1 / 10
Prologue 囚われの皇妃は塔の中で
しおりを挟む
囚われの皇妃は閉ざされた塔の中、ひとり思案に暮れる。
彼女が居るのは大陸でも随一の財力と軍事力を誇る帝国・ガルトブルグの宮殿の中。複雑に入り組んだ広大な宮殿の北の端にある塔の最上階だ。
皇妃の居室としてはやや手狭だが、さすがに宮殿の一室らしく、調度品は豪華な一級品ばかりだった。
だが、部屋への唯一の扉は分厚い鋼鉄でできており、外から固く施錠されている。
どれほど高価な品が溢れていようと、どれだけ居心地良く整えられていようと、そこは結局牢獄であり、彼女は幽囚の身だった。
何故このような状況に陥ってしまったのかと、彼女は己に問いかける。だが囚われて十年の歳月を経ても尚、その答えは見出すことができない。
そうして解決策も何も無いまま、今日も彼女を囚われの身とした張本人が塔を訪れる。
「フィオレンジーヌ。お前は今日も美しいな。そのように怖い顔ばかりせず、以前のような笑顔を見せてくれ」
「妾の自由を奪う男に笑みなど見せるものか。いい加減、ここから解放しろ」
「ここから出せば、お前はまた私のことなど忘れ果て、他の男に夢中になってしまうだろう?」
「……実の息子、それもあのような幼子にまで嫉妬するなど、尋常ではない。気の迷いも大概にしろ!」
「これを気の迷いと呼ぶなら、私はお前に会ったその日からとうに迷いきっている。お前が私を惑わしているのだ。他の男共を惑わしてきたようにな……」
「……また、そのような世迷い言を……」
フィオレンジーヌは唇を噛む。
この男には、何をどう言っても話が通じない。絶望的なまでに会話が噛み合わない。
そうして毎度、ただの口論ばかりで話が終わってしまう。
……否、口論にすらなっていないのかも知れない。
「つまらない話などもう止めよう。せっかく二人きりなのだ。お前は余計なことなど考えず、私のことだけ見ていれば良い」
「……貴方は、妾にばかり目を向けるべきではない。貴方はこの国の皇帝なのだぞ。国と民と、自分の息子に目を向けるべきだ」
フィオレンジーヌの訴えを、皇帝ベル―ジュリオは鼻で嘲笑った。
「皆が私に求めているのは、ただ皇帝の座に在ることのみ。政治手腕など端から期待されておらぬ。私だとてそれは同じ。 "皇帝" への敬意や支持など要らぬ。私が求めているのはお前だけだ」
そうして逃げ場も無い囚われの部屋の中、今日も皇帝の腕に囚われる。
フィオレンジーヌは皇帝に見られぬよう自らの腕で覆った顔を、涙で歪ませる。
(何が貴方を変えたのだ。貴方は、こんな人間ではなかった。妾が愛したのは、決してこんな男ではなかったのに……)
後悔と失望と出口の見えない苦悩の中、フィオレンジーヌは在りし日を振り返る。
どこで道を誤ったのか、どこで歯車が狂ってしまったのか見極めようとするかのように、まだ幸福の壊される前の、遠い過去を回想する……。
彼女が居るのは大陸でも随一の財力と軍事力を誇る帝国・ガルトブルグの宮殿の中。複雑に入り組んだ広大な宮殿の北の端にある塔の最上階だ。
皇妃の居室としてはやや手狭だが、さすがに宮殿の一室らしく、調度品は豪華な一級品ばかりだった。
だが、部屋への唯一の扉は分厚い鋼鉄でできており、外から固く施錠されている。
どれほど高価な品が溢れていようと、どれだけ居心地良く整えられていようと、そこは結局牢獄であり、彼女は幽囚の身だった。
何故このような状況に陥ってしまったのかと、彼女は己に問いかける。だが囚われて十年の歳月を経ても尚、その答えは見出すことができない。
そうして解決策も何も無いまま、今日も彼女を囚われの身とした張本人が塔を訪れる。
「フィオレンジーヌ。お前は今日も美しいな。そのように怖い顔ばかりせず、以前のような笑顔を見せてくれ」
「妾の自由を奪う男に笑みなど見せるものか。いい加減、ここから解放しろ」
「ここから出せば、お前はまた私のことなど忘れ果て、他の男に夢中になってしまうだろう?」
「……実の息子、それもあのような幼子にまで嫉妬するなど、尋常ではない。気の迷いも大概にしろ!」
「これを気の迷いと呼ぶなら、私はお前に会ったその日からとうに迷いきっている。お前が私を惑わしているのだ。他の男共を惑わしてきたようにな……」
「……また、そのような世迷い言を……」
フィオレンジーヌは唇を噛む。
この男には、何をどう言っても話が通じない。絶望的なまでに会話が噛み合わない。
そうして毎度、ただの口論ばかりで話が終わってしまう。
……否、口論にすらなっていないのかも知れない。
「つまらない話などもう止めよう。せっかく二人きりなのだ。お前は余計なことなど考えず、私のことだけ見ていれば良い」
「……貴方は、妾にばかり目を向けるべきではない。貴方はこの国の皇帝なのだぞ。国と民と、自分の息子に目を向けるべきだ」
フィオレンジーヌの訴えを、皇帝ベル―ジュリオは鼻で嘲笑った。
「皆が私に求めているのは、ただ皇帝の座に在ることのみ。政治手腕など端から期待されておらぬ。私だとてそれは同じ。 "皇帝" への敬意や支持など要らぬ。私が求めているのはお前だけだ」
そうして逃げ場も無い囚われの部屋の中、今日も皇帝の腕に囚われる。
フィオレンジーヌは皇帝に見られぬよう自らの腕で覆った顔を、涙で歪ませる。
(何が貴方を変えたのだ。貴方は、こんな人間ではなかった。妾が愛したのは、決してこんな男ではなかったのに……)
後悔と失望と出口の見えない苦悩の中、フィオレンジーヌは在りし日を振り返る。
どこで道を誤ったのか、どこで歯車が狂ってしまったのか見極めようとするかのように、まだ幸福の壊される前の、遠い過去を回想する……。
0
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
だって悪女ですもの。
とうこ
恋愛
初恋を諦め、十六歳の若さで侯爵の後妻となったルイーズ。
幼馴染にはきつい言葉を投げつけられ、かれを好きな少女たちからは悪女と噂される。
だが四年後、ルイーズの里帰りと共に訪れる大きな転機。
彼女の選択は。
小説家になろう様にも掲載予定です。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる