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第三章:助力を求めて
弓国①
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トルベスタの首都トルタは国土の中央よりもやや北方に位置し、木々が溢れる山間にある。南方よりも緑が濃く、その植生はエデストルに近いかもしれない。大樹の幹は真っ直ぐに上を目指し、太い枝は青々としている。木と石から成る彼らの家屋は、そういった頑丈な木々に守られるようにして建てられていた。
「あれって、上の方にも人が住んでいるの?」
どう見ても窓としか思えないものが縦方向に三つ連なっている家を仰いで、ルゥナは隣のフロアールに問いかける。馬上にいても、当然屋根の上は見えない。
ポカンと口を開けている彼女に、フロアールはクスクスと忍び笑いを漏らしながら頷いた。
「ええ。わたくしも初めてここに来た時には驚きました。エデストルはみんな平屋だから、部屋の上に部屋があるだなんて、本当に大丈夫なのかと思いましたわ。一番高いのは見張り台で、五階建てでしてよ。トルベスタは、大木を主柱にしてその周りに床を張るようにして家を造っていくの。四方には石で支柱を立ててね。王のラープス様がいらっしゃるところは、何本もの木を主柱にしていてよ。だから、とても大きいの」
「木を、柱に……」
確かにそう言われて見上げてみると、屋根の上には枝葉が生い茂っていて、まるで屋根の上にさらに屋根があるようだ。
初めて『家』というものを目にした時、ルゥナは感心したものだった。けれど、今目にしている物に比べれば、あれは玩具のようなものに思える。
「堪能したかい?」
ルゥナの後ろから笑いを含んだサビエの声がそう訊いてきた。
「あ、はい、すみません……」
顔を赤くして俯いたルゥナに、今度は馬を寄せたエディが声をかける。
「トルベスタには見覚えがないのか? ここを見ても、何も思い出さない?」
「え、えぇっと、そうですね……何も覚えていません」
「そっか。早く何か思い出せればいいのにな」
「はい……」
ルゥナの言葉を素直に受け取り同情してくれるエディを、彼女は真っ直ぐに見ることができない。ルゥナの事をすっかり信じてくれているエディやフロアールに嘘をついていることが、彼女は後ろめたくて仕方がなかった。
ピシカは百五十年以上も眠っていたなどという荒唐無稽な話をするには、まずは彼らの信頼を得なければいけないと言う。
(だけど、秘密を抱えたまま、どうやって信じてもらおうというの?)
ため息混じりに、ルゥナは俯いたまま胸の中で呟いた。
だが、ルゥナの揺れる心中など知る由もないエディは、彼女のそんな態度が気に入らないようだった。
「なあ」
少々乱暴な口調で呼びかけられ、ルゥナはびくりと顔を上げた。
「はい?」
跳ねた声で返事をしながら、反射的にパッとエディの方を向く。と、声をかけたのは彼の方だというのに、何故か少し怯んだように顎を引いた。
「あ……なんだ、その、さ、もう少し顔を上げてれば?」
「え?」
「ずっと下を向いていたら根暗そうだ」
主人の言いぐさにルゥナの背後でサビエが小さく噴き出したのだが、エディの言葉に頭をはたかれたような心持ちになった彼女の耳には入らなかった。
「ねくら……」
その言葉を呆然と繰り返したルゥナに、エディが顔をしかめる。
この太陽のような髪と晴れ渡った青空のような目をした少年の名前が『エデストル』であり、額に『印』を刻まれている者なのだということは、彼らと行動を共にするようになってすぐに、ピシカからこっそりと教えてもらっていた。
ルゥナの記憶にあるかつての『エデストル』は、面倒見のいい年の離れた兄のような青年だった。
けれど、この『エディ』には、もしかしたら嫌われているのかもしれないと思うことすらある。
ふとルゥナが視線を感じて振り返るとしばしば彼と目が合うのだが、その途端にパッとそっぽを向かれてしまうのだ。ちょこちょこ話しかけてはくれるのに、何だかその言葉は乱暴だ。
