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エピローグ
しおりを挟む目を開けると、満天の星空。
草の匂いに自分が地面に横たわっているのが分かった。
「……加賀野、大丈夫か」
「……うん」
「ここは、確かに俺たちの時代だ」
おそらく、飛ばされた時からほとんど時間が経っていない。遠くから祭囃子が聞こえて来る。
「か、帰って来たの……」
「そうだな」
二人が起き上がって服についた草を払ったり、投げ込まれた荷物を集めたりしていると、すぐ側に瀕死の錦が横たわっている。意識のない錦の腹を見れば未だ蠱物はついたままだ。その禍々しさに思わず悠は顔をしかめる。
「錦……!」
「錦さん!」
「ど、どうしよう。こんな、まさか一緒にこっちにきちゃったの……?」
「そうですよ、千代殿」
聞き慣れた声であってもこの時代にはそぐわないはずの男がそこにいた。
「不鬼さ……?」
「ええ、錦が一緒に飛ばされたと分かってから大変でした」
「じゃあ、不鬼さんもこっちに?」
それにしてはあまりにこの時代になじみすぎている。角は見えないよう帽子をかぶっているし、服と言えば着古したような疲れたスーツだ。
「まさか。私はここにあなたがたが来ることを知っていたのです。待っていました」
「待って?」
「さあ、まずは錦の手当です。千代殿、手伝って頂きたい」
「あ、あたしが?」
「あれからこの時に至るまで千年。晴定殿以降、陰陽師家系の力の強い者たちに教えを乞いながらさまざまに準備してきました。必要なのは、そなたの存在」
「あたし……の、存在?」
「この札は、悪しきものにするために魂魄を閉じ込めてますが、記憶も閉じ込めています。この場で錦殿の記憶にあるのはあなたのみ。悠殿は、操られた後の錦であるために効果がないだろうと。私では攻撃的な相手とみなされそうですし」
千代はごくり、といきをのむ。
「悪しきものとなりつつあった魂魄には罅があります。その罅を最小限にしなくてはなりません。そのためには、閉じ込めた記憶を戻すのが良い」
禍々しいその札を千代は恐る恐る一枚はがす。簡単に剥がれてしまい、拍子抜けしてしまった。
「中央にある蠱物には触れてはなりません。千代殿は札だけをはがしてください」
「分かった……」
「この蠱物の上に時の砂をかけてください」
慌てて悠は服に残る時の砂をかき集める。それでも、手のひらに少ししか集められなかった。
「蠱物にかければ消滅致します」
「消滅?」
「本来あるべき場所に戻るように使うのがこの時の砂であると晴定殿が言っておられました。使えるのはこれを纏ってきた者だけだとも。この蠱物にかければ、それはこの場にはあってはならないもの、そして戻ろうにもその場がもうないので消えるしかないのです」
妖大量死事件で集められた臓物なのだろう、と悠も合点がいった。
「で、でも……消滅するって錦さんの存在は?」
悠は橘から存在が消える、と聞いている。蠱物が消えるのは分かるが、錦はどうなのだろうと思った。
「この者は確かに半人となっております。精霊としての神通力が残っていれば、長命な精霊の存在として在ることができるはず……」
悠は手のひらに集めた時の砂を錦の腹部にさらさらと落とした。埋め込まれていた禍々しいものはまるで灰のように散り散りとなって風に飛ばされていく。
それを見ながら千代は札をはがし続けていた。蠱物のある腹部は終わったが、面布を取れば目も、そして耳も封じられていたのだった。
「錦……」
千代がそう言うと、錦の体がびくり、と跳ねた。しかし口を動かしているが声がない。千代はこれか、と思って首に巻き付いている札をはがした。
「この声、は……」
「千代よ。今札をはがすから」
「なりません……すでに私は蠱物を……?蠱物が」
「今、水無瀬が時の砂をかけたら消えたから……あとは札は目と背中だけだから、もう少し……」
そうして目を塞いでいた札を外せば、淀んだ瞳が出てきた。だがしかし、その顔は確かに錦であった。
「さあ、錦殿。今はそれらの傷を癒さねば。まずはこの薬湯を」
不鬼はボトルから薬湯を飲ませると、明らかに錦の纏う雰囲気が変わった。絶え絶えになっていた息を吹き返したように生命力が増したようだった。
「一瞬、使役が解かれた時に千代姫が見えて……」
「晴定が橘の能力封じと、あとは時の砂が錦殿にも降りかかっていたため、おそらく蠱物の一部が消えたことで使役が解けたのであろう」
使役が解けた、という言葉に錦は深く安堵したようだった。音もなく落ちる涙がその苦悩を語っているようだった。
「……中将、さま……は……」
力なくそういう錦に、千代は何も言えなかった。
それを察して不鬼が懐から古びた紙に包まれた文を錦へと渡す。
「そなたがいなくなってしまい、ひどく荒れてしまわれた時期もあったが、最期は静かに過ごされていた。……これがそなた宛の文だ」
「……文?」
「この千年、守り抜くのは容易ではなかったぞ?」
震える錦の手が擦り切れそうな紙に触れる。
「元々悠殿から千年くらい、と聞いておったからな、中将殿に無理を承知で五通同じものを用意させたのじゃ。残ったのは、この一通だけじゃ」
五通もいらないのでは、と中将が渋っていたが、それを晴定たちが説得して照れながら書いたものだと言う。
そして千年の間に天災、火事、紛失、戦等で四通はもうないのだという。
「え?どういうこと?」
