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「こんな大騒ぎになる前に俺は眞守に『前世ってあると思うか?』って聞いたの覚えてるか?」
「…聞いてきましたね」
「…あれな、話題になってた海外のやつの事じゃなくて――俺の自身の事なんだよ」
「「へ…?」」
先生の言葉に私と藤森さんの声が重なる。
「…ダンジョンがこの世界に生えた頃からなんかよくわからん夢を見るようになってな…?夢なのに妙にリアルで、起きた後に『あぁ、あの時の…』って思ってあの時ってどの時だ?って混乱する日々でな…?」
でもそれも毎日見続ける事で違和感がなくなっていき、次第に『あの時ああしていれば』『ここはこうだったなら…』と夢の先を後悔するようになったのだそうだ。

「夢の内容が自分の前世の事だと自覚したのはダンジョンで魔物寄せを使って湧きが異常になった時だ。あの時は生徒を外に出すことを優先したから俺も外に向かったが、途中で聞いた獣の咆哮――マンティコアの咆哮を聞いて記憶がカチっとやっとはまったような気がした」
「マンティコアの咆哮で?」
「あぁ、前世の俺はどうやらマンティコアに殺されたらしいからな」
「「…え?」」
先生がさらりと言ってのけた言葉に私と藤森さんは声をなくす。
「あぁ、そこまで深刻に思わなくて大丈夫だぞ?確かに俺は異世界で冒険者として生きて、最後にダンジョン内で黒いマンティコアに殺された記憶を持つがそれはそれってやつだ。記憶はあるけどそれを第三者として認識はしているがだからってその記憶のせいで俺がどうにかなるってことはなさそうだ」
一度死んだという記憶を持っているのにその記憶に苦しめられることはないと先生は言い切る。

「…まぁあの時に俺は記憶をきっちりと思い出したんだ。記憶が戻るとどうやら能力も戻ったらしくてな?自分の能力を試したいと思ったんだが…、この世界は探究者っていう資格がないとダンジョンには潜れない。だからますは資格を得て――で資格がやっと取れたって事であんまり人が来ないダンジョンに潜って試したんだが…」
「だが?」
藤森さんが先生に続くを促す。
「…前世の俺は冒険者として成功していてな?ランクで言うとAランクだったんだ。…でも今の俺はペーペーも良いところで…」
少し言葉を言い淀みながら先生は少しだけ顔を反らす。
「普通に魔物を倒すのは数回ばかり繰り返せば体が思い出した。その次はスキルなんだが…ここでちょっとヘマをしてな…」
「ヘマ…?」
「…前世で得意としていた技を使ったら完全にマナ不足…魔力が不足していて倒れかけたんだ…」
その言葉に私と藤森さんは固まってしまう。
「なんて?」
「…だから、前世の俺が得意としていた炎を剣にまとわせて相手に斬りかかる技を使おうとしたんだが、今の俺だと力量不足でうまく発動しなかったんだ…。というか発動しようと魔力を殆ど持っていかれて倒れかけた…」
「「………」」
その言葉に私たちはなんとも言えない顔になる。
「ひどいよねぇ…。僕も事情を聞いた時にそれを聞いてめちゃくちゃ呆れたんだよ」
白尾さんに言われるって相当の事だと思う。
「しかも運が悪いことにスキル発動失敗の余波がポイズンスパイダーの群れに当たったらしくて…」
逃げる羽目になったと。
「逃げた先が行き止まりで絶望して、ここで何とか踏ん張らないとと思ったら転移の罠を踏むとか…」
言いながら先生は自分の顔を両手で覆ってしまう。
「元Aランク冒険者だったのに情けなくて泣きそうになる…」
「前世でだけどね」
「あとは眞守達が助けに来てくれるまで何とか逃げて隠れてって感じだな…」
先生は肩を大きく落としている。

「んで?その頭と髪は?」
「正直俺もいつからこうなったのかわかんないんだよな…。ダンジョンに潜ってた時は確かに今まで通り黒髪でこげ茶の目だったはずなんだよ」
「救出された後はもうこの様子だったから、ダンジョンに潜って助けられるまでの間に何かあったんだろうね」
「さっきも言ったが染めても翌日には何故かもとに戻っててな…」
「偽装のスクロール使います?髪と目だと二つ使わないとだと思いますけど…」
「…さっきも言ったが前の世界でもスクロールって貴重だったんだからな?」
座った目で先生に言われて私は顔を反らす。
しょうがないじゃないですか、ボーナス恩恵でするする手に入るんだから。
「…まぁ髪と目の色が変わっただけだから普通に生活するには問題はないんだがな?…でもこれで教師を続けるっていうのは…」
「…だから辞めちゃうんですか?」
「え?!」
私の言葉に藤森さんが驚いている。
「あぁ、そこからは僕が説明するよ」
言いながら白尾さんが手をあげる。

