徒然推理覚書  『死蜂冥道』

怪傑忍者猫

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四月一〇日、星海大學

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 坂本良行が星海大學を訪れたのは、それから二日後だった。
 図書館に関しては、外部の人間でも紹介状なしでも利用出来ると教えて貰った事が一つ。
 もう一つの決断内容として、イライアス・ホーク・マーヴィンが同行を申し出たからである。
 貴婦人の霊から情報を得た翌日、大学の構内に入る口実を考えていた良行の元へ、仮眠の場所を求めて猊国人青年は転がり込んで来たのだ。
「おーいヤーマン、寝台貸して~って、どうしたの、眉間が割れそう」
「あー、エリー君。
 また写真撮ってましたか?」
「いや、写真じゃなくて、今回は記者仲間の手伝い。お前さんは何あったの、金の無心以外なら手を貸すよん」
「ははは……。いやあ、星海大學に行きたいのですが、私学生卒業してますし、来訪理由尋ねられるとちょっと」
 それを聞くと、緋色の髪の青年はきょとんと琥珀色の瞳を見開いて言った。
「えー、そんなに心配しなくても、あそこ図書館一般人も入れるよ? 貸出は学生か聴講生しか許可されないけど、町場の医者が医学誌の最新号を読みに来てるぐらいだし」
「本当に!」
 思わず声が跳ね上がる。
 良行の剣幕に、思わず仰け反ったもののイライアス・ホークは頷いて見せた。
「猊国人だけじゃなくて、新城側の病院で働いてる華国人の看護士や医師助手も読みに来てるよ」
「そうですか。
 でも、そう言う人達は、病院長が保証人になってくれるから立ち入る事が出来るのでは?」
「意外に疑り深いね、ヤーマン。
 判った、俺も一緒に行く。それなら良いだろう?」
 ありがたくはあったが、申し出に驚く良行ににっと笑って曰く、
バリー伯爵エールオブバリーの肩書は、こう言う時に活用するんだよ。それに、この間の写真、大学の先生方に好評だったんだ」
と、それなりのコネと権力持ちである事を披露してくれた。

 創立三十年を翌年に控えた星海大學は、新たな学舎が造られるのだろう。
 竹を幾何学的に組み上げた足場に囲まれ、半ばまで出来上がった建築物が、正門を潜ってすぐの位置に見えた。
 中を歩けば、なるほど学生らしい若者に混じり、良行より年上らしい人間もちらほらしている。
 あからさまに学生じゃなさそうな人間も、帳面を持って歩いているのを視線で示し、イライアス・ホークは苦笑して見せた。
「ほら、俺の言ったとおり、外部者もいるだろう?」
「あー」
 頭を掻く良行を引き連れ、イライアス・ホークは先に彼を学生達で賑わう食堂へと連れて行った。
「あの、エリー君、ここは?」
「あれ、ヤーマンのとこには無かった? 学生食堂。ここの食堂、外来者にも開放されてるんだって」
 そう言って、慣れた様子で注文する赤毛の青年の背中を見ながら、八嶋生まれの三文文士は、彼が自分を山車に使った事に気付いた。
 恐らく、自分だけで情報収集するのに限界を感じて居たところに、良行が大学に行きたいと言い出したので、これ幸いと同行を言い出したようだ。
 その事自体は、こちらも都合が良かったので何も言う気はないが、ただ彼が何の為にここに出入りしているのか。
 もしかすると、彼も自分と同じ事を追い掛けているのでは?
 そんな事を考えていた良行の横を、トレイにコーヒーとサンドイッチを載せた、二人連れの学生らしい男達が通り過ぎた。
「聞いたか、サザーランド夫人のご乱行」
「ああ、今度は霊媒師を呼んで、奴自身に殺した犯人証言させて捕まえるって相当頑張ってるってさ」
「何でそんな事を思い付いたかねえ、って言うかあいつ御乱行の果てに、自業自得で死んだだけだろ。あれだけ酒浸りの阿片浸りじゃ死んで当然だって」
「お貴族様や一部文化人には、降霊会は一種のおママゴトだからなあ。俺達理数学の徒には良く判らんよ」
 学生らしい二人の口ぶりで、スチュアート・ウィルソンはどうやら真面目ではない学生であったと知れた。
 後、アンナ・サザーランド夫人の無茶振りに、良行は思わず遠くを見る目になった。
 大陸の西側で、降霊会と超心理学なるものが大流行していた事は知っていたが、その八割がインチキ霊媒師による奇術ショーであったと聞いている。
 そんなもので、甥の殺害犯を探そうとしている夫人の正気に、良行は薄ら寒いものを感じた。
 同じ事を思っているらしい学生二人は、窓辺の席に陣取りやや声を潜めて話し始めた。
「そう言えば聞いたか?」
「ああ、あいつ、本当なら死んだあの日に退学強制される筈だったんだろう? まあ、あれだけ大学の事、辺境の底辺学府呼ばわりしてりゃあな」
「まあ、それもあるだろうけど、決定打は医学部長教授のお嬢さんに暴行働こうとした事だろうよ。尤も、あそこの従僕にボコられたそうだけどな」
「まあそう言う話になるわな、バクスター教授親馬鹿なのに」
「会議中にその知らせ聞いて、ウィンチェスター銃片手に飛び出そうとしたそうだしな」
 怖い怖いと言い合う学生の隣の席で、良行はイライアス・ホークの帰りを待った。ここの大学の教授連も突飛なのかあと思い、だが母校の強烈過ぎる教授達を思い出し、そう言う人物でなければ勤まらないのかもしれないとも思ったが。
 そのうちイライアス・ホークが、紅茶のポットとスコーンの籠を抱えてやって来た。
「まずは腹拵え、ここのお茶と焼き菓子、割りといけてるよ」
「はあ」
 イライアス・ホークが、喜々としてスコーンを割るのを横目に、八嶋人は学生食堂の中を見回した。
 この学校を作った人間は、余程に革新系リベラリストの思想持ちだったに違いない。
 食堂と言う名称から受けるような野暮ったさも、大学と言う名称から来る堅苦しさもない、寧ろ西域の街角に開いたカフェーのようだと思った。

