追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

文字の大きさ
115 / 133
探索者ライフ①フレイヤの酒騒動!

依存症の恐怖!

しおりを挟む
 禁酒から四日目。
 クリス・オーダーが寝泊まりする宿は、夜にはすっかり静まり返る。誰も酒盛りをしないし、そもそも女亭主が許さない。
 だから、灯りが消えれば廊下を歩き、階段を下りる者もいなくなる。

「……ふう、ふう……」

 そんな宿の調理場で、ごそごそとうごめく影が一つ。
 泥棒でも、ましてや殺人鬼でもない――フレイヤだ。
 四日も酒を断っていた彼女はいまや、無意識に酒を求めるモンスターと化していた。といっても、宿はクリス達に協力しているため、手の届く範囲に酒を置いていない。
 だが、彼らは一つだけ忘れていた。
 調理場に必ず置いてある、料理酒のことを。

「り、料理用の……これを一滴、そうだ、一滴だけ……」

 ぐっと料理酒の入った瓶を掴むフレイヤの目元には、恐ろしいほどのができている。安眠しているのにも関わらず、ストレスが溜まっているのだ。
 この酒を少し口にすればおさまるだろうが、フレイヤにもまだ良心は残っているようで、瓶を床に置いて頭を抱えた。

「ああ、ダメだ、ダメだ! 何を考えているんだ私は、クリス君達の信頼を損なうことになるんだぞ!」

 自分を戒める言葉を吐き散らすフレイヤは、ちらりと酒瓶に目をやる。
 あれを一口だけ。一口だけでいいのだ。
 自分のためだと叱られる。ならば、仲間のために飲めばいいのだ。

「で、でも……少しだけ……仕方ない、偶然料理酒があったから、うん、人気の探索者が毒を盛られるのはよくある! 仲間のための毒見というわけだ!」

 彼女はとても聖騎士パラディンとは思えないようなひどい責任転嫁と共に、とうとう瓶をしっかと握りしめた。どう見ても、二度離すつもりはないらしい。
 小刻みになる呼吸と震える指が、ゆっくりと瓶の口を彼女の唇に近づける。
 あと少し、ほんの少しでこの苦しみから逃れられる。

「では早速、失礼して――」

 禁酒のことなどすっかり忘れたふりをして、遂にフレイヤは酒を飲もうとした――。



「――うん、仲間に対して失礼だね、フレイヤ」
「ひゃあああっ!?」

 だが、不意に聞こえた声のせいで、酒瓶を落としてしまった。
 心臓が爆発しそうなほど高鳴るのをどうにか抑えながら、フレイヤは滝のような汗と共に振り返った。調理場の入り口に立っているのは、当然クリスだ。

「く、くくく、クリス君!? いつからそこに!?」
「言い訳をし始めた頃からかな。でも、いるのは俺だけじゃないよ」

 うろたえるフレイヤの前に、暗がりからカムナとリゼット、マガツが姿を現した。
 誰も彼も、酒に逃げようとしたフレイヤを侮蔑の目で睨んでいる。

「あんたねえ、いくらなんでもそれはありえないわよ」
「わたくしもいましてよ。まさか依存症の恐ろしさの一端を仲間で見る羽目になるとは、思いもしませんでしたわ」
「マガツ、知ってる。人間は愚か」

 こうとまで責められても、フレイヤはまだ酒の未練を断ち切れないでいた。
 ちらちらと料理酒の瓶を見ているのが、その証拠だ。

「き、聞いてくれ! やっぱりこんなやり方は間違っていると思うんだ! 禁酒というのはだな、最初は少しずつ量を減らして、そうして完全に断っていくものだろう!?」
「そうだね。同じ言い訳を三回は聞いたね」
「あの時は意志が弱かった! 今回は違うんだ、信じてくれ!」

 信じてくれとは言うが、今のフレイヤのさまを見て、誰が信じられるだろうか。
 仲間達の尽力を無下にして、あさましい言い訳まで並べて、料理用の酒を飲もうとする。仲間の責任も多少はあるかもしれないが、もうその段階の話ではない。
 そしてこんな彼女を何度も許すほど、仲間達は優しくもない。

「……こんなフレイヤは、もう見たくないよ」
「え?」

 クリスのため息は、今までとは違った。
 フレイヤの体から力が抜けていくのと同時に、辺りが急に暗くなった。酒を断っていたせいか、あるいは恐怖に呑まれたからだろうか。
 見えるのは、遠くに離れていく仲間達だけだ。

「嘘をついてまで酒を飲むなんて、ケーベツしたわ。二度と顔を見せないで」

 カムナが冷たい目で睨むのを最後に、すたすたと暗闇の中へ消えてゆく。

「そのまま酒に溺れて、惨めな最期を一人で迎えていなさいな」
魔獣メタリオもフレイヤはきらい。マガツもきらい」

 慌ててフレイヤが仲間達を追いかけようとするが、足に力が入らない。
 床にべたりと転がり込んだ彼女が手を伸ばしても、誰一人として優しさを見せない。

「ま、ま、待ってくれ! 今度こそお酒をやめる、だから……!」

 それでも必死に、酒のことも忘れて喚くフレイヤだったが、もう後の祭り。

「じゃあね、フレイヤ。君とのパーティーは解消だ」

 クリスの姿がぱっと消えて、フレイヤは一人、闇の底に取り残された。
 一滴の酒を求めた彼女は、本当に大事なものを失った。
 罪を犯した者は、永遠に後悔しながら暗い闇をさ迷い続けた――。





「――わあああああっ!?」

 ――そして、大声と共に飛び起きた。
 汗びっしょりの顔で目覚めたフレイヤの表情は迫真そのもので、コップ一杯分はあろうかという手汗は確かに恐怖を覚えた証拠だ。
 彼女が酒を求めたのも、仲間から捨てられたのも、すべては夢であった。

「……夢、か……あまりにも、生々しすぎるぞ……!」

 しかし、フレイヤはただの夢だと切り捨てられなかった。
 彼らの好意に甘え続けていれば、いずれ現実になりかねない。

(いいや、分かっている。このままではきっと、また酒に手を付けてしまう。クリス君や仲間の助けを無下にして、また失望させてしまう!)

 アロマの漂う部屋の匂いすら変えてしまうほどの汗の中、フレイヤは布団を握り締めた。

(……やるしかない! 自分を変えるべく、死地に赴く必要があるんだっ!)

 闇の奥で、フレイヤの瞳に炎が灯った。
 彼女は決めたのだ。自分のすべてを投げうってでも、酒を断つのだと。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。