癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第四章:飛竜の猛将

秘密②

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「邪神が現れたのはもう何代も前の話だろう? 言い伝えが本当なら、少なくとも百五十年は経ってるじゃないか」
「そうよ。あの子はもう二百歳近いの」
 ケロリと言ったピシカに、エディは思わず笑ってしまう。
「彼女がか? どう見たって、俺よりも年下じゃないか」
「まあ、ほとんど眠らされてたからね」
 どうやら、ごまかされているわけでも、からかわれているわけでもないらしい。
 素っ気ないピシカの口調が、むしろ真実を口にしているのだと思わせる。
(ルゥナが、二百年生きている……? それに、邪神と戦う、だって……?)

 とてもではないが、信じられない。

 彼女は、見るからに頼りなさげだ。誰かを助けるよりも、助けられる側の者だ。
 けれど、そう思って、エディはふと本当にそうだろうかと出会ってからの彼女を思い返してみる。

 傷付いた獣にためらいなく飛び付いていった姿、いつかの夜に交わした言葉とその時の眼差し、そして先ほどヤンに食ってかかった彼女の声の強さ。
 ――見た目ほど、か弱き者ではないのかもしれない。

 確かに、彼女に剣を振るう力はない。

 しかし。

(強さ、とは何なんだ?)
 ヤンは、強い。
 だが、どんなに打ち負かされようとも、エディは何度でも立ち向かっていくだろう。
 ルゥナは、少し小突けばすぐに地面に転がってしまいそうだ。
 だが、彼女の言葉に、彼女が投げかけてきた疑問に、エディは怯んだ。

 ――それは……憎いの? 怒ってるの? それで戦えるの?
 ――わたしはまだ戦ったことはないけれど、もしも戦うことがあるのなら、もっと、違う気持ちで戦いたいの。

 マギクへの怒りと憎悪をルゥナに見せたあの夜、彼女はそう言った。
 あの時は、ルゥナが何と戦おうとしているのかを知らなかった。戦う必要もない者が何を言うのかと、内心でバカにしていたかもしれない。
「邪神は、本当にいるのか?」
 今の今まで、エディは半信半疑だった。古びたおとぎ話のように思っていた。
 疑問というよりもほとんど呟きのようなものだった彼のその言葉に、ピシカが頷く。
「いるわよ。百五十年以上も鳴りを潜めていたけど、今また目覚めようとしている。そうなったら、人間はどうなるでしょうね。人間だけじゃなくて、生き物全て。このルニアだけのことで済んだらまだマシね。放っておけば、海も越えて、あんたたちが知らない、遥か遠くの土地まで力は及ぶでしょうよ」
「海も越えて――遥か、遠く……?」
 エディには想像もつかなかった。繰り返した彼に、ピシカが肩をすくめんばかりに答える。
「世界はもっともっと広いのよ。ルニアなんて、島の一つに過ぎないわ。あんたが目にしているものなんて、ちっぽけなものなのよ」

 ひげをヒクつかせる小さな仔猫。
 そんなものに『ちっぽけ』と言われても、返す言葉もない。

 黙ったままのエディに、ピシカは続ける。
「ルゥナには、あんたとは逆の意味で呆れるわね。まったく、あの力のせいで皆に追われてたのに、そんな奴らの為に邪神と戦おうって言うんだから、お人よしもいいとこだと思わない? あんたに世界が救えるけど、やってみる? って訊いたら二つ返事で頷いたのよ? まさか、あんなに簡単に釣れるとは思わなかった」
 バカにしているのか感心しているのか判らない、あるいは、どちらとも取れる声でのピシカの言葉に、自分の小ささに対する情けなさにドップリとつかり込んでいたエディは引っ張り上げられた。
「どういうことだ?」
 そう訊いたエディに、ピシカがヒトであれば確実に肩をすくめていただろう。代わりに、彼女は小さく首をかしげて金色の目で見上げてきた。

「人からすれば、あの力って喉から手が出るほど欲しいんじゃない? 死にかけてる人間だって、癒すのよ? あの子、どこに行っても狙われて、逃げ回っていたわ。まあ、エデストルたち――あんたの先祖たちと出会ってからは、そういうこともなくなったけど」
「追われていたのに、助けるのか?」
「そ。バカでしょう? 何でなのかとかは、アタシに訊かないでよ? アタシにだって理解不能なんだから。まあ、同じ話を何度もしたくないから、詳しいことはルゥナを取り戻して『印』持ちが揃ったら話すわよ。……ヤンがどうなるか、判らないしね……」
 最後の呟きは小さくて、エディの耳にはほとんど届かなかった。聞かされた内容で頭の中が飽和状態で、それ以上何か言われても、もう収まりきらなかっただろう。

(ルゥナが英雄の中の、一人……? 邪神は存在していて、世界は滅びに向かっている……?)
 全然、実感が湧かない。
 それに彼女は、虐げられていたのに、彼女を虐げていた者たちの為に戦うのだ。彼らを恨んで放置するのではなく、救う為に戦うことを決意した。
 言うなれば、エディがマギクを救うために戦うようなことだろうか。
 そもそも世界が壊れたら彼女だって生きていけないのだから、世界を救うことは彼女自身の為でもあるかもしれないし、世界を救った英雄になればルゥナは追われなくなるかもしれないが、何となく、彼女はそんなことを考えてはいないような気がした。
 金色熊ウルズを癒した時だって、下手をしたら癒した傍から殺されていたかもしれないではないか。殺されないまでも、傷付けられていたかもしれない。
 けれどあの時、ルゥナの頭の中には獣の傷を癒すことしかなかったのだろう。
 同じように、彼女は、ただ、救うために戦うのか。

(じゃあ、俺は? 俺は何の為に戦う?)
 それは、国を、母を取り戻す為。
 父やバニーク、命を落とした兵達の仇を取る為。
 その根底にあるのは、怒りであり憎悪だ。
 いつかの夜にルゥナが放った言葉が、脳裏によみがえる。
 怒りも憎しみも、けっして消せはしない。
 だが。
(そうやってマギクを倒したとして、その先は……?)
 また、平和な日々が戻ってくるだろう。
 マギクと魔物を倒しさえすれば、そうなる。
 そう思うのに、恨みを晴らし、全てを取り戻して喜ぶ自分や国の人々の姿を、エディは思い描くことができなかった。

 明々白々だと思っていた自分の頭の中がそうではなかったことに、ただ単に、目の前にぶら下がっているものしか見ていなかったのだということに気付いて、彼は愕然とする。
 機械的に手綱を繰るエディの脚の間で薄紅色の仔猫は退屈そうに大きな欠伸を漏らすと、クルリとそこに丸くなった。
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