底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

文字の大きさ
30 / 73

第二十二話 過去と、その先

しおりを挟む
 王都へ向けて出立する日。
 まだ日も昇りきらない薄闇の頃、僕はメルビアの西街に来ていた。

 西街の小高い丘にある集合墓地。
 定期的に来てはいるが、長くメルビアを離れる前後には、必ずここを訪れている。

「――父さん、母さん。今度は王都に行ってくる」

 『ジャック・ブライオン』
 『アンゼリカ・ブライオン』

 二人の名が刻まれた二つの墓標。
 それぞれに花を供えて、その前の芝に座った。

「ユトスから戻った時に話した、ベルハイトさんも一緒に。ちょっと長くかかるけど、去年持って来たレッドモメント、また穫ってくる」

 僅かに吹いた風に献花が揺れた。

 両親がこの世を去ったのは十二年前。僕が五歳の頃。それ以降、僕は一人で生活している。

 僕と両親が暮らしていたのは、メルビアからずっと東、このオルベリア王国と隣国バライザとの国境を跨ぐ森の中だった。
 一人になった当初はそのままそこで生活していたが、やがてそれも難しくなった。一番の問題は食料。両親が蓄えてくれていた分はすぐに底をつき、自力で確保しなければならなくなった。
 水は湧き水の場所を知っていたので、なんとかなったが、父が狩ってきてくれていた肉や、母と一緒に採っていた山菜や木の実は、当時の僕では知識も技術も不足していて、子供一人分とはいえ、森で生きていける充分な量を賄うのは難しかった。
 
 僕は口にしても大丈夫だと判別できた数種類の木の実を袋に詰め込み、できる限りの旅支度をして家を出た。人里を探そうと思ったのだ。
 父は時折、服や靴、狩りに必要な道具など、森では手に入らない物をどこからか調達してきていた。僕は行ったことはなかったが、森の外にある村で譲ってもらっていると聞いたことがあった。
 
 とにかく村に行こうと思い立ち、家を出たはいいが、所詮子供の思いつき。場所も知らない村を目指したところで、辿り着くはずもなかった。
 幸い、森の歩き方や水場の見つけ方を両親から教わっていた僕は、そのまま森を出ることは出来た。相当広い森だったのか、見つける度に採っていたはずの木の実も、既に無くなっていた。

 それからどれくらい彷徨い歩いただろう。
 最初は森の家に帰れるよう、歩いていたつもりだったが、五歳児が初めての一人旅でそれを維持することが出来るはずもなく、戻ることすら出来なくなって途方に暮れた。
 道中で僅かに採れる木の実で飢えをしのぎ、ひたすら人里を求めて歩き、いつの間にか山の中に入っていた時、それは現れた。

 濃く漂う、不思議な気配。
 まるでそこで待ち構えていたかのような、重く異質な場所。

 僕はこの時、生まれて始めて魔窟ダンジョンというものを目にした。そしてそこに足を踏み入れてしまったのは、ただの好奇心か、それとも別の何かか。
 どちらにせよ、僕はこの魔窟ダンジョンで死にかけた時、初めて[無限保存庫ストレージ]を発動させた。
 もっとも、それが時空魔法であること、[無限保存庫ストレージ]という名称であることを知るのは、もっと後になってからだが。

 その後、その魔窟ダンジョンからどうやって脱出したのかは、よく覚えていない。ただひたすら走って、いつの間にか気を失い、目が覚めたら夜の平原に転がっていた。よく生きていたものだ。

 それから僕は[無限保存庫ストレージ]を大いに活用した。
 食べられそうなものは片っ端から入れ、魔物や獣を狩れるようになったら、その肉や素材も詰め込んだ。
 時には洞窟や森に寝床を作って過ごしながら、それでも人里は探していたが全く見つからず。里どころか人を見かけることも無かった。

 それもそのはず。当時の僕は知る由もないが、メルビアより東には、それほど離れていない場所には小さな町がある。しかし、そこから更に東となると、人里のない地帯がずっと広がっているのだ。

 そうなると、父はどこの村に物資の調達に行っていたのだろう。ただ単に、遠くまで足を伸ばしていただけかもしれないし、もしかしたら、国境を越えていた可能性もある。今となっては、確かめようもないが。

 放浪する生活を約二年。
 ふらりと登った崖の上から、遠くに明らかな人工の建造物を見つけた僕は、真っ直ぐそこを目指した。

 それがここ、メルビアだ。
  
 偶然流れついたメルビアで、ヴィクトルと出会い、その伝手でヘディとも知り合った。
 僕の魔法の事を教えてくれたのも彼らで、生活基盤が整うまで、かなりお世話になった。
 運び屋ポーターとして働き始めてからは一人の暮らしに戻ったが、それまでの数ヶ月はヘディの家に厄介になった。

 僕が両親と暮らした森の家に帰ったのは、それから更に五年後のこと。やらなければならない事があったので、ヘディとヴィクトルにも一緒に来てもらった。
 五年でなんとか場所を探し出し、今日やっと辿り着いた我が家は当然ボロボロで、崩れずに残っていただけでも良かったと言える状態だった。

