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第八章:明かされる真実
決裂①
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ソワレはルゥナから目を逸らし、何もない地面をジッと見つめている。そんなふうに打ちひしがれている彼を見るのは、初めてだった。
いつもソワレは泰然としていて、落ち込んだところもつらそうなところも――少しでもルゥナが不安になるようなところは、決して見せなかった。
「ソワ……」
ソワレに慰撫の声をかけようとして、ルゥナはハタとエディたちのことを思い出す。
彼らは、まだ戦い続けていた。
唯一無二の弟のことも気になるけれど、まずはエディたちのことを何とかしないと。
ルゥナはソワレの腕を掴んだ手に力を込める。尖った鱗が手のひらに食い込んでもそのまま握り続けた。
「ソワレ、エディたちを戦わせるのをやめて」
ソワレは動かない。
「ね、お願い。エディは、最初にわたしのことを助けてくれたの。それからずっと一緒に旅をして、優しくしてくれたんだよ。ピシカに起こされて、初めて会ったのがエディたちだったの。それからずっと助けてもらった――色んな意味で」
沈黙。
「ソワレ、お願い」
ルゥナは、頭一つ半分高い位置にあるソワレの目をジッと見上げた。視線が合わなくても、見つめ続ける。
そして、小さなため息がルゥナの前髪をくすぐった。
彼はルゥナと目を合わせないまま彼女の手を右腕からそっとどかすと、投げやりな様子で何かを払うようにそれを振る。
と、ピタリとエディたちの動きが止まった。
ルゥナが見守る中で彼らはキョロキョロと周囲を見回している。
ソワレの陰から覗くようにしてルゥナがその様子を見つめていると、エディの目が彼女たちの方に向けられた。
ピタリとその動きが止まる。
と思ったら、ものすごい勢いで駆けてきた。
「お前!」
エディの怒声。
その声の激しさに、思わずルゥナはビクリと肩をすくませた。そんな彼女が目に入っていないのか、エディは地面を蹴って跳躍すると、剣を振り上げソワレに切りかかってくる。
「ルゥナを返せ!」
「愚か者が」
呟きと共にソワレは片腕でルゥナを抱え込み、もう片方の腕でエディの剣を受け止めた。そしてそのまま跳ね飛ばす。
「チッ」
ソワレにきつく抱き締められたルゥナの耳に、エディの小さな舌打ちが聞こえた。彼はクルリと身軽く空中でトンボを切って、大地に叩き付けられるのを回避する。まだ小柄な身体は土煙を立てながら地面を滑った。その速度を相殺しきれないうちにエディは身を起こし、一瞬の躊躇もなくまたソワレに向かってくる。
「ルゥナはどこだ!?」
ソワレの身体にすっぽりと包まれているルゥナの姿が、エディには見えていないらしい。猛り立った鎧猪のようにがむしゃらに突進してくる。
ルゥナはソワレの長衣を掻き分け、大きな身体の陰から何とか頭を覗かせた。
「エディ、エディ、待って!」
「ルゥナ!?」
一歩を踏み込み身体を捻り、ソワレの胴――まさにルゥナの顔があるその場所目がけて斬り付けようとしていたエディは、のけ反るようにしてその腕を止める。
がら隙になったエディに向けて、ソワレが腕を薙ぐ。それがかすってもいないのに、エディの身体は吹き飛ばされ、今度はもんどりうって地面に叩き付けられた。
