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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!

第29章 アリーシャ、兄王子に感心した直後に呆れる

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「ひとまず回復を!」
 
 桃幻がけ寄り、巫術でジェラルドの傷をやしてくれる。
 
「てめぇ……よくもジェリーを……。プロミネンス・コウコウエイゴ!」
 
 パープロイが怒りのままに、紫夏へ向け攻撃呪文を放つ。だが……
 
窮奇逆風掌きゅうきぎゃくふうしょう!」
 
 紫夏が拳を振るうと、放たれた炎が風に押し戻されて、逆にこちらに向かって来た。
 
「ぅきゃああぁぁっ!消火、消火っ!水鏡!水を湧かせてっ!」
 
 もはやカッコをつけて台詞を決める余裕もなく、とにかく水鏡の水で炎を消し去る。
 
「あっぶねー……。オレの火系魔法とアイツの風系攻撃じゃ、相性が悪いんだぜ……」
 
 ……と言うことは、パープロイの魔法はアテにできないってことかな。
 
「じゃあ、私がヴァルキュリエ・ソード改で……」
「やめろ、アリーシャ。うかつに奴の間合まあいに入れば、ケガをする」
 
 ヴァルキュリエ・ソード改を抜こうとする私を、ジェラルドが手で制する。
 
「前衛は私にまかせ、お前は後方支援にてっしてくれ。お前にもしものことがあれば、この兄はもう生きてはいけぬ」
 
「お兄様……」
 
 私の肩をポンと叩き、ジェラルドは槍を手に紫夏に向かっていく。
 
 だが、紫夏はおそらく、このエリアの "ボス" だ。
 そのボスに対し、前衛が1人というのは、あまりにも心もとない。
 
「私も何か、援護えんごしなきゃ……」
 
 やはりここは、セイクリッド・シザーでの光属性最強攻撃魔法で行くべきか……
 
 そんなことを思いながらポケットをあさる私の手が、偶然ぐうぜんとあるアイテムに触れた。
 
「これだ!」
 
 歓声とともに取り出したソレは……この前、レイの塔の裏牢獄で手に入れた隠し有能アイテム "バナナの皮" だ。
 
「お兄様!これで私が紫夏さんを転ばせます!……ていッ!」
 
 叫んで、紫夏めがけてバナナの皮を思いきり投げつける。だが……
 
「何ですか?このごみは」
 
 紫夏は薄笑いを浮かべながら、ひらりとそれをけた。
 
「えぇぇーっ!? けるとかアリなの!?」
 
「紫夏はああ見えて、素早さのあたいが高く、回避率も高いですから」
 
「ボスの回避率が高いとか……何ムダに嫌な特徴付けしてくれてんの、創君!」
 
 この場にいない創君に文句を言ってみたところで、どうにもならない。
 
 
 その後も紫夏は、ジェラルドの攻撃や私の "洗練された何かサムシング・ソフィスティケイティッド" をことごとくかわしていく。
 
 もちろん、全てをかわしきれているわけではないが、見た感じ、それほどダメージを受けているようには見えない。
 
 
「どうしよう……勝てる気がしない」
 
「弱気になるな、アリーシャ。否定的な言葉は自らの士気を下げるぞ」
 
 そう言うジェラルドの瞳には、まだ全くあきらめの色が無い。
 
 ――そうだよね。タメ息をつくと幸せが逃げてくって言うもんね。弱音だって勝機を遠ざけるよね。
 
「さすがです、お兄様」
 
 今回の旅で、私のジェラルドに対する評価は鰻上うなぎのぼりに上がっていた。
 
 シスコンという欠点を差し引いても、ジェラルドは充分に有能で頼もしい。
 
「なに、次期君主、そしてお前の兄として、当然のことだ」
 
 当然のこと、と口では言いながら、ジェラルドは私にめられてうれしそうだ。
  
「では、そろそろ反撃と行こうか!」
 
 物語のヒーローのようにカッコ良く台詞を決め、ジェラルドは紫夏へ向かい駆けていく。
 
 
 だが次の瞬間、その身がずるりとすべって地に倒れた。
 
「は!? 何!? 紫夏さんの攻撃!?」
 
 ジェラルドは仰向あおむけに倒れたまま、身動みじろぎひとつしない。
 
 そして、その足元をよく見ると……
 
「バナナの皮だぜ!ジェリーの奴、バナナの皮をんづけてコケたんだぜ!」
「先ほど王女様の投げられたアイテムでしょうか……?」
「お兄様……ガルトブルグ編の前も、確か ソレでケガしてましたよね?」
 
 ひょっとしてジェラルドには、ドジっ子属性でもついているのだろうか……?
 
「……駄目だめです。ウォータードアー様は、しばらくの間、戦闘不能です」
 
 ジェラルドの様子をた桃幻が、沈痛な面持おももちで首を振る。
 
 ……ってことは……
 
「前衛がいなくなっちゃったじゃん!どうしよう!」
 
 
 ジェラルドが倒れても、戦闘はまだ続いている。
 
 軽くパニックにおちいってワタワタしていると、桃幻が静かに白衣を脱ぎ捨てた。
 
 その下は、袖無しの上衣と、すねに布を巻き、動きやすくしたはかまなのだが……何だろう。その恰好かっこう、どことなく "忍者" っぽく見えるんだけど……。
 
「こうなっては仕方ありません。姫様、郷人に対し、僕の真の力・・・を振るうことをお許しください」
 
 桃幻の顔からは表情が消え、雰囲気も、いつもの彼とはすっかり変わってしまっていた。
 
 その気配は、あまりにも静かにまされていて……まるで、張りつめた糸のような緊張感を感じる。
 その糸が切れた瞬間、恐ろしい何かが起きてしまいそうな、あやうい感じの緊張感だ。
 
「駄目じゃ、桃幻!これ以上・・・・お主が、その手を血に染めてはいかん!」
 
 鬼姫が悲痛な叫びを上げるが……何だろう。その台詞、既に桃幻の手が血に染まっているように聞こえるんだけど。
 
 桃幻は、いつもの微笑を浮かべることもなく、感情の読めない顔で鬼姫を見つめ返す。
 
「今さらです、姫様。これこそが、僕の真の・・使命。長にあだなす者を、秘密裏ひみつりほうむり去る……そのためにこそ、我が家系は存在しているのですから」
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