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第四章:飛竜の猛将
再会②
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エディたちがルゥナを見捨てないと断言するのは、ピシカにとっても嬉しいことの筈だ。はぐれてしまったら、また合流するのが面倒臭い。ルゥナをここから出すのも、その後旅をするのも、エディたちがいる方がやり易くなるだろう。
それなのに、あの遣り取りを覗き見してから、何故か、ピシカの心にはチクチクと細かな棘が刺さるような、そんな不快感が付いてまわっている。
彼らにとったら、ルゥナは、ただの『山の中で行き倒れていた少女』だ。
それなのに、とても彼女のことを気遣っているように感じられた。きっと、ルゥナ一人をここに残していく選択肢など、彼らにはないのだろう。
エディには少し事情を話してしまったけれど、あの時の彼の様子も真剣で、ルゥナのことを考えて頭の中がいっぱいなのがヒシヒシと伝わってきた。
ピシカはルゥナを見つめる。目が合って、微笑みながら首をかしげて問い掛けるような眼差しを向けてくる彼女に、何故、と思った。
(どうして、彼らはこの子のことをそんなにも想うのだろう?)
百五十年前も、ルゥナの周りの者たちは、彼女のことを思いやっていた。
今も昔も、ピシカは『邪神』封じについて詳しいことを話してはいないけれど、もしも全てを話したら、一体どんなことになるのだろう。
ルゥナは、協力を拒むだろうか。
エディたちは、ルゥナに何を望むのだろう。
「ピシカ? どうしたの?」
心配しています、というのがありありと伝わってくる声と眼差しに、ピシカはハッと我に返る。
「何でもないわよ。あ、そうだ。エディにはちょっと話しちゃった」
「話しちゃったって?」
「あんたが二百歳近い年寄りだってこと」
「え……」
ルゥナは絶句している。と思ったら、おろおろと両手を床について身を乗り出してくる。
「エディ、何か言ってた?」
「べっつにぃ」
ルゥナのことは何も言っていなかったけれど、あの時彼から伝わってきたのは、ルゥナに対する温かく明るい感情だった。少なくとも、気味悪がっているとか、恐れているとか、そんな陰性のものではなかった。
ルゥナにそう伝えてやれば、喜ぶかもしれない。いいや、きっと喜ぶ。
けれどピシカは、そうしなかった。ただ黙って、尻尾を揺らす――自分でも不可解な何かに囚われて。
「二百歳、かぁ……そう言われると、そうなんだよねぇ……」
しみじみと、という口調で、ルゥナが言う。
不意に、ピシカは彼女に問いかけたくなった。
「アンタ、後悔したりしたことはないの?」
気付くと言葉は口からこぼれ出していて、しまった、と思った時には遅かった。
唐突なその問いに、ルゥナが首をかしげる。
「後悔?」
繰り返されて、ピシカは適当にごまかしてしまおうかとも思ったが、結局さらに続けていた。
「そうよ。やめときゃ良かったとか、思わないわけ?」
「何で?」
逆に尋ね返されて、ピシカは面食らう。
「わたし、やめないよ? もっと……いい方法があるなら別だけど、他に方法がないなら、わたしはやめない」
迷いを微塵も感じさせない声でそう言って、ルゥナはピシカに手を伸ばしてきた。
今度はふわりと優しく、包み込むように抱き締めてくる。そうして小さく柔らかく温かな手が、首筋から背中を何度もゆっくりと撫で下ろす。
ピシカは温度や感触で快、不快を感じることはない。
だけど。
(こういうのは、悪くないと思うわ)
ルゥナから発せられる温かな波動に微かに身体を震わせながら、ピシカは胸の内で呟く。
ルゥナはろくに考えもせずに自分自身の人生を投げ出す決断を下してしまうような愚か者だけれども、多分、『何か』を持っている。ヒトの怪我や病を治す力以外の『何か』を。
その『何か』が、自分と彼女の違いなのだろうか。
(その『何か』を持っていれば、アタシもこんなことをしなくて済んだの……?)