「水無瀬分からないの?」
「さっぱり」
「あんたってさあ、頭はいいのかもしれないけど、それだけじゃ生きていけなくない?」
「いや、わかんないだろ。なんで錦さんが中将の手紙で泣くんだよ」
「本当に分からないの?」
「全然」
悠は自然との結びつきは強いが、人の心の機微はまだこれから学ばなければならない、と不鬼は苦笑いだ。
「さて、そなたらもそろそろ帰った方がよかろう。錦殿は私が面倒を見る。そうだな。近いうち会おうか。これが連絡先だ」
そうして二人に差し出されたものは名刺で。
「……代表取締役……?燈山、不鬼……?」
「令和の世ではまあ、妖探偵なるものをやっておってな。燈山、というのは、我が生まれた山よ」
「ひ、人に混じってるの!?」
「神も妖も、まあまあ人に混じって暮らしておるものよ」
◆
錦と不鬼と別れてから気づいたが、本当に時間的にはほとんど変わっていなかった。当然だ。晴定がふたりの居た場所の刻印をし、召喚された時刻にそのまま戻されたのだ。千代は制服だったが、悠はさらわれたときのぼろぼろの狩衣で、慌てて鞄から制服を取り出して木の陰で着替えた。鞄は狩衣でパンパンである。
ふたりで森を抜けていくと、それは夏祭りの会場である神社の鎮守の森であると分かった。
祭囃子が近づいて来てほっとするもつかの間、忽然と消えたふたりが暗い森の方から、なんだか少々薄汚れて戻ってきたのだ。友人たちは大騒ぎである。
それをうまくかわせるほどの余力が千代にはなく、どう言い訳を言ったらいいのか分からない。
「鬼火が見える!とか言い出してこいつ突然森に走り出したから連れ戻してきた。案の定こけてた」
悠のよく分からない言い訳に千代を含めた友人たちが静まり返る。冗談など言うような男ではないと誰もが知っているのだ。今日の夏祭りでさえ、ただ引っ張られるようにして来ただけだし、鬼火、なんて言葉がすぐに出てくるのが不思議でならなかった。
「……悠、おまえ、もしかして口数少ないっていうか寡黙なのは厨二だったのか……?」
「夏祭りなら普通、幽霊、幽霊なら火の玉とかじゃね?」
「いや、鬼火って何よ。なんでみんな普通に知ってるような口ぶりなの。受験生の一般常識なの?」
「ていうか千代ってそいう謎能力あったの?私そういうのめちゃくちゃ興味あるんだけど!?」
「……あんたたちばかじゃないの。ふたりが密会してたんでしょ」
「密会も何も秘密じゃないじゃん」
「え?ていうか、ふたりはそういう……?こいつ、とか仲良かったけ?」
「なんかずっと一緒にいた感はある……妙にこなれている……」
確かに実は半年近くも一緒にいたので二人は曖昧に笑ってそれらをかわすしかなく、とりあえず汚れたから、と二人はぎゃあぎゃあ騒ぐ友人たちより一足先に帰ることになった。
祭の喧騒の中、二人で駅へと歩いていく。あの頃なかった灯り、音が洪水のように視覚と聴覚に流れ込む。その刺激の強さに思わず千代はうつむいてしまった。
ここが自分のいるべき場所なのに、あの静かな夜が懐かしい。
「……不鬼さんが、さらっと千年待ってた、って言ってたな」
「うん……それね、気になった」
「それに、大納言とか、充成さんとか、どうしたんだろう。まさか不鬼さんがいるなんて思わなくて……聞き忘れた」
「それは、さっきの名刺あるから連絡して会いに行こう。錦さんのお見舞いもある。それに、俺もいろいろ聞きたいし」
充成の家が代々言い伝えを守ったように、晴定が代々術を継承してきたように。
長命である不鬼にあらゆることが託され、錦を助けることができたのだ。そしてその錦には中将の文が託された。
いくら不鬼がそうそう途中で死んでしまうことはないにせよ、助けられるばかりだった二人はただその気持ちが胸に響く。不鬼にその気がなければ錦を助けることなどできなかったのだ。
「そう言えば、皆既月食これからだね」
「ああ。朝方だ。疲れ切って正直眠いけどな」
歩く先に見える月はまだ欠け始めてもいない。淡く光る満月があるだけだ。
「じゃあ、LINEするよ。起きなかったら電話鳴らすね。私はなんだか興奮してて眠れない感じがする。受験からも逃げられないし!」
「そうだな、頼むか、って俺ら連絡先知ってたっけ?」
「……知らないね、そう言えば」
不鬼が投げ込んでくれたおかげで一緒に時を越えた鞄はちゃんと手元にある。だが向こうに半年近くいたせいか、スマホの充電はとっくにゼロだ。そもそも向こうでは文通をしていたが、この時代にはまるでそぐわないほどのアナログだ。
千代はノートの切れ端に自分のアカウントを書いて渡し、悠は付箋にアカウントを書いて千代に渡した。
「加賀野の家、ここからまだあるよな」
「うん、自転車」
「送ってく」
「ん?」
「俺んちそこのマンションだし、すぐ自転車とってくる」
「え、いいよ」
「少なくとも、あの田舎道をこの時間にひとりっていうのはたぶん、良くないんだと思う」
何か突然そうひらめいたらしく、悠はさっさと自転車を取りに行ってしまった。スマホの充電がない千代は仕方なく待っていれば、自転車をとってきた悠と共に駐輪場で千代の自転車をとると、ふたり夜の静かな道を自転車で漕いでいく。
空に浮かんだ月はこれから欠けて朝方には隠れてしまう。だが、そのすぐあと朝日が降りそそぐ。ふたりのこれからも、きっとそうであるように。
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