獅子隊長と押しかけ仔猫

トウリン

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仔猫は故郷を取り戻す②

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 両親と四人の弟妹達が揃った夕食の席は、三年前と同じように賑やかだった。
 食卓に並ぶウサギ肉のシチューとチーズ入りのパン、キャベツとニンジンの和え物は、どれもケイティの好物だ。
 アビーはいつも子どもたちが好きなものを均等に作るようにしていたから、こんなふうに誰か一人の好物ばかりが出てくることはない。きっと、ケイティだけの為に用意してくれたのだ。

 その食事を前にして、子どもたちがおとなしく食べることだけに専念することはない。
 静かに始まっても、すぐにヤイヤイとやり出すけれど、いつだって、火種になるのはロビンとリンジーだ。今も、ロビンが嫌いなニンジンを残そうとするのをリンジーが見つけてはやし立て、幼い弟はムキになってニンジンを口に頬張り、泣きそうな顔になっていた。
 そんな二人にコーリーは呆れたように肩をすくめ、ダンは黙って牛乳をロビンの前に置いてやる。

 それは、記憶にあるのと同じ、懐かしい光景だった。

 けれど、どうしてだろう。

 笑みを浮かべながら見守っていたケイティは、ふと手を止めた。

 楽しいのに。
 皆と一緒に昔のように食事を囲めて、嬉しいのに。

(何か、物足りない)
 物思いに沈んだ彼女にアビーが気付いて、ためらいがちに声をかけてくる。
「ケイティ? お口に合わなかった?」
「え、ううん、そんなことないよ。美味しい。すごく」
 我に返ったケイティは、パクパクと食事を口に運ぶ。
 本当に、料理は美味しかった。けれど、ケイティは気付いてしまう。

(いつの間にか、だんな様のところがあたしの居場所になってたんだ)
 家族から逃げ出す為の避難所ではなく、ケイティがそうありたいと望んで居る場所に。
「母さんのシチュー、やっぱり美味しい。あたしが作っても、何か違うんだぁ」
 そんなふうに明るい声を出しながらも、弟や妹たちの遣り取りを微笑ましく眺めながらも、頭の片隅に、隊員たちは――ブラッドはどうしているだろうという気持ちが常にある。
 ふと視線を感じてそちらに目を向けると、ヒタと彼女に注がれているダンの眼差しがあった。
 何か言いたそうな、ケイティに怒っているとまではいかないけれど、不満を抱いているような――膨れているような。

 でも、何でそんな顔をしているのだろう。
 そう思ってケイティが眉根を寄せた瞬間、彼はふいと視線を逸らし、ガツガツとシチューを平らげ始める。
(変なの)
 ダンにその視線の意味を問いかける時機を逸してしまって、ケイティは小首をかしげながらも食事に戻った。

 賑やかな食事はじきに終わり、子どもたちが寝る時間になる。

 それぞれの部屋に行きかけて、ロビンとリンジーが振り返った。
「お姉ちゃん、明日もいる?」
 眉を寄せてそう訊いてきたのは、ロビンだ。
「朝はいるよ。でも、お昼には出発しないといけないけど」
「ボク、お姉ちゃんにずっといて欲しいな」
「あたしもー」
 唇を尖らせたロビンに、リンジーも続く。そんな二人を、昼間父がやったように、ダンが両脇に抱え上げた。
「姉さんは大人だから仕事があるんだよ。あっちに戻らないといけないんだ。わがまま言うな」
「「はぁい」」
 十年前にはロビンと同じようなことを言っていたダンの言い様に、ケイティは思わずクスリと笑ってしまう。
「何だよ?」
「や、お兄ちゃんになったなぁって」
 ケイティの返事に、ダンはムッと眉間にしわを刻んだ。
「俺も、もう大人だよ」
 そう残し、彼はノシノシと部屋を出て行ってしまう。

「じゃ、わたしも寝よ。夜更かしはお肌に悪いし」
 あくびをしながら言ったのは最後に残ったコーリーだ。そう言えば、彼女とはあまり言葉を交わしていない。
「コーリー」
 特に言うことも見つけられないままつい声をかけたケイティを、コーリーは、軽く首をかしげて斜めに見返してくる。この上の妹はケイティよりもよほど大人っぽくて、何を考えているのかを読み取りにくい子だ。
 コーリーはジッとケイティを見つめたまま、言う。
「言っとくけど、わたしも結構怒ってるよ?」
「え?」
「明日、行っちゃう前に都でのこと、聞かせてよ」
「あ、うん……」
 これは、怒っているけれども、赦してくれるということなのだろうか。
 どう受け取っていいのかケイティが決めかねているうちにコーリーはフッと表情を和らげて、ヒラリと手を振り出て行った。

