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第四章:飛竜の猛将
監禁①
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竜はほとんど休むことなく、二昼夜の間飛び続けた。
ヤンがしっかりと支えてくれてはいても鞍の上は不安定で、完全に寛ぐことなどできはしない。二日目にもなると、ルゥナはウトウトと眠りに落ちかけてはそこから引き戻されるという状態を何度も繰り返した。
何だかクラクラするし、頭も痛い。
病も怪我も問題にならないルゥナでも、体力そのものは普通の少女と変わらないのだ。
ようやく飛竜がその翼をたたんで地面に足を着けた時、ルゥナはしっかりと立つことができなかった。
「あっ……」
鞍から地面に抱き下ろされ、ルゥナたちに続いて舞い降りたもう一頭の竜の元へ――そこに乗せられているフロアールの元へと一歩を踏み出そうとしたものの、彼女はふらりとよろけてしまう。とっさに近くにあったものに掴まってしまったけれど、それはヤンの腕だった。
「!」
思わずパッと手を放してしまって、その反動で転びそうになったルゥナの腰に、がっしりとした腕が巻き付く。拒む間もなく身体が浮いて、何日か前にそうしたように、気付けば高みから地面を見下ろしていた。
「下ろして!」
再びヤンの肩に担ぎ上げられたのだと理解するのには、一拍を要した。身をよじって逃れようとしても、胴をがっちりと抑え込まれていてびくともしない。
ルゥナは固めた拳で彼の背中を叩き、脚をバタバタとさせて暴れたけれど、ヤンがその言葉を聞き入れる筈がなかった。
背中を叩かれるのは全く苦にはならなくても、流石に顎を蹴られるのには閉口したのか、彼は片手でルゥナの両足首を捉えて自分の胸の辺りに固定する。
「放してってば!」
ルゥナがかろうじて自由になる腕を突っ張ろうが小さな拳で所構わず叩き回ろうが、ヤンにはまったく堪えた様子はない。ルゥナの抗議はきれいに無視して彼が動き出そうとしたところへ、毅然とした声が割って入った。
「この、野蛮人! ルゥナはエデストルの王族であるわたくしの友人ですのよ! そんな扱いは礼儀に反します! すぐにお放しなさい!」
駆け寄りながらそう言い放ったのは、フロアールだ。
同じように休みなく飛び続けていた筈なのに、彼女は驚くほどシャンとしている。
「フロアール……」
見下ろした空色の瞳は爛々と光っていて、いつもは見せない険しさを帯びていた。一瞬目が合ったけれど、すぐにヤンがクルリと彼女に振り返ってしまい、姿を見ることができなくなる。
「可憐な姿で威勢がいいな、エデストルの姫。しかし、この娘はまともに歩けないようだぞ? 野ざらしで転がしておくわけにもいくまい」
「お兄様たちのところに帰して下さったら良いのです。こんなふうに拉致するなんて……シュリータだけでなく、エデストルやトルベスタとも戦をなさりたいのですか?」
「必要ならば、な。まあ、目下のところはシュリータを手に入れるのが先決だが。ここを見れば、あの土地がどれだけ必要か判るだろう?」
ヤンが顎で周囲の光景を示しながら言う。
そこに広がっているのは、岩と砂ばかりだった。緑は一つもない。小川のせせらぎも聞こえず、時折響いてくる鳥の声といえば可愛らしい囀りではなく、猛禽の鋭い一声くらいだ。
およそ、ヒトという脆弱な種が棲むには向かない土地。
対してシュリータという国は――かつてルゥナが仲間に引き入れたシュリータという名の男性と出会った所は、緑が溢れる豊潤な平野部だった。あそこに国を建てたのなら、さぞかし豊かな暮らしを営んでいることだろう。
この地に住むヤンダルムがそこを欲しがるのも、当然と言えば当然かもしれない。
だが、そんなヤンの言葉とヤンダルムの現状に、フロアールは王家の姫らしくなく鼻を鳴らした。
「まあ! 素敵なそのお目には鼻面にぶら下がったものしか見えていらっしゃいませんのね!」
辛辣な鋭い声。
できる限り身体を捻ってルゥナがそちらを覗き込むと、ヤンの半分もないような身体で胸を張って彼を睨み付けているフロアールの姿が辛うじて見て取れた。
「良いですこと? エデストルは魔物とマギクに攻め込まれたのです。トルベスタも、恐らく蹂躙されていることでしょう。じきにヤンダルムも標的になりますわ。他の国を敵に回してしまって、どうなさるというのです? ヤンダルムだけで魔物と魔法兵を阻止できると?」
