癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第五章:それぞれの思い

寛恕①

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 何からどう話せばいいのだろう。
 エディはルゥナを前にして、すぐに切り出すことができなかった。
 エデストルを追われて、ベリートを喪って、魔物と戦って――双子たちや妹と共に旅に出てからまだ二月と経っていないというのに、とても多くのことがあった。
 エディは膝の上に置いた両手をきつく握り締める。

(俺はエデストルの王子だ)
 それは、生まれてきた時から決まっていたこと。
 だが、立て続けに起きた出来事の中で彼が実感したのは、自分に何の心構えもできていなかったという事だった。
 各国の王族は『英雄』の子孫。
 そんなお伽話が現実になって痛感したのは、自分にはそんな気構えも強さもないという事だったのだ。

(俺がマギクや魔物と戦うのは、国の為だ。父上の仇を討って、母上と国を取り戻して――)

 それから、どうする。

 そうしたいと思っている自分の胸の中にあるものは、一体なんなのだろう。

 一番強いのは、憎しみの筈だ。そして、義務感。
 父とベリートを殺され、国を奪われたから、魔物とマギクが憎い。
 自分はエデストルの王子であるし、二人の、そして戦って散っていった多くの兵達の為にも、奴らを倒さなければならない。
 かたき討ちと祖国の復興。
 それが、彼の『戦う理由』だった。
 エディは目の前の儚げな少女を見つめる。
 ピシカの言葉を信じるならば、ルゥナは古の『英雄』そのものなのだ。全く、そんなふうには見えなくとも。
 人が戦いを決意する理由には、どんなものがあるのだろう。
 エディの中に根を張っているもの以外に、どんなものが。

「君は、なんで邪神封じに力を貸そうと思ったんだ?」
 彼のその問いかけに、いったい他にどんな質問に身構えていたというのか、ルゥナが大きく瞬きをする。
「え?」
 ルゥナにとっては予想外のもののようだったが、それは、ピシカから彼女の秘密を聞かされた時から、ずっとエディの胸の中に凝っていた疑問だった。
 ルゥナは、見るからに非力な少女だ。確かに癒しの力はけた外れだけれども、邪神と対峙するような強靭さを持っているとは思えない。それに、ピシカの話では、かつてルゥナが所属していた世界は、彼女にとって優しいものではなかった筈だ。
 そんなものの為に、何故戦おうと思えたのか。
(ルゥナにとって、世界は『敵』にも等しかったんじゃないのか?)
 ピシカは、ルゥナは二日と同じ場所には留まれなかったと言っていた。一度などは捕らえられて、幽閉されて、役立たずだと判断されたらボロ布のように打ち捨てられたのだと。
 そんな暮らしはつらかった筈だ。
 そんな目に遭わせる人々を、憎んだ筈だ。
 ――それなのに、それでも人々を救う為に力を尽くそうと思えたのは、何故だったのだろう。
 ルゥナに恨みを忘れさせたのは、何だったのか。
 エディは、それを知りたかった。

「確かに邪神の力は恐ろしいけど、君自身の為には、別に協力しなくても構わないんだろう? その力がルニア全土に及ぶまでに数十年はかかるから、邪神から遠く離れた場所に逃げてしまえば、君は天寿を全うするまで問題なく生きていけたはずだって」
 ピシカは、そう言っていた。必ずしも、ルゥナが力を貸す必要はなかったのだと。彼女が自分自身のことだけ考えて逃げ出したとしても、誰に責められるものでもない。皆、自分自身が可愛いに決まっている。ましてや、自分を虐げていた者の為に力を差し出すだなんて。
 食い入るように見つめるエディに、ルゥナは少し困ったような顔で微かに首をかしげた。銀髪が、サラリと肩から落ちる。
「でも、放っておいたら、大変なことになるでしょう?」
「君には関係ないことじゃないか。実際、見てみろよ。君がいた頃から、百年以上が経っているんだろ? だけど、世界は大丈夫じゃないか」
 言いながら、何となく、エディは腹立たしくなってくる。
 ルゥナは華奢だ。一つか二つ年下のフロアールと、そう変わらない体つきをしている。そんな彼女に戦えだなんて、そもそも何かがおかしい。間違っている。たとえ彼女が拒んだって、きっと誰も責めやしない。

