オメガバース(タイトル仮

小夜時雨

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お見舞いへ

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 友人たちは副会長の自宅まで一緒に着いて行こうか? とまで言ってくれた。
心嬉しく思うサギリではあったが、ふるふると頭を横に振る。
 
 「大丈夫だよ、だって婚約者だし」

 などと呑気なものである。なんたってベータだし。
 のほほんとしたサギリの様子に一抹の不安を覚えたオメガたちであったが、サギリは未だ発情期起きてないオメガではあったし副会長は間違いなく、このサギリのために素っ頓狂な声をあげて助けに行った男だ。
 野郎とはいえ少しは見直した。が、それはそれ、これはこれ。
 可憐なオメガたちが影すらも置いてけぼりの素早さで何やら取り出した。

 「これ、どんな猛獣も一撃で昏倒するスプレー。
  こんなこともあろうかと調達しておいたんだ」
 「イバラの鞭もあるよ。
  あの副会長のビジュアルにはちょうどいいんじゃない?」
 「でもこれ、サギリには難易度が……」
 「それもそっか。じゃあこの警報ブザーあげる。
  引っ張ったら世界中のどこからでも人が駆けつけて
  くるから安心だよ」

 

 
 副会長の突撃! ご自宅訪問は毎度のことながら緊張するものだ。
 
 (相変わらず……すごいなぁ)

 ぽへーと見上げれば見上げるほど高い門構え。高そうな石壁がどこまでも続き、ぐるりと大きな庭を包み込んでいる。
 サギリの家だってアルファの傍若無人どもを相手どり、成り上がりをしてみせた現在進行形の金持ちである。お手伝いさんを雇っても余裕綽々な裕福さを持ち合わせているが、それでも根っからのお貴族様は生まれた家からして違う。まず玄関が遠い。自動で横スライドした柵をくぐり、認証されたサギリはくさくさせずに歩く。

 (あー……いい運動になる~)

 なお、サギリの家は運転手をつけて車移動はしない。
 副会長の家の人から「遠いから車で迎えに行こうか?」などと親切なお声がけをいただいたが、根っからの商売人の家育ちで運動もしたかったサギリは、合理的に徒歩でいくと伝えた。
 ゆったりとした歩みでもって、副会長のお庭を眺める。
 見事な庭園である。見栄えも素晴らしい木々。そよそよと揺れる花々の可憐さ。芸術的な位置。
 とてもじゃないが家庭的な、が付随しない豪華なお庭だ。沼としか思えない蓮だらけの池もあるし、まったくもって貴族という地位を見せつけられた心地になる。
 
 「あ」

 見上げると、鳥が一羽。
 可愛らしい尾がぴょん、と跳ねている。

 「可愛い……」

 ちゅちゅちゅ、と聞いたことのない声だが、こんなにも広いんだもの、動物園も実はあってもおかしくないな、なんてひっそりと想像したサギリは動物まみれになった真顔の副会長を想像してぷぷぷ、と笑った。

 一方、物静かに、それでいて冷静にディスプレイ画像を注視している男がいた。
 いや、アルファ様か。使用人たちの心の声はただひとつ。
 (レイ様……)
 じっとり。
 いや、こちらとて好き好んでこの貴族家の使用人としてもご嫡男の背後にいるわけではない。
 使用人数人、主がじーっとしているせいで、置きもののように彼らもまたじーっと主人の背ろにて静かに佇んでいないといけない。仕事だ。貴族家お仕えできてうん数年。使用人用の学校を主席で卒業した使用人筆頭は、早くもその目が死んでいる。

 「……お迎えに行かれては?」
 「いや……」

 (エスコートしてこいよ)
 とはさすがに言い放てない。
 この主は実に面倒な性格をしているのだ。
 (もだもだ)
 もう一人の使用人は暇そうに心の中で呟いた。その黒い燕尾服、一ミリも微動だにしない。さすがは使用人の次期筆頭である、嫌味のないささやかな笑みさえ浮かべてみせる。今日の夕飯なんだろう。

 昨日はボッコボコな姿で帰ってきて、さしものこの名門一家も大いに慌て、騒いだものだが、ただの友人同士の喧嘩ということで落ち着いた。
 ついでにいうと翌日はすっきりとした顔でいつものご様子。
 健康体の今じゃ、じーっと婚約者の姿を画面越しに追いかけている。
 (本体追いかければいいのに)
 などとは口が裂けても言えない。
 実際には学園で追いかけ回しているような情けない姿を生徒会役員たちに晒している、などとは本人もこの家の使用人たちにも実は知られていない現実である。

 鮮明な画像には、黒い髪で茶けた瞳、平凡を絵に書いたようなまるでベータ、と言われてもおかしくないオメガが微笑みながら歩いている。
 長い手足はすんなりとしていて、華奢ではないが、しかし、主であるところのレイの婚約者として横にたつにはふさわしい身長ではある。彼の笑顔はホッコリとするし、性格も使用人に対しても優しく礼儀も忘れない。今日だって、別に来なくてもアルファだし頑丈だ、気にするほどのことでもないのだが律儀にやってきた。あの手にあるお菓子はきっとお見舞いの品であろう。できる使用人筆頭はすでにお茶の手配は終えている。あとは、本人のご来訪を待つばかりであることと、主が迎えにいくことを願うばかり。
 ため息を噛み殺すもう一人の使用人は、ひっそりとご嫡男のことを(むっつり)と読んだ。否、呼んだ。

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