俺の事は?何か言っていただろう」

「ティモン様に関する事ですか……」

 執事は顎に手を添えて考え始めた。

 なんで悩むんだ!何も無いわけがないだろう!

「……ああ、そういえば」

「!なんだ?!」

「「分かっているとは思うが、邸にある金を勝手に使うことは許さない」と仰せでした」

「…………」

 なにをそんな分かり切った事を…。
 ………………。

「ただの参考までに訊くが、金はどこに保管してあるんだ?」

わたくしからは申し上げられません」

「頭の堅い奴だな!今この邸には父上も母上もいないんだ!だったら、今はこの俺が主人のようなものだろう!!」

「そのような道理はございません。奥様のお戻りも存じ上げませんので、今日のところはお引き取りいただければと」

 そう言って一礼する執事。

「母上の邸は俺の邸も同然だ!ここにいて何が悪い!!」

 俺は執事を無視して歩き出す。

「どちらへ行かれるのですか?」

「用を足すだけだ!ついてくるなっ!」

 そう怒鳴れば、執事は仕方なくその場に留まった。
 俺は綺麗に磨かれた廊下をズカズカと歩きながら思った。

 ……そうだ。俺のほうから王都に出向こう。
 きっと父上は感心なさるはずだ。父上の意向を自ら察し、遠路はるばる戻る俺の思慮深さと行動力に!

 そうと決まれば準備をしなければ。
 ベロニカ達はどうするか……。最近のベロニカは、ルカと一緒にいたあの男の事ばかり話している。恋人である俺の前でだぞ?!
 昨日だってあの男、ルカと魔窟ダンジョンに来ていたし。ルカもベロニカも、あんな少し背が高くて、まあまあ顔が良いだけの男のどこがいいんだ!

 …………まあいい。俺は心が広いからな。恋人の一時いっときの気の迷いくらい、許してやろう。

 ゲイルはもう放っておくとして、ベロニカとカミラは連れて行ってやるか。





 ベロニカとカミラに王都行きの話をすると、返ってきたのは思っていたのと違う反応だった。

「え、王都?めんどくさ~い」

「はぁ……。なんでわざわざ、そんな遠くへ行かないといけないのよ」

 この俺が誘ってやったというのに、なんだその言い草は!

 ベロニカはマニキュアを乾かしながら、
 
「依頼じゃないんでしょ?だったらあたしは行かな~い。あの人に逢えなくなっちゃうし」

「私も依頼でないなら行く理由がないわ。一人で勝手に行って来てちょうだい」

 カミラはティーカップを置いて溜め息をついた。

「ぐ…っ」

 落ち着くんだ、俺。紳士たるもの、いつでも冷静でいなければ。
 
 この情報はできれば話したくなかったが、背に腹は代えられない。

「あの男なら、メルビアにはいないぞ」

「え!!なんで?!」

 ベロニカが勢いよく立ち上がった。

「昨日の夜、ルカとあの男が何処かの冒険者と話しているのを、たまたま聞いたんだ。ユトスで会うとか言っていたぞ」

 あいつらの姿を見た時は、思わず物陰に隠れて……いや、念のため身を潜めてしまったが。

 ベロニカは口を尖らせる。

「え~!なんでまたユトスぅ?」

「あら。だったらティモンと一緒に行けばいいじゃない。王都へはユトス経由になるでしょう?」

 いいぞ、カミラ!素晴らしいアシストだ。

「え?そーなの?ティモン」

「ああ。ユトスを通って行く」

「じゃあ、あたしも行く!準備しなきゃ!」

 ベロニカは意気揚々と旅支度を始めた。あの男に会いたいがため、というのはいただけないが、この旅で俺に惚れ直させれば、なんの問題もない。

「カミラ。お前はどうする?」

 俺はカミラにもう一度声をかけてやるが、

「行かないって言ったでしょう?貴方達みたいに暇じゃないの」

 そう言って、カミラは一人帰っていった。

「……ふん。可愛げのない女だ」

 そんなだからゲイルにも見放されるんだ。

 俺は上着のポケットから小さな箱を取り出して、中を見る。そこには銀色の指輪が収まっている。

 さっき母上の邸に行った時、トイレに行くフリをして母上の机から拝借してきたものだ。母上のものにしては地味だが、鍵付きの引き出しに入っていたから、きっと高価なものに違いない。
 
 これを当面の資金に変えさせてもらおう。
 
 母上は指輪なんて、もっと綺羅びやかなものをいくつも持っている。こんな質素な指輪、無くなっても気づかないだろう。

 俺は指輪を換金するため、上機嫌で街へと繰り出した。
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