徒然推理覚書  『死蜂冥道』

怪傑忍者猫

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四月八日、貴婦人霊

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 翌日の、昼食時過ぎ。
 再び点心店《竜胆》を訪ねた坂本良行は、そこで変な話を耳にした。
 曰く、西域から霊媒師が来たと言うのだ。
 よくよく耳を傾けると、話しているのは人間も人外も一緒で、揃ってサザーランド商会が霊媒師と言う名の、ペテン師共を呼び寄せていると話していた。
 敢えて違いを挙げると、人間達は霊媒を態々西域から呼び寄せる事による損失を、人外達は喚ばれる霊媒師の殆どが単なるペテン師である事を話していた。
『どうせなら、栄城路の一眉道人でも頼れば良いのに』
『キャハハ、無理無理、亭主の方はともかく、あのフワフワした奥方じゃ道人怒らせて終わりだよ』
『あのふわふわ加減で、甥の人生潰した事に気付いて無いんだもんなあ』
 骸骨と、狗神らしいものと、黒猫とが、サザーランド商会の災難を嗤う男達の頭上で話すのを視界の端に捉えつつ、良行は黙って茶を啜っていた。
 すると、すっと音も無く、良行の前に鮮やかなドレス――ただ、野暮天の良行にも解るくらいには流行遅れのものだ――を纏った女性が前に立った。
 はっとなった良行に、目許を薄布張りの扇子で隠した女性はにこやかな声で声を掛けてきた。
『こちら、よろしいかしら、Mr.』
「あ、ハイ、どうぞ」
 良行の言葉に『ありがとう』と告げて、貴婦人の幽霊は席に着いた。
 蒸籠を開けつつ、そっと隣を伺うと、貴婦人の方は周囲を伺っているようだった。どうやら生前から好奇心旺盛な性質だったのだろう、周囲を見ている彼女の空気はとても楽しそうだ。
 良行が、自分に意識を向けている事に気付いたらしい女性の方が、くすくす笑いつつこう問うた。
『貴方、ここがどう言う店か、ちゃんと判っている人間ね?』
「へ!?」
『大丈夫、私には見守らなくちゃいけない家族がいるから、貴方に取り憑いたりしないわ』
 カラカラと、其れこそ小説の女傑宜しく闊達に笑われ、八嶋生まれの三文文士は恐縮するしかない。
 淑女霊の方は、周囲を軽く見回し肩を竦めると、扇子で顔を隠したままこう告げた。
『Mr.ウィルソンの事、ちゃんと知りたいのではなくて?』
「え!? あ、はい、新聞でもここで聞こえる事でも、今一彼の姿が浮かんで来なくて」
 正直に答えれば、一頻り笑った後貴婦人の霊は立ち上がって一言。
『大学へ行ってご覧なさいな』
「大学と言うと、星海大學ですか?」
『そう。大学は二つの意味で、貴方に情報を与えてくれるでしょうね』
「二つ、ですか?」
 首を傾げた良行に、貴婦人は笑った。
『ええ、そうよ。
 大学と言えば、知識の殿堂、そして教授以外は二十歳前後の人間の集団でしょ?』
「あ、そうか、サザーランド商会と縁がある若い男性だったなら、大学生に知人がいるかも。
 それに、あの不可解な死にも、何か手掛かりが」
『そう言う事。頑張りなさいな』
 そう笑って、貴婦人はドレスを引いて離れて行った。
 出入口を見ると、西域人の男性の一団が出て行くのが見えた。察するところ、あの中に『見守っている家族』が居るのだろう。
 そう言えば、彼女はずっと顔を隠したまま、一度も良行と視線を合わせようとしなかった。顔を見せないのは、その霊がこちらに悪意を持っていない証拠である。
 ヒントを貰った事に、今更のように恐縮しつつ八嶋人も店を後にした。