「エディ!」
彼の元へ駆け寄ろうとしても、ソワレの強い腕はびくともしない。
派手に飛ばされたにもかかわらず大きな怪我はなかったようで、ルゥナの心配をよそにエディはすぐさま起き上がった。
「貴様、ルゥナを放せ!」
吠えるエディに、ソワレはしっかりとルゥナを抱え込んだままゆっくりと向き直る。
「お前たちにルゥナは渡さない。お前たちはルゥナ一人に全てを負わせようとしているんだろう? そんなことはさせるものか」
冷ややかな声だった。背中から包み込むように抱き締められているルゥナには確認できないけれど、きっと、その目も同じように冷たいのだろう。
振り返って取り成そうとしたルゥナだったけれど、ピシャリと返してきたエディの声に、動きが止まる。
「ああ、そんなことはさせない」
「え?」
訝しむ声は、ソワレとルゥナの両方の口から漏れた。
「ピシカに全部聞いた。ルゥナを千年も眠らせるなんて、させるもんか」
「でも、邪神が――」
しどろもどろで返そうとしたルゥナを、キッとエディが睨み付ける。
「でももくそもない。させないと言ったらさせないんだ」
ルゥナを捉えているソワレの腕の力が緩んだのは、彼もエディの言葉に呆気に取られているからだろうか。
いつの間にかヤンやトールたちも近付いてきていて、ルゥナは戸惑い混じりの目を彼らに向ける。
彼らの『印』は邪神封じのためにある。その為に、何世代にも渡って神器も引き継いで。
彼らにとって、それが一番重要なことのはず。
そして、邪神を封じるにはルゥナの中に閉じ込めるしかなくて――
それが、ルゥナの存在意義だと言ってもいいくらいだ。
ルゥナの眼差しでの問いかけに、ヤンは肩をすくめ、トールはニッコリと笑い返してきた。それが何を意味しているのかが判らない。まさか、エディと同じ考えというわけではないだろう。
またエディに目を戻すと、怒ったような声で彼は言った。
「本当に、邪神ってやつを君の中に封じ込める以外の道はないのか?」
「え……」
「他に、方法はないのか?」
「ピシカは――」
ルゥナは口ごもった。そんな彼女にエディは手を伸ばし、両方の二の腕を掴んでくる。痛いくらいの力に思わずビクリと肩が跳ねた。エディは少し眉をしかめて力を緩めると、真剣な眼差しでルゥナの目を覗き込んでくる。
「アイツの言うことじゃない。ちゃんと他に手が無いのか、探してみたのか? 君も、昔の『英雄』たちも。考えに考え抜いて、それでも他に方法がなかったのか?」
「それは、わたし、は」
「考えもしなかったんだ。そうだろ?」
容赦なく詰め寄られ、どうしようもなくルゥナはうつむいた。つむじの辺りに、エディの視線を感じる。
かつて、まだイシュラにいた頃、そこで生じた奇妙な病の原因が邪神であることを、ある日突然現れたピシカから教えられた――そして、邪神を放っておけば、いずれ世界が滅びてしまうということを。
世界を守るためには、ルゥナの身に邪神を封じなければならない。
選択を委ねられ、ルゥナは良く考えた末に決めたはずだった。
ピシカに言われたこと、それを受け入れるか、拒否するか。
ルゥナにとっての選択肢はその二つだけで、『他に』なんて、考えようともしなかった。
今エディに問われるまで、頭の片隅にすら浮かばなかった。
(わたしは、何か間違えてたの?)
エディに腕を掴まれたまま、顔だけで振り返ると、ジッと見下ろしてくるソワレの眼差しがある。見た目は変わってしまっていても、そこにある光は昔と同じ、ルゥナを優しく包み込んでくれる。そこには、前にはなかった――彼女が気付いていなかった、悲しげな色もにじんでいた。
前を向いたらかつてのソワレとよく似たエディの真っ青な目が、その向こうからはヤンやトールが彼女を見つめている。
エディは少し身体を屈めてルゥナの目を覗き込んでくる。
「今すぐ全部がどうにかなっちまうってわけじゃないんだろ? だったら、他に何か手が無いか、探そう」
「だけど、魔物が……わたしが邪神を封じたら、そうしたらもうだいじょうぶになるんだよ?」
「全然、まったく、これっぽっちも『ダイジョウブ』なんかじゃない! どこがだよ!?」
エディは、怒っていた。
それは火を見るよりも明らかだ。
けれど、何故、彼が怒っているのかが解からない。
「でも、だって、新しい魔物はもう生まれなくなるし……みんな、何事もなく、何も変わらず暮らしていけるようになるでしょう? 全部、元通りで……」
何がいけないのか解からないまま、ルゥナは答えた。彼女にとっては、その選択が最善の道だと思われたのだ。
また、ルゥナの腕を掴んでいるエディの手にギュッと力がこもる。その強さに息を呑むと、彼はようやくその手を放して身体の両脇に下ろした。ルゥナから目を逸らして地面を睨み付けているエディの両手は、関節が白く見えるほどの硬い握り拳になっている。
「君は」
唸るような声。
それは低く過ぎて、ルゥナは聞きこぼしそうになった。
「え?」
眉をひそめてエディを見つめると、彼はギッと睨み返してきた。
「君は、どうなんだ? それでいいのか?」
やっぱり、怒っている。どこからどう見ても、怒っている。
ルゥナはおろおろと同じ台詞を繰り返すしかない。
「だって、エディだって、その方がいいでしょう? 邪神を何とかしないと、困るでしょう? みんなが良ければ、わたしは……」
「俺は良くない」
「え……」
「俺は、全然良くない。俺は嫌だ」
きっぱりと全否定を返されて言葉を失ったルゥナに、彼は目で彼女の背後に立つ者を示す。
「君の後ろにいるその弟だって、納得してないんだろ? だから、こうやって邪魔してくるんだ」
エディに言われて、ルゥナは反射的にソワレの顔を見上げた。心の内を見せない双子の弟は、エディの台詞を肯定も否定もしない。けれど、彼の行動は何よりも雄弁にその胸中を物語っているのだ。
エディは続ける。
「我が身を挺して世界を救うとか、君はそれでいいのかもしれないけど、俺は――そうやって君を犠牲にして救われた者は、いったいどう感じると思うんだ? 君と出会って、君のことを知って、君のことを――好きになった者が、どう感じると思う?」
「『犠牲』、なんて、そんなこと……」
エディの容赦のない切り込みに、ルゥナの声は口の中で消えていく。
彼の口調は、ルゥナのことを責めていると言ってもいいほどのものだった。
絶句し、ただただエディを見つめ返すことしかできないルゥナに、苛立ちで強張っていたエディの口元が少し和らぐ。そして、それまで彼の眼差しと声の中に満ち満ちていた怒りが、他の何かに取って代わられた。
「……俺は、悔やむ。君がしようとしていることが、一番確実で、唯一の道なのかもしれないけど、でも、このまま黙って君にそうさせたら、多分、俺はずっと後悔する。もっと他に何かできたんじゃないかって、他の方法があったんじゃないかって、死ぬまで考え続けて死ぬまで悔やむ」
苦しげに、唸るようにそう告げたエディに、ルゥナの胸は強い力で握り潰されたかのように痛んだ。
彼が露わにしているその苦しさは、さっきのソワレの告白の中にも溢れていたものと同じだ。
(正しいと、思っていたのに)
ルゥナには、判らなくなった。
みんなを守れると思っていたのに、最善の方法だと信じていたことだったのに、それが大事に想う人をこんなにも苦しめていたなんて。
(なんで? 何が違うの?)