「まず、悠司はうちのクランの所属になりました」
「4人目のメンバーですね」
「そうそう。これからビシバシダンジョンを攻略してもらうから」
白尾さんのその言葉に先生は『レベルある程度上がったらな』と笑う。
「……どういうわけか悠司の事がもう漏れててね?政府のやつらが鬱陶しくって」
座った目で白尾さんが言う。
「ここに来るのにもついてきていて多分今外に居ると思うんだよ。ここまでくっついてくるとか本当に鬱陶しいよね~。まぁ今頃桜子君が依頼元と色々・・と話をつけてくれていると思うんだけどね?」
そう言いながら浮かべた笑みはとても悪どい笑みで藤森さんがドン引いていた。
「先生、黒服に追われる日々にようこそ」
「たぶん眞守程じゃないと思うぞ?」
「それはどうだろうねぇ」
先生の言葉に白尾さんが茶々を入れてくる。
「前世云々っていっても俺が生きたかつての世界とダンジョン内が同じってわけでもないだろう?」
「先生知ってる?それって俗にいうフラグって言うんだよ?」
先生の言葉に藤森さんが言えば先生は『嘘だろ?』と少し困ったような顔をする。

「…まぁ悠司が色々と思い出して使えそうだし、色々と煩わしい事に巻き込まれそうだったからうちが早々に確保したよって話をしに来たんだよ」
「眞守はまだ未成年だったから多少の遠慮はあったようだが俺は成人してるから遠慮がなさそうだしな…」
「下手すると家族が危険…と言いたいけどそんなことしたら神罰確定だから相手方もそこまではしなさそうだけど」
既に実行して神罰が下り地獄のような苦しみを受けている人が居るらしい(白尾さん談)。
「ダンジョン管理神さん達ちゃんと仕事してるんですね…」
「結構裏を突いたり隙間を突いたりしようとしているらしいが万全みたいだね。因みに神罰も結構幅があるみたいで、今のところ一番軽いので両足がジュクジュクの水虫になったり体中の毛が一晩で無くなったりくらいらしいよ。一番ひどいのは体の一部が腐るらしいんだけど、その部位を切り落としたら他の部位が腐り始めるんだって」
「「「うわぁ…」」」
白尾さんの言葉に三人でなんとも言えない声を出す。

「因みに俺近所のマンションの空き室に引っ越すことになってるから、来週あたりから眞守の家のダンジョンの世話になるな」
「わかりました。最初はスライムしか出ないけどその後は普通のダンジョン…階層間は普通なんで」
「その言い方だと階層主は普通じゃないのか?」
「挑んでみればわかりますよ。…だから一人で挑もうとか思っちゃだめですよ?」
言えば先生は笑い、私の頭をくしゃりと撫でて帰っていった。


「先生、辞めちゃうんだ…」
「前世の記憶持ちとか色々と面倒くさいことに巻き込まれそうだよね…」
「…眞守さんが言ってもなぁ…」
少しばかりしんみりとしていた藤森さんにそういえば、何故かジト目で言われてしまう。
酷くないかな?と頬を膨らませれば藤森さんは笑いながら頬を突いてくる。
「あのさ…」
「ん?」
「もしも私も眞守さん達のクランに入りたいって言ったら…入れてもらえるかな?」
そういう藤森さんは真剣な顔をしていた。
「…多分、無理かなぁ…」
うちのクランは保護先と言う名目で作られたクランだから、ここで藤森さんを加入させたら我も我もと他の人が言いそうだ。
「そっか…」
「もう少しダンジョンの情勢が落ち着いて、私や先生が狙われることが減ったら入れると思うんだけど…」
今は私のアイテムホイホイと先生の前世の記憶や能力が珍しくて有用だから追い掛け回されている状態だ。
だから世界中がもっとダンジョン攻略を頑張って能力を色々と得てくれれば――。
「今は無理だけど、もう少し色々と落ち着けばきっと入れると思う」
「…そうだよね。だったらその時まであたし、がんばって強くなっておくわ」
「期待してるよ」
言いながらお互いニコリと笑う。



「青春よねぇ…」
そんな私達を見て水樹さんが何故かほろりとしていた。
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