私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

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序章・運命の世界

運命の悪戯とはよくいったもので

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 アネモネス国の元第三王子が祖国へ里帰りしたのは、子供たちが無事成人し、しっかりとした面構えになった頃のことだった。いくつになっても夫の女癖が治らないとぼやく妻である女王はすでに失く、王位を一時的にでも譲られそうになった王配は慌ててこの国へと舞い戻った。

 妻に先立たれ、少しは悲しい思いをしたはずなのに、どうしてか他の女人に目がいく。
そんなモテ父に嫌気がさしつつも、一度も祖国へ帰国したことがないという実父へ少しは憐憫と労りの心を持ったものか、王位を受け継ぐ準備をしている若王子がたまには帰れ、とばかりに旅立たせたのである。
 それが永久になるとも知らずに。

「はー本当、何年ぶりだろう」
「本当ですね」

隣国の王族になった元第三王子とその凸凹主従は、今日もまた仲良く同じ剣を履いて、祖国の空気も大いに吸っていた。
実際、本当に苦労の連続だった。
女神と愛ばかりに囚われる脆弱国アネモネス、そう呼ばれるのは耳にタコができるほどだ。

(そんな運命ばかりに翻弄されてるわけじゃないけどねえ)

王子はそんなことをしたり顔で思ってたりするが、散々に自らの美しさを利用して愛を嘯き女性をとっかえひっかえしてたのは、運命に出会うためであったのは事実なのであまり強く言えなかった。若さにかまけて散々に遊び回ったので腰が低くならざるをえない。

と、またそんな主人と同様に隣国でも運命に出会えたなかった従者も同じく隣国の爵位持ち令嬢と結婚し婿入りし、似たような目にあったものらしく、王子に賛同して散々に文句を垂れた。
妻の義実家には普段の倍、猫被りの態度しかとらないので、この裏表のある性格はバレずにすんでいる。歳をとっても。

 どちらもじわじわと立場を強めて跡取りを立派に残すという大役を果たし、やれやれ、これで隠居な老後が待っているとばかりに気楽なものである。
 
 当初の計画通り、この隣国からバカにされまくった祖国、アネモネス脆弱国に残ってもよかった。
隣国との微妙だった仲は彼らの、主に第三王子のしごく紳士的な働きによって振る舞われた外交であちこちに縁を繋いだし、情報の共有と人材の確保もできた。魔法という未知の力は運命の奇跡ということで今まで知られていたが、どうやら魔法そのものであるらしいという研究結果が奏上されたので両国での魔法研究が共同で行われ、昨今ではさらに盛んになってきた。隣国の軍事力と合わせれば2人力だ、とばかりに隆盛である。

 隣国の後継者たる次期王太子も、第三王子の無駄に良い顔に似て上手に女王の才覚も引き継いでいるし、何より真面目だ。父のいうところの理想を踏まえていてくれているし、ひっそりと妾を作っているのを嫉妬深い女王から秘匿してくれてたりと、なんやかんやで家庭と国も守ってくれている苦労人な良い子に育った。
 色々と問題がありそうな国際結婚ではあったが、政略ではあったにしろ、女王は王配に選ばれたかねてよりぞっこんだった第三王子相手に否はなく、それなりに満足のいく生活を送っていた。
 惚れた腫れたは脆弱国の国技ともいわれていたがいかんなく発揮され、平和と安定をもたらした第三王子を大歓迎で迎えてくれた、代替わりした祖国アネモネス国の甥っ子王に謁見し、いつまでたっても治らないナンパでもしようと街へと繰り出した二人はそれなりの成果(美女)を得てホクホクとした足取りでいた。老いても精力的なのは相変わらずである。
 
 「ん?」
 「どうされました?」
 「ああ、」

 不思議なことに、達者なはずの第三王子の足は止まってしまった。
まるで縫いとめられたかのように。瞬く王子の瞳は年輪はあるにせよ、未だ美しさを保っている。

 彼の視線が、なぜか生い茂る獣道に向かって居た。
主従が視線の先を追いかけても、そこにはただの野生味あふれる樹林でしかない。

 「……少々、気になる」
 「え? あ、ちょ、ちょっと!?」

 宿に引っ掛けた女性待たせてますよ、主ぃいいい、という従者の非常に情けない言葉を尻目に、第三王子は速やかにその長い足を動かした。前へ、前へ、と。まるで魅いられているかのように。
 なぜに自然溢れる緑に飛び込んでいくのか。従者は地団駄を踏んだ。

 「あー、もう!
  こうと決めたらテコでも動かないんだからー!」

 欲求という推進力のままに突き進んだ道のりは、険しかった。
とてもじゃないが隣国という強力な軍事国家の王族が歩くべき場所ではない。その通りで、彼のブーツやおろしたてのズボンは草のシミが飛んだ。値段がつけられないといわしめた、女王からの賜り品の宝石が彩られたお気に入りであるところの婚約指輪がするりと落ちたのも気づきもせず、第三王子はかつての若々しい顔のようにその煌めく瞳を瞬かせ、とうとう辿り着いた。
 さすがの王子も、歳を重ねた分、少しだけ息が上がっている。

 「ひ、ひぃ、ひー、
  ちょ、へい……、ええっ!? ここ、墓じゃないですか!」

 雑草かき分けて従者もやってきた。
そして気づけば護衛たちも姿を表す。周囲を警戒している。
 後ろ姿の王子は静かなままだ。

「……はー疲れましたよ、もう。
 一体どうしたんですか急に……」
「……」
「……本当にどうされたんです? 我らが主」

 様子を伺うと、第三王子は老いてもなお輝きを失わない目で、その小さな墓を見つめていた。

「……墓が」
「墓が?」
「……墓だな」 
「え、ええ。まあそうですが」
「……」

 その墓には名前が刻まれている。
だが、年数が経過したせいか澱んでいて読めなかった。
いや、もとよりそれほど金をかけて作られた石墓ではなかったのだろう、こまかな字が潰れている。凹みは黒々としており、くすんでいるし、浅い。草が周りに生い茂っていた。ただ、可憐な、小さな花々が咲き誇っているので、誰かがタネを蒔いたのかもしれなかった。とても可憐な花弁で、今にも咲きそうな群小であった。風に揺れ、開花は今か今かと待ち構えている。雰囲気は明るい。寂しさのない墓だった。

「……陛下?」
「……もう、陛下ではないよ」

彼は、そう呟きながら、背を丸めて墓の表面を触れ、汚れるのも厭わずにゆっくりと撫でた。
名前が読めない、ざらりとした感触の墓を味わう。手作りなんだろうか。浅すぎて読めない。

「この墓の詳細を知りたい。
 ……とても」

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