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おにぎりランチタイム

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「――来てくれてありがとうございます、尾神くん!」

 ワクワクした気分で始まった昼休みは、天童子さんのはにかみ顔から始まった。
 彼女との約束通り、俺は校舎の屋上に来た。生徒のために解放されている屋上は、普段なら学年や性別を問わず、生徒が集まる憩いの場だ。
 でも、今日だけは違う。誰も彼もが気を利かせてくれたのか(あるいは屋上階段の辺りにいる門下生が追い払ってくれたのか)、ここにいるのは俺と彼女だけ。
 ちなみにライドは胸ポケットの中にいるけど、俺と天童子さんが一緒にいる間は余計なことするなってくぎを刺しておいた。実際、今のところはだんまりで何もしてない。

 要するに、二人きりのランチタイムだ。
 これ以上にハッピーな時間が他にあるだろうか、いやない。

「それでさ、俺なんかを呼んだ理由が気になる……あっ」

 で、こんな風に浮かれてたから、俺はついうっかりタメ口でしゃべってしまうわけだ。
 やばい、と思った時には、天童子さんはきょとんとしてた。

「あ、ご、ごめん! シルバー・サムライにタメ口なんか聞いちまって!」
「ううん、気にしてないよ? そんなに謝らないで……」
「いやいや、俺みたいなのが馴れ馴れしいのも良くないと思うんだけども!」

 わたわたと慌てる俺を見て、天童子さんはくすっと笑った。

「それじゃあ、ごほん。菜々華って呼んでくれたら嬉しいな、黒鋼くん!」
「え?」

 そうして、愛らしい咳払いの後に、俺の名前を呼んでくれた。
 今度は俺の方がきょとんとするのを見て、天童子さんは照れ隠しのように微笑んだ。

「……な、仲良くなるにはくだけた態度が大事だって、おじいちゃんが教えてくれたから実践してみたの。変だった、かな?」

 ――天使だ。
 天童子さんはこの暗く冷たい世界に舞い降りた天使だ、間違いない。

「じゃあ、その……菜々華、さん?」
「菜々華でいいよ♪」
「……よろしく、菜々華」
「よろしくね、黒鋼くん! 実はね、門下生の皆やおじいちゃんとしか話す機会がないし、皆も遠慮しちゃうから、こうやって名前を呼べる関係に憧れてたの!」

 なるほど、人に尊敬される人物ってのは、相応の悩みがあるんだな。
 で、俺はこれほどに素晴らしい天使と名前を呼び合っている。信じられないほど早く詰まっていく距離感は多幸感に溢れてて、もしも今から「急だがお前は死刑だ」と言われてもすんなり受け入れられる。それくらい、この時間がたまらなく嬉しいんだよ。
 ああ、もう、幸せすぎてこのまま天に昇ってしまいそうだ。

「それじゃ、早速お昼にしよっか!」

 おっと、いけない。本題のランチを忘れてた。
 うきうきを抑えられない俺の傍で、菜々華は鞄から弁当箱を取り出した。
 ぱか、と開いた中身は、ぎゅっと詰め込まれた海苔巻きおにぎりだ。

「こっちが黒鋼くんのおにぎりで……」

 大きめのおにぎりは、男子生徒にぴったりのサイズだ。もしかすると、お弁当が余ったからとかじゃなくて、俺のために作ってくれたのかな――。

「こっちが私のおにぎりだよ♪」

 なんて俺の妄想は、菜々華が掴み上げたもう一つのおにぎりで吹き飛んだ。

(でかっ!)

 なんせ、菜々華のおにぎりは俺の分の十倍ほども巨大だったんだ。
 重箱ほどもあるお弁当箱にみちみちと詰まった、超巨大おにぎり。ラップにくるまれたそれは、どう見ても菜々華の顔くらい大きい。実家が有名な剣術道場らしいし、ダンジョン配信と併せてタフな生活をしてる分、いっぱい食べるんだな。
 ということにしておこう、うん。

「いただきまーすっ♪」
「いただきます!」

 俺は菜々華お手製のおにぎりにかぶりついた。
 白米の中から出てきたのは、シャケにこんぶ、おかか。いわゆる“ばくだんおにぎり”ってやつは、濃い目の味付けの具が食欲を後押ししてくれる。美味い。
 一方で俺の隣では、菜々華が大口を開けてドデカおにぎりを食べていた。

「むぐむぐ、まぐ、もぐもぐ」

 ハムスターのように頬を膨らませる菜々華は、小動物みたいでかわいい。
 そもそも何をしたってかわいいんだ、食事風景がかわいくないわけがない。

「はぐ、もぐもぐ、はぐはぐ」

 ……すげえ食べるな。
 あっという間に文字通りの爆弾おにぎりが消えて、もう2個目のおにぎりを大口を開けて食べてる。相撲部顔負けだな、この食欲は。

「まぐもぐ……んむっ!?」

 あ、こっちに気付いた。

「えっと……そんなにじっと見られると、恥ずかしいかも……」

 頬を赤く染めて、菜々華はちょっとだけ口を小さくしておにぎりを食べる。
 大食いなのを気にしてるのもかわいいし、それでも食べるのをやめないのもかわいいし、もう全部かわいい。いっぱい食べる君につられて、俺もおにぎりを口に運ぶ。

 こうしてあっという間に、俺と彼女の手からおにぎりはなくなった。

「ふう、ごっそさん。ありがとな、菜々華。すっげえ美味しかったよ」
「お粗末様でした!」

 弁当箱を菜々華が片付ける頃には、特に会話をたくさん交わしたわけでもないのに、なんだかとても仲良くなっているような気がした。それこそ、菜々華って呼ぶのに抵抗感もなくなってたし、彼女のよそよそしさも感じられない。
 おにぎり一つで、俺と彼女の仲がぐっと深まったって、はっきりと言えた。
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