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第三章:助力を求めて
困惑②
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フロアールに言われてサビエが捜しに来たのだろうかと振り返ったルゥナは、そこに立つ人物に固まった。相手も、唐突に顔を向けたルゥナに立ち止まる。
「……驚かせたか?」
手を浮かせたままで硬直しているルゥナに、闖入者――エディは、少し気まずげにそう訊いてきた。その声で、彼女の呪縛が解ける。
膝の上にいるピシカのことも忘れて立ち上がると、下から抗議の声が響いた。それに気付かず、無意識のうちに両手を胸の前で組んでエディに向けてかぶりを振る。
「あ、ううん、だいじょうぶ……」
本当は、驚いた。けれど、そんなことを言ったらまた彼を怒らせそうな気がする。
――そう、エディはルゥナを見る時はいつも怒っているようだった。いつも、不機嫌そうにしている。言葉の端々や行動から、優しい人だな、とは思うのだけれども。
もしかしたら、自分がこうやってびくつくから、余計に気を悪くするのかもしれない。
そう思ったルゥナは、若干ひきつっているだろう笑いを口元に作って尋ねる。
「えっと……どうしたの? エディも散歩?」
エディは、少し口ごもってから、言った。
「ちょっと君に話があって」
「わたしに?」
微かに目を見開いたルゥナを真っ直ぐに見つめながら、彼は頷く。
「ああ。部屋に行ったら外にいったって言うから……こんな時間に独りじゃ、危ないだろ」
(あ、やっぱり優しい)
ぶっきらぼうな言い方でも、ルゥナの身を案じてくれているのは伝わってくる。思わず自然な笑みを浮かべると、何故かエディは怯んだように微かに顎を引いた。後ろに何かいるのだろうかと振り返ってしまったルゥナに、彼が小さな咳払いをする。
「あの、さ」
「はい?」
「その、君はここに残るか?」
「え?」
エディの言葉に、ルゥナはキョトンと彼を見返した。エディは少し重たげな口調で更に続ける。
「これから先は危なくなるだろうから、俺たちとは離れた方がいいと思うんだ。本当はトルタで保護してもらおうと思ったんだけど、ラープス王は連れて行けと言うから――」
「わたし、みんなと一緒にいたい!」
とっさに数歩前に出ながら、ルゥナは大きな声を出してしまう。
彼らと離れるなんて、嫌だった。
エディとトールが『印』を持つ者だから、というだけではない。ピシカは、何が何でもついていけ、と言っていた。せっかく彼らに近付けたのだから、うまく利用しなければならない、と。
確かに、その必要がある。でも、必要である以上に、ルゥナはそうすることを望んでいた。何故なら、またピシカと二人きりになってしまうのは、嫌だったのだ。甘えた理由だけれど、一度覚えた温もりを手放すのは耐えられなかった。ピシカを抱いて独りで眠った夜のことを思い出すと、足元がグズグズの砂になったような心持ちになる。
一歩、また一歩と近付いて、乞う。
「わたしがいると迷惑だと思うけど、でも一緒にいたいの」
「迷惑なんて――だけど、これから俺たちは戦をしようとしている国に行くんだ。ここにいた方が安全だぞ?」
「それでもいいよ、一緒に行かせて?」
すぐ目の前に立つエディの腕にしがみ付いて必死に頼み込むルゥナに、ふっと、彼の口元がほころんだ。どこかホッとしたようにも見える温かな笑顔に、一瞬、ルゥナは目を奪われた。
「わかった、一緒に行こう」
「いいの?」
「置き去りにしたら、何だかすごく後味が悪そうだ」
「無理言って、ごめんなさい……」
無意識に掴んでいるエディの服の袖をクシャリと握り締めて、ルゥナは俯く。と、その頭にポンと温かなものがのせられた。それは、ルゥナに捕まえられていないもう片方の彼の手で、彼女の髪がクシャクシャと掻き混ぜられる。
「あ、悪い」
思わずルゥナが顔を上げると、そう言いながら、エディがパッと手を放す。と、ルゥナも彼の服を掴んでいたことに気付いて、同じように手を開いて更に数歩後ずさった。
エディが触れたところに手をやってみると、そこは鳥の巣のようになっている。
ソワレも、よくルゥナの頭を撫でてくれた。けれど、彼の撫で方は丁寧でそっと撫で下ろす感じで、こんなふうに髪の毛を絡ませたりはしない。
「悪い……」
