癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第八章:明かされる真実

決裂②

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 いいわけがない。

 ルゥナはまたうつむいて、唇を噛み締める。
 エディたちと出逢ってから、ルゥナは幸せだった。
 エディやフロアールたちと一緒に過ごして、自然に笑顔を向けられて、ルゥナは一人のただの少女としてこの世界に受け入れられていると、実感できていた。
 それは、ソワレと二人きりでイシュラ中をさまよっていた時には得られなかったものだ。
 永い眠りに就く前に共に旅をしていた、かつてのエデストルたちから感謝の眼差しを注がれている時にも、感じたことのなかったものだ。

 エディやフロアールやトール……彼らと、一緒に生きていきたい。再び戻ってきてくれたソワレも共に。

 そうできたら、どんなにいいだろう。

 けれど。

 ――無理だ。

 他の道なんて、ない。

(だって、ピシカはそう言ったもの)
 無意識のうちに、ルゥナの目がその薄紅色の小さな身体を探す。
 彼女は、少し離れた場所で前足を揃えて座っていた。いつものように、どこか小ばかにしたような輝きを金色の目に宿して。
 ルゥナと目が合って、ピシカがパタリと尻尾を揺らす。
「で? 話は終わったかしら?」
 退屈そうな声でそう言ってわざとらしく欠伸をして見せる仔猫に、その場の皆の視線が集まる。
 突き刺さるような鋭い眼差しが集中しても、ピシカはどこ吹く風という風情だった。

「お前――」
 苛立ちを隠さずエディが一歩踏み出すと、彼女は立ち上がってブルリと身体を震わせた。
「言っとくけど、他に手なんかないからね。ここに来るまでにいくつもの世界を潰してきたんだもの。どこもみんな、為す術なく滅びていったわ」
「え? いくつもの、世界……?」
 戸惑いに目を瞬かせながらルゥナが繰り返すと、ピシカはフンと鼻を鳴らした。
「何よ。まさか、アタシたちがある日突然この世界にわいて出たと思ってたわけじゃないでしょ? もちろん、ここじゃない他の世界から来たのよ」
 もちろん、と言われても、ルゥナにはピンとこない。
「他の世界って――海の向こう……?」
「バカね、違うわ。海の向こうでも空の向こうでもない、まったく別の場所。この世界には存在しない、アンタたちは存在することすら知らないトコロ。まあ、でも、他の島くらいな感じで考えてたら解かり易いんじゃないの?」
 投げやりな口調は、ちゃんと説明する気がないからなのだろう。ピシカはツンと鼻先を上げる。
「とにかくね、この世界ほど『もった』ところはなかったのよ。これまでの世界は、あっという間に駄目になっちゃったから。元々、頑丈な世界なんだわ、ここは。これでアンタの中に封じれば、まず間違いなくアイツを制御できる筈なのよ」
 有無を言わさない口調で断言する。だが、それにエディが食ってかかった。

「他の世界って――なんで『ここ』なんだよ! ここで生まれたもんじゃないのに、なんで俺たちがそれを被らなきゃいけないんだ? なんでルゥナが全部引っ被らなきゃならないんだよ!? 自分たちの世界に戻ればいいだろ! そもそもルゥナがやらなきゃいけないことじゃないじゃないか!」
「だって、『今』は、この世界の問題でしょ?」
「黙れ!」
 咆哮と共に、エディが剣の柄を握り締めた。と、それまで無言を通してきた者たちも動く。
「確かに、僕たちには関係ないことだよねぇ。なんか、理不尽」
「まあ、はいどうぞとルゥナを差し出す気にはなれないな」
 武器を携えたトールとヤンが、ピシカの視線を遮るようにルゥナたちの前に歩み出た。

「……ルゥナの中に邪神を封じる他に、この世界を救う方法はないのよ?」
 彼女らしからぬ抑えた低い声で、ピシカが言う。
「その子を、その子一人を差し出せば、アンタたちは安泰なのよ? それでいいんじゃないの?」
「いいわけあるか! ルゥナ一人に全部負わせてのうのうとしてろってのか!? そんなことできない――できるはずがないだろ!」
 エディの怒号が消えるとそれ以上言葉を発する者はなく、辺りはシンと静まり返った。さやさやと風が梢を揺らす音が妙に穏やかで、場違いな感じだった。

 ピシカは身じろぎ一つ――ひげを震わせることすらしない。
 エディたちも、武器を構えたまま微動だにしない。

 やがて。

「アンタたちは、もうどうでもいいわ」
「ピシカ……」
 平坦な、呟くようなその声に胸が騒いで、ルゥナはヤンとトールの間から前に進み出る。
 ピシカはこちらを見てはいなかった。少しうつむいたその姿は、いつもよりも小さく見える。
「ピシカ、あの――」
 どんな言葉をかけたらいいのかも判らないまま呼びかけ、口ごもる。伸ばした手を止め、胸元で握り締めた。

 邪神のことでどんな背景があるとしても、ピシカがずっとルゥナの傍にいてくれたことには変わりがない。厳しいことを言われてばかりだったけれど、この世界で孤独を覚えた時、ただいてくれるだけでかけがえのない支えになってくれていたのだ。
 それに、理由はどうあれ、ピシカだってたった独りでこの世界を救おうとしてくれている。
 そんな彼女を、簡単には突き放せない。