厳しい声で答えを迫るフロアールに、しかし、ヤンは鼻で嗤って返した。
「魔物など、獣か何かに毛が生えたようなものだろう? 魔法兵とて、魔法を放つ時間を与えなければ取るに足らん。急襲は我らが最も得意とするところだ」
いかにも気楽げにそう言うと、ヤンはフロアールの後方に控えている二十代半ばほどの男に目を向けた。
「ソイン! 姫君もお疲れだろう。さっさと部屋に連れて行ってやれ」
礼節など欠片もない口調でそう指示を出すと、再び彼はフロアールに背を向けた。
交代で彼女と顔を合わせることができるようになったルゥナは、ずかずかと歩き出したヤンの肩に手を置いて、懸命に身体を起こす。顔を上げれば、見開かれたフロアールの目と目が合う。
「フロアール……!」
「ルゥナ! この、お放しなさい!」
ヤンを――ルゥナを追い掛けようとしたフロアールが、ソインと呼ばれた黒髪黒目の男に腕を掴まれてよろめくのが見えた。
彼女は一瞬男を睨み付け、そしてまたルゥナに目を戻す。
「お兄様は必ず来てくださいますわ! 心配なさらないで!」
どんどん遠ざかっていくフロアールが励ますような微笑みを浮かべるのが、かろうじて見て取れた。
(わたしの方がずっと年上なのに……)
何も言えず、何もできず、遥かに年下の幼い少女に励まされてしまうだなんて。
ルゥナは情けなくなる。
(ピシカもいないんだもの。ちゃんとしないと)
グイと身体を捻って、ヤンの髪の毛を掴むようにしてできる限り上半身を起こした。
「ヤンダルム! わたしをフロアールのところに戻して!」
不安定な姿勢を支える為に、彼の髪を強く握り締める。
と、
「痛いな」
流石にそれは不快だったのか、ヤンは彼女をスルリと肩から下ろすと胸の前で横抱きにした。暴れさせない為か、鋼のような腕できつく締め付けてくるから苦しくてならない。
けれどそれでもルゥナはその腕を振り払おうと身をよじりながら、声を張り上げる。
「下ろして下ろして下ろしてってば!」
だが、ヤンは眉を片方歪めながらもそんな抵抗はものともせずに、岩山にポカリと口を開けている洞穴へと足を踏み入れる。
途端、ひんやりとした空気に頬を撫でられ、ルゥナは思わず言葉を失った。
ヤンがしっかりと支えてくれてはいても鞍の上は不安定で、完全に寛ぐことなどできはしない。二日目にもなると、ルゥナはウトウトと眠りに落ちかけてはそこから引き戻されるという状態を何度も繰り返した。
何だかクラクラするし、頭も痛い。
病も怪我も問題にならないルゥナでも、体力そのものは普通の少女と変わらないのだ。
ようやく飛竜がその翼をたたんで地面に足を着けた時、ルゥナはしっかりと立つことができなかった。
「あっ……」
鞍から地面に抱き下ろされ、ルゥナたちに続いて舞い降りたもう一頭の竜の元へ――そこに乗せられているフロアールの元へと一歩を踏み出そうとしたものの、彼女はふらりとよろけてしまう。とっさに近くにあったものに掴まってしまったけれど、それはヤンの腕だった。
「!」
思わずパッと手を放してしまって、その反動で転びそうになったルゥナの腰に、がっしりとした腕が巻き付く。拒む間もなく身体が浮いて、何日か前にそうしたように、気付けば高みから地面を見下ろしていた。
「下ろして!」
再びヤンの肩に担ぎ上げられたのだと理解するのには、一拍を要した。身をよじって逃れようとしても、胴をがっちりと抑え込まれていてびくともしない。
ルゥナは固めた拳で彼の背中を叩き、脚をバタバタとさせて暴れたけれど、ヤンがその言葉を聞き入れる筈がなかった。
背中を叩かれるのは全く苦にはならなくても、流石に顎を蹴られるのには閉口したのか、彼は片手でルゥナの両足首を捉えて自分の胸の辺りに固定する。
「放してってば!」
ルゥナがかろうじて自由になる腕を突っ張ろうが小さな拳で所構わず叩き回ろうが、ヤンにはまったく堪えた様子はない。ルゥナの抗議はきれいに無視して彼が動き出そうとしたところへ、毅然とした声が割って入った。
「この、野蛮人! ルゥナはエデストルの王族であるわたくしの友人ですのよ! そんな扱いは礼儀に反します! すぐにお放しなさい!」
駆け寄りながらそう言い放ったのは、フロアールだ。
同じように休みなく飛び続けていた筈なのに、彼女は驚くほどシャンとしている。