自問に答えはない。きっと、永久に得られない。ピシカはそもそも彼らとは全く『違う』のだから。
「わたしたち、ここから抜け出せるかなぁ……」
不意に、ルゥナがそうこぼした。
「わたし、ここに連れてこられてから毎日会うたびヤンダルムを説得しようとしてみたんだけど、全然聞いてもらえなかった」
ため息混じりのルゥナの言葉に、ピシカは小さく笑う。
「あれは一度懲りないとダメでしょ」
「懲りるって?」
「『魔物』の襲撃を受けるとかね」
「そんなの、ダメだよ。そうなってからじゃ遅いのに。それに、わたしたちは早く動かなくちゃでしょう?」
「まあね。でも、多分、好機はもうすぐ訪れるわよ」
「好機?」
ルゥナが手を止め、ピシカを覗き込んでくる。
彼女はそれに、答えなかった。チラリとルゥナを見て、ひげを震わせる。
(アイツがあの時のルゥナの力に気付いてないわけないわよね)
気付いたからには、きっと『彼』はルゥナを追ってくる。トルベスタ攻略など、二の次にして。
『彼』がこちらへ来るか、それともシュリータに向かうかは、賭けだ。
けれど、何となく、ヤンダルムに先に来そうな気がする。
(あの頃も、アイツはヤンダルムを目の敵にしてたしね)
百五十年前の道中で、ヤンダルムはその無骨さとは裏腹の優しさで、何くれとなくルゥナの世話を焼いていた。ルゥナがそんなヤンダルムに微笑みかける度に『彼』が苛立っているのが伝わってきたものだ。
この部屋から抜け出すことは、今でも簡単にできる。けれど、ヤンダルム領内を隈なく索敵している翼竜の目を逃れるのは、困難だ。
(だけど、アイツがここを襲えば、それどころじゃなくなるものね)
竜騎兵はそこそこの打撃を受けるだろうが、そもそも彼らがピシカの邪魔をしたのが悪いのだ。
「ピシカ?」
フンと鼻を鳴らした彼女を、ルゥナが髪を揺らして覗き込んでくる。
「とにかく、そのうち何とかなるわよ」
まだ何か問いたげなルゥナを無視して、ピシカは彼女の膝の上で鼻面をお腹に突っ込んで丸くなった。
「もう、ピシカのいじわる」
そう言いながらも、またルゥナの手が動き出す――ゆっくりと、何度も。
彼女が放つ『温もり』に包み込まれて、ピシカは『眠り』と呼ばれるものに近い状態へと墜ちていった。
それなのに、あの遣り取りを覗き見してから、何故か、ピシカの心にはチクチクと細かな棘が刺さるような、そんな不快感が付いてまわっている。
彼らにとったら、ルゥナは、ただの『山の中で行き倒れていた少女』だ。
それなのに、とても彼女のことを気遣っているように感じられた。きっと、ルゥナ一人をここに残していく選択肢など、彼らにはないのだろう。
エディには少し事情を話してしまったけれど、あの時の彼の様子も真剣で、ルゥナのことを考えて頭の中がいっぱいなのがヒシヒシと伝わってきた。
ピシカはルゥナを見つめる。目が合って、微笑みながら首をかしげて問い掛けるような眼差しを向けてくる彼女に、何故、と思った。
(どうして、彼らはこの子のことをそんなにも想うのだろう?)
