癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第四章:飛竜の猛将

急襲②

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「何だか騒がしいですね……壁際に寄って進みましょう」
 少し隊列を変えて、先頭にスクートとサビエ、次にルゥナとフロアールを挟むようにしてエディとトール、そして一番後ろにバニークを置いて、出口へと慎重に足を進める。
 次第に大きくなってくる喊声かんせいは、否応なしに不安を掻き立てる。
「そこで止まって」
 ルゥナたちがスクートの指示に従うと、彼はそろりと出口に向かった。
「これは……」
 外を覗き、息を呑んで絶句するスクートサビエに、エディが近寄る。
「何なんだ――!」
 長身の二人を押しのけるようにしたエディは、双子に手をかけたまま、固まった。その三つの身体が壁になって、外の様子はよく見えない。ルゥナは我慢できなくて一歩を踏み出す。
「あ、ルゥナ」
 タッと駆け出したルゥナをトールが捕まえようとするのを擦り抜けて、彼女はエディたちの元に行く。彼らの間からチラリと見えたモノにハッと唇を噛み、更によく見ようと身を乗り出した。
「あ、おい」
 振り返ったエディが、慌ててルゥナを洞窟の中へと押し戻そうとしたけれど、彼女はそれを振り払った。

 そうして、一面に広がる光景に目を見張る。

 天でも、地でも、何かが戦っていた。

「やだ、うそ……」
 上空に舞っているのは、竜騎兵だけではない。斧を構えた彼らが対峙しているのは、鳥なのか竜なのかよく判らない、けれど、翼をもつモノたちだ。空を埋め尽くさんばかりに溢れているのに、どれ一つとして、同じものはいないように見えた。
 それらは形だけでなく大きさもまちまちで、ヤンダルムの竜よりも大きなモノもいれば、遥かに小さいモノもいる。
 そして、その空飛ぶモノたちは、ただ竜騎兵を相手に戦っているだけではなかった。
 北西の方から新しく舞ってきたモノが、フッと地面に近付くとその度に何かを落としていく。
 それらもまた、異形だった。
 多くは四足、その中には二本の足だけで立ち上がる姿もある。
 狼なのか、熊なのか、それとも、まったく別の何かなのか。
 地面に落とされたそれらはもんどりうって体勢を整えると、間髪を容れずに近くにいる人間――ヤンダルムの兵に襲いかかっていく。空でも地でも、人一人に対して数体の歪な獣が群がっていた。
 ヤンダルムの兵士は果敢に得物を振るっていたけれど、異形は次々に現れる。

「何なんだ、アレは……」
 一度は振り払われた両手でしっかりとルゥナの肩を掴んだエディが、呟く。彼の手の中で、ルゥナは答えた。
「あれが、『魔物』だよ? 『邪神』の力に侵された、なれの果て……」
「『邪神の』って――邪神がアレを生み出すのか?」
 ルゥナは、答えるべきかどうか、迷った。
 本当のことを伝えるべきなのか。
『邪神』は魔物を無から生み出すわけではないことを。
 あの『魔物』の、正体を――
 見渡せば、どこもかしこも、異形ばかりだった。

 ルゥナは俯く。

(わたしが、百五十年前に失敗したからだ。その百五十年で、こんなに広まってしまったの?)
 平和で何の変りもないように見えたのは、見せ掛けだけだったようだ。
 ヤンダルムは、ルニア大陸のほぼ中央だ。
(それなのに、こんなにもたくさん、あの力に侵されたモノの姿を見るなんて)
 そう思って、ルゥナはふと小さな違和感に気付いた。
(あれ、でも……)
 目を上げると、やはり続々と新たな異形が運ばれてきている。
 そう、こんなふうに『運んで』くるのはおかしいのではないだろうか。

(まるで、誰かが指揮を執ってるみたい)

 エディたちの話によれば、魔物とマギクは手を組んだのだという。
 その誰かは、マギク兵なのだろうか。
(でも、『魔物』がマギクのいう事を聞くなんて、そんなことをするかしら……?)
 それに、一面に戦いを繰り広げている中で見受けられる人間の姿は、斧や剣を手にしたヤンダルムの兵ばかりだ。魔法兵士であるマギクの者は、一つもない。
 この大群の頭脳となる人間の姿は、見られなかった。
 異形のほとんどは、所詮、獣だ。異種族を集めれば、当然、互いに争い始めるはず。
 それなのに、異形たちが襲いかかるのは、ヤンダルムの兵だけだ。
 数頭を飼い慣らすならともかく、それをこんなふうに統制するなんて。

(まるで、何かに操られているみたい)
 そんなふうに考えて、ルゥナはドキリとした――自分の中に浮かんだ、『操る』という言葉に。
 その力を持つ者の姿が、懐かしく慕わしいその姿が、脳裏に浮かんだから。
 彼なら、きっと、可能だ。
「魔物がこんな所まで攻めてきたなら、トルベスタはどうなったんだ?」
 軋るようなエディの声と、肩を掴む力の強さで、ルゥナはハッと我に返る。横を見上げて彼を見、そしていつの間にかすぐ近くに来ていたトールを振り返った。
「トルベスタは――」
 トールは一度きつく唇を噛み締め、そして続ける。

「トルベスタは、大丈夫だ。ほら、皆空から来ているだろう? きっと、陸路は取れなかったんだ。トルベスタ領内を通り抜けることは、できていないんだよ」
 その声は、半ば自分自身に言い聞かせているようだった。
「うちは小ズルい手が得意だからね、そう簡単にはやられないから。敵を殲滅、とかは無理だけど、逃げたり足止めしたりなら完璧にこなしてくれるさ」
 楽観的な口調でそう言ったトールは、ルゥナと目が合うとニコリと笑う。明るい笑顔なのに、その目の奥にある微かな影に、彼女は気付いてしまった。

(わたしが、ちゃんとやれなかったからだ)
 果たすべきことを成し遂げられなかったその結果を目の当たりにするたび、ルゥナの胸の中には自責の念が込み上げる。
 百五十年前に、ルゥナは自ら荷物を背負うことを決めたのだ。一度決意したなら、全うしなければならないのに、彼女はかつて失敗した。
 昔、隣にいた双子の弟は、渋い顔でしょっちゅう言っていた。
 何故、ルゥナはそんなふうに全てを背負い込もうとするのだと。そんな義理はひとつもないではないか、と。
 だけど、ルゥナはずっと思っていた。
 ルゥナたちが力を持っているのには、何か意味があってのことなのだ――意味があって欲しい、と。

 自分達が『普通』ではないこと、他の皆に受け入れてもらえないことに、ルゥナは何か理由が欲しかった。
 だから、ピシカから話を聞いた時、すんなりと納得した。
 自分の力はその為に使うべきだと。
 自分にやれることをやる。
 それは彼女の存在意義であると言ってもいい。
 ルゥナの力が何かの役に立つというのなら、全力を尽くすべきだった。
 不意に、ふくらはぎの辺りに痒いような痛みが走る。見下ろすと、薄紅色の猫が小さな前足でそこをひっかいていた。

 微笑んでルゥナが抱き上げると、ピシカは彼女を励ますように「にゃあ」と鳴いた。
 それが合図であったかのように、スクートが一同を見渡す。

「まあ、いずれにせよ、私たちにとっては願ってもない状況です。ヤンダルムも我々に関わっている余裕などなさそうですからね」
「ああ、そうだな。ちゃっちゃとここからおさらばしようぜ。岩穴はもううんざりだ」
 おどけた調子で応じたサビエに、皆が一斉に頷いた。
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