手くしで髪を整えるルゥナに、きまり悪そうにエディが謝った。
その様子が、何となく、可愛い。
そう言ったらきっとエディは怒るだろうけれど、ルゥナはそう思ってしまった。
昔ルゥナが共に旅をした仲間は、みんな彼女よりもずっと大人だった。同い年のソワレでさえ、彼女よりもいくつも年上のような落ち着きを持っていた。
「ふふっ」
漏れたルゥナの笑い声にエディは一瞬眉を上げ、次いで彼も笑顔になる。
「フロアールには、俺は王子にしてはガサツ過ぎるって、よく言われるんだ。あいつの理想の王子様はトールだから」
笑いながら、彼が言う。
(エディの笑顔は太陽みたい)
ソワレもそうだった。けれど、ソワレの笑顔が穏やかな春の木漏れ日だとすれば、エディのは燦々と輝く真夏のそれのようだ。
「トールも好きだけど、わたしはエディも好き。優しいもの」
笑いながらそう言うと、唐突にエディの笑顔が固まった。
何か間違ったことを言っただろうかとルゥナが首をかしげると、エディは気まり悪げに目を逸らす。ブツブツと何かを呟いているのは判ったけれど、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
まじまじと見つめているルゥナに気付いて、エディは踵を返す。
「もう、戻ろう。フロアールも心配するから」
「え、あ、うん……」
歩き出したエディの後を追って、ルゥナも足を踏み出す。と、いつの間にかすり寄ってきたピシカが彼女を見上げてギュッと瞬きをした。彼女の声が、ルゥナの頭の中に響く。
(あんたって、無自覚の天然タラシよね)
(え?)
見下ろしても、薄紅色の仔猫はツンと鼻先を上げてひげをヒクヒクさせただけだった。
(やっぱり、何か悪いことを言った……?)
そうでない自信がない。また、エディを怒らせてしまったのだろうかと、ルゥナは肩を落とす。
(ソワレに会いたいな)
何度となく思ったことが、不意に頭の中に浮かんだ。何も言わずとも解かり合えた双子の弟に、無性に会いたくてならなかった。
*
翌日、可能な限り速やかに旅支度を整えた一行は、早々にムンテを出立した。
彼らがトルベスタとヤンダルムの国境を越えたのはそれから二日後。
――トルベスタがラウ川に敷いた防衛線が破られたという報せがトルベスタ中に届けられたのは、それから更に三日後のことである。
「……驚かせたか?」
手を浮かせたままで硬直しているルゥナに、闖入者――エディは、少し気まずげにそう訊いてきた。その声で、彼女の呪縛が解ける。
膝の上にいるピシカのことも忘れて立ち上がると、下から抗議の声が響いた。それに気付かず、無意識のうちに両手を胸の前で組んでエディに向けてかぶりを振る。
「あ、ううん、だいじょうぶ……」
本当は、驚いた。けれど、そんなことを言ったらまた彼を怒らせそうな気がする。
――そう、エディはルゥナを見る時はいつも怒っているようだった。いつも、不機嫌そうにしている。言葉の端々や行動から、優しい人だな、とは思うのだけれども。
もしかしたら、自分がこうやってびくつくから、余計に気を悪くするのかもしれない。
そう思ったルゥナは、若干ひきつっているだろう笑いを口元に作って尋ねる。
「えっと……どうしたの? エディも散歩?」
エディは、少し口ごもってから、言った。
「ちょっと君に話があって」
「わたしに?」
微かに目を見開いたルゥナを真っ直ぐに見つめながら、彼は頷く。
「ああ。部屋に行ったら外にいったって言うから……こんな時間に独りじゃ、危ないだろ」
(あ、やっぱり優しい)
ぶっきらぼうな言い方でも、ルゥナの身を案じてくれているのは伝わってくる。思わず自然な笑みを浮かべると、何故かエディは怯んだように微かに顎を引いた。後ろに何かいるのだろうかと振り返ってしまったルゥナに、彼が小さな咳払いをする。
「あの、さ」
「はい?」
「その、君はここに残るか?」
「え?」
エディの言葉に、ルゥナはキョトンと彼を見返した。エディは少し重たげな口調で更に続ける。
「これから先は危なくなるだろうから、俺たちとは離れた方がいいと思うんだ。本当はトルタで保護してもらおうと思ったんだけど、ラープス王は連れて行けと言うから――」
「わたし、みんなと一緒にいたい!」
とっさに数歩前に出ながら、ルゥナは大きな声を出してしまう。
彼らと離れるなんて、嫌だった。
