徒然推理覚書  『死蜂冥道』

怪傑忍者猫

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四月七日、死因不明

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 警察病院の騒動から二日、ホーク・葉和偉は定時で上がったものの、酷く悩んだ様子で帰って来た。
 風雷旅館の玄関横は、下宿人達の談話室を兼ねた食堂になっており、坂本良行が食後のお茶を啜っていると帰って来たのだ。
「ホーク君?」
「あー、グッディ、後でな」
 それだけ言って、宿の女将から食事の乗った盆を受け取った警官職の青年は、そのまま自室へと向かった。
 悩み込んでいる相手の様子に、気になった良行は時間をおいて彼の部屋を訪ねた。
「何か、捜査に支障でも出ましたか?」
「あー、うん。出たと言うか、出なかったと言うか」
 大きく嘆息すると、食べ終えた食器を戻しに立ったホークは、ガリガリと頭を掻いてこう続けた。
「毒物らしい毒物が、検出されなかったんだそうだ」
「え?」
 ぽかんとなった良行に向かって、自室に戻りつつホークが語るには、いわゆる砒素や青酸カリ、ストリキニーネ、その他全般的に犯罪利用される毒物が検出されなかったらしい。
 鉱物毒も動植物毒も無いと聞いて、流石に八嶋出身の探偵小説書きは驚きを隠さなかった。
「え? 毒じゃなかったんですか?」
「あえて言うと、阿片による脳への悪影響の兆候は見られるけど、死亡するようなものじゃないとさ。
 右手の甲に極小さな刺し傷があったけど、そこから致死毒は見付からなかったって話だし。
 奴さんの死因は、咽頭の腫れと気道狭窄による呼吸困難に起因する窒息死、心不全に寄る血圧低下も同時に起こしてたんじゃないかって話だよ」
「窒息死ですか……」
 顎を擦る外国人に、若い警官はあまりハッキリした事を言わないよう言葉を探す。
「俺が現場についた時、奴さん喉掻き毟ってて、唇紫色になってたからなあ」
 なるほど、チアノーゼを起こしていたかと頷いていた良行に、そう言えばとホークは言葉を足した。
「あ、そう言えば、奴さん蕁麻疹じんましんなのか赤いポチポチが顔や手に浮いてて、それ見た周囲が伝染病かって驚いたんだよなあ。
 あのバス、それであの後保健所の消毒が入ったそうだし。でも、検死結果では特に何も見付からなかったらしいよ」
 ホークが肩を竦めて語った、その時である。
「そっか、その噂の所為で、大聖堂側から葬儀を却下されたんだ。
 Mrs.サザーランドが牧師共相手にヒスったって、新城界隈じゃ今一番の茶飲み話の種になってるよ」
「うぇ!?」
「エリー君」
 部屋の大きな箪笥の上から、もぞっと赤毛の持ち主が起き上がった。
 ホークの部屋には、高さ六尺(約百八〇センチ)、幅四尺(約百二〇センチ)と言う、大きな箪笥がある。その上から、ポンと降りて来た猊国人の頭を、ホークは遠慮無く掴んで握力を掛けた。
「アダダダダ」
「何で人の箪笥の上で寝てんだよ、おい」
 意外に大きな手が、巻き毛で誤魔化された小振りな頭を握り締めようとするのを、この場の最年長が慌てて引き止める。
 頭をさすりつつ半泣きの体で、イライアス・ホークは一つ年上の東方人警官を睨んだ。
「何だよ、酷いじゃん」
「煩い、常識を弁えろ、ガキじゃあるまいし」
「まあ、ホーク君の身長では、あそこに然程の余裕は有りませんが、エリー君なら寝るくらいは出来そうですしねえ」
 箪笥の上を見ながらの、良行の呟きにイライアス・ホークはひくりと引き攣った。
 ホーク・葉和偉の身長ほぼ六尺に対し、イライアス・ホーク・マーヴィンは五尺七寸(約一七二センチ)と言ったところである。
 猊国人と言うと、軒並み六尺超えしている印象があるが、実は地域によっては小柄な人間が多い所もある。イライアス・ホークの出身地がまさにそれで、彼は更に父母共に小柄な家系の出なのでどうしようもない。
 因みに、坂本良行はイライアス・ホークより一寸程高い(約一七四センチ)。
 ある意味自ら地雷を踏み抜き、黙り込んだ猊国人を脇に置いて、東方人としては長身の二人は話を戻す。
「つまり、Mr.スチュアート・ウィルソンは原因不明の窒息死。にも関わらず、親族の子飼いの弁護士が、殺人を疑い警察に押し掛けるような事態だったと」
「みたいだな。俺の見解としては、あの叔母さんとやらの所為で世間と隔絶した生活してたと思ったけどさ」
「ああ、自分も小耳に挟みました。
 旦那さんのお金を湯水のように使って、甥御さんに色々買い与えていたそうですが」
「ああ、そうらしいよ。お陰で本国で付いた渾名が、『小公子Little Lord Fauntleroy』だったものな」
「小公子、ねえ」
 西域は猊国伯爵家の若様の言葉に、東方星海の下町育ちの青年はピンと来ない様子で首を傾げた。
 大家の老婦人が、三人分のお茶と蛋巻エッグロールを差し入れてくれた。
 真っ先に、葉巻くらいの太さと長さの焼き菓子を口に運んだイライアス・ホーク・マーヴィンは、何事か思い出したように先にお茶を飲む二人に目を向けた。
「そう言えば、出版社で小耳に挟んだんだけど、新城側でも似たような事件があったらしいよ?」
「え?」
 手を止めて、坂本良行が声を挙げると、猊国人は聞き齧った内容を披露した。
「今月入ってすぐに、路面電車トラムの乗り場で、合わせて二人。一人はプラットフォームのベンチで死んでるのが見付かって、もう一人はその数日後に、別の乗り場で線路の上で死んでたって」
「本当か?」
 現職警官である、ホーク・葉和偉が問うのに向かって、イライアス・ホークは大きく頷いて見せる。
 それに向かって、良行は疑問を投げ掛ける。
「確かに、そう言う記事を読んだ覚えはありますが、確か一人は阿片チンキの中毒で、もう一人はトラムに撥ねられて亡くなったとか」
 良行の言葉に、緋色の髪の青年は勢い込んで答えた。
「それな。
 阿片チンキで死んだって思われてる奴は、直前に喉元押さえてるのを見た人間がいたんだって。だから、苦しいのを誤魔化すのに阿片チンキを飲もうとしてたんじゃないかって、記者の間じゃ思われてるらしいよ。
 もう一人は、まあトラムに撥ねられたのは本当だけど、実は線路の上に倒れた時点で、心臓止まってたんじゃないかって話だぜ」
「それは……」
 基本的に、良行は下宿先からあまり出歩かず、新城側へは数える程しか行った事がない。ホーク・葉の方も、城市生まれで勤務先の関係もあり、城市に関しては余程の外れでない限り裏道まで良く知っているが、新城側では地図の表記以上の事は良く判らない。
 そう言う二人なので、新城側の事件に関しては、新聞以上の情報はあまり入って来ないのだ。
 顎を擦る良行の横で、ホーク・葉は濃い眉をひそめつつ、情報を持ち込んだ一つ年下の青年を見た。
「確かに似た状況だと思うが、それがどうした」
「この二人、スチュアート・ウィルソンの腰巾着やってたそうなんだよね」
 新しい情報に、ホーク・葉も三文文士も目を見開いた。
「腰巾着と言うと?」
「こいつら、親がサザーランド商会の役員で、その縁で会長夫人の甥の世話役になってたそうなんだけど、内実は奴さんに追従して一緒に馬鹿してたらしいんだよね」
 応えるイライアス・ホークの方は、緋色の癖っ毛を掻き上げた。
「俺も詳しくは聞いてないけど、この三人、本国の警察からから逃げて来たらしいんだよ」
「「はあぁあ!?」」
 驚く二人に、聴いた話である事を強調しつつ、イライアス・ホークは言葉を続ける。
 それによると、『小公子』の渾名を頂いたスチュアート・ウィルソンは、しかし素行不良故に一部の若者には持て囃され、大方の良識ある人間からは眉を顰められると言う状況だったらしい。
 パブを借り切ってのらんちき騒ぎは何時もの事で、その延長線で所謂街娼達と揉めまくったらしい。
 そうやって揉めるうちに、この連中はもっと面倒の少ない相手を言う事で中流階級の娘を巻き込み、どんちゃん騒ぎをするようになったらしい。
 こう言う相手も金で黙らせる事が出来ると知った三人は、調子に乗って色んな女性に手を出し――その延長線で、イライアス・ホークの妹にも手を出そうとした様である――、遂に警察に目を付けられたと言う話であった。
 それと言うのも、猊国重鎮であるレンスター公爵令嬢のお付で、彼女が親友と呼んで信を置くメイドへの強姦未遂であったそうだ。
 国家重鎮の、知的で優雅と知られた令嬢が直々に、怒り狂って警察庁へ訴えて来たのだ。それまではハウプトン伯爵エールオブハウプトンの名前とサザーランド商会の財力ではぐらかされていたものの、二段以上上の権力からの圧力によってやっと正式に捜査が始められようとしたのだ。
 ところが、それを察してか、スチュアート・ウィルソンとその腰巾着達は、この大陸の果ての星海まで移動したのである。
 余りな事に、言葉も無い様子のホーク・葉の横で、良行はこれは頭を捻りながら質問した。
「エリー君、一応聞きますがハウプトン伯爵とはどなたの事でしょう?
 確かMr.サザーランドは豪商ジェントルマンではあっても、地主ジェントリでは無かった筈」
 耳慣れない単語に、東方育ちの青年が首を傾げる横で、そう言う言葉と横並びで暮らして来た西域の青年は頭を抑えつつこう答えた。
「本来は、スチュアート・ウィルソンが次期ハウプトン伯爵だよ。北部や南西貴族は女子や第二子にも継承権があるけど、本国の古くからの家柄だと嫡男のみが家を継ぐ事になってるから。
 で、小さな甥が成人して家を切り回せるようになるまで、後ろ盾でもある叔母の嫁ぎ先のMr.サザーランドが買い取る事になったんだってさ。尤も、誰もが程の良い爵位乗っ取りだと思ってるらしいけどね」
 それを聞いて、良行は頭を掻いた。
 何と言うか、確か新聞に依ればスチュアート・ウィルソンは今年二十歳で、そろそろ正式な家督相続とかする時期では無かったのだろうか。それとも、イライアス・ホークが聞いたとおり、叔母夫婦によって貴族号を乗っ取られたのだろうか。
 その横で、ホーク・葉和偉は常になく険しい顔で考え込んでいた。

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