「フロアール……」
見下ろした空色の瞳は爛々と光っていて、いつもは見せない険しさを帯びていた。一瞬目が合ったけれど、すぐにヤンがクルリと彼女に振り返ってしまい、姿を見ることができなくなる。
「可憐な姿で威勢がいいな、エデストルの姫。しかし、この娘はまともに歩けないようだぞ? 野ざらしで転がしておくわけにもいくまい」
「お兄様たちのところに帰して下さったら良いのです。こんなふうに拉致するなんて……シュリータだけでなく、エデストルやトルベスタとも戦をなさりたいのですか?」
「必要ならば、な。まあ、目下のところはシュリータを手に入れるのが先決だが。ここを見れば、あの土地がどれだけ必要か判るだろう?」
ヤンが顎で周囲の光景を示しながら言う。
そこに広がっているのは、岩と砂ばかりだった。緑は一つもない。小川のせせらぎも聞こえず、時折響いてくる鳥の声といえば可愛らしい囀りではなく、猛禽の鋭い一声くらいだ。
およそ、ヒトという脆弱な種が棲むには向かない土地。
対してシュリータという国は――かつてルゥナが仲間に引き入れたシュリータという名の男性と出会った所は、緑が溢れる豊潤な平野部だった。あそこに国を建てたのなら、さぞかし豊かな暮らしを営んでいることだろう。
この地に住むヤンダルムがそこを欲しがるのも、当然と言えば当然かもしれない。
だが、そんなヤンの言葉とヤンダルムの現状に、フロアールは王家の姫らしくなく鼻を鳴らした。
「まあ! 素敵なそのお目には鼻面にぶら下がったものしか見えていらっしゃいませんのね!」
辛辣な鋭い声。
できる限り身体を捻ってルゥナがそちらを覗き込むと、ヤンの半分もないような身体で胸を張って彼を睨み付けているフロアールの姿が辛うじて見て取れた。
「良いですこと? エデストルは魔物とマギクに攻め込まれたのです。トルベスタも、恐らく蹂躙されていることでしょう。じきにヤンダルムも標的になりますわ。他の国を敵に回してしまって、どうなさるというのです? ヤンダルムだけで魔物と魔法兵を阻止できると?」
厳しい声で答えを迫るフロアールに、しかし、ヤンは鼻で嗤って返した。
「魔物など、獣か何かに毛が生えたようなものだろう? 魔法兵とて、魔法を放つ時間を与えなければ取るに足らん。急襲は我らが最も得意とするところだ」
いかにも気楽げにそう言うと、ヤンはフロアールの後方に控えている二十代半ばほどの男に目を向けた。
「ソイン! 姫君もお疲れだろう。さっさと部屋に連れて行ってやれ」
礼節など欠片もない口調でそう指示を出すと、再び彼はフロアールに背を向けた。
交代で彼女と顔を合わせることができるようになったルゥナは、ずかずかと歩き出したヤンの肩に手を置いて、懸命に身体を起こす。顔を上げれば、見開かれたフロアールの目と目が合う。
「フロアール……!」
「ルゥナ! この、お放しなさい!」
ヤンを――ルゥナを追い掛けようとしたフロアールが、ソインと呼ばれた黒髪黒目の男に腕を掴まれてよろめくのが見えた。
彼女は一瞬男を睨み付け、そしてまたルゥナに目を戻す。
「お兄様は必ず来てくださいますわ! 心配なさらないで!」
どんどん遠ざかっていくフロアールが励ますような微笑みを浮かべるのが、かろうじて見て取れた。
(わたしの方がずっと年上なのに……)
何も言えず、何もできず、遥かに年下の幼い少女に励まされてしまうだなんて。
ルゥナは情けなくなる。
(ピシカもいないんだもの。ちゃんとしないと)
グイと身体を捻って、ヤンの髪の毛を掴むようにしてできる限り上半身を起こした。
「ヤンダルム! わたしをフロアールのところに戻して!」
不安定な姿勢を支える為に、彼の髪を強く握り締める。
と、
「痛いな」
流石にそれは不快だったのか、ヤンは彼女をスルリと肩から下ろすと胸の前で横抱きにした。暴れさせない為か、鋼のような腕できつく締め付けてくるから苦しくてならない。
けれどそれでもルゥナはその腕を振り払おうと身をよじりながら、声を張り上げる。
「下ろして下ろして下ろしてってば!」
だが、ヤンは眉を片方歪めながらもそんな抵抗はものともせずに、岩山にポカリと口を開けている洞穴へと足を踏み入れる。
途端、ひんやりとした空気に頬を撫でられ、ルゥナは思わず言葉を失った。
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