私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

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序章・運命の世界

墓守の王子様

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 それから、どうしてかアネモネス国の元第三王子、現隣国の王配陛下はその地位を返上してまでも祖国に文字通りかじりつくようにして居座り続けた。再三の隣国からの帰国要請にすら従わず、息子へ王様になってよかったね的な祝辞のみ送り、その身分に見合わない住処に居を移した。
 従者は嘆いたが。

「なんでこうなってしまったのか」

 婿入りしたとはいえ、それなりに良い立場にいたはずの従者は思わず漏れるため息を止められない。
今頃、ヌクヌクな老後を過ごしていただろうに。最初の計画はそうだったのに、と。
 俯き、深い深い息がやっぱり出てしまう。

「……まあ仕方ない。
 我らが王子はこうと決めたら、とことんやりますからね」

それがたとえ、

「墓守の王子様と呼ばれようとも」

 そう、こじんまりとした教会に彼らは住み始めたのであった。
なんでも高貴なる彼の言曰く、

「この墓はね、キラキラとしていたんだ」

とのこと。

とてもじゃないが公表できる話ではないので、アネモネス国の新聞には今日の墓守王子という畏れ多い囲み記事が勝手に大人気、絶賛掲載中である。外連味のない内容に時に憤りを見せながらも従者はフンガフンガと大いに読み込んでいる。暇なのもあるが、ただの墓守の王子であれば問題ない、王室の醜聞にさえならなければ良いと身分高いものたちは考えているからだ。民草への享楽提供も王族の務め。見窄らしい墓が気になるからここにいる、だけだなんてとてもじゃないが世間には公表できない訳だ。普通にくたびれた墓にしか従者には見えないし、周りの護衛たちにも確かめ済み、なんならその古臭い教会を預かる修道女にだって尋ねたのだ。
 やはり、ただの墓にしか見えないことは明白だった。
元第三王子の目だけがおかしいという結論に至るが……、順調に歳を重ねてもなお女性に困らずにむしろ遊んでいた彼に、従者もいっときの気まぐれだろうという憶測もあったにはしろ、それでも付き従った。
 腐れ縁とは厄介なものである。
 
 さて、その後の第三王子のその後はといえば、本当に墓守として最期を迎えたようである。

 終の住処となった昔ながらの教会は王族天下のおかげで潤いに潤い、毎日のように名も知らぬ墓へと通う元王子のために、と舗装された道路予算もさることながら隣国からの思いやり予算もたっぷりと注がれ、下にもおかぬ振る舞いで自国の元王子様をもてなし世話をした。もともと読書家であったものらしく、世界中の叡智ともいえる本をかき集めさせた蔵書は念入りに誂えさせ、そのとんでもない量は開かれた扉であったゆえに研究者が勇んで世界中から集まってくる。また王族目当てに観光客もやってくる。天文学的な金があちこちから集まっては寄付が凄まじく正直に使いきれず教会の外に振る舞ったところ、商店が次第に連なっていき、世界を又にかける大商会が出来上がるのも今後、これから未来の話。

 ちなみに墓守王子の従者もまた隣国へと最期まで帰ることはあたわず、ぶちぶちと文句をいいつつも元王子のさっぱりと身綺麗になってしまった女癖に習い、墓の掃除にまでも付き合って暮らしたそうな。
 杖をつくようになってもなお墓参りをやめない元第三王子は、穏やかな老後を過ごした。

 アネモネス脆弱国、と他国には散々に腐された祖国ではあったが婿入り前に見渡した王都と同じ、いや歳月を経たせいか、それ以上の優しい眼差しでもって彼の横顔はいつまでも、この粗末な墓を見つめていたそうな。

 ————仕方のないことである、これも運命だと。
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