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2章 好奇心溢れる少年

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 次の瞬間、体が肩からどこかに転がり落ちた。
「あぐっ……!」
 痛みに悶絶する。唐突に車の走行音が聞こえ、慌てて顔を上げた。

(ここ……どこ!?)

 周囲を見回して呆然となる。
 背後にあったはずの蓮也の家がない。綺麗に消えている。近隣の家も見当たらない。

 その代わり、眼前には広々としたアスファルトの歩道があった。幅が五メートルはある歩道だ。中央にイチョウ並木があり、その向こうには洒落た洋風の家々が見えた。

 どの家も比較的新しい。周囲に人はおらず、車道には車がまばらに行き交っていた。綺麗に整備された閑静な住宅地だ。ここは、よく見知った場所──。

(なんで僕、こんなところに?)

 何度周囲を見ても、ここは天樹町の五丁目の、広い歩道だった。
 十羽が通勤でよく通る歩道である。おそらくまたタイムスリップしたのだ。図書館でしかタイムスリップできないと思い込んでいたため、驚いた。蓮也の家からタイムスリップするなんて。

 立ち上がり、もう一度慎重に周囲を見た。東の上空に太陽があるので、今は朝だとわかる。西暦は何年なのだろう。
 遠くから自転車に乗った男性の老人が現れ、不安げな十羽の横をのんびりと通り過ぎていった。白髪だが肌つやがいい、健康そうな老人だ。

「あ、あの、すみません!」
 十羽は咄嗟に声をかけた。
 老人が「ん?」と自転車を止める。
「何かね?」
「ちょっとお伺いしますが、今は西暦……何年でしたっけ?」

 苦笑しつつど忘れした振りをして尋ねると、老人は呆れたように笑った。
「おやおや、妙なことを聞くね。2021年だよ」
「あ、ありがとうございます!」
 ホッと胸をなで下ろす。2021年に無事、帰って来たのだ。

「それと、ここは天樹町の五丁目ですよね? どうして人がいないんですか」
 普段の朝ならこの歩道は、通勤と通学の人が行き交っているはず。
「そりゃあ今日は日曜だからねぇ。人がいるところへ行きたいなら商店街へ行ってごらんよ。この先にあるよ」

 五丁目から徒歩三分ほどの距離には、天樹商店街がある。
 十羽はもう一度老人に礼を言い、商店街に向かって歩いた。
 歩きながら、蓮也の家も商店街から徒歩で三分ほどだったな、と考えた。そして、あっ! と思い至る。

 五丁目はその昔、戦後から続く古い住宅地があった。20年ほど前に区画整理をし、閑静な住宅地に生まれ変わったと聞いたことがある。

 蓮也は古い住宅地に住んでいた。あの住宅地は区画整理される前の五丁目だったのだろう。先ほど転げ落ちた広い歩道に、かつては彼の家があったのだ。

(ということは蓮也君の家は、もうない……)

 彼の父親が修繕したあの一軒家は、今は存在しない。蓮也と父親は同じ五丁目か、あるいは別の町に転居したと考えられる。

 過去の世界で古い住宅地に見覚えがなかったことに合点がいった。十羽が物心つく頃にはもう、古い住宅地は消えていたのだから。32年という歳月の間に街は様変わりした。

 天樹商店街に足を踏み入れると、見慣れた店舗が建ち並んでいた。十羽がよく利用するコンビニやパン屋がある。コンビニに入って新聞を手に取ると、日付は2021年5月23日だった。

 図書館でタイムスリップしてから一日が経過している。過去で過ごした時間とほぼ同じだ。何はともあれ、無事に帰ってこられたことを心の底から安堵した。

 そして蓮也の顔が脳裏に浮かぶ。目の前で十羽が消えたのだ。相当驚いただろう。まともに別れも言えないままだった。

(ちゃんと、お別れを言いたかったな)

 1989年は10歳だった彼も、2021年の今は42歳。どんな大人になっただろう。どこで何をしているのだろう。

 ──会ってみたい。

 でも会って、なんと言う?
 あのときの未来人ですと言って、はたして信じてもらえるだろうか。32年前に出会った人が、同じ姿で目の前に現れたら……。普通は怖い、不気味だと思うのでは。友達だと言ってくれた彼に怖がられるのは切ない。

 それに案外、忘れられている可能性もある。十羽は一瞬で時を超えたけれど、蓮也にとってはあれから32年も経過しているのだから。
 42歳の蓮也はきっと、夢を叶えて腕の立つ家具職人になり、結婚して子どもをもうけ、幸せに暮らしているはず。小学生の頃に出会った変な未来人など忘れて。

 十羽は新聞をラックに戻し、ふうと息をついた。
 会って怖がられるくらいなら、現代の彼には関わらないほうがいいだろう。彼の家はすでに消え、どこへ移り住んだのかもわからないのだし。
 今の彼が幸せでありますようにと、十羽は心の中で願いながら帰路についた。
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