裏表がない性格なのは明らかなので、ルゥナの事を実は疑っているというわけではないのだろうが、とうてい彼に好かれているとは思えない。
(もしかしたら、ここで別れようって言われちゃうのかな)
ルゥナは抱いているピシカにこっそりと頭の中で語りかけた。
(そんなわけにはいかないでしょ。せっかくこんなに早く使い手に会えたんだから、何が何でも食い下がりなさいよ)
腕の中からその金色の目でじろりと睨みながらのピシカの指令は、ルゥナにとってはかなりの難題だった。こんな時、ソワレがいればどんなようにもうまく事を運んでくれるのに。
小さく息をついたルゥナがエディをチラリと横目で見ると、彼は何だか渋い顔をしていた。
(多分、エディはわたしのことが好きじゃないんだ)
ここまで同行させてくれたのは、山奥に子どもを一人で置いてはいけないという親切心からなのだろう。
(きっと、うんざりしてる)
『エデストル』に嫌われているのかもしれないと思うと、ルゥナは何だか落ち込んだ。
肩を落とした彼女に、別の方向から朗らかな声がかかる。
「ふふ、お兄様は語彙が少なくていらっしゃるから、気にしない方が良くてよ?」
「あ、や、気にしては……」
「ならよろしいのですが。お兄様はまだまだお子様ですの。色々素直に反応しないようにね?」
「フロアール!」
怒った声が兄から飛んだが、フロアールは全く気にしたふうがなく、ルゥナにいたずらめいた笑みを向けた。
「さて、おしゃべりはそのくらいにして、そろそろラープス様の所へ向かいましょうか?」
場を仕切り直すように声を上げたのは、スクートだ。彼はそう言うと同時に手綱を引いて、馬を歩かせた。サビエとエディもそれに倣う。
金髪碧眼が多いエデストルに対し、トルベスタの民は茶色系の髪、目の者が殆どだ。エデストルとは交流があるとは言え、やはり華やかなエディ達の髪色は目を引くようだ。通りを行き交う人々が、ちらりちらりと振り返る。
しばらくすると、彼らが向かおうとしている方角から二つの騎影が近付いてきた。
「あれって、上の方にも人が住んでいるの?」
どう見ても窓としか思えないものが縦方向に三つ連なっている家を仰いで、ルゥナは隣のフロアールに問いかける。馬上にいても、当然屋根の上は見えない。
ポカンと口を開けている彼女に、フロアールはクスクスと忍び笑いを漏らしながら頷いた。
「ええ。わたくしも初めてここに来た時には驚きました。エデストルはみんな平屋だから、部屋の上に部屋があるだなんて、本当に大丈夫なのかと思いましたわ。一番高いのは見張り台で、五階建てでしてよ。トルベスタは、大木を主柱にしてその周りに床を張るようにして家を造っていくの。四方には石で支柱を立ててね。王のラープス様がいらっしゃるところは、何本もの木を主柱にしていてよ。だから、とても大きいの」
「木を、柱に……」
確かにそう言われて見上げてみると、屋根の上には枝葉が生い茂っていて、まるで屋根の上にさらに屋根があるようだ。
初めて『家』というものを目にした時、ルゥナは感心したものだった。けれど、今目にしている物に比べれば、あれは玩具のようなものに思える。
「堪能したかい?」
ルゥナの後ろから笑いを含んだサビエの声がそう訊いてきた。
「あ、はい、すみません……」
顔を赤くして俯いたルゥナに、今度は馬を寄せたエディが声をかける。
「トルベスタには見覚えがないのか? ここを見ても、何も思い出さない?」
「え、えぇっと、そうですね……何も覚えていません」
「そっか。早く何か思い出せればいいのにな」
「はい……」
ルゥナの言葉を素直に受け取り同情してくれるエディを、彼女は真っ直ぐに見ることができない。ルゥナの事をすっかり信じてくれているエディやフロアールに嘘をついていることが、彼女は後ろめたくて仕方がなかった。
ピシカは百五十年以上も眠っていたなどという荒唐無稽な話をするには、まずは彼らの信頼を得なければいけないと言う。
(だけど、秘密を抱えたまま、どうやって信じてもらおうというの?)
