私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

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二章・愛の世界

公爵邸の妖精

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 それこそ愛人契約をと迫る彼女をつっぱね、まずはマドロラの顔を見させてもらおうと、三段腹をいつもよりゆっさゆっさと太ましくも揺らしながら庭園を歩いた私。人はそれ、時間稼ぎ、ともいう。
 さすがは貴族の家だ、それなりに見栄えのする花々が咲き誇っている。手入れをされた歩道は歩きやすいが、

(参ったね……)

 難題だ。
 運命の相手を引き離した悪女、の名を欲しいままにする公爵夫人はかつての栄華なんてなんのその、な振る舞いで私に縋りついのである。いや確かに困っているんだろう。一途に愛した公爵はこの世にいないというのに、彼女は体を張ってでも踏ん張り融資の話を願い出た。誇り高い貴族がそこまでするとは……実家は代替わりしていて生活費の工面までは頼めなかったものらしい。どんまい、と言ってあげたくなる。いつの世も女性にとってもっとも太い場所というのは生まれた家なのに、なんとも世知辛い。同情する。

(ううーん……)

 実際、この公爵家の名前は良いブランドといっていいだろう。
貴族の古い家柄だ。公爵夫人の実家も実力主義なのでそこそこエグいが、この公爵家に比べたらどうしても見劣りがする。利益といえば利益が出る公算はある、昔ながらの特権階級貴族様の名は伊達じゃない。

 ただ、問題は……。

(愛人はいらないし、ぶっちゃけ金はいくらでもあるし自分で稼ぐし、
 たとえ貴族が強要してきたとしても抜け道はあちこちにあるからなあ)

それである。

(見捨てようか……?)

 が、それはそれで夢見が悪い。
二度目の人生、あまり恨みを買いたくないのが商売である。人情ともいう。
信用第一ではあるがしかし、……実に悩ましいところである。
自分はそこまで暇でもなし、というか食指がどうにも動かない。
 どうしても、と言われのこのことやってきたが……まさかの。

(継母であるところの公爵夫人の、義理の娘次第、ということにしようか)

 というわけで、こうして少しは運動しようと歩いているわけである。
医師から決して、痩せるようにという指導を受けているわけではない。ああ、決して。
かつては女であった前世がまるで色褪せるかのような、情けない体である。
散歩をすればするほどに恵体すぎて脇汗もかいてきたし、ぜいぜいとした苦しい息も少しは上がる。

(脂肪、多少は燃焼したかな……)

頭の中で色々考えたとしてもやはり、貴族の面倒をみるというのは面倒だな、という洒落にもならない問題が横たわっている。困ったものである。しきたりとか色々あるし……見栄だって張らねば。面倒なものに関わってしまった、と見てみふ振りができぬ我が身を嘆いていると、

「あら、いけない」

まるで鈴が鳴るような声が、私の耳にひょいと入り込んできた。
それはあまりにも自然だったから、本当に、困惑した。

「このお花、すこし齧られているわ……。
 ……もう少し、様子を見るべきかしら……」

女性特有の、いやそれ以上にある甘やかさに、ぞく、とした。
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