 家に置いたままになっていた、両親との思い出の品を全て[無限保存庫ストレージ]に詰めた。そして。

 家の裏にある、両親のお墓。
 木の墓標を立てた簡素なものだが、ここに両親が眠っている。

 どうするべきか迷ったが、この場所は遠すぎて頻繁には来られないし、後々、獣に荒らされる可能性もある。そうなる前にメルビアの墓所へ改葬することを決めた。

 用意していた骨壺に両親の遺骨を収め、ヘディとヴィクトルに連れられて森の家を後にした。

 帰り道、僕は父の骨壺を胸に抱いたまま歩いた。母の骨壺は、ヘディがずっと持っていてくれた。

 父と母を連れて森の家を去る時、家はそのまま残しておいた。
 僕が覚えている限り、ここに人が訪ねて来たことは無かったから。この先崩れてしまっても、誰かの迷惑になることは無いだろう。

 それに。
 失くしてしまうのは、とても寂しく思ったから。





 気がつくと既に日は昇り、辺りはかなり明るくなっていた。かなり長い時間、両親のお墓の前に座り込んでいたようだ。
 しばらくメルビアここを離れるからか、妙に昔の事を思い出した。

「……そろそろ行くよ」

 ベルハイトとの待ち合わせの時間にはまだ余裕があった。でも、今日は随分、昔の記憶に浸っていたせいか、これ以上ここにいると離れがたくなる気がして、僕は立ち上がって服についた芝を払った。

「戻ったら、また来るから。――いってきます」

 そう告げて、朝日の中を市場へ向かった。





 待ち合わせ場所の南門前。
 人や荷馬車が行き交う時間のピークを過ぎてはいるが、まだ人通りは絶えない。

 行き交う人々を、ベンチに座ってぼんやりと眺めていると、その視界に待ち人の姿が映った。
 
「――すみません!待ちましたか?」

 僕がいるのを見つけ、走ってきたベルハイト。指定していた時刻より三十分は早い。

「いえ。今来たところです」

 本当は二時間くらいここにいたので、門番に「デートの約束でも、すっぽかされたのかい?」と心配されたけれど。
 デートじゃないし、すっぽかされたわけでもない事をきちんと説明し、僕はベンチの置き物と化していた。

「ではまずは、目指せユトスです」

 立ち上がって宣言した僕を、ベルハイトは不思議そうに見やる。

「……なんか、いつもより張り切ってます?」

「楽しみなので。――レッドモメント」

「もう帰りのこと考えてるんですか?」

 ベルハイトの呆れた顔。

 何だ、その顔は。この旅の最大の目玉だというのに。

「ベルハイトさんも、食べたらきっと来年が待ち遠しくなります」

「たとえそうなったとしても、俺一人じゃ穫りに行けませんよ」

「僕は来年も穫りに行きますけど」

「そうでしょうね」

「一人で行くのが嫌なら、一緒に行けばいいじゃないですか」

 今回も一緒に行くんだし。

 別になんの不思議もない、普通のことを言ったつもりだったのだが、ベルハイトは目を丸くして僕を見た後、何故か笑い出した。

「…ふ……っ、はははっ」

「?」

 何かおかしな事を言っただろうか。もしかして、団体行動は苦手なくせに、とか思っているのか?
 もちろん今も団体行動は極力避けたい。でも、ベルハイトに関しては今更な気がする。

 僕が腑に落ちずにじっと見上げていると、ベルハイトはようやく息をつき、

「そうですね。一緒に行けばいいんですよね」

 穏やかな声でそう言ったので、僕も満足して頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美化係の聖女様

しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。 ゴメン、五月蝿かった? 掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。 気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。 地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。 何コレ、どうすればいい? 一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。 召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。 もしかして召喚先を間違えた? 魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。 それでも魔王復活は待ってはくれない。 それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。 「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」 「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」 「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」 「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」 「「「・・・・・・・・。」」」 何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。 ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか? そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!? 魔王はどこに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不定期更新になります。 主人公は自分が聖女だとは気づいていません。 恋愛要素薄めです。 なんちゃって異世界の独自設定になります。 誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。 R指定は無しの予定です。

World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)

緋色牡丹
ファンタジー
生きる意味を見出せない三十二歳の男・山田緋色。 夏の夜、光の渦に呑まれ、彼が目を覚ましたのは――幻想の森だった。 壊れた愛車、知らない空、そして湖に浮かぶ青髪の少女。 異世界での出会いが、“止まった人生”を再び動かしていく。 異世界叙情ファンタジー、開幕── ※この小説は、小説家になろう、カクヨムにも同時掲載しています。 挿絵はAIイラストを使ったイメージ画像です。

事故に遭いました~俺って全身不随?でも異世界では元気ハツラツ?

サクラ近衛将監
ファンタジー
 会社員の俺が交通事故に遭いました。二か月後、病院で目覚めた時、ほぼ全身不随。瞼と瞳が動かせるものの、手足も首も動かない。でも、病院で寝ると異世界の別人の身体で憑依し、五体満足で生活している。また、異世界で寝ると現代世界に目が覚めるが体の自由は利かない。  睡眠の度に異世界と現代世界を行ったり来たり、果たして、現代社会の俺は、元の身体に戻れる方法があるのだろうか?  そんな男の二重生活の冒険譚です。  毎週水曜日午後8時に投稿予定です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

追放王子の気ままなクラフト旅

九頭七尾
ファンタジー
前世の記憶を持って生まれたロデス王国の第五王子、セリウス。赤子時代から魔法にのめり込んだ彼は、前世の知識を活かしながら便利な魔道具を次々と作り出していた。しかしそんな彼の存在を脅威に感じた兄の謀略で、僅か十歳のときに王宮から追放されてしまう。「むしろありがたい。世界中をのんびり旅しよう」お陰で自由の身になったセリウスは、様々な魔道具をクラフトしながら気ままな旅を満喫するのだった。

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

処理中です...