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第3章
オハギア~和スイーツの完成~
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「ミサエさん、ついに完成しましたえ~。 皆さんでお食べやす。 お残しは許しまへん」
「ナツコさん、ありがとう。ところでもち米はどうしたの?」
「エレナとベッキが見つけてくれたのです」
「それと、蒸し器はアランとイワン、ヒコさんの力作どすえ」
食堂のテーブルには山盛りのおはぎが盛られていた。おはぎとぼたもちは食べる季節にもよるが、ナツコさんはおはぎを季節に構わないそうだ。彼女にとっては、季節の風習よりも「皆が笑顔になること」のほうがずっと大切だと行っていた。
「私はこの世界のぼたもちは“オハギア”でいいと思ってるんです」と、ナツコさんは照れくさそうに笑った。
エレナが一口食べて、目を輝かせた。「うわぁ…甘さがちょうどいい! あんこが優しい味!」
「中のもち米、ふっくらしてるね。やっぱり魔導蒸し器の力だな」とアランが胸を張る。
イワンは黙って頷きながら、二つ目に手を伸ばした。ヒコさんは、蒸し器の構造について語り始めたが、誰も止めなかった。皆、彼の技術への敬意を持っていた。
ミサエさんは、テーブルの端に座って皆の様子を眺めていた。彼女の目には、ほんのり涙が浮かんでいた。
「こうして皆で作って、皆で食べるって、いいね」
その言葉に、食堂の空気がふわりと温かくなった。おはぎの甘さと、仲間の絆が、静かに心を満たしていく。
そして、ナツコさんはふと立ち上がり、手を叩いた。
「次は、きなこ味も作りましょうか!」
歓声が上がり、食堂は再び活気に包まれた。オハギアはただの食べ物ではなく、彼らの物語の一部になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、神界では……ヘーラはユーミの事を思い出していた。ユーミが作ったバリアポリスの銘菓『オハギア』は市民にも好評で、いろいろな味のバリエーションがあった。
「申し上げます、アギオスがついに神饌のオハギアを完成させました」
ヘーラの眼の前に大皿に盛られたおはぎが並んだ。
ヘーラは一つ手に取り、慎重に口に運んだ。もち米の柔らかさとあんこの優しい甘みが広がると、彼女の眉がふわりとほどけた。
「これは…神々の舌をも沈黙させる味。アギオスよ、よくぞここまで仕上げた」
ヘーラは神殿の静かな回廊を歩きながら、ふと遠い記憶に思いを馳せた。
「イポニア……かつてユーミーが暮らした地。あの地には、まだ微かに“甘き記憶”が残っているはず」
短気なゼウスが放った忘却魔法は強力だった。神々の意志に背く文化や記憶を、地上から根こそぎ消し去る力を持つ。神饌として供えられていたオハギアもその犠牲となった。だが、ヘーラは知っていた。完全な忘却など、決して成し得ないことを。
「人の心は、神の魔法よりも深い。とぎれとぎれでも、味の記憶は残る。形を変え、名を変え、風習の隙間に潜んでいる」
イポニアの市民たちが作る“月見団子”や“花祭りの餅菓子”には、どこか懐かしい香りがあった。それはユーミーが神饌として捧げたオハギアの記憶の残響。もち米のふっくらとした食感、あんこの優しい甘み、そして何より「皆で作り、皆で食べる」という精神が、断片的に受け継がれていた。
ヘーラは神鏡を覗き込み、イポニアの街角に佇む小さな菓子屋を見つけた。そこでは、年老いた職人が孫と一緒に、きなこをまぶした小さな餅を作っていた。
「……あれは、オハギアの影。ユーミーの祈りが、まだ地上に息づいている」
ヘーラは静かに微笑み、神鏡に手をかざした。すると、菓子屋の棚に並ぶ餅のひとつが、ほんのり金色に輝いた。
「アギオスよ、そなたの努力は無駄ではなかった。地上は、忘れたようでいて、忘れてなどいない」
そしてヘーラは、神々の議会に向けて歩き出した。次なる神宴では、イポニアの菓子職人を招き、地上と神界の記憶を再び繋ぐ儀式を執り行うつもりだった。
「オハギアは、味の記憶ではない。絆の記憶なのだ」
