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貴族一家と還る墓
永遠の別離
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できるならクリスは、男の口を塞ぎたかった。
だが、今、無理矢理止めても何も変わらない。何より、ここで止めてしまえば、リゼットの感情が爆発するのは、目を見開いた彼女の表情から察せた。
「それも間抜けなもんだ。資財をつぎ込んで、いなくなった一人娘探しに没頭しすぎて、貴族から見放された結果、没落しちまったとさ。で、帝都もここも追い出された末に、近くの森で死体が見つかったんだってよ。今は町はずれの共同墓地の中だろうよ」
リゼットは、幽霊なのに呼吸すら難しくなるほど、動揺しているようだった。
「……そんな……」
「……本当なんですか? ただの噂じゃあなくて?」
クリスの問いに、男が頷いた。
「まず間違いねえな。ラウンドローグ家はそんなに有名な貴族じゃねえし、死ぬ前は奇行に走ったって言われるくらい散財してたから、誰も話題に取り上げなかっただけだぜ。名前を覚えてる奴も、そういねえだろうよ」
そう言ってから、男は鼻を鳴らして笑った。
「それにしても、消えちまった一人娘のせいで、そいつらはひでえ目に遭ったな。ガキ一人の為に没落までしちまうなんざ、流石に同情しちまうよ、だろ?」
けらけらと笑う男とは真逆で、クリスは何も言えなかった。
彼の話が全て本当なら、リゼットの家族は、彼女が思っている以上に娘を心配していた。それこそ、私財を投げうって彼女を探すくらいに。
だが、その過程には、イザベラやアルヴァトーレ家の妨害があったに違いない。どれだけ頑張ったところで、きっとリゼットがどこで死んだのか、どうして死んだのか、情報は欠片も掴めなかっただろう。
そうして、我を忘れて、最後には命すら失った。
あんまりな最期を迎えた家族を想い、リゼットは平常心でいられるのか。
「……リゼット……」
彼女の心を案じたクリスが声をかけても、何の返事もなかった。
違和感を覚えた彼が振り向くと、既に彼女の姿はどこにもなかった。
「リゼット? リゼット、どこに行ったんだ!?」
キョトンとする男などすっかり無視して、クリスは辺りを見回すが、彼女は影も形もない。気配すら感じないのを悟り、クリスの額を汗が伝った。
(まさか、さっきの話でショックを受けて、幽体化したのか……一度幽体化して、完全に見えなくなれば、俺やカムナ達でも探せなくなる! まずい、何か良くないことを考えてないといいけど……!)
危機感を覚えるのと、彼が別荘を飛び出すのは、ほぼ同時だった。
どこに行ったのかは分からないが、とにかく一度、仲間のもとに戻るべきだと思った。
あれだけの強烈なショックを受けたリゼットが、何をしでかすか分からない。普段は気丈に振る舞っているからこそ、これほどの凄まじいショックが、彼女にどんな影響を及ぼすか――考えただけで、ぞっとする。
そんな状況を一人で解決できるほど、クリスは慢心していなかった。仲間の力を借りなければいけないと思ったからこそ、彼はホープ・タウンの宿へと向かった。
幸いにも、町から宿までは遠くない。クリスの身体能力なら、なおさらだ。
たちまち宿のある通りまで戻ってきたクリスだが、目的地に辿り着く必要はなかった。
「あっ、クリス! ちょうどいいところに来たわ!」
カムナとフレイヤ、マガツがこちらに歩いてきているからだ。
慌てている為か、やや息が上がったまま、クリスが聞いた。
「カムナ! 俺も用事があるんだよ、リゼットを見なかったかい!?」
「そのリゼットの話よ、癪だけど」
そう答えるカムナの表情は、不服さの中に心配も混じっていた。
「……リゼットの話?」
「ああ、少し前に宿にリゼットが戻ってきた! ひどく狼狽した様子で、体も半分透けていたぞっ! どうしてか聞いたが、何も答えずに部屋に戻ってしまった!」
フレイヤの隣で、マガツも頷いた。
「マガツ、ドアを叩いて聞いたの。クリスはどこ、って。そしたら、今は話しかけないでって言われたの。あと、泣いてたよ」
今まで一度だって、そんな様子のリゼットを見たことがないのは、仲間も同じだ。
基本的にはツッコミ役、どんな時でもポジティブシンキング。クリスのことになれば自分が一番でなければ気が済まない、ノブレスオブリージュの体現者。そんなリゼットが、ここまで弱る様を見れば、誰も心配せずにはいられない。
「……クリス、リゼットに何があったの?」
少しだけ、クリスは返答に困ったが、正直に話すほかなかった。
「家族がどうなったのか……別荘の管理人から、聞いたんだ」
これだけで、仲間達は何があったのかを察した。
リゼットが咽び泣くほどの結末だったのは、想像に難くないだろう。
「しばらくはそっとしてあげて。明日のダンジョン探索も、休みにしよう」
「……分かったわ」
カムナを含め、全員が頷いた。
今はそっとしておくしか、誰にも、何もできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ひっく、えぐ……」
薄暗い部屋の中で、布団にくるまり、リゼットは泣いていた。
鼻水でシーツが汚れ、目元が真っ赤になっても、彼女の涙は止まらなかった。
(なんで、なんで……わたくしが死んでいる間に、お父様も、お母様も死んでいたなんて……わたくしを探して、死んでしまうなんて……!)
家族が死んだ。自分のせいで死んだ。
事実に気付かないまま、幽霊になって日々を謳歌していた。
あまりにも愚かな自分を許せないリゼットは、えづくような泣き声を抑えられなかった。後悔と悲しみ、苦しみの感情が、涙となってずっと溢れ続けていた。
幽霊なのに、目が痛い。幽霊なのに、心臓が苦しい。
(会いたい、会いたいですわ……一度会って、謝りたい……)
たくさんの痛みを吐き出せないまま、リゼットはただ願った。
(その為なら……何だってできますのに……!)
叶いもしない願いは、ただただ閉じた瞳から流れるばかりだった。
だが、今、無理矢理止めても何も変わらない。何より、ここで止めてしまえば、リゼットの感情が爆発するのは、目を見開いた彼女の表情から察せた。
「それも間抜けなもんだ。資財をつぎ込んで、いなくなった一人娘探しに没頭しすぎて、貴族から見放された結果、没落しちまったとさ。で、帝都もここも追い出された末に、近くの森で死体が見つかったんだってよ。今は町はずれの共同墓地の中だろうよ」
リゼットは、幽霊なのに呼吸すら難しくなるほど、動揺しているようだった。
「……そんな……」
「……本当なんですか? ただの噂じゃあなくて?」
クリスの問いに、男が頷いた。
「まず間違いねえな。ラウンドローグ家はそんなに有名な貴族じゃねえし、死ぬ前は奇行に走ったって言われるくらい散財してたから、誰も話題に取り上げなかっただけだぜ。名前を覚えてる奴も、そういねえだろうよ」
そう言ってから、男は鼻を鳴らして笑った。
「それにしても、消えちまった一人娘のせいで、そいつらはひでえ目に遭ったな。ガキ一人の為に没落までしちまうなんざ、流石に同情しちまうよ、だろ?」
けらけらと笑う男とは真逆で、クリスは何も言えなかった。
彼の話が全て本当なら、リゼットの家族は、彼女が思っている以上に娘を心配していた。それこそ、私財を投げうって彼女を探すくらいに。
だが、その過程には、イザベラやアルヴァトーレ家の妨害があったに違いない。どれだけ頑張ったところで、きっとリゼットがどこで死んだのか、どうして死んだのか、情報は欠片も掴めなかっただろう。
そうして、我を忘れて、最後には命すら失った。
あんまりな最期を迎えた家族を想い、リゼットは平常心でいられるのか。
「……リゼット……」
彼女の心を案じたクリスが声をかけても、何の返事もなかった。
違和感を覚えた彼が振り向くと、既に彼女の姿はどこにもなかった。
「リゼット? リゼット、どこに行ったんだ!?」
キョトンとする男などすっかり無視して、クリスは辺りを見回すが、彼女は影も形もない。気配すら感じないのを悟り、クリスの額を汗が伝った。
(まさか、さっきの話でショックを受けて、幽体化したのか……一度幽体化して、完全に見えなくなれば、俺やカムナ達でも探せなくなる! まずい、何か良くないことを考えてないといいけど……!)
危機感を覚えるのと、彼が別荘を飛び出すのは、ほぼ同時だった。
どこに行ったのかは分からないが、とにかく一度、仲間のもとに戻るべきだと思った。
あれだけの強烈なショックを受けたリゼットが、何をしでかすか分からない。普段は気丈に振る舞っているからこそ、これほどの凄まじいショックが、彼女にどんな影響を及ぼすか――考えただけで、ぞっとする。
そんな状況を一人で解決できるほど、クリスは慢心していなかった。仲間の力を借りなければいけないと思ったからこそ、彼はホープ・タウンの宿へと向かった。
幸いにも、町から宿までは遠くない。クリスの身体能力なら、なおさらだ。
たちまち宿のある通りまで戻ってきたクリスだが、目的地に辿り着く必要はなかった。
「あっ、クリス! ちょうどいいところに来たわ!」
カムナとフレイヤ、マガツがこちらに歩いてきているからだ。
慌てている為か、やや息が上がったまま、クリスが聞いた。
「カムナ! 俺も用事があるんだよ、リゼットを見なかったかい!?」
「そのリゼットの話よ、癪だけど」
そう答えるカムナの表情は、不服さの中に心配も混じっていた。
「……リゼットの話?」
「ああ、少し前に宿にリゼットが戻ってきた! ひどく狼狽した様子で、体も半分透けていたぞっ! どうしてか聞いたが、何も答えずに部屋に戻ってしまった!」
フレイヤの隣で、マガツも頷いた。
「マガツ、ドアを叩いて聞いたの。クリスはどこ、って。そしたら、今は話しかけないでって言われたの。あと、泣いてたよ」
今まで一度だって、そんな様子のリゼットを見たことがないのは、仲間も同じだ。
基本的にはツッコミ役、どんな時でもポジティブシンキング。クリスのことになれば自分が一番でなければ気が済まない、ノブレスオブリージュの体現者。そんなリゼットが、ここまで弱る様を見れば、誰も心配せずにはいられない。
「……クリス、リゼットに何があったの?」
少しだけ、クリスは返答に困ったが、正直に話すほかなかった。
「家族がどうなったのか……別荘の管理人から、聞いたんだ」
これだけで、仲間達は何があったのかを察した。
リゼットが咽び泣くほどの結末だったのは、想像に難くないだろう。
「しばらくはそっとしてあげて。明日のダンジョン探索も、休みにしよう」
「……分かったわ」
カムナを含め、全員が頷いた。
今はそっとしておくしか、誰にも、何もできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ひっく、えぐ……」
薄暗い部屋の中で、布団にくるまり、リゼットは泣いていた。
鼻水でシーツが汚れ、目元が真っ赤になっても、彼女の涙は止まらなかった。
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家族が死んだ。自分のせいで死んだ。
事実に気付かないまま、幽霊になって日々を謳歌していた。
あまりにも愚かな自分を許せないリゼットは、えづくような泣き声を抑えられなかった。後悔と悲しみ、苦しみの感情が、涙となってずっと溢れ続けていた。
幽霊なのに、目が痛い。幽霊なのに、心臓が苦しい。
(会いたい、会いたいですわ……一度会って、謝りたい……)
たくさんの痛みを吐き出せないまま、リゼットはただ願った。
(その為なら……何だってできますのに……!)
叶いもしない願いは、ただただ閉じた瞳から流れるばかりだった。
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