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ライオンのしつけ方
エピローグ
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麗らかな春の昼下がり。
新藤家では、いつもと同じ攻防が繰り返されていた。
「ちょっと、一智《かずとも》様……放していただけません?」
背後から回された腕に、一智の寝室の片付けをしていた百合《ゆり》が冷ややかに告げる。
だが、被さってきた身体はがっちりと彼女を捕らえ、多少もがいたくらいではわずかばかりも緩まない。
「いやだ」
「片付けの邪魔です。――ちょっと、どこ触っているんですか!」
「充分、片付いているじゃないか。それに、今日は日曜だろ?」
「でも――ひゃぅッ!」
首筋に触れた温かいものがもたらした刺激に、思わず、百合が悲鳴を上げる。
「ちょッ、今、今、何をしました!?」
「あ、悪い。『痕』ついた」
その瞬間、百合の全身が真っ赤になっていく。一智の腕を振り払って向き直ると、眉を吊り上げる。
「『悪い』じゃありません! そういうことは、したらダメです!」
一智が吸った場所をゴシゴシとこする百合の手を、彼はまるで宝物に触れるかのような手付きで取った。多分、女性の十人中九人は虜になるだろう甘やかな眼差しが、真っ直ぐに彼女に注がれる。
「お前が『平凡だ』というその目も、鼻も、口も、髪も、最高の抱き心地のその身体も、全部愛してる」
「!!」
両手を握られて、逃げることも耳を塞ぐこともできない百合は、卒倒寸前だ。
その言葉――『愛してる』を知ってから、一智は朝も昼も夜も、無造作にそれを乱発するようになった。
――本当に、その言葉の意味が解って使っているの!?
そう、百合が思いたくなるほどの使用頻度で。
「なあ、結婚してくれよ。でないと俺の我慢も限界だ」
言いながら、一智は百合の左手を取り薬指に輝くサファイアにそっと唇を寄せた。次いでそれをひっくり返し手のひらにもキスを落とす。
彼女が京都から戻ってから、彼が触れるのはキスどまりだ。その代り、朝な夕なに同じ台詞を繰り返す。
「まあ、どうしても結婚せざるを得ないような理由を作ってやってもいいんだけどな?」
一智の唇と視線の甘さにボウッとしていた百合は、その台詞でハッと我に返る
ぶるぶると身体を震わせて取り戻した左手を胸元で握り締めた百合は、キッと彼を睨みつけた。
「……一智様の、非常識!」
「本気で非常識になって欲しければ、そうするが?」
彼の視線がチラリとベッドに走る。
「! い、り、ま、せ、ん!」
*
そしておよそ一年後の六月。
百合は純白のドレスに身を包むことになるのである。
その当日も、新藤一族きっての切れ者と言われるようになった主人を叱りとばす彼女の声が屋敷に響いていたとか、いなかったとか。
新藤家では、いつもと同じ攻防が繰り返されていた。
「ちょっと、一智《かずとも》様……放していただけません?」
背後から回された腕に、一智の寝室の片付けをしていた百合《ゆり》が冷ややかに告げる。
だが、被さってきた身体はがっちりと彼女を捕らえ、多少もがいたくらいではわずかばかりも緩まない。
「いやだ」
「片付けの邪魔です。――ちょっと、どこ触っているんですか!」
「充分、片付いているじゃないか。それに、今日は日曜だろ?」
「でも――ひゃぅッ!」
首筋に触れた温かいものがもたらした刺激に、思わず、百合が悲鳴を上げる。
「ちょッ、今、今、何をしました!?」
「あ、悪い。『痕』ついた」
その瞬間、百合の全身が真っ赤になっていく。一智の腕を振り払って向き直ると、眉を吊り上げる。
「『悪い』じゃありません! そういうことは、したらダメです!」
一智が吸った場所をゴシゴシとこする百合の手を、彼はまるで宝物に触れるかのような手付きで取った。多分、女性の十人中九人は虜になるだろう甘やかな眼差しが、真っ直ぐに彼女に注がれる。
「お前が『平凡だ』というその目も、鼻も、口も、髪も、最高の抱き心地のその身体も、全部愛してる」
「!!」
両手を握られて、逃げることも耳を塞ぐこともできない百合は、卒倒寸前だ。
その言葉――『愛してる』を知ってから、一智は朝も昼も夜も、無造作にそれを乱発するようになった。
――本当に、その言葉の意味が解って使っているの!?
そう、百合が思いたくなるほどの使用頻度で。
「なあ、結婚してくれよ。でないと俺の我慢も限界だ」
言いながら、一智は百合の左手を取り薬指に輝くサファイアにそっと唇を寄せた。次いでそれをひっくり返し手のひらにもキスを落とす。
彼女が京都から戻ってから、彼が触れるのはキスどまりだ。その代り、朝な夕なに同じ台詞を繰り返す。
「まあ、どうしても結婚せざるを得ないような理由を作ってやってもいいんだけどな?」
一智の唇と視線の甘さにボウッとしていた百合は、その台詞でハッと我に返る
ぶるぶると身体を震わせて取り戻した左手を胸元で握り締めた百合は、キッと彼を睨みつけた。
「……一智様の、非常識!」
「本気で非常識になって欲しければ、そうするが?」
彼の視線がチラリとベッドに走る。
「! い、り、ま、せ、ん!」
*
そしておよそ一年後の六月。
百合は純白のドレスに身を包むことになるのである。
その当日も、新藤一族きっての切れ者と言われるようになった主人を叱りとばす彼女の声が屋敷に響いていたとか、いなかったとか。
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