「自分にひどいことをした奴らなんて、どうなったっていいじゃないか。何で助けようだなんて思えるんだ?」
 苛々と、彼自身が気付かないうちに声が荒くなっていく。
 エディは魔物もマギクも赦せなかった。憎いと思う。倒さなければならないと思う。
 そう思うのに、彼の中の何かが揺らいでいた。そしてその揺らぎが、彼には気に入らない。まるで、自分から強さが失われていくような気がしてならなかったから。
「君は皆から追われていたんだろう? その力を狙われて、道具みたいに扱われて。何でそんな奴らの為に戦おうとなんて思えたんだ?」
 ぶっきらぼうにそう問いを投げたエディを、ルゥナがキョトンと見返してくる。何故そんなことを訊かれるのか、さっぱり解からないというように。
 そうして、彼女が答える。

「だって、助けてくれた人もいたもの」

「え?」
 エディは眉をひそめた。そんな彼に、ルゥナは続ける。
「追いかけてくる人の方が多かったけれど、でも、助けてくれる人もいたのだもの。かくまってくれたりとか、寒い日に温かなご飯を食べさせてくれたりとか。エディが言うように、閉じ込められて、死にそうになってる人を治せって言われたこともあるし、わたしを捕まえようとして追いかけてくるたくさんの人から、ずっと逃げてた。でも、そういう人がいたからって、そうでない人まで嫌うことなんてできないもの」
「だけど、嫌な奴の方が多かったんだろ?」
「それは、そうだけど――どちらが多くてどちらが少ないっていう問題じゃないから……百人のうちに一人優しくしてくれる人がいたら、わたしにはその一人が他の九十九人よりも大事なの。それに、人だけじゃないでしょう? ルニアには、鳥も、動物も、木や花もいるのよ? わたしは、みんな、好き。邪神の力は人間だけに及ぶわけじゃないから、やっぱり、何とかしたいと思うの」

 ルゥナの表情は気負っていたり悲壮であったりするところは欠片もなく、ただ、単純に心の底からそう思っているだけのようだった。エディにはそれが理解できなくて、呻くように言う。
「俺は、マギクを許せない」
 強い口調で言い放ったその台詞に、夜空を思わせるルゥナの瞳が悲しげに曇った。
 彼女のその眼差しの陰りにエディの胸がチクチクと痛み、誰にともなく言い訳がましい思いを抱いていてしまう。
(当然だろう? あいつらは敵なんだから)
 マギクも魔物も、敵――敵は、赦してはいけないのだ。
 それなのに、魔物を切り捨てた時の感触が、いつまで経ってもエディの手のひらから消えていかない。刃が肉を切り裂く感触も、生温かい返り血が頬に飛んだ感触も。
 戦う以上、自分が殺されない為に相手を殺すのは当たり前だ。
 だが、ただただ命を奪うだけの剣は、やけに重く感じられたのだ。
 ――まるで、そうすることに彼自身がためらいを覚えているかのように。

(ためらい? いや、まさか)
 そんな筈はない。
 エディは何度も何度も自分自身に向けて繰り返してきた。
 魔物は、敵だ。マギクと共に、父やエデストルの兵士達の命を奪った輩だ。
 それを斃すという事は、敵を討つことに等しいのだから。
(じゃあ、何故、俺はこんなふうにグダグダ考えているんだ?)
 判らない。色々なものが入り混じっているようで、エディには何も判らなかった。

 そんな彼の心中に気付いているのかどうなのか、ルゥナが口を開く。
「マギクも、仲間なのよ?」
 おずおずとした囁きに、エディの頭にカッと血が昇った。つい先ほど、ルゥナの悲しげな顔を見た時に後ろめたさのようなものを覚えてしまった反動で、必要以上に強い口調で言い返してしまう。
「あいつらの方が先に裏切ったんだ! 父上を殺して、エデストルの国土を踏みにじった! 俺に力があれば、こんな所に来るまでもなくあいつらを叩きのめしてやれたんだ! ベリートだって、俺に力がないからってあんなふうに命を捨てやがって――父上亡き後、俺が皆を守らなくちゃいけなかったんだ。なのに……なのに――ッ」
 吐き捨てるように口走り、エディはハッと息を呑む。
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