エディとトールが『印』を持つ者だから、というだけではない。ピシカは、何が何でもついていけ、と言っていた。せっかく彼らに近付けたのだから、うまく利用しなければならない、と。
確かに、その必要がある。でも、必要である以上に、ルゥナはそうすることを望んでいた。何故なら、またピシカと二人きりになってしまうのは、嫌だったのだ。甘えた理由だけれど、一度覚えた温もりを手放すのは耐えられなかった。ピシカを抱いて独りで眠った夜のことを思い出すと、足元がグズグズの砂になったような心持ちになる。
一歩、また一歩と近付いて、乞う。
「わたしがいると迷惑だと思うけど、でも一緒にいたいの」
「迷惑なんて――だけど、これから俺たちは戦をしようとしている国に行くんだ。ここにいた方が安全だぞ?」
「それでもいいよ、一緒に行かせて?」
すぐ目の前に立つエディの腕にしがみ付いて必死に頼み込むルゥナに、ふっと、彼の口元がほころんだ。どこかホッとしたようにも見える温かな笑顔に、一瞬、ルゥナは目を奪われた。
「わかった、一緒に行こう」
「いいの?」
「置き去りにしたら、何だかすごく後味が悪そうだ」
「無理言って、ごめんなさい……」
無意識に掴んでいるエディの服の袖をクシャリと握り締めて、ルゥナは俯く。と、その頭にポンと温かなものがのせられた。それは、ルゥナに捕まえられていないもう片方の彼の手で、彼女の髪がクシャクシャと掻き混ぜられる。
「あ、悪い」
思わずルゥナが顔を上げると、そう言いながら、エディがパッと手を放す。と、ルゥナも彼の服を掴んでいたことに気付いて、同じように手を開いて更に数歩後ずさった。
エディが触れたところに手をやってみると、そこは鳥の巣のようになっている。
ソワレも、よくルゥナの頭を撫でてくれた。けれど、彼の撫で方は丁寧でそっと撫で下ろす感じで、こんなふうに髪の毛を絡ませたりはしない。
「悪い……」
手くしで髪を整えるルゥナに、きまり悪そうにエディが謝った。
その様子が、何となく、可愛い。
そう言ったらきっとエディは怒るだろうけれど、ルゥナはそう思ってしまった。
昔ルゥナが共に旅をした仲間は、みんな彼女よりもずっと大人だった。同い年のソワレでさえ、彼女よりもいくつも年上のような落ち着きを持っていた。
「ふふっ」
漏れたルゥナの笑い声にエディは一瞬眉を上げ、次いで彼も笑顔になる。
「フロアールには、俺は王子にしてはガサツ過ぎるって、よく言われるんだ。あいつの理想の王子様はトールだから」
笑いながら、彼が言う。
(エディの笑顔は太陽みたい)
ソワレもそうだった。けれど、ソワレの笑顔が穏やかな春の木漏れ日だとすれば、エディのは燦々と輝く真夏のそれのようだ。
「トールも好きだけど、わたしはエディも好き。優しいもの」
笑いながらそう言うと、唐突にエディの笑顔が固まった。
何か間違ったことを言っただろうかとルゥナが首をかしげると、エディは気まり悪げに目を逸らす。ブツブツと何かを呟いているのは判ったけれど、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
まじまじと見つめているルゥナに気付いて、エディは踵を返す。
「もう、戻ろう。フロアールも心配するから」
「え、あ、うん……」
歩き出したエディの後を追って、ルゥナも足を踏み出す。と、いつの間にかすり寄ってきたピシカが彼女を見上げてギュッと瞬きをした。彼女の声が、ルゥナの頭の中に響く。
(あんたって、無自覚の天然タラシよね)
(え?)
見下ろしても、薄紅色の仔猫はツンと鼻先を上げてひげをヒクヒクさせただけだった。
(やっぱり、何か悪いことを言った……?)
そうでない自信がない。また、エディを怒らせてしまったのだろうかと、ルゥナは肩を落とす。
(ソワレに会いたいな)
何度となく思ったことが、不意に頭の中に浮かんだ。何も言わずとも解かり合えた双子の弟に、無性に会いたくてならなかった。
*
翌日、可能な限り速やかに旅支度を整えた一行は、早々にムンテを出立した。
彼らがトルベスタとヤンダルムの国境を越えたのはそれから二日後。
――トルベスタがラウ川に敷いた防衛線が破られたという報せがトルベスタ中に届けられたのは、それから更に三日後のことである。
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