オメガバース(タイトル仮

小夜時雨

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少しだけ、勇気を

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 食事を終え、自室にて立ったまま頭を傾げる。
 アルファの気持ち。アルファは、心がなければ動かない?
両親やお手伝いさんの話が頭の中にしこりのように残って離れない。

 (……それって、ただの気ままな人というか、マイペースなだけでは)

 よくよく考えてみると、確かに自由に振る舞ってるところはあるかもしれない。副会長という役職もきちんと果たしているように見受けられるし、婚約者であるところの見窄らしいひょろりなベータにさえも丁寧に接してくれる。会話は弾まないけど。悪い、感じはしないんだ。アルファとしての能力は果たしているように思える。

 (ただ、下半身がだらしないだけで……)

 最悪じゃないか。
蘇る学園内部での犯行目撃は隅においやるとして。
 婚約者としての貞節はどこぞ?

 「うーん……」

 (よくわからないぞ……?)

 普通、しないよね?
友人たちだって同じ意見だったし。
 ……嫌われてはいないにこしたことはないが、……。
 
 「んー……?」

 ぐるぐると考えても、何も理解できない。
 だって、僕は一言も好きだと愛していると言われたことがない。政略的な婚約だとばかり。
 けど、このままではい続けられないのは事実。バラしちゃったし。

 (あの会計の様子や性格からして、そうおいそれと僕の婚約者に颯爽と話す、
 ことはないだろう。なんたって、内容が内容だ)

 下手したら家同士の今後のお付き合いにも差し障りが。
 風評被害は裁判沙汰の時代だ。気軽に喋りはしないだろう。
 問題は先送りができない、ということ。
 
 (ボールは相手に投げ返さなきゃ)

 ゆるりと指を動かしてすっと光らせたスマホの画面。
 電話番号は登録してあるのだから、すぐに表示される。
 レイの。婚約者の番号。ぶっちゃけ、暗記してる。

 (一度もかけたことのない……羅列された終わりへの番号)

 かけるべきだった。話すべきだ。
 僕は、オメガじゃない。
 だから、子を持つことができない。
 互いのお家のための未来は描けない。
 唾を飲み込む。
 カラカラに乾いていく、僕の喉。
 画面の番号はいつまでたっても光っている。
 そういう設定にしてるんだ、僕。
 いつでも眺められるように。ずっと、見ていられるように。
消えないように、充電だってすぐできるように欠かさない。バッテリーだって持って歩くし。
 小心者なんだ。だから、……間違ってかけたことすらない。なんでか、うまい具合にかけることができなかった。今までずっと。電話をかけるマークを一箇所、ただ押すだけのことなのに。
 こめかみが引き攣りそうだ。

 「……は~……」

 くたっ、と僕は力なく座り込む。

 「……」





 「ん、ちーっす!
  暗いね~まあ忙しい時だしって、え? レイ?
  ……なんかご機嫌くんだね?」
 「そうか?」
 
 いつもの生徒会室。
 いつも通りのメンバーがいつも通り、手や指を動かしている。
草案作りに勤しまねばならないのは時期が時期だからだ。
 そんなクソ忙しい折、普段なら眉間にシワを寄らせながら渋い顔で麗しい顔を険しくさせているはずの副会長が、超絶真顔でキーボードを打ち続けていた。何やらその打刻音、さながらBGMの様相さえみせている。テンポよく進む画面を覗き込んだ会計は、幼馴染みらしく副会長の機嫌を見破った。

 「まあボクたちも気づいてるけどね~」
 「副会長はピッチがいつもより早くて助かる」
 「やっぱり~」

 会計は生徒会長と庶務を両方の手を使い、指差し示した。

 「会計、呑気にしてないで早く昨日の書面の続きを」
 「あいあいさー」
 「ただでさえ遅いのに、ズル休みしたから割増しだ」
 「うへーズルじゃないしぃー、第一、レイだってそうでしょ」
 「ふん、オレは休みのときもやることはやっていた」
 「え、それって可愛いオメガちゃんとまたヤることヤッ……イテッ、抓るのヤメレー」