その言葉は、神殿の回廊に静かに響き、遠くイポニアの空へと届いていった。
続く──
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「ナツコさん、ありがとう。ところでもち米はどうしたの?」
「エレナとベッキが見つけてくれたのです」
「それと、蒸し器はアランとイワン、ヒコさんの力作どすえ」
食堂のテーブルには山盛りのおはぎが盛られていた。おはぎとぼたもちは食べる季節にもよるが、ナツコさんはおはぎを季節に構わないそうだ。彼女にとっては、季節の風習よりも「皆が笑顔になること」のほうがずっと大切だと行っていた。
「私はこの世界のぼたもちは“オハギア”でいいと思ってるんです」と、ナツコさんは照れくさそうに笑った。
エレナが一口食べて、目を輝かせた。「うわぁ…甘さがちょうどいい! あんこが優しい味!」
「中のもち米、ふっくらしてるね。やっぱり魔導蒸し器の力だな」とアランが胸を張る。
イワンは黙って頷きながら、二つ目に手を伸ばした。ヒコさんは、蒸し器の構造について語り始めたが、誰も止めなかった。皆、彼の技術への敬意を持っていた。
ミサエさんは、テーブルの端に座って皆の様子を眺めていた。彼女の目には、ほんのり涙が浮かんでいた。
「こうして皆で作って、皆で食べるって、いいね」
その言葉に、食堂の空気がふわりと温かくなった。おはぎの甘さと、仲間の絆が、静かに心を満たしていく。
そして、ナツコさんはふと立ち上がり、手を叩いた。
「次は、きなこ味も作りましょうか!」
歓声が上がり、食堂は再び活気に包まれた。オハギアはただの食べ物ではなく、彼らの物語の一部になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、神界では……ヘーラはユーミの事を思い出していた。ユーミが作ったバリアポリスの銘菓『オハギア』は市民にも好評で、いろいろな味のバリエーションがあった。
「申し上げます、アギオスがついに神饌のオハギアを完成させました」
ヘーラの眼の前に大皿に盛られたおはぎが並んだ。
ヘーラは一つ手に取り、慎重に口に運んだ。もち米の柔らかさとあんこの優しい甘みが広がると、彼女の眉がふわりとほどけた。
「これは…神々の舌をも沈黙させる味。アギオスよ、よくぞここまで仕上げた」
ヘーラは神殿の静かな回廊を歩きながら、ふと遠い記憶に思いを馳せた。
「イポニア……かつてユーミーが暮らした地。あの地には、まだ微かに“甘き記憶”が残っているはず」
短気なゼウスが放った忘却魔法は強力だった。神々の意志に背く文化や記憶を、地上から根こそぎ消し去る力を持つ。神饌として供えられていたオハギアもその犠牲となった。だが、ヘーラは知っていた。完全な忘却など、決して成し得ないことを。
「人の心は、神の魔法よりも深い。とぎれとぎれでも、味の記憶は残る。形を変え、名を変え、風習の隙間に潜んでいる」
イポニアの市民たちが作る“月見団子”や“花祭りの餅菓子”には、どこか懐かしい香りがあった。それはユーミーが神饌として捧げたオハギアの記憶の残響。もち米のふっくらとした食感、あんこの優しい甘み、そして何より「皆で作り、皆で食べる」という精神が、断片的に受け継がれていた。
ヘーラは神鏡を覗き込み、イポニアの街角に佇む小さな菓子屋を見つけた。そこでは、年老いた職人が孫と一緒に、きなこをまぶした小さな餅を作っていた。
「……あれは、オハギアの影。ユーミーの祈りが、まだ地上に息づいている」
ヘーラは静かに微笑み、神鏡に手をかざした。すると、菓子屋の棚に並ぶ餅のひとつが、ほんのり金色に輝いた。
「アギオスよ、そなたの努力は無駄ではなかった。地上は、忘れたようでいて、忘れてなどいない」
そしてヘーラは、神々の議会に向けて歩き出した。次なる神宴では、イポニアの菓子職人を招き、地上と神界の記憶を再び繋ぐ儀式を執り行うつもりだった。
「オハギアは、味の記憶ではない。絆の記憶なのだ」
その言葉は、神殿の回廊に静かに響き、遠くイポニアの空へと届いていった。
続く──
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