癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第四章:飛竜の猛将

急襲①

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 ヤンダルムの穴倉のような一室で、ピシカと二人で三晩を過ごした後のことだった。
 寝台に座ったルゥナの膝の上で丸まっていたピシカが、ピクリと耳を動かす。
「ピシカ?」
 唐突に身動きを見せた彼女に、ルゥナが首を傾げた。
「来たのよ、あいつが。これで逃げ出せるわ。流石に、ここも大騒動になるでしょうしね」
 謎めいたピシカの台詞では、ルゥナにはさっぱり状況がつかめない。
「あいつって……?」
 眉をひそめながらルゥナは手を差し伸べようとしたけれど、それよりもいち早く彼女は身を翻して床へと飛び降りてしまった。

「アタシはエディたちを連れてくるから」
 言うなり扉へと突進していく。
「え? だって、ピシカ、扉が――!」
 寝台に片手をつき、もう片方を伸ばして仔猫を引き止めようとしたルゥナだったが、次の瞬間起きた現象に、息を呑んだ。
 薄紅色の小さな身体は、まるでそんなものなど存在しないかのように、するんと扉の向こうに抜け出していってしまったのだ。
 慌てて扉に駆け寄り、触れて、その硬さを実感する。

「ピシカ……」
 彼女にこんなことができるとは全く知らなかったルゥナは床に座り込んでまじまじと扉を見つめてしまったけれど、考えてみたら、可愛らしい姿をしていてもピシカは仔猫などではないのだ。
「神さま、だもんね……」
 もしかしたら、あの形さえ、本当のものではないのかもしれない。

 最初に、ピシカがルゥナの前に現れて「この世界を救いに来たの」と言った時、ルゥナは彼女に神なのかと問い掛けた。世界を救うというなら、そういう存在だと思ったからだ。
 あの時、ピシカは否定も肯定も返さなかった。
 ただ、好きなように考えればいい、と言っただけで。

 すごい力を持っていて、何の関係もないルゥナたちを助けようとしてくれて。

 そんな存在を、他に何と考えれば良いのか判らなかったから、ルゥナはピシカを神さまなのだと思っている。
 ――彼女がそう言うたびに、ソワレは鼻の頭に皺を寄せたけれども。

「でも、わたしはピシカを信じてるもの」
 誰もいない部屋の中で、ルゥナはポソリと呟く。
 と、不意に、扉の外が、騒がしくなった。扉に耳を押し当てると、バタバタと、何人もの人が行き来する足音が聞こえてくる。
(何だろう)
 ルゥナがここに入れられて、もう十日くらいにはなるけれど、こんなふうに気配がざわついたことはない。いつもシンと鎮まり返っていて、一日一回顔を見せるヤンや、食事を持ってくる兵士くらいしかいないのではないかと思ってしまうくらいだ。
(何が起きているんだろう)
 ルゥナは立ち上がり、後ずさって扉を見つめる。
 どれだけ人の気配が溢れていても、それが開かれる気配はない。
 部屋の中央に佇んで、エディたちを連れてくるというピシカの言葉を信じて、待った。
 そうしているうちに足音は止んだけれど、静かな気配に緊張感がみなぎり始める。空気が、痛いほどに張りつめていた。

(あまり、良くないことな気がする……)
 思わず、ルゥナがギュッと目を閉じた時だった。
 ガン、ガン、と二度ほど激しく扉が叩かれる。いや、叩くというよりも、何かが叩き付けられているというか、ぶつかってきているというか。
 ビクリと、文字通りその場で跳び上がったルゥナは目を見開いて扉を注視した。頑強なそれが、少し、ぐらついているように見える

 と。

「ルゥナ! 扉から離れてろ!」
 外からの、怒鳴り声。
 もう充分に戸口から距離を取っていたルゥナは、更に数歩、下がる。
 再び、激しい物音。
 それが三度ほど繰り返された時、ものすごい勢いで扉が開け放たれた。
 ぶつかる距離ではなかったけれど、ルゥナは思わず後ろに跳んでしまう。
「ルゥナ!」
 真っ先に跳び込んできたのは、エディだ。グルッと部屋の中を見回して真っ青な目でルゥナを見つけると、強張っていた顔がふと緩んだのが見て取れた。
「あ……エディ……」
(来てくれた)
 彼を信じていなかった訳ではない。でも、やっぱり、ホッとする。
(何か言わないと)
 ありがとうとか、なんとか。
 そう思って口を開きかけたルゥナに、兄を押しのけてフロアールが駆け寄ってくる。

「ルゥナ、大丈夫? ひどいこと、されてませんわね?」
 彼女はギュッと一度ルゥナを抱き締めて、それから身体を引いて少し距離を取る。フロアールの視線がルゥナの頭のてっぺんからつま先まで一往復したかと思うと、その目がキュッとすぼまった。
「少し、痩せましたわ」
 唇を尖らせた彼女はそう言うと、ハッと眉を逆立てる。
「まさか、あなたを従わせようと、兵糧攻めにしたとか!?」
「あ、や、違う、違うよ、ヤンダルムはそんなことしてないから!」
 少し危険な光を帯びているフロアールの眼差しに、ルゥナは慌ててかぶりを振る。
「本当に……? まあ、確かに、わたくしへの対応は至極丁寧でしたけれど……」
 フロアールは呟き、少し目付きを和らげた。そこへ、妹に押しやられる形になっていたエディが割り込んでくる。
 何となく、ムッとしているように見えるのはルゥナの気のせいではない気がする。

(わたしのせいで、足止めされちゃってたから、かな……)
 こうやって一緒にいるということは、多分、フロアールは早々にエディたちに返されたのだろう。ルゥナも連れて行こうと思ってくれていたから、ずっと機会を窺っていたに違いない。それで、何日か無駄にしてしまったのだ。
 早く国を取り戻したいと思っているエディには、もどかしい時間の浪費だっただろう。
「あの、ごめんなさ……」
 謝ろうとしたルゥナに、エディが顔をしかめる。
「何がだ? 謝るなら俺の方だろ?」
「え?」
「君をヤンダルムに連れて行かせた」
 ぼそりとエディがこぼした台詞に、ルゥナは一瞬目を丸くした。
 戸惑う彼女に、フロアールが朗らかに笑いかける。
「お兄様はわたくしに先を越されたからふくれてるだけですわ?」
「え? 先?」
(何の?)
 眉根を寄せるルゥナに、フロアールがフフッと笑った。そんな彼女たちに、更にぶっきらぼうな顔と口調でエディが言う。

「おい、そろそろ行くぞ。あいつらに気付かれる」
「あ、うん」
 彼の言葉で状況を思い出したルゥナは、慌てて頷いた。
 あいつら、とはヤンダルムの兵士達のことだろう。けれど、何故、彼らにこんな隙ができたのか。
「あの……何があったの? ヤンダルムの兵士は?」
 首をかしげたルゥナに、エディが肩をすくめる。
「よく判らない。急に外が騒がしくなって、どうやらみんな外に出て行っているみたいだ。まさか、シュリータがこんな所まで攻めてくる筈がないだろうし、獣が出たくらいではヤンダルムの竜騎兵が大騒ぎするとは思えないしな」
「外に……」
 ルゥナが顔を上げて見回せば、皆同じ疑問を抱いているのか、一様に渋い顔をしていた。
「とにかく、行くぞ」
 エディがもう一度言って、踵を返して部屋を出て行く。

 静まり返った岩壁の廊下には、ルゥナたちの他には誰もいなかった。
「やはり、皆出払っているようですね」
 先行するスクートが、油断なく辺りを窺いながら声を潜めて言う。そんな兄に返したのは、サビエだ。
「よっぽどの一大事なのか。まあ、この城じゃあ入口は限られてるから、中を警戒する必要はないんだろうけどな」
 ヤンダルムの住居は自然の洞窟を利用している為、作りは簡単だ。
 通路は曲がりくねってはいるものの、出口に向けて集束していく形で枝分かれしていて、迷うことはなかった。
 他の道との合流を重ね、次第に通路は広くなっていく。
 やがて先方に陽の光が射し始めた時、スクートが皆に立ち止まるように手を振った。
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