百五十年前も、ルゥナの周りの者たちは、彼女のことを思いやっていた。
今も昔も、ピシカは『邪神』封じについて詳しいことを話してはいないけれど、もしも全てを話したら、一体どんなことになるのだろう。
ルゥナは、協力を拒むだろうか。
エディたちは、ルゥナに何を望むのだろう。
「ピシカ? どうしたの?」
心配しています、というのがありありと伝わってくる声と眼差しに、ピシカはハッと我に返る。
「何でもないわよ。あ、そうだ。エディにはちょっと話しちゃった」
「話しちゃったって?」
「あんたが二百歳近い年寄りだってこと」
「え……」
ルゥナは絶句している。と思ったら、おろおろと両手を床について身を乗り出してくる。
「エディ、何か言ってた?」
「べっつにぃ」
ルゥナのことは何も言っていなかったけれど、あの時彼から伝わってきたのは、ルゥナに対する温かく明るい感情だった。少なくとも、気味悪がっているとか、恐れているとか、そんな陰性のものではなかった。
ルゥナにそう伝えてやれば、喜ぶかもしれない。いいや、きっと喜ぶ。
けれどピシカは、そうしなかった。ただ黙って、尻尾を揺らす――自分でも不可解な何かに囚われて。
「二百歳、かぁ……そう言われると、そうなんだよねぇ……」
しみじみと、という口調で、ルゥナが言う。
不意に、ピシカは彼女に問いかけたくなった。
「アンタ、後悔したりしたことはないの?」
気付くと言葉は口からこぼれ出していて、しまった、と思った時には遅かった。
唐突なその問いに、ルゥナが首をかしげる。
「後悔?」
繰り返されて、ピシカは適当にごまかしてしまおうかとも思ったが、結局さらに続けていた。
「そうよ。やめときゃ良かったとか、思わないわけ?」
「何で?」
逆に尋ね返されて、ピシカは面食らう。
「わたし、やめないよ? もっと……いい方法があるなら別だけど、他に方法がないなら、わたしはやめない」
迷いを微塵も感じさせない声でそう言って、ルゥナはピシカに手を伸ばしてきた。
今度はふわりと優しく、包み込むように抱き締めてくる。そうして小さく柔らかく温かな手が、首筋から背中を何度もゆっくりと撫で下ろす。
ピシカは温度や感触で快、不快を感じることはない。
だけど。
(こういうのは、悪くないと思うわ)
ルゥナから発せられる温かな波動に微かに身体を震わせながら、ピシカは胸の内で呟く。
ルゥナはろくに考えもせずに自分自身の人生を投げ出す決断を下してしまうような愚か者だけれども、多分、『何か』を持っている。ヒトの怪我や病を治す力以外の『何か』を。
その『何か』が、自分と彼女の違いなのだろうか。
(その『何か』を持っていれば、アタシもこんなことをしなくて済んだの……?)
自問に答えはない。きっと、永久に得られない。ピシカはそもそも彼らとは全く『違う』のだから。
「わたしたち、ここから抜け出せるかなぁ……」
不意に、ルゥナがそうこぼした。
「わたし、ここに連れてこられてから毎日会うたびヤンダルムを説得しようとしてみたんだけど、全然聞いてもらえなかった」
ため息混じりのルゥナの言葉に、ピシカは小さく笑う。
「あれは一度懲りないとダメでしょ」
「懲りるって?」
「『魔物』の襲撃を受けるとかね」
「そんなの、ダメだよ。そうなってからじゃ遅いのに。それに、わたしたちは早く動かなくちゃでしょう?」
「まあね。でも、多分、好機はもうすぐ訪れるわよ」
「好機?」
ルゥナが手を止め、ピシカを覗き込んでくる。
彼女はそれに、答えなかった。チラリとルゥナを見て、ひげを震わせる。
(アイツがあの時のルゥナの力に気付いてないわけないわよね)
気付いたからには、きっと『彼』はルゥナを追ってくる。トルベスタ攻略など、二の次にして。
『彼』がこちらへ来るか、それともシュリータに向かうかは、賭けだ。
けれど、何となく、ヤンダルムに先に来そうな気がする。
(あの頃も、アイツはヤンダルムを目の敵にしてたしね)
百五十年前の道中で、ヤンダルムはその無骨さとは裏腹の優しさで、何くれとなくルゥナの世話を焼いていた。ルゥナがそんなヤンダルムに微笑みかける度に『彼』が苛立っているのが伝わってきたものだ。
この部屋から抜け出すことは、今でも簡単にできる。けれど、ヤンダルム領内を隈なく索敵している翼竜の目を逃れるのは、困難だ。
(だけど、アイツがここを襲えば、それどころじゃなくなるものね)
竜騎兵はそこそこの打撃を受けるだろうが、そもそも彼らがピシカの邪魔をしたのが悪いのだ。
「ピシカ?」
フンと鼻を鳴らした彼女を、ルゥナが髪を揺らして覗き込んでくる。
「とにかく、そのうち何とかなるわよ」
まだ何か問いたげなルゥナを無視して、ピシカは彼女の膝の上で鼻面をお腹に突っ込んで丸くなった。
「もう、ピシカのいじわる」
そう言いながらも、またルゥナの手が動き出す――ゆっくりと、何度も。
彼女が放つ『温もり』に包み込まれて、ピシカは『眠り』と呼ばれるものに近い状態へと墜ちていった。
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