百五十年前の『印』持ちたちがルゥナに向けたのは、感謝の言葉だけだった。
こんなふうに引き止めようとした者は、いなかった――ソワレ以外は。
「なあ」
うつむいていたルゥナは、のろのろと顔を上げる。なんだか、頭がうまく働いていない感じだった。
顔に続いて目を上げると、真剣な光を宿したエディの真っ青な目が向けられていた。
「君は、俺――たちと一緒に生きていけなくなることを、何とも思わないのか?」
「え?」
「ずっと眠ったままにしろ、目覚めたままにしろ、君は俺たちと同じ時を過ごせなくなるんだろ? 君だけが、全てから取り残されていくんだ。それでいいのか?」
ずきんと、ルゥナの胸が貫かれた。
それは、この時代に目覚めてからずっとルゥナの胸の奥でくすぶっていた不安だった。
いつもソワレは泰然としていて、落ち込んだところもつらそうなところも――少しでもルゥナが不安になるようなところは、決して見せなかった。
「ソワ……」
ソワレに慰撫の声をかけようとして、ルゥナはハタとエディたちのことを思い出す。
彼らは、まだ戦い続けていた。
唯一無二の弟のことも気になるけれど、まずはエディたちのことを何とかしないと。
ルゥナはソワレの腕を掴んだ手に力を込める。尖った鱗が手のひらに食い込んでもそのまま握り続けた。
「ソワレ、エディたちを戦わせるのをやめて」
ソワレは動かない。
「ね、お願い。エディは、最初にわたしのことを助けてくれたの。それからずっと一緒に旅をして、優しくしてくれたんだよ。ピシカに起こされて、初めて会ったのがエディたちだったの。それからずっと助けてもらった――色んな意味で」
沈黙。
「ソワレ、お願い」
ルゥナは、頭一つ半分高い位置にあるソワレの目をジッと見上げた。視線が合わなくても、見つめ続ける。
そして、小さなため息がルゥナの前髪をくすぐった。
彼はルゥナと目を合わせないまま彼女の手を右腕からそっとどかすと、投げやりな様子で何かを払うようにそれを振る。
と、ピタリとエディたちの動きが止まった。
ルゥナが見守る中で彼らはキョロキョロと周囲を見回している。
ソワレの陰から覗くようにしてルゥナがその様子を見つめていると、エディの目が彼女たちの方に向けられた。
ピタリとその動きが止まる。
と思ったら、ものすごい勢いで駆けてきた。
「お前!」
エディの怒声。
その声の激しさに、思わずルゥナはビクリと肩をすくませた。そんな彼女が目に入っていないのか、エディは地面を蹴って跳躍すると、剣を振り上げソワレに切りかかってくる。
「ルゥナを返せ!」
「愚か者が」
呟きと共にソワレは片腕でルゥナを抱え込み、もう片方の腕でエディの剣を受け止めた。そしてそのまま跳ね飛ばす。
「チッ」
ソワレにきつく抱き締められたルゥナの耳に、エディの小さな舌打ちが聞こえた。彼はクルリと身軽く空中でトンボを切って、大地に叩き付けられるのを回避する。まだ小柄な身体は土煙を立てながら地面を滑った。その速度を相殺しきれないうちにエディは身を起こし、一瞬の躊躇もなくまたソワレに向かってくる。
「ルゥナはどこだ!?」
ソワレの身体にすっぽりと包まれているルゥナの姿が、エディには見えていないらしい。猛り立った鎧猪のようにがむしゃらに突進してくる。
ルゥナはソワレの長衣を掻き分け、大きな身体の陰から何とか頭を覗かせた。
「エディ、エディ、待って!」
「ルゥナ!?」
一歩を踏み込み身体を捻り、ソワレの胴――まさにルゥナの顔があるその場所目がけて斬り付けようとしていたエディは、のけ反るようにしてその腕を止める。