ため息混じりに、ルゥナは俯いたまま胸の中で呟いた。
だが、ルゥナの揺れる心中など知る由もないエディは、彼女のそんな態度が気に入らないようだった。
「なあ」
少々乱暴な口調で呼びかけられ、ルゥナはびくりと顔を上げた。
「はい?」
跳ねた声で返事をしながら、反射的にパッとエディの方を向く。と、声をかけたのは彼の方だというのに、何故か少し怯んだように顎を引いた。
「あ……なんだ、その、さ、もう少し顔を上げてれば?」
「え?」
「ずっと下を向いていたら根暗そうだ」
主人の言いぐさにルゥナの背後でサビエが小さく噴き出したのだが、エディの言葉に頭をはたかれたような心持ちになった彼女の耳には入らなかった。
「ねくら……」
その言葉を呆然と繰り返したルゥナに、エディが顔をしかめる。
この太陽のような髪と晴れ渡った青空のような目をした少年の名前が『エデストル』であり、額に『印』を刻まれている者なのだということは、彼らと行動を共にするようになってすぐに、ピシカからこっそりと教えてもらっていた。
ルゥナの記憶にあるかつての『エデストル』は、面倒見のいい年の離れた兄のような青年だった。
けれど、この『エディ』には、もしかしたら嫌われているのかもしれないと思うことすらある。
ふとルゥナが視線を感じて振り返るとしばしば彼と目が合うのだが、その途端にパッとそっぽを向かれてしまうのだ。ちょこちょこ話しかけてはくれるのに、何だかその言葉は乱暴だ。
裏表がない性格なのは明らかなので、ルゥナの事を実は疑っているというわけではないのだろうが、とうてい彼に好かれているとは思えない。
(もしかしたら、ここで別れようって言われちゃうのかな)
ルゥナは抱いているピシカにこっそりと頭の中で語りかけた。
(そんなわけにはいかないでしょ。せっかくこんなに早く使い手に会えたんだから、何が何でも食い下がりなさいよ)
腕の中からその金色の目でじろりと睨みながらのピシカの指令は、ルゥナにとってはかなりの難題だった。こんな時、ソワレがいればどんなようにもうまく事を運んでくれるのに。
小さく息をついたルゥナがエディをチラリと横目で見ると、彼は何だか渋い顔をしていた。
(多分、エディはわたしのことが好きじゃないんだ)
ここまで同行させてくれたのは、山奥に子どもを一人で置いてはいけないという親切心からなのだろう。
(きっと、うんざりしてる)
『エデストル』に嫌われているのかもしれないと思うと、ルゥナは何だか落ち込んだ。
肩を落とした彼女に、別の方向から朗らかな声がかかる。
「ふふ、お兄様は語彙が少なくていらっしゃるから、気にしない方が良くてよ?」
「あ、や、気にしては……」
「ならよろしいのですが。お兄様はまだまだお子様ですの。色々素直に反応しないようにね?」
「フロアール!」
怒った声が兄から飛んだが、フロアールは全く気にしたふうがなく、ルゥナにいたずらめいた笑みを向けた。
「さて、おしゃべりはそのくらいにして、そろそろラープス様の所へ向かいましょうか?」
場を仕切り直すように声を上げたのは、スクートだ。彼はそう言うと同時に手綱を引いて、馬を歩かせた。サビエとエディもそれに倣う。
金髪碧眼が多いエデストルに対し、トルベスタの民は茶色系の髪、目の者が殆どだ。エデストルとは交流があるとは言え、やはり華やかなエディ達の髪色は目を引くようだ。通りを行き交う人々が、ちらりちらりと振り返る。
しばらくすると、彼らが向かおうとしている方角から二つの騎影が近付いてきた。
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