 学生食堂でのお茶とスコーンを堪能して――八割方同行者であるイライアス・ホーク・マーヴィンの腹に収まったが――、坂本良行は目的地である星海大學図書館に向かった。
「そう言えば、図書館で何調べるの?
 目的無く調べるってなったら、一日二日じゃ済まないと思うけど」
「そうですねえ」
 イライアス・ホークの言うとおり、星海大學図書館は皇家ロイヤルの号こそ無いものの猊利典ブリテン国の権威を示すべく、規模も蔵書量も現在東方一を誇っている。
 整然と本が詰まった、身の丈の倍以上あるだろう書架が壁を覆い林立する様は、活字中毒の卦のある良行には天国であったが、同行者である赤毛の猊国人には見ただけで溜息を吐かせる光景のようである。
 その時だった。
「グッディ? それに、Mr.マーヴィンも。
 こんなところで何しているんだ?」
「ホーク君!?」
 振り返れば、何時もの星海市警察の制服ではなく、オーダーメイドと思しいスーツにトラウザーズ、スッキリとしたネクタイを身に着けたホーク・葉和偉が立っていた。
 声に気付いて振り返ったイライアス・ホークも、常に無い姿の友人に戸惑いを隠せなかった。
 当人の方は、物珍しげに周囲を見回しつつ、二人の傍まで歩いて来た。
「Mr.マーヴィンはともかく、グッディはどうしてここへ?」
「俺はともかくって何!」
 食らい付こうとする赤毛の青年を宥めつつ、八嶋人の青年は見覚えのないスーツを着込んだ、下宿の隣人に向き直った。
「ちょっと、調べたい事がありまして。
 ホーク君、君は?」
「俺? 俺は上司命令で、ここの医学部長に書類を貰いに。今は書類待ちでここで時間潰しているところだ」
「え?」
 思わぬ言葉に、声を上げた良行に向かって、馴れないのだろうネクタイを気にしながら彼はこう答えた。
「高級助理処長殿も、スチュアート・ウィルソンの死因に疑念が尽きなかったらしくて、此処星海大學の医学部に気になった部分の遺体の一部を送って再検査して貰ってたんだそうだ。
 で、今日結果が出たそうだから、受け取りに来たんだ」
「そうですか」
「ふーん、警察にも切れる奴いるんだね」
 頷いた良行の横で、イライアス・ホークが肩を竦める。
 そう言った赤毛の青年の額を指で強かに弾いて、ホーク・葉は図書館から出て行った。
「あ、服の事聞きそびれてしまいました」
「あー、大方大学から、制服警官を寄越すなって言われたんだろうよ。死んだあの三人の事で、それなりに構内ざわついてたのがやっと落ち着いて来たのに、警察にうろつかれたら又って事だろ」
 額を擦りつつのイライアス・ホークの答に、八嶋から来た文士は首を捻る。
 ならば、最初から背広を持っていそうな猊国人警官を向かわせればいいだろうと思いつつ、同時に高級助理処長なる人物は、ホーク・葉和偉に期待を寄せているのでは無いだろうかとも思った。
 お仕着せにしては、ホーク・葉が着ていたスーツもトラウザースも彼の身体にきちんと合わせてあると思ったからだ。
 思わぬ人物との遭遇に溜息吐きつつ、さてと書架に向かおうとした良行は、その書架の林の中に立つ淡い色合いのドレスに気付いた。
 収蔵物が日焼けしないよう、直射日光が入らない構造の図書館の中で、彼女はうっすら光っているように見えた。
 今時はすっかり廃れた、コルセットに骨組入りのドレスの女性は、薄布張りの扇子で鼻から上を隠してこちらを見ていた。
 先日《竜胆》で良行が会った、例の貴婦人である。
 目当てがが自分に気付いたのを悟ると、婦人の霊は書架の間を数歩進んで、こっちに来いと言うように振り返った。
 彼女が、自分を何処かに導こうとしているのを悟って、良行はそちらへと歩き出した。
 同行者が急に歩き出したのに驚き、慌ててイライアス・ホークも後を追った。
 貴婦人の霊は、時折良行を待ちつつ、とある書架に行き着きその中から一冊を指差すと姿を消した。
 そこは、医療雑誌のバックナンバーが収められている棚であった。
 指差されていた雑誌を手に取ると、それは二十数年前の雑誌で、恐らく次の蔵書整理で処分されるだろう古さであった。
「ヤーマン、何があったんだよ、急に歩き出すからびっくりした」
「ああ、すいません」
 追い付いてホッとしたらしいイライアス・ホークが、猛然と抗議するのに、まさか幽霊に連れて来られたとは言えず、良行は困った様に頭を掻いた。
 そんな相手の様子に嘆息しつつ、だが赤毛の青年は彼が持つ雑誌に眉を顰めた。
 良行から雑誌を借りて、ぱらぱらと捲った猊国人青年は目次の項目で首を捻った。
ana-phylaxisアナフィラキシーに関する研究? アナフィラキシーって、何だ?」
「え?」
 草臥れた雑誌を挟み、二人は顔を見合わせた。

 閲覧席に座り、二人は額を寄せ合うようにして雑誌を読んだ。
 医療関係雑誌と言う事で、中身はほぼ普国プロイセン語であった為、二人掛かりで翻訳する事になったのだ。
 そうして解った事は、二十年と少し前に二人の学者によって、イソギンチャクの毒素を用いた動物実験が行われた事、その実験によって時間を置いて同じ毒素を接種された動物に全身性のショック症状を見せて亡くなった個体がしばしばいたと言う事。
 それらの結果故に、学者達が免疫と逆の反応であるとしてアナフィラキシーと言う名称を付けて発表したのだと言う所まで、医療用語辞典まで引っ張り出して読み解いた所で、図書館内外に大きく鐘の音が響いた。
 時計を見ると既に五時前で、閉館前の鐘であると悟った二人は、慌てて雑誌と辞書を書架に戻すと図書館を後にした。
「致死毒じゃなくても、回数重ねると死ぬとか、思っても見なかったな」
「でも、書かれていたショック時の症状は、ホーク君から聞いたMr.ウィルソンの亡くなった時の状況に似ていました。
 呼吸困難に血圧低下、赤いポツポツは蕁麻疹と言う事でしょう」
 近くの食堂に転がり込み、周囲の喧騒に紛れるようにイライアス・ホークが声を潜めれば、赤毛の青年に肩を寄せるようにして良行も言葉を続けた。
「ただ、そうなると犯人はどんな人物だろうな。このアナフラキシーと言うものを知っていると言う事は、犯人はそれなりの医学知識を持つかあの雑誌を読んだ人間と言う事にならないか?」
「どうでしょう……」
 友人の言葉に、しかし八嶋と言う島国で育った探偵小説家は何か引っ掛かりを感じて言葉を濁した。
 そもそも、何がトリガーになって起きたアナフラキシーショックなのか、それが問題だと良行は思ったのだ。

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