 マセた妹の背中を見送っていたケイティに、ためらいがちに声がかかる。
「ケイティ?」
 振り返ると、表情を硬くした両親が彼女を見つめていた。
 しばらく、ケイティと彼らは無言で向かい合う。

 ややして。

「話を、したいの」
 口を開いたのはアビーだった。
 黙って椅子に腰を下ろしたケイティの正面の席に、ベンが座る。アビーはお茶を淹れてから彼の隣に身を置いた。
 そうしてからも、まだ、その場は沈黙が満ちていた。
 両親の言葉を待つケイティは、居心地悪く、卓の上に置いた手をもじもじさせる。
 それがきっかけになったように、アビーが口を開いた。

「あのね」
 おずおずと発せられた母の声に、ケイティはハッと顔を上げる。アビーは束の間怯み、また続けた。
「お父さんとお母さんは、あなたに謝らなければいけないって、ずっと思ってたの。でも、できなくて……」
「母さん、父さんも、そんなの――」
「いいえ、良くないわ。わたしたちはあなたの親なのに、あなたを守ってあげられなかった」
 いつも柔らかな口調の母が、キッパリと遮った。話すよりも聴くことを優先する彼女には、珍しいことだ。
 ケイティは唇を噛み、そして開く。
「母さん、あの時ああしたのは、あたしの決断だよ? 母さんたちは最後まで嫌がってたじゃない。あたしが無理やり押し切ったんでしょう?」
「それでも、止めるべきだった」
 重々しく言ったのは、ベンだ。
 その目に色濃く浮かんでいるのは三年前と同じ罪悪感と後悔で、ケイティは心が押し潰されそうになる。

(やっぱり、少しも変ってなかったんだ)
 三年前と同じだけ、父も母も自分を責めている。
 あの時は、二人の辛い気持ちが辛くて、見ていられなくて、逃げ出した。
 彼らの辛さを見ていられないからと、そのままにして逃げ出した。
(でも、今度は逃げちゃダメだ)
 ちゃんとケリをつけて、逃げ場としてではなく、本当に自分で選んだ居場所として、警邏隊に戻らないといけない。

 ケイティは背筋を伸ばし、父を、そして、母を見た。
「あたしは、あの時のこと、これっぽっちも後悔してないからね」
 はっきりと断言した彼女を、二人は戸惑ったように見つめてきた。
「ケイティ、でも――」
「むしろ、今は、ああして良かったって思ってる」
 強い口調で言いきって、そしてそれを和らげる。
「あのね、あたし、今、すごく幸せなんだよ」
「幸せ?」
 ベンとアビーは戸惑ったような顔をしている。そんな二人に笑いかけ、ケイティは続ける。
「そう。警邏隊で働けることが、すごくうれしくて楽しいの。確かに、行ったら娼館だったのはちょっとびっくりだったけど、これって、あの時あの選択をしてなかったら、なかったことなんだよね。あたし、今三年前に戻ったとしても、やっぱり同じ選択をするよ」

 その言葉が嘘偽りのない本心であることが伝わったのか、ベンの顔から戸惑いが消える。
「だが……俺たちは、お前に、帰ってきて欲しいんだ」
 それは、頼むというよりも、ただ望みを口にしただけというふうに聞こえた。
 ケイティは順々に二人を見つめ、そして告げる。
「ごめんね。あたし、だんな様のお傍に居たいんだ」
「ケイティ。あなた……?」
 ふと何かに気付いたようなアビーに、ケイティは笑い返す。母の言葉を押し止めるように。
「いつかだんな様が奥様をお迎えしたら、その時は帰ってくるから」
 言っていて、小さな痛みがチクリと胸に走ったけれど、ケイティはそれを呑み込み父と母に晴れやかな笑みを投げる。

 二人は束の間顔を見合わせ、そしてまた娘を見た。
 彼らの顔には、まだ、罪悪感めいたものが微かに残っている。
 それでも、ケイティの言葉を受け入れたということが、それが彼女の本心からのものであると認めてくれたことが、伝わってきた。

 アビーが手を伸ばし、食卓の上に置かれたケイティの手を包み込む。
「あなたは、あなたの道を選んだのね」
「母さん」
 母の手を握り返し、ケイティはホッと肩の力を抜く。そうして初めて、自分が全身に力を込めていたことに気がついた。
「あなたがしたいように、したらいいわ。でも、覚えておいてね。ここは、いつだってあなたを待ってるってこと。あなたは自分であなたの居場所をみつけたけれど、この家だって、やっぱりあなたの居場所なのよ?」
 そう告げるアビーの横で、ベンが何度も頷いていた。

「うん……うん、母さん、父さん、ありがとう」

 鼻の奥が、痛い。
 ケイティは滲んだ視界を瞬きで晴らし、心の底からの笑顔を、二人に投げた。
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