私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

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二章・愛の世界

マドロラ

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「今日のお継母様はご機嫌だったわ……」

 ひと安心したマドロラは庭園にひっそりと忍ぶようにして歩き回り、ジョウロを持って花や野菜に水をやった。
公爵邸の隅っこに住まわせてもらえることを感謝しながら、小さく身を縮めて生きる。
それこそが、マドロラにとっての幼少みぎりの頃よりの処世術でもあった。

「急なお客様って……どんな方かしらね……」

 定期的に継母はやってきて、マドロラの不足をあれこれと言いつける。
どれもこれも正しい叱責なので生真面目に受け止めてきた。

 生前の実母からも、「継母様のおっしゃることはきちんと飲みこみ、言う通りになさい」と言われているというのもある。

 色とりどり、黄色の大輪を咲かせた花を見つけたマドロラは、その美々しい笑みを浮かべた。ふっくらとした蕾からようやく咲き誇ったのである。楽しみにしていたので喜びもひとしお、たおやかな指先でそっと花弁を撫でた。
 社交に一切出ることすら許されず、こうして公爵の実子でありながらも埋没するように隅っこで暮らす。それが妾の子であるマドロラの世界でもあった。




「学もなければ頭も足りない子です。
 母親も気立悪く、顔だけは父親に似て。
 はあ、本当に、ほんっとうに情けのないことで……」
「いやいやははは」

 迎え入れられた公爵邸では貴婦人のもてなしを受けた私。
先程の玄関口では飾られた絵を見て、なんとはなしに気にはなってきていた。公爵はすでにこの世には存在せず、早々と妾と共にこの世から消えてしまった。まるで煙のように。
手元に用意されたティーカップ。高級だが古い骨董品だ。湯気からは芳しい匂いが立ち込めている。

「……あの子だけがこの家の跡取りとなるのです。はあ……」

 さっきからため息が止まらない、といった風情の公爵夫人。
いや、未亡人。

「どうしてあの人は、わたくしを受け入れてくださらなかったのかしら。
 ……運命って、それほどまでに……」

 普通であれば、未亡人である彼女を一人っきりにしないよう侍女が控えるものだが、この公爵邸では見かけない。下働きのメイドがバタバタと走り回っていたし、執事も最初の頃こそ公爵夫人と一緒にいたが茶器を用意したらたちまちにいなくなった。館内は調度品こそどれもこれもが良さげだが、裏をひっそりと盗み見やれば、どこもかしこもがらんどう。売り払ったのだろう、生活費の立て直しや夫人の実家への莫大な慰謝料のために。

 持参金なしの婚姻では帳消しにならなかったようである……、後日調べたところ、慰謝料はいくばくかどうにかなったようだった。政略とはいえ公爵夫人の熱い気持ちが慰謝料の減額には繋がったようだ。実家から馬車で無理矢理に乗りつけてきたというのだから、よっぽど公爵を好いていたものらしい。

「どうか、お願いいたします。
 融資を、お願いいたします。
 ……わたくしのことは如何様にもしていただければ良いのです。
 ですがマドロラは跡取りになりますので……、
 あの子の乙女は必要不可欠。
 その代わり、どうか、わたくしの身は好きなようになさってください、
 あの子がこの公爵家の跡取りとなれるように、
 婿入り相手を探すためにも、この家を繋ぐためにも、
 お金は今後とも必要なのです。
 ……公爵家の名は、そう悪いものではありませんわ」

どうか、どうか。
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