「ピシカ、わたし、は」
 また一歩踏み出したルゥナの肩を、強い力が引き止める。肩にあるのは鋭い爪が生えた異形の手で、振り返ると、紅い瞳が言葉よりも雄弁に「行くな」と告げていた。

「ルゥナ」
 キンとした声で、名を、呼ばれる。
 ルゥナはまた薄紅色の小さな姿に目を戻した。鋭い光を放つ金色の眼差しが、彼女を射抜く。

 どうしたらいいのか、判らなかった。

「なんで、今さら迷うのよ?」
 その中に責める響きはない。けれど、その問いを投げかけられて、ルゥナの胸はキリキリと締め付けられた。
 答えられないルゥナに、ピシカが小さなため息を漏らす。いや、ため息とは少し違うかもしれない。

「そう」
 短いその一言と共に、唐突に辺りの空気が重みを増した。

「いいわ」
 ピシカの小さな身体からブワリと薄紅色の雲霞が噴き上げ、彼女を覆い隠す。それは皆が見守る中でみるみる膨らんでいく。巻き起こる風がルゥナの髪を乱し、長衣をはためかせた。
「何だ?」
 隣でエディが小さく呟くのが聞こえたけれど、ルゥナには何も答えられない。長くピシカと一緒に過ごしてきた彼女も、初めて目にする現象だった。
 それは一時ヤンよりも大きいくらいまでに膨らんで、やがて明確な形を取り始める。

 その中心に見え始めた姿に、ルゥナは目をみはった。
「あれ、は……」
 絶句した彼女の後を、エディが引き継ぐ。
「君、だ」
 短い彼の言葉に頷くこともできず、ルゥナはただその存在を見つめる――薄紅色の髪と金色の瞳の、彼女と同じカタチをしたモノを。

「ピシカ、なの……?」
 言わずもがなのことだった。
 ピシカと同じ色を持つ少女は、肩にかかった髪を片手で払いのけながら小ばかにしたように首をかしげる。

「他の誰だって言うのよ?」
 言い方も、声も、確かにピシカだった。
 ルゥナと同じカタチ、けれど色もそこに潜む光も違う、その目で、ピシカは一同をねめつける。

「もう、こいつらはどうでもいいわ」
 そう言って、片手を差し伸べた――ソワレへと。
 と、彼の懐から漆黒の何かが飛び出した。

「!」

 とっさにソワレが手を伸ばして捕まえようとしたけれども、わずかに間に合わない。それは真っ直ぐにピシカの元に向かい、広げられた彼女の手のひらの上でピタリと止まるとストンとそこに落ちた。
 白いピシカの手の上で異様な輝きを放つ闇の珠。
「邪神……」
 思わず呟いたルゥナの声に、ヤンが反応する。
「本当に、あれが? 何かの魔晶球、ではないのか?」
「僕があの中に封じたんだ」
 ギリギリと牙を鳴らしながら、ソワレが答えた。
「お前が? そんなことができるのか?」
「したんだ」
 半信半疑のヤンに唸るように返したソワレが、ルゥナの肩を抱いて引き寄せた。決して放すまいと言わんばかりのその腕が、ルゥナの身体に回される。

 ピシカは感情のない金色の目をソワレに庇われているルゥナに向けると、小さく首をかしげた。
「ねえ、アンタはこの世界を救うんでしょう?」
「あ……」
「アタシと、約束したわよね?」
 強く迫る声ではない。淡々と、確認してくるだけだ。
 けれど、ルゥナはピシカの眼差しとその声に縛られているように感じられる。

 息を呑んだルゥナをよそに、ピシカは手の中の珠をしげしげと見つめた。
「『印』持ちは、こいつをこの状態にする為に必要だっただけ。どうやったのか知らないけど、手間を省いてくれたわ。たいしたもんよ、ソワレ。感心したわ。お陰で、『印』持ちも神器も用なし。後はこれをアンタの中に埋め込めばいいのよ」
 言いながら、ピシカは闇の珠を持たない方の手を、ルゥナに向けて差し伸べる。
「ほら、来なさいよ。アタシと約束したでしょう? この世界を救うんだって」
 優しげにすら聞こえるいざないに、ルゥナはふらりと歩き出しそうになる。グッと力が込められたソワレの腕に、引き止められた。

 見上げると、ソワレが黙ってかぶりを振る。

「ピシカ、わたし――」
 どうすればいいのか、判らない。
 世界の為には、ピシカと行くのが正しい。
 けれど、大事に想う人たちの為には、どうなのだろう。

 唇を噛んでうつむいたルゥナの耳に、ピシカの声が届く。
「そう、迷っているのね」
 そこに何かの感情が込められている気がして、ルゥナは弾かれたように顔を上げた。彼女に向けられているピシカの表情は冷ややかなままだ。けれど、その目の中には狂おしいほどの何かが見え隠れしている。
 その外見だけは淡々とした風情のまま、ピシカは肩をすくめるようにして首をかしげる。

「じゃあ、迷わないで済むようにしてあげる」

 刹那、少女の姿は消え失せた。
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