 店を出た後、坂本良行はさてと腕組みし、これからを思って首を捻った。
 大学と言うヒントの在処は示して貰ったものの、この後どうするかに困ってしまったのだ。
 一応、八嶋国の私大学の卒業生ではあるものの、元々観光ビザで渡海した良行からすると、星海大學へ踏み込むのは些か敷居が高いのだ。
 何しろ卒業して五年以上、これと言った紹介状がある訳もない、在野の三文文士でしかない良行からすると、一応総合大学と銘打たれてはいても理系が強い学内には、気分的に足を踏み込み辛いのだ。
 何より、今良行は刑事でも探偵でも無いが、Mr.スチュアート・ウィルソンの人と成り、そして何故死んだかを突き止めたいと言う、非常に個人的な好奇心で動いているのだ。
 腕組みしたまま、さてはてと思い悩みつつ歩いていた良行は、その途中で仕事中であろうホーク・葉和偉と行き会った。
「グッディ、散歩かい?」
「ああ、ホーク君。
 巡回ですか?」
 閉まったシャッターの前で立っているホーク・葉にそう問えば、「違うよ」と返された。
「上司の意向で、お茶菓子を買いに来たんだ」
「お茶菓子ですか?」
 訊き返した年上の八嶋人に、生粋の星海生まれの青年は頷いて、周囲に聞かれないよう小さな声でこう告げた。
「昨日、Mr.マーヴィンから聞いた話し、思い切って高級助理処長殿に話して、向こうの検死結果を取り寄せられないかってお伺いを立ててみたんだ」
「え、そんな事したんですか?」
 曲がりなりにも相手は組織のNo.3、勤続一年程のペーペーが『お願い』して大丈夫とは思えなかったのだが。
 当然、その場にいた髭の総督察(警部相当)には渋い顔で睨まれたのだが、当の高級助理処長殿からは特に小言らしい小言は無かったそうだ。
 ただし、サラリと一言、
「お茶菓子買って来てくれるかい?
 ここにいる七人分、アフタヌーン・ティーまでに」
と、言われて警察署から出されてしまったのである。
「はあ……。 で、これからお店に?」
「いや、完成待ち」
 ホーク・葉がそう言った次の瞬間、ガタンと音を立てて目の前の木戸が開いた。
和仔ウーチャイ、待たせちまったねえ、ほら、温かいうちに食べな」
「急だったのにありがとう、阿爺アーイェ。はい、蛋撻ダーンダッ(エッグタルト)の代金」
「馬鹿お言いでないよ、お前に焼いてやった菓子なのに、代金なんて貰えるかい」
 職人らしい、節の立ったでも綺麗な手が左右に振られるのに向かって、警官の青年はきっぱりと言った。
「阿爺、それじゃあ仕入れしてる豪哥ホウゴーに悪いもの。
 それに、これは職場のお茶菓子として求めたものだから、ちゃんと代金を払って幾ら使ったって職場に報告入れないと、俺が怒られちゃうんだ」
「仕方ないねえ。うちの蛋撻の値段は判ってるだろう、和仔。十四個分だよ」
「ん。って、阿爺、十五個あるじゃないか」
 中身を確認したホーク・葉が戻そうとすると、年寄のものらしい手は、彼の横で黙って成り行きを見ていた坂本良行を指差した。
「この島人は、和仔の友人じゃろ。おまけじゃ」
 ひゃひゃひゃと笑いながらそう言うと、手は奥に引っ込み、そのまま木戸はパタンと音を立てて閉じられた。
 唖然と、閉じた木戸を見詰める良行は、同時に背中に流れる汗を感じていた。
 どう見ても、かれこれ数年使われた様子のない木戸なのだ。どう見ても、外から板で止められてあったと言うのに、だ。
 そして、本日二度目の幽霊様との接触。手しか見せなかったと言う事は、この老人の霊もこちらに悪意はない。……いやこちらと言うか、ホークに対して身内意識が高いのだろう。今回は彼の友人だと言う事でお目こぼし貰ったと言うべきか。
「仕方ないなあ、阿爺は。
 まあ、せっかくだ、食べてくれよ、こいつ美味いから。俺も昔から好きでさ、良く此処に買いに来てたんだ」
「ここに、ですか?」
「うん、あ、言っとくけどこっちは裏口だからな」
 受け取った玉子のタルトは、クッキー生地のカップにカスタードフィリングを入れて焼いた意外に大振りなもので、カスタードプディングそっくりなクリーム部分が光って見えた。
 そのまま小走りで帰って行った下宿の隣人を、良行は複雑な顔で見送った。
 歩きながら食べたタルトは、クッキー生地の塩味とプリン状態のクリームの甘さが良いバランスで、めちゃくちゃ美味しかった。
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