 生徒会長と庶務は互いに目配せしあう。
喧嘩したばかりだというのに、すぐ隣の席にどかりと座ってあくびをする会計の姿はいつもと同じ光景だ。
アルファの名家同士、喧嘩は両成敗と相成ったが……。
 その後が気になる、というのが正直なところだ。
 が、しかし……この様子では、さほどのわだかまりはなさそうだ。
 



 早速僕は翌日、友人たちに副会長の頑丈そうな様子をお伝えし、やっぱりーと言い合う。
そしてレイの居場所を尋ねたところ、オメガたちも知らない、と首を横にふる。そりゃそうか。なんたって、花園クラスの中でももっとも真面目なクラス、団結力ももっとも高いと自慢できる仲の良いクラスメートたちだ、友人の婚約者と爛れた関係のありそうなオメガはいなかった。レイもサギリも会話が弾むタイプではないので、余計に婚約者の居所がわからずじまいだ。普段の振る舞いが振る舞いだけに、副会長の動向は未チェックである。
 それで、仕方なくアルファクラスに突撃することにしたのだ。オメガ友を危険に晒すわけにもいかない。

 「もう学校に来てるはずなんだがねぇ」

 ひとりで来たせいか、アルファの生徒たちの視線が気になってしまう。
どことなく後ろめたい気持ちになるが、

 「教室にいないなら、生徒会室では?」
 「あ、ありがとうございます。
  行ってみます……」
 「うん。気をつけてね」

 (初めて覗いたけど……
  なんか、煌びやかだったなぁ)

 緊張した~と思いつつ、サギリはアルファクラスから退出する。
 その彼のひょろ長い背中を、対応したアルファも同じように、
 
 「はー緊張したー」
  
 と、ため息混じりに額の汗をぬぐっていた。

 



 一番上の階の、学園を見渡せるほどの高さに位置する一室に生徒会室はあった。
 ここには早速ながらといわんばかりに山のごとく積まれた試算がある。部の要請もさることながら、この学園の行事さえもここで予算が組まれるため、とてつもなく生徒会会計にとってこの時期は苦行でしかなかった。なんたって潤いがない。
 
 「はぁーついさっきまでかわい子ちゃんと、
  うふ、げへへへ」
 「きんも」
 「紐で縛っとくか?」
 「股間を?」
 「……触りたくないな。
  心底気持ち悪い」
 「オエッ」
 「二人とも! オレのビッグな大砲、オレの摩天楼を見たことないくせに! 酷い!」

 ちょ、幼馴染みたちぃ!
 泣きまねをする会計に、二人の生徒会役員はそろって同じタイミングでため息をついた。
 会長も庶務も、この会計の暴れん坊の野望を知っているため、止めたくても止められないのだ。もっというと関わりたくない、ともいう。痴情のもつれは今のところ特になく、綺麗に色恋沙汰をおさめているので、さほど口出ししないが、というかしたくないけど、正直みていられないというのも正直自棄なところ。

 「はぁ、まったく。
  貴様は……、実にしょうもないことばかりかまけて」
 「しゃ、しゃーねーじゃん?
  かんわいいし、お目目ぱちくりなオメガちゃぁああん! にさ~、
  嬉しそうに好き、ってほら、言われると、さ?
  ほら、オレだって男だし? ご立派なさ、モノがあるからさ、ね?」
 「それですぐ手を出すのですから、まったくどうしようもないですね」

 もっというと、お調子者の会計に乗っかってしまうオメガ、の軽薄さも問題だ。
 いくらアルファが金稼ぎマシーンになりやすいとはいえ、あまりにも我が身を軽く売りすぎる。バーゲンセールかよ。オメガの貞節はとても大事なことだと、アルファ社会では一般的な考え方だ。しかし、どうしても軽薄にならざるを得ない理由だってあるのだろう。訳はわかっている。ただ。やるせないのだ。
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