がら隙になったエディに向けて、ソワレが腕を薙ぐ。それがかすってもいないのに、エディの身体は吹き飛ばされ、今度はもんどりうって地面に叩き付けられた。
「エディ!」
彼の元へ駆け寄ろうとしても、ソワレの強い腕はびくともしない。
派手に飛ばされたにもかかわらず大きな怪我はなかったようで、ルゥナの心配をよそにエディはすぐさま起き上がった。
「貴様、ルゥナを放せ!」
吠えるエディに、ソワレはしっかりとルゥナを抱え込んだままゆっくりと向き直る。
「お前たちにルゥナは渡さない。お前たちはルゥナ一人に全てを負わせようとしているんだろう? そんなことはさせるものか」
冷ややかな声だった。背中から包み込むように抱き締められているルゥナには確認できないけれど、きっと、その目も同じように冷たいのだろう。
振り返って取り成そうとしたルゥナだったけれど、ピシャリと返してきたエディの声に、動きが止まる。
「ああ、そんなことはさせない」
「え?」
訝しむ声は、ソワレとルゥナの両方の口から漏れた。
「ピシカに全部聞いた。ルゥナを千年も眠らせるなんて、させるもんか」
「でも、邪神が――」
しどろもどろで返そうとしたルゥナを、キッとエディが睨み付ける。
「でももくそもない。させないと言ったらさせないんだ」
ルゥナを捉えているソワレの腕の力が緩んだのは、彼もエディの言葉に呆気に取られているからだろうか。
いつの間にかヤンやトールたちも近付いてきていて、ルゥナは戸惑い混じりの目を彼らに向ける。
彼らの『印』は邪神封じのためにある。その為に、何世代にも渡って神器も引き継いで。
彼らにとって、それが一番重要なことのはず。
そして、邪神を封じるにはルゥナの中に閉じ込めるしかなくて――
それが、ルゥナの存在意義だと言ってもいいくらいだ。
ルゥナの眼差しでの問いかけに、ヤンは肩をすくめ、トールはニッコリと笑い返してきた。それが何を意味しているのかが判らない。まさか、エディと同じ考えというわけではないだろう。
またエディに目を戻すと、怒ったような声で彼は言った。
「本当に、邪神ってやつを君の中に封じ込める以外の道はないのか?」
「え……」
「他に、方法はないのか?」
「ピシカは――」
ルゥナは口ごもった。そんな彼女にエディは手を伸ばし、両方の二の腕を掴んでくる。痛いくらいの力に思わずビクリと肩が跳ねた。エディは少し眉をしかめて力を緩めると、真剣な眼差しでルゥナの目を覗き込んでくる。
「アイツの言うことじゃない。ちゃんと他に手が無いのか、探してみたのか? 君も、昔の『英雄』たちも。考えに考え抜いて、それでも他に方法がなかったのか?」
「それは、わたし、は」
「考えもしなかったんだ。そうだろ?」
容赦なく詰め寄られ、どうしようもなくルゥナはうつむいた。つむじの辺りに、エディの視線を感じる。
かつて、まだイシュラにいた頃、そこで生じた奇妙な病の原因が邪神であることを、ある日突然現れたピシカから教えられた――そして、邪神を放っておけば、いずれ世界が滅びてしまうということを。
世界を守るためには、ルゥナの身に邪神を封じなければならない。
選択を委ねられ、ルゥナは良く考えた末に決めたはずだった。
ピシカに言われたこと、それを受け入れるか、拒否するか。
ルゥナにとっての選択肢はその二つだけで、『他に』なんて、考えようともしなかった。
今エディに問われるまで、頭の片隅にすら浮かばなかった。
(わたしは、何か間違えてたの?)
エディに腕を掴まれたまま、顔だけで振り返ると、ジッと見下ろしてくるソワレの眼差しがある。見た目は変わってしまっていても、そこにある光は昔と同じ、ルゥナを優しく包み込んでくれる。そこには、前にはなかった――彼女が気付いていなかった、悲しげな色もにじんでいた。
前を向いたらかつてのソワレとよく似たエディの真っ青な目が、その向こうからはヤンやトールが彼女を見つめている。
エディは少し身体を屈めてルゥナの目を覗き込んでくる。
「今すぐ全部がどうにかなっちまうってわけじゃないんだろ? だったら、他に何か手が無いか、探そう」
「だけど、魔物が……わたしが邪神を封じたら、そうしたらもうだいじょうぶになるんだよ?」
「全然、まったく、これっぽっちも『ダイジョウブ』なんかじゃない! どこがだよ!?」
エディは、怒っていた。
それは火を見るよりも明らかだ。
けれど、何故、彼が怒っているのかが解からない。
「でも、だって、新しい魔物はもう生まれなくなるし……みんな、何事もなく、何も変わらず暮らしていけるようになるでしょう? 全部、元通りで……」
何がいけないのか解からないまま、ルゥナは答えた。彼女にとっては、その選択が最善の道だと思われたのだ。
また、ルゥナの腕を掴んでいるエディの手にギュッと力がこもる。その強さに息を呑むと、彼はようやくその手を放して身体の両脇に下ろした。ルゥナから目を逸らして地面を睨み付けているエディの両手は、関節が白く見えるほどの硬い握り拳になっている。
「君は」
唸るような声。
それは低く過ぎて、ルゥナは聞きこぼしそうになった。
「え?」
眉をひそめてエディを見つめると、彼はギッと睨み返してきた。
「君は、どうなんだ? それでいいのか?」
やっぱり、怒っている。どこからどう見ても、怒っている。
ルゥナはおろおろと同じ台詞を繰り返すしかない。
「だって、エディだって、その方がいいでしょう? 邪神を何とかしないと、困るでしょう? みんなが良ければ、わたしは……」
「俺は良くない」
「え……」
「俺は、全然良くない。俺は嫌だ」
きっぱりと全否定を返されて言葉を失ったルゥナに、彼は目で彼女の背後に立つ者を示す。
「君の後ろにいるその弟だって、納得してないんだろ? だから、こうやって邪魔してくるんだ」
エディに言われて、ルゥナは反射的にソワレの顔を見上げた。心の内を見せない双子の弟は、エディの台詞を肯定も否定もしない。けれど、彼の行動は何よりも雄弁にその胸中を物語っているのだ。
エディは続ける。
「我が身を挺して世界を救うとか、君はそれでいいのかもしれないけど、俺は――そうやって君を犠牲にして救われた者は、いったいどう感じると思うんだ? 君と出会って、君のことを知って、君のことを――好きになった者が、どう感じると思う?」
「『犠牲』、なんて、そんなこと……」
エディの容赦のない切り込みに、ルゥナの声は口の中で消えていく。
彼の口調は、ルゥナのことを責めていると言ってもいいほどのものだった。
絶句し、ただただエディを見つめ返すことしかできないルゥナに、苛立ちで強張っていたエディの口元が少し和らぐ。そして、それまで彼の眼差しと声の中に満ち満ちていた怒りが、他の何かに取って代わられた。
「……俺は、悔やむ。君がしようとしていることが、一番確実で、唯一の道なのかもしれないけど、でも、このまま黙って君にそうさせたら、多分、俺はずっと後悔する。もっと他に何かできたんじゃないかって、他の方法があったんじゃないかって、死ぬまで考え続けて死ぬまで悔やむ」
苦しげに、唸るようにそう告げたエディに、ルゥナの胸は強い力で握り潰されたかのように痛んだ。
彼が露わにしているその苦しさは、さっきのソワレの告白の中にも溢れていたものと同じだ。
(正しいと、思っていたのに)
ルゥナには、判らなくなった。
みんなを守れると思っていたのに、最善の方法だと信じていたことだったのに、それが大事に想う人をこんなにも苦しめていたなんて。
(なんで? 何が違うの?)
百五十年前の『印』持ちたちがルゥナに向けたのは、感謝の言葉だけだった。
こんなふうに引き止めようとした者は、いなかった――ソワレ以外は。
「なあ」
うつむいていたルゥナは、のろのろと顔を上げる。なんだか、頭がうまく働いていない感じだった。
顔に続いて目を上げると、真剣な光を宿したエディの真っ青な目が向けられていた。
「君は、俺――たちと一緒に生きていけなくなることを、何とも思わないのか?」
「え?」
「ずっと眠ったままにしろ、目覚めたままにしろ、君は俺たちと同じ時を過ごせなくなるんだろ? 君だけが、全てから取り残されていくんだ。それでいいのか?」
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