31 / 59
終章・女神
人生の墓場
しおりを挟む
若い身空ですべてを投げ打った修道院はすっかり成金主義……ごほん、良くも悪くも女神教の中でも一際強い発言権を持つ宗教団体となってしまっている。世界中に支店を持つ大商団の本拠地がここ、修道院の前に屋号を構えて立ち並ぶのもその一助を担っているのは言わずもがな。元々の資金源が修道院なので、商人たちも頭が上がらないのだ。
前世、商いをしていた私はこの地へ訪れることはなかった。
世界中を旅してきたというのに、商人として重要な箇所ではあったここには代理ばかりを送り込んでいたのも、やはり、運命の君への気持ちがあったから。
さしもの私も、前世における第三王子の終わりを知るのは辛いことだった。
前世の男時代、調べなくとも年代からして彼が死んでいるのはわかっていた。もし生きていたら百歳以上は生きている計算となる。そんなことはあり得ない。いくら王家が栄養満点な食事を給仕しようとも。
たとえ2回生まれ変わろうとも、運命の君について知ることは勇気のいることだった。
ここは私の墓のみならず、殿下の生きた墓標でもあるのだから。
すっかり観光地化した修道院から、多少外れた静かな僻地。
歩きやすいように敷き詰められた石畳を歩くと、多少高台を位置するそこが修道女たちのお墓だ。
大まかに決められた範囲内を歩き、年老いた頃、私は私の骨を入れてもらう場所を長らく悩んで選定したものだ。だからこそ、これから向かう地に私の墓があるのだとわかっていたが、しかしずいぶんと……。
(こんなにも整備されているとは一体……?)
生前の記憶では、場所こそ指定できたが自然豊かな、街の人よりも雑多なところを選ぶよう指導されていた。私も従い、自然に帰るような、鳥や花が咲いたら綺麗だろうと思われる日の光が朗らかな、手狭だが平らな地を選んだのだ。他の修道女も似たり寄ったりで、朽ちた墓が離れて点々と佇んでいるのはわかっていたので、入手した花の種を蒔いては四季折々に祈りを捧げて彼女たちの死後の安寧を願いながら、先輩修道女たちの墓守をし終えたのである。
なので、自然に帰ったはずなのだ。
私の墓ももしかすると長い自然環境の中で、草蔓にでも包まれて少しは崩れ落ちた石塊となり、動物たちの足場となって土に戻ってしまったのでは、と思っていた。
きちんと場所は覚えている。何せ自分の墓だ。
他の修道女と同じように砕けていれば幸い、あるいは獣道のひとつに成り果てていてもおかしくはなかったと私は考えていた。それなのに、この石畳に続く先が私の墓である必要はないはず。
まさか、と心の中で呟いたが、そのまさかがこの開けた地にあった。
「え」
(……これ、は……)
まさしく、墓であった。
私の墓だ。
でも、果たして私の墓なんだろうか。
見渡せば、綺麗に整備された周りには可憐な花々が咲き誇っている。それはいい。理想的だ。
ただ、私の墓が異様なのだ。
普通の、石塊にしかみえない小さな墓標が崩れかかっているというのに、補強の仕方がおかしい。私の墓が隣のお墓に寄りかかっている。いかにもお金をかけていると言わんばかりに存在する大きお墓が、まるで私の墓を抱き抱えているかのようにしてそびえているのだ。
二つの墓には蔓草がかかり、ぐるぐる巻きにされている。
白く小さな花が咲き、なんとも可憐だが……ゾク、とした。なんだろう、この……何とも言えない気持ちは。
「おや、人がいるとは」
振り向けば、そこにはのっそのっそと歩くおじさんがいた。
格好からして掃除夫、のようだが。
「あの、ここは」
「なんだ、知らんで来たのか?
いっときは有名過ぎてたまらんかったが」
手にある掃除道具を私に見せびらかし、おじさんは苦笑する。
「どうだ、掃除を手伝わんか?」
前世、商いをしていた私はこの地へ訪れることはなかった。
世界中を旅してきたというのに、商人として重要な箇所ではあったここには代理ばかりを送り込んでいたのも、やはり、運命の君への気持ちがあったから。
さしもの私も、前世における第三王子の終わりを知るのは辛いことだった。
前世の男時代、調べなくとも年代からして彼が死んでいるのはわかっていた。もし生きていたら百歳以上は生きている計算となる。そんなことはあり得ない。いくら王家が栄養満点な食事を給仕しようとも。
たとえ2回生まれ変わろうとも、運命の君について知ることは勇気のいることだった。
ここは私の墓のみならず、殿下の生きた墓標でもあるのだから。
すっかり観光地化した修道院から、多少外れた静かな僻地。
歩きやすいように敷き詰められた石畳を歩くと、多少高台を位置するそこが修道女たちのお墓だ。
大まかに決められた範囲内を歩き、年老いた頃、私は私の骨を入れてもらう場所を長らく悩んで選定したものだ。だからこそ、これから向かう地に私の墓があるのだとわかっていたが、しかしずいぶんと……。
(こんなにも整備されているとは一体……?)
生前の記憶では、場所こそ指定できたが自然豊かな、街の人よりも雑多なところを選ぶよう指導されていた。私も従い、自然に帰るような、鳥や花が咲いたら綺麗だろうと思われる日の光が朗らかな、手狭だが平らな地を選んだのだ。他の修道女も似たり寄ったりで、朽ちた墓が離れて点々と佇んでいるのはわかっていたので、入手した花の種を蒔いては四季折々に祈りを捧げて彼女たちの死後の安寧を願いながら、先輩修道女たちの墓守をし終えたのである。
なので、自然に帰ったはずなのだ。
私の墓ももしかすると長い自然環境の中で、草蔓にでも包まれて少しは崩れ落ちた石塊となり、動物たちの足場となって土に戻ってしまったのでは、と思っていた。
きちんと場所は覚えている。何せ自分の墓だ。
他の修道女と同じように砕けていれば幸い、あるいは獣道のひとつに成り果てていてもおかしくはなかったと私は考えていた。それなのに、この石畳に続く先が私の墓である必要はないはず。
まさか、と心の中で呟いたが、そのまさかがこの開けた地にあった。
「え」
(……これ、は……)
まさしく、墓であった。
私の墓だ。
でも、果たして私の墓なんだろうか。
見渡せば、綺麗に整備された周りには可憐な花々が咲き誇っている。それはいい。理想的だ。
ただ、私の墓が異様なのだ。
普通の、石塊にしかみえない小さな墓標が崩れかかっているというのに、補強の仕方がおかしい。私の墓が隣のお墓に寄りかかっている。いかにもお金をかけていると言わんばかりに存在する大きお墓が、まるで私の墓を抱き抱えているかのようにしてそびえているのだ。
二つの墓には蔓草がかかり、ぐるぐる巻きにされている。
白く小さな花が咲き、なんとも可憐だが……ゾク、とした。なんだろう、この……何とも言えない気持ちは。
「おや、人がいるとは」
振り向けば、そこにはのっそのっそと歩くおじさんがいた。
格好からして掃除夫、のようだが。
「あの、ここは」
「なんだ、知らんで来たのか?
いっときは有名過ぎてたまらんかったが」
手にある掃除道具を私に見せびらかし、おじさんは苦笑する。
「どうだ、掃除を手伝わんか?」
10
あなたにおすすめの小説
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる