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思惑
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携帯電話は、また不通だった。
虎徹は苛々と電話を放り投げ、腹立ちと――それとはまた異なる別の不可解で不快な気持ちで小さく舌打ちをした。
電話をかけた先は凌だ。
いい加減、次の試合の予定を立てたいのだが、だいぶ前に渋い返事を寄越してから音沙汰がない。一応彼の住所は知っているから何度かドアを叩いてみたのだが、それも留守ばかりだった。
凌の居場所など、そう多くない。
自宅が八割、残りの二割は虎徹とうろついているか、だ。
それなのに、ここ最近全く見かけない。普段彼らがたむろしている場所に顔を出しているという話も聞いていなかった。
(いったい、どこにいるんだ?)
彼は虎徹の手の中で踊る人形のようなものの筈なのに、そのコントロールが失われつつある。
それが虎徹には気に入らなかった――非常に。
不機嫌に爪を噛む彼の隣から、不意に、声が上がる。
「ねえ、次の試合って、いつなの?」
そちらに目をやると、眠っていると思っていたナナが肘をついて彼を見上げていた。むき出しの背中には、いつもより疲れの色が見える。凌に対する苛立ちを彼女にぶつけたから少々扱いが手荒になってしまって、果てた後、殆ど失神するように眠りに落ちていたのだが。
彼女は再びパタリと枕に伏せて、半分目を閉じた状態で問うてくる。
「前のから、結構経ってるでしょ? 試合がないと、リョウに会えないんだもん。ねえ、次はいつ?」
「さあな」
それはあいつに訊いてくれ、と心の中で毒づきつつ、虎徹は肩を竦める。と、ナナは訝しげに眉をしかめた。
「なんか、最近、リョウと全然一緒にいないじゃん。どうかしたの?」
「知らねぇよ」
「ええ? どっか行っちゃった訳じゃないんでしょ?」
「知るか」
「何それ。ちぇ。逢いたいなぁ」
そう言うと、ナナはゴロリと仰向けになった。
そんな彼女を横目で見ながら、虎徹はこんな状況になったのはいつからだったろうかと振り返る。
最初に、凌が住んでいる部屋に行った時に肩透かしを食らったのは、二ヶ月ほど前のことだ。元々あまり足繁く通っていたわけではないが、たいていの場合、訪ねれば彼はそこにいた。
食って、寝て、時に戦って。
凌にはそれしかないのだから、当然だ。
他にすることなど、ありはしない。
彼が自ら意思や感情を持って動くということは、ないのだ。
凌の行動は、全て受動的だった。
女と遊ぶ時も、相手が求めるから応じる、それだけ。
賭け試合で無理難題を持ち出しても、二つ返事で頷く。
虎徹が引っ張り出さなければ、彼は自分の巣からは出てこない。寝床代わりのマットレスしか置いていないような部屋で、ただ時間が流れるのを待っているだけの男なのだ。
さながら、『ボス』に従う野生の獣のようで。
あまりに無為な凌の生き方に、大したことをしていない虎徹でも呆れることがしばしばだった。
(少なくとも、オレはこの人生を楽しんでいる)
だが、凌はいったい何の為に生きることを続けているのか、虎徹にはさっぱりわからなかった。
――今までは。
それが、変化している。
(奴は、何を見つけたんだ?)
何かが、凌の生活パターンを変えた。その『何か』は何なのか。
虎徹は時をさかのぼって記憶を辿ってみる。
そう言えば、凌の様子に違和感を覚えたことが、一度だけあった。あれは確か五月か――少なくとも梅雨に入る前の頃だった筈だ。
コンビニで、彼は女店員を前に何か話していた。
あの時の凌は、いつもと同じ仏頂面に、いつもとは違う色を滲ませていた。そこが気になって、虎徹はちょっかいを出したのだ。およそ感情らしい感情を見せたことのない彼がその時わずかに表情を変えたことに、「おや」と思ったことを覚えている。
そして、それから更にしばらくして、彼は花を買った。小さな鉢植えを。
思えば、あの頃からだ。
溜まり場にも顔を見せず、女遊びに誘っても応じず、携帯に電話をしても出なくなったのは。
「花――」
ポツリと呟いた虎徹に、ウトウトとしかけていたナナが重たげに目蓋を上げた。
「何?」
「別に」
うわの空で彼女に返しながら、虎徹は頭の中で凌が手にしていた花のことを考える。花のこと、そしてそれを受け取った相手のことを。
キャバ嬢は、あんな地味な鉢植えを喜ぶまい。
そもそも、けばけばしい女に入れ込む凌の姿も、思い浮かばない。そんな女たちに群がられても、彼は顔色一つ変えやしないのだから。
しょぼい鉢植えが似合い、凌が肩入れしそうな女――
あの時凌が話していたコンビニの女店員は、いかにもそれらしかった。
滅多に自分からは動かない凌が稀に関心を見せることがあるものは、『弱き者』だ。
基本的には売られたケンカしか買わない彼が率先して手を出し――結果少年院送りになった傷害事件も、絡まれた少女を助けようとしたのがきっかけだった。
虎徹からすればあんな時間にあんな服装でこの街を歩いていたのだから何をされても文句は言えないと思ったものだが、少女が数人の男に路地裏に引っ張り込まれそうになっている様子を見て、凌は虎徹に止める隙を与えずそちらへ突っ込んでいってしまったのだ。
凌は感情を見せることがない。
しかし、あの時は明確な怒りがあった。まるで炎が噴き出しているかのように、それが感じられた。
凌の生い立ちを考えれば、その理由を推測することは簡単だ。どうせ、妹のことでも頭に浮かんだのだろう。
凌が少年院に入れられていたあの一年半、何と退屈でストレスが溜まったことか。
現に、あの辛気臭い面を拝めない最近は、またイライラが募ってきている。
(さて、どうしてやろうかな)
新宿の一角にあるあのコンビニには、虎徹も時々寄っていた。興味がなかったから例の店員には全く気を留めていなかったが、彼女はまだあそこで働いていた筈だ。
名前は何と言っただろうか。
思い出せなかったが、他に女のアルバイトはいないから、名前は必要ないだろう。
虎徹は携帯を手に取り、手下の一人にメールを送る。その男は、小さな手がかりから大きな情報を手に入れられる、便利な奴だった。
そうしながら、彼はあの店員の無垢そうな――子どもっぽい顔を思い返す。
幸せで明るい道だけを歩いて来たような顔を。
だが、誰にでも、醜い過去の一つや二つはある筈だ。汚いことなど知りません、という顔をしていても、そんなのは見せかけに過ぎない。本当にキレイな人間など、ごくごく稀にしかいない。
きっとあの店員も、叩けば埃を出せるだろう。
一点の曇りもない、隅々まで清廉で美しい、そんな人間を――女を、虎徹は一人しか知らなかった。三年前に亡くなった養母を思い出す時、虎徹の脳裏には穏やかな微笑みしか浮かばない。
彼女は類稀なる存在だ。
彼女は夫から強いられた理不尽な現実にも拘らず、いつでも彼に優しく温かく接してくれた。
あんな女は、他にいやしない。
虎徹の実母は金と引き換えに彼を虎刀《ことう》に引き渡したようなものだし、今、彼に集まってくる女たちも似たような連中ばかりだ。何度か少し趣の違う女も現れたが、しばらくするとすぐに化けの皮が剥がれた。
(あの店員も同じさ)
のぼせた凌に、現実を突き付けてやろう。そうすれば、彼の頭も冷えてまた虎徹の元に戻ってくる。
――何もなければ、何か作ってやればいい。
そんなのは至極簡単な事だった。
虎徹は煙草を取り、火を点ける。
「もう一声、欲しいかな」
あの店員についての報告が届くまでに、もう一滴、毒を垂らしておきたいところだ。虎徹は深々と煙を胸に吸い込み、しばらく溜めてから、ゆっくりと吐く。
そうして、隣で眠る女を見下ろした。
「おい、起きろよ」
ひんやりとした肩を揺すると、ナナは眉間に皺を寄せながら低く呻く。
「何よ……」
「あいつには女ができたぞ」
「え?」
虎徹の台詞に、何のことか解からないというふうに、彼女が眉をひそめた。彼は肩を竦めて続ける。
「凌だよ。女ができた。そう言やあいつ、花を贈ってたんだよな」
「ウソ!」
裸の胸がむき出しになるのも構わず、ナナが跳ね起きる。両手を突いて、身を乗り出すようにして虎徹に食って掛かった。
「そんなの、ウソよ!」
「嘘じゃねぇよ。ほら、オレ等の溜まり場あるだろ? あそこから駅に行く途中にコンビニがあるのを覚えてるか?」
「えぇっと……うん」
「あそこの店員だよ」
「え、女の店員なんていた?」
「何ヶ月か前に入ったんだよ。結構、入り浸ってるぜ、あいつ」
薄く笑いながら虎徹が言うと、ナナはキリと唇を噛んだ。きつく噛み締められたそこからは、今にも赤い雫が滴り落ちそうだった。
「想像できるか? あいつ、こんなくらいの鉢植え持ってさ、その女に会いに行ってんの。それがまた、えらく可愛らしい袋に入れられててさ。全然、似合わなかったぜ」
ナナの顔は、虎徹が言葉を重ねるごとに険しくなっていく。
虎徹は彼女に気付かれぬように微かな笑みを浮かべた。単純な女だ。目の前で赤い布を振れば、それしか頭に入らなくなる。
どいつもこいつも、くだらない。
「あんな凌、オレも初めて見たなぁ。なんか、メロメロって感じ?」
「そんなの信じらんない!」
爛々と目を光らせたナナは、唸り声を上げている猫のようで、お世辞にも美しいとは言えなかった。だが、何故かシナを作ってしなだれかかってくる彼女よりも、虎徹の気をそそる。
虎徹は彼女の肩を掴み、枕へと押し付ける。
「ちょっと、コテツ! 放してよ! そのコンビニに行ってくるんだから!」
彼を跳ね除けて起き上がろうとするナナを、力で捻じ伏せた。そうして、唇を奪う。
この浅はかな女では立てられたとしても、せいぜいわずかな細波程度だろう。だが、本命の仕掛けが届くまでの、多少の暇つぶしにはなってくれる。
抗う肢体を力任せに蹂躙すれば、怒りの声は次第に違う響きを帯び始める。
(どいつもこいつも、オレの玩具になってりゃいいんだよ)
艶のあるナナの悲鳴を無感動に聞き流しながら、虎徹はひっそりとほくそ笑んだ。
虎徹は苛々と電話を放り投げ、腹立ちと――それとはまた異なる別の不可解で不快な気持ちで小さく舌打ちをした。
電話をかけた先は凌だ。
いい加減、次の試合の予定を立てたいのだが、だいぶ前に渋い返事を寄越してから音沙汰がない。一応彼の住所は知っているから何度かドアを叩いてみたのだが、それも留守ばかりだった。
凌の居場所など、そう多くない。
自宅が八割、残りの二割は虎徹とうろついているか、だ。
それなのに、ここ最近全く見かけない。普段彼らがたむろしている場所に顔を出しているという話も聞いていなかった。
(いったい、どこにいるんだ?)
彼は虎徹の手の中で踊る人形のようなものの筈なのに、そのコントロールが失われつつある。
それが虎徹には気に入らなかった――非常に。
不機嫌に爪を噛む彼の隣から、不意に、声が上がる。
「ねえ、次の試合って、いつなの?」
そちらに目をやると、眠っていると思っていたナナが肘をついて彼を見上げていた。むき出しの背中には、いつもより疲れの色が見える。凌に対する苛立ちを彼女にぶつけたから少々扱いが手荒になってしまって、果てた後、殆ど失神するように眠りに落ちていたのだが。
彼女は再びパタリと枕に伏せて、半分目を閉じた状態で問うてくる。
「前のから、結構経ってるでしょ? 試合がないと、リョウに会えないんだもん。ねえ、次はいつ?」
「さあな」
それはあいつに訊いてくれ、と心の中で毒づきつつ、虎徹は肩を竦める。と、ナナは訝しげに眉をしかめた。
「なんか、最近、リョウと全然一緒にいないじゃん。どうかしたの?」
「知らねぇよ」
「ええ? どっか行っちゃった訳じゃないんでしょ?」
「知るか」
「何それ。ちぇ。逢いたいなぁ」
そう言うと、ナナはゴロリと仰向けになった。
そんな彼女を横目で見ながら、虎徹はこんな状況になったのはいつからだったろうかと振り返る。
最初に、凌が住んでいる部屋に行った時に肩透かしを食らったのは、二ヶ月ほど前のことだ。元々あまり足繁く通っていたわけではないが、たいていの場合、訪ねれば彼はそこにいた。
食って、寝て、時に戦って。
凌にはそれしかないのだから、当然だ。
他にすることなど、ありはしない。
彼が自ら意思や感情を持って動くということは、ないのだ。
凌の行動は、全て受動的だった。
女と遊ぶ時も、相手が求めるから応じる、それだけ。
賭け試合で無理難題を持ち出しても、二つ返事で頷く。
虎徹が引っ張り出さなければ、彼は自分の巣からは出てこない。寝床代わりのマットレスしか置いていないような部屋で、ただ時間が流れるのを待っているだけの男なのだ。
さながら、『ボス』に従う野生の獣のようで。
あまりに無為な凌の生き方に、大したことをしていない虎徹でも呆れることがしばしばだった。
(少なくとも、オレはこの人生を楽しんでいる)
だが、凌はいったい何の為に生きることを続けているのか、虎徹にはさっぱりわからなかった。
――今までは。
それが、変化している。
(奴は、何を見つけたんだ?)
何かが、凌の生活パターンを変えた。その『何か』は何なのか。
虎徹は時をさかのぼって記憶を辿ってみる。
そう言えば、凌の様子に違和感を覚えたことが、一度だけあった。あれは確か五月か――少なくとも梅雨に入る前の頃だった筈だ。
コンビニで、彼は女店員を前に何か話していた。
あの時の凌は、いつもと同じ仏頂面に、いつもとは違う色を滲ませていた。そこが気になって、虎徹はちょっかいを出したのだ。およそ感情らしい感情を見せたことのない彼がその時わずかに表情を変えたことに、「おや」と思ったことを覚えている。
そして、それから更にしばらくして、彼は花を買った。小さな鉢植えを。
思えば、あの頃からだ。
溜まり場にも顔を見せず、女遊びに誘っても応じず、携帯に電話をしても出なくなったのは。
「花――」
ポツリと呟いた虎徹に、ウトウトとしかけていたナナが重たげに目蓋を上げた。
「何?」
「別に」
うわの空で彼女に返しながら、虎徹は頭の中で凌が手にしていた花のことを考える。花のこと、そしてそれを受け取った相手のことを。
キャバ嬢は、あんな地味な鉢植えを喜ぶまい。
そもそも、けばけばしい女に入れ込む凌の姿も、思い浮かばない。そんな女たちに群がられても、彼は顔色一つ変えやしないのだから。
しょぼい鉢植えが似合い、凌が肩入れしそうな女――
あの時凌が話していたコンビニの女店員は、いかにもそれらしかった。
滅多に自分からは動かない凌が稀に関心を見せることがあるものは、『弱き者』だ。
基本的には売られたケンカしか買わない彼が率先して手を出し――結果少年院送りになった傷害事件も、絡まれた少女を助けようとしたのがきっかけだった。
虎徹からすればあんな時間にあんな服装でこの街を歩いていたのだから何をされても文句は言えないと思ったものだが、少女が数人の男に路地裏に引っ張り込まれそうになっている様子を見て、凌は虎徹に止める隙を与えずそちらへ突っ込んでいってしまったのだ。
凌は感情を見せることがない。
しかし、あの時は明確な怒りがあった。まるで炎が噴き出しているかのように、それが感じられた。
凌の生い立ちを考えれば、その理由を推測することは簡単だ。どうせ、妹のことでも頭に浮かんだのだろう。
凌が少年院に入れられていたあの一年半、何と退屈でストレスが溜まったことか。
現に、あの辛気臭い面を拝めない最近は、またイライラが募ってきている。
(さて、どうしてやろうかな)
新宿の一角にあるあのコンビニには、虎徹も時々寄っていた。興味がなかったから例の店員には全く気を留めていなかったが、彼女はまだあそこで働いていた筈だ。
名前は何と言っただろうか。
思い出せなかったが、他に女のアルバイトはいないから、名前は必要ないだろう。
虎徹は携帯を手に取り、手下の一人にメールを送る。その男は、小さな手がかりから大きな情報を手に入れられる、便利な奴だった。
そうしながら、彼はあの店員の無垢そうな――子どもっぽい顔を思い返す。
幸せで明るい道だけを歩いて来たような顔を。
だが、誰にでも、醜い過去の一つや二つはある筈だ。汚いことなど知りません、という顔をしていても、そんなのは見せかけに過ぎない。本当にキレイな人間など、ごくごく稀にしかいない。
きっとあの店員も、叩けば埃を出せるだろう。
一点の曇りもない、隅々まで清廉で美しい、そんな人間を――女を、虎徹は一人しか知らなかった。三年前に亡くなった養母を思い出す時、虎徹の脳裏には穏やかな微笑みしか浮かばない。
彼女は類稀なる存在だ。
彼女は夫から強いられた理不尽な現実にも拘らず、いつでも彼に優しく温かく接してくれた。
あんな女は、他にいやしない。
虎徹の実母は金と引き換えに彼を虎刀《ことう》に引き渡したようなものだし、今、彼に集まってくる女たちも似たような連中ばかりだ。何度か少し趣の違う女も現れたが、しばらくするとすぐに化けの皮が剥がれた。
(あの店員も同じさ)
のぼせた凌に、現実を突き付けてやろう。そうすれば、彼の頭も冷えてまた虎徹の元に戻ってくる。
――何もなければ、何か作ってやればいい。
そんなのは至極簡単な事だった。
虎徹は煙草を取り、火を点ける。
「もう一声、欲しいかな」
あの店員についての報告が届くまでに、もう一滴、毒を垂らしておきたいところだ。虎徹は深々と煙を胸に吸い込み、しばらく溜めてから、ゆっくりと吐く。
そうして、隣で眠る女を見下ろした。
「おい、起きろよ」
ひんやりとした肩を揺すると、ナナは眉間に皺を寄せながら低く呻く。
「何よ……」
「あいつには女ができたぞ」
「え?」
虎徹の台詞に、何のことか解からないというふうに、彼女が眉をひそめた。彼は肩を竦めて続ける。
「凌だよ。女ができた。そう言やあいつ、花を贈ってたんだよな」
「ウソ!」
裸の胸がむき出しになるのも構わず、ナナが跳ね起きる。両手を突いて、身を乗り出すようにして虎徹に食って掛かった。
「そんなの、ウソよ!」
「嘘じゃねぇよ。ほら、オレ等の溜まり場あるだろ? あそこから駅に行く途中にコンビニがあるのを覚えてるか?」
「えぇっと……うん」
「あそこの店員だよ」
「え、女の店員なんていた?」
「何ヶ月か前に入ったんだよ。結構、入り浸ってるぜ、あいつ」
薄く笑いながら虎徹が言うと、ナナはキリと唇を噛んだ。きつく噛み締められたそこからは、今にも赤い雫が滴り落ちそうだった。
「想像できるか? あいつ、こんなくらいの鉢植え持ってさ、その女に会いに行ってんの。それがまた、えらく可愛らしい袋に入れられててさ。全然、似合わなかったぜ」
ナナの顔は、虎徹が言葉を重ねるごとに険しくなっていく。
虎徹は彼女に気付かれぬように微かな笑みを浮かべた。単純な女だ。目の前で赤い布を振れば、それしか頭に入らなくなる。
どいつもこいつも、くだらない。
「あんな凌、オレも初めて見たなぁ。なんか、メロメロって感じ?」
「そんなの信じらんない!」
爛々と目を光らせたナナは、唸り声を上げている猫のようで、お世辞にも美しいとは言えなかった。だが、何故かシナを作ってしなだれかかってくる彼女よりも、虎徹の気をそそる。
虎徹は彼女の肩を掴み、枕へと押し付ける。
「ちょっと、コテツ! 放してよ! そのコンビニに行ってくるんだから!」
彼を跳ね除けて起き上がろうとするナナを、力で捻じ伏せた。そうして、唇を奪う。
この浅はかな女では立てられたとしても、せいぜいわずかな細波程度だろう。だが、本命の仕掛けが届くまでの、多少の暇つぶしにはなってくれる。
抗う肢体を力任せに蹂躙すれば、怒りの声は次第